第25話「集う力」
シズマは驚きながらも、急いで表へと飛び出した。
小さな
彼等はシズマに気付くと、取り囲むように押し寄せてきた。
「お前が
「来てやったぞ、ガッハッハ!」
「なに、ナイ=ガラアからの使者を通じて事情は聞いてる」
「俺たちの街も、王都決戦のために見捨てられちまったんだ」
「領主様の許可は得ている、俺たちも戦わせてくれ!」
彼等の大半は、地方の都市からやってきた衛兵たちだった。どこも今、自分たちの街を守るだけで精一杯……その上、多くの資源をリチャードたちに持ち去られたのだ。そしてもう、救世主たる
今戦える転使は、王都に集まって最終決戦に備えているのだ。
「みんな……いや、でも! これは俺が勝手に始めたことで」
「……いや、待て。
そっとシズマの肩に、ディリアが手を置いてくる。彼女は
「オレは魔族の出だ! そして、オレがお仕えするルベリア様は、元は魔王だった。お前たち人間を根絶やしにし、神へと
どよめきの中から、
彼はディリアを密着の距離で見下ろしながら、身を揺すって地鳴りのような声を荒立てた。
「魔族! 魔族がここにいるが、どういうこったぁ? ああ? お嬢ちゃん、俺たちゃ、魔王の軍勢や野生のモンスター、
「それは手段であって、目的ではない
「はぁ? ……俺ぁ難しいことはわかんねえよ! 敵を倒しゃ平和になんだ」
「ならば、敵を見誤らないことだ。オレたち一部の魔族は、シズマと共に魔王と戦う。気に食わなければ、背中からでも討つがいい、人間」
慌ててシズマが止めようとしたが、やんわりとディリアは手でそれを制してくる。そして、周囲を見渡しよく通る声を張り上げた。
「この場に集いし戦士たちよ! シズマの声を、言葉を聞け!」
「ディリア、お前……」
「大賢者シズマ、白銀の射手シズマ、そしてなにより……魔族をも救うと決めた男、転使にして救世主シズマの全てを知ってもらおうか!」
派手に
ちょっと待って、聞いてない……まだ心の準備ができていない。そんなシズマを、周囲の誰もが注視していた。
そして、背を押す声が宿屋からも現れる。
「おっはよー! シズマさあ、もう完璧にアタマ張ってく感じじゃん? なんかこぉ、景気いい系のやつ、やっちゃうべきっしょ!」
「アスカ、それに……アッ、アア、アレサも。いや、でもこんなのって」
「うだうだ言うなしー? ほれっ、あーしもみんなもシズマに付いてくってんだからさ!」
アスカにドン! と背を押された。
その影で、アレサは意図的に視線を外して顔を背ける。彼女の横顔は、どこか不機嫌そうになにかを怒っているようだった。それでも、シズマをちらりと見てはそっぽをむきつつ口を開く。
「シズマを慕って集った者たちでありましょう。きちんと態度を示しておくべきですわ」
「あ、ああ。えっと、その……昨夜はゴメン」
「怒ってるわけではありませんの! 謝罪も不要ですわ! もぉ、どうしてシズマは」
「いや、めっちゃ怒ってるよね?」
「怒ってませんわ!
