第25話「集う力」

 シズマは驚きながらも、急いで表へと飛び出した。

 小さな宿場しゅくばは今、無数の人であふれかえっている。皆、武装した戦士たちだ。その数、ざっと数百人。中には勇ましい御婦人ごふじんの姿もチラホラ見える。

 彼等はシズマに気付くと、取り囲むように押し寄せてきた。


「お前が大賢者スペルマスターシズマだな、ボウズ!」

「来てやったぞ、ガッハッハ!」

「なに、ナイ=ガラアからの使者を通じて事情は聞いてる」

「俺たちの街も、王都決戦のために見捨てられちまったんだ」

「領主様の許可は得ている、俺たちも戦わせてくれ!」


 彼等の大半は、地方の都市からやってきた衛兵たちだった。どこも今、自分たちの街を守るだけで精一杯……その上、多くの資源をリチャードたちに持ち去られたのだ。そしてもう、救世主たる転使てんしたちは守ってはくれない。

 今戦える転使は、王都に集まって最終決戦に備えているのだ。


「みんな……いや、でも! これは俺が勝手に始めたことで」

「……いや、待て。白銀しろがね射手しゃしゅシズマ、戦力は多い方がいい。恐らく、領主アレクセイが手を回してくれたのだろう」


 そっとシズマの肩に、ディリアが手を置いてくる。彼女はすでに魔族である自分を隠してはいなかった。そして、周囲からの好奇心に満ちた眼差まなざしを受け止めている。

 いぶかしげな者たちもいる中、ディリアは堂々と前に歩み出た。


「オレは魔族の出だ! そして、オレがお仕えするルベリア様は、元は魔王だった。お前たち人間を根絶やしにし、神へと叛逆はんぎゃくする存在なのだ。だが、今は違う」


 どよめきの中から、いかつい重鎧ヘヴィアーマーの大男が前に出る。

 彼はディリアを密着の距離で見下ろしながら、身を揺すって地鳴りのような声を荒立てた。


「魔族! 魔族がここにいるが、どういうこったぁ? ああ? お嬢ちゃん、俺たちゃ、魔王の軍勢や野生のモンスター、不埒ふらちな魔族を倒すために兵隊やってんだぜ!」

「それは手段であって、目的ではないはずだ。今はもう、オレはシズマと目的を共有している」

「はぁ? ……俺ぁ難しいことはわかんねえよ! 敵を倒しゃ平和になんだ」

「ならば、敵を見誤らないことだ。オレたち一部の魔族は、シズマと共に魔王と戦う。気に食わなければ、背中からでも討つがいい、人間」


 慌ててシズマが止めようとしたが、やんわりとディリアは手でそれを制してくる。そして、周囲を見渡しよく通る声を張り上げた。


「この場に集いし戦士たちよ! シズマの声を、言葉を聞け!」

「ディリア、お前……」

「大賢者シズマ、白銀の射手シズマ、そしてなにより……魔族をも救うと決めた男、転使にして救世主シズマの全てを知ってもらおうか!」


 派手に啖呵たんかを切ったところで、さあ、とディリアはドヤ顔だ。

 ちょっと待って、聞いてない……まだ心の準備ができていない。そんなシズマを、周囲の誰もが注視していた。

 そして、背を押す声が宿屋からも現れる。


「おっはよー! シズマさあ、もう完璧にアタマ張ってく感じじゃん? なんかこぉ、景気いい系のやつ、やっちゃうべきっしょ!」

「アスカ、それに……アッ、アア、アレサも。いや、でもこんなのって」

「うだうだ言うなしー? ほれっ、あーしもみんなもシズマに付いてくってんだからさ!」


 アスカにドン! と背を押された。

 その影で、アレサは意図的に視線を外して顔を背ける。彼女の横顔は、どこか不機嫌そうになにかを怒っているようだった。それでも、シズマをちらりと見てはそっぽをむきつつ口を開く。


「シズマを慕って集った者たちでありましょう。きちんと態度を示しておくべきですわ」

「あ、ああ。えっと、その……昨夜はゴメン」

「怒ってるわけではありませんの! 謝罪も不要ですわ! もぉ、どうしてシズマは」

「いや、めっちゃ怒ってるよね?」

「怒ってませんわ! 大腿筋だいたいきんちかって、怒ってません!」

「わ、訳がわからない!」


 だが、アレサの言うことももっともだ。

 アレクセイが根回ししてくれて、各地の都市からこんなにも人が集まってくれた。これに残ってくれる転使たち、アレサやアスカ、ディリアたち魔族の協力があれば心強い。

 エルエデンもメイコも絶対に救う……シズマはそのためなら、なんでもやれる覚悟がある。決意はとうに固めてきたし、今更いまさら迷うことなどなにもなかった。

 シズマは皆の前に出て、周囲を見渡し言葉を選ぶ。


「俺はかつて、最強の大賢者シズマだった。けど、魔王に魔力を奪われ、今は普通の人間以下だ。そして、その魔王の正体は……本来の魔王ルベリアから能力を奪った、俺の幼馴染おさななじみのメイコだ」


 周囲にさざなみのように、動揺の声が広がってゆく。

 だが、間髪入れずにシズマは自分の言葉で演説を組み立てていった。


「このエルエデンを救うために現れた転使の一人が、魔王以上の驚異となって暴れまわっている。それが何故なぜなのか、幼馴染の俺にもわからない。けどっ! 俺は彼女を止めたい」


 シズマの言葉に聞き入るように、誰もが耳を傾けてくれている。

 決して怒鳴らず叫ばず、シズマは静かにゆっくりと想いを解き放っていった。


「エルエデンのみんなからすると、勝手な話に聞こえるかもしれない。俺たち転使は救世主じゃなきゃいけないもんな。だから、俺はエルエデンも守りたい。そして、これからは……転使が召喚されなきゃいけないわざわいを、未来永劫取り除きたいんだっ!」


 そう、まだ信じられない。

 そして、嘘だとは思えない真実。

 昨夜、ルベリアは確かに言った。

 このエルエデンに召喚される、108人の転使。その中の一人が、神によって魔王にさせられたルベリアだというのだ。彼女は、聖戦と呼ばれる戦いを最後まで戦い抜いた。

 その結果、ただ一人だけエルエデンに残された挙げ句あげく、魔王へと変貌してしまったという。そして、それを仕向けたのは……他ならぬ神だとルベリアは言ったのだ。


「俺たちを最後の転使にする。そして、もう転使が現れなくてもいいようにする! みんなの力を貸してくれ……エルエデンは、エルエデンに暮らし生きる者だって守れるんだ!」


 喝采かっさいと同時に、歓呼の声が湧き上がった。

 誰もが足踏みに地を鳴らし、朝の空気を沸き立たせる。音と声が飽和した空間の真ん中で、シズマは新たな仲間たちに祝福をもって受け入れられたようだ。

 そして、背後からは昨夜話し合いを持った少年が声をかけてくる。


「シズマ、俺は残る。あと、他にも何人か残ってくれる奴がいるぜ」

「ありがとう。……どれくらい残ったかな」

「半数以上はもう、王都に向かって朝早くったよ。奴らを責めないでくれ……異世界とはいえ、みんなここでは死にたくないんだ。能力だって奪われたくない」

「だからリスクの少ない方に賭ける……わかるよ、当然だ」

「残った俺たちだって、分の悪い賭けをしてるつもりはない。勝つぞ、シズマ」

「ああ!」


 そして、意外な援軍は地方都市からの衛兵団だけではなかった。

 アスカの案内で、白いよろいの騎士たちがシズマの前にやってくる。


「お初にお目にかかる! 大賢者シズマ殿、我々は……王立近衛騎士団おうりつこのえきしだん!」

「へっ? あ、いや……ちょ、ちょっと待ってくれ! 王立近衛騎士団だって? 王都防衛の最精鋭騎士団じゃないか。どうしてここに!」


 そう、シズマもナイン・ストライダーズの一員として、何度も王都に行ったことがある。王都はエルエデンで一番栄えて賑やかで、城壁に囲まれた堅牢堅固な城塞都市だ。その守りのかなめ、王家を守護する絶対的な力が王立近衛騎士団である。

 その彼等が何故か、シズマの目の前に並んでいた。


「我ら、王家と王都を守る騎士! されど、王はリチャード殿と王都決戦を選択しました。このままでは、民の暮らす王都が戦場になる」

「……でも、騎士さんたちが勝手に動いたら」

「罰せられるでしょう。それに、小さな宿場とはいえ、戦場にしていい道理はない。だが、シズマ殿にはなにか策があるとお見受けする。王ごと王都を守ってこそ騎士! 罰せられるならば、それもほまれとする覚悟です」


 これだけの戦力を集められるなんて、思ってもみなかった。

 シズマは自分がそれなりに計算高い人間だと知ってるし、常に最悪の事態を想定するくせがある。アレサたちを信じていても、冷静に彼我の戦力差だって計算していたのだ。

 皆を高揚感が包む中、意気揚々いきようようとミサネが割って入ってくる。


「はいはーい! じゃあ、武器を配るよー! 配布武器だよー! ボクお手製の、この戦いのための強くて頑丈な武器! 防具もあるよっ」

「おお! ありがたい!」

「多分、みんなに行き渡ると思うから、押さない焦らな……わっとっと、待ってー! ちょ、ちょっと、押し寄せないでー!」


 今日はミサネもイキイキしている。

 彼女が武具職人として目指すのは、誰もが使える武器、ごく一般的な量販品として高性能なものなのだ。

 そしてそれは、一品物の伝説の武器に勝るとも劣らず、素晴らしい完成度を持っている。

 時は来た、シズマにとっての決戦が始まろうとしている。

 だが、仲間たちに囲まれるシズマを避けるように、アレサは巨大な剣を背負ったまま距離を取っていた。

 やはり、昨夜ベッドに連れ込んだことを怒っているのだ。

 未成年のうちから、初めての酒で失敗するとは情けない……そういえば昔から、ちょっと調子に乗り過ぎるところがあると、メイコに何度も言われた気がする。


「あとでちゃんと謝らないとな。さて、忙しい一日になるぞ」


 ほおはたいて気合を入れ直す。

 だが、そんな時……不意に頭上から声が降ってきた。

 信じられないことに、取り戻したいはずの声が真上にあった。


「アハハッ! 流石さすがだね、シズマ……やっぱりシズマ、だもんね。こーんなに沢山の人を集めちゃうなんて。やっぱり根っからの陽キャなんだよね……まぶしいなあ」


 誰もが見上げる先、雲ひとつない青空の中に……影。

 そこには、神木より削り出した長杖を持つ、黒衣の少女が浮かんでいる。

 その姿は既に、正体を隠す黒い影をまとっていない。

 そして、優しくほがらかな幼馴染の笑顔など、どこにもないのだった。

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