「わ、訳がわからない!」
だが、アレサの言うことももっともだ。
アレクセイが根回ししてくれて、各地の都市からこんなにも人が集まってくれた。これに残ってくれる転使たち、アレサやアスカ、ディリアたち魔族の協力があれば心強い。
エルエデンもメイコも絶対に救う……シズマはそのためなら、なんでもやれる覚悟がある。決意はとうに固めてきたし、
シズマは皆の前に出て、周囲を見渡し言葉を選ぶ。
「俺はかつて、最強の大賢者シズマだった。けど、魔王に魔力を奪われ、今は普通の人間以下だ。そして、その魔王の正体は……本来の魔王ルベリアから能力を奪った、俺の
周囲にさざなみのように、動揺の声が広がってゆく。
だが、間髪入れずにシズマは自分の言葉で演説を組み立てていった。
「このエルエデンを救うために現れた転使の一人が、魔王以上の驚異となって暴れまわっている。それが
シズマの言葉に聞き入るように、誰もが耳を傾けてくれている。
決して怒鳴らず叫ばず、シズマは静かにゆっくりと想いを解き放っていった。
「エルエデンのみんなからすると、勝手な話に聞こえるかもしれない。俺たち転使は救世主じゃなきゃいけないもんな。だから、俺はエルエデンも守りたい。そして、これからは……転使が召喚されなきゃいけない
そう、まだ信じられない。
そして、嘘だとは思えない真実。
昨夜、ルベリアは確かに言った。
このエルエデンに召喚される、108人の転使。その中の一人が、神によって魔王にさせられたルベリアだというのだ。彼女は、聖戦と呼ばれる戦いを最後まで戦い抜いた。
その結果、ただ一人だけエルエデンに残された
「俺たちを最後の転使にする。そして、もう転使が現れなくてもいいようにする! みんなの力を貸してくれ……エルエデンは、エルエデンに暮らし生きる者だって守れるんだ!」
誰もが足踏みに地を鳴らし、朝の空気を沸き立たせる。音と声が飽和した空間の真ん中で、シズマは新たな仲間たちに祝福をもって受け入れられたようだ。
そして、背後からは昨夜話し合いを持った少年が声をかけてくる。
「シズマ、俺は残る。あと、他にも何人か残ってくれる奴がいるぜ」
「ありがとう。……どれくらい残ったかな」
「半数以上はもう、王都に向かって朝早く
「だからリスクの少ない方に賭ける……わかるよ、当然だ」
「残った俺たちだって、分の悪い賭けをしてるつもりはない。勝つぞ、シズマ」
「ああ!」
そして、意外な援軍は地方都市からの衛兵団だけではなかった。
アスカの案内で、白い
「お初にお目にかかる! 大賢者シズマ殿、我々は……
「へっ? あ、いや……ちょ、ちょっと待ってくれ! 王立近衛騎士団だって? 王都防衛の最精鋭騎士団じゃないか。どうしてここに!」
そう、シズマもナイン・ストライダーズの一員として、何度も王都に行ったことがある。王都はエルエデンで一番栄えて賑やかで、城壁に囲まれた堅牢堅固な城塞都市だ。その守りの
その彼等が何故か、シズマの目の前に並んでいた。
「我ら、王家と王都を守る騎士! されど、王はリチャード殿と王都決戦を選択しました。このままでは、民の暮らす王都が戦場になる」
「……でも、騎士さんたちが勝手に動いたら」
「罰せられるでしょう。それに、小さな宿場とはいえ、戦場にしていい道理はない。だが、シズマ殿にはなにか策があるとお見受けする。王ごと王都を守ってこそ騎士! 罰せられるならば、それも
これだけの戦力を集められるなんて、思ってもみなかった。
シズマは自分がそれなりに計算高い人間だと知ってるし、常に最悪の事態を想定する
皆を高揚感が包む中、
「はいはーい! じゃあ、武器を配るよー! 配布武器だよー! ボクお手製の、この戦いのための強くて頑丈な武器! 防具もあるよっ」
「おお! ありがたい!」
「多分、みんなに行き渡ると思うから、押さない焦らな……わっとっと、待ってー! ちょ、ちょっと、押し寄せないでー!」
今日はミサネもイキイキしている。
彼女が武具職人として目指すのは、誰もが使える武器、ごく一般的な量販品として高性能なものなのだ。
そしてそれは、一品物の伝説の武器に勝るとも劣らず、素晴らしい完成度を持っている。
時は来た、シズマにとっての決戦が始まろうとしている。
だが、仲間たちに囲まれるシズマを避けるように、アレサは巨大な剣を背負ったまま距離を取っていた。
やはり、昨夜ベッドに連れ込んだことを怒っているのだ。
未成年のうちから、初めての酒で失敗するとは情けない……そういえば昔から、ちょっと調子に乗り過ぎるところがあると、メイコに何度も言われた気がする。
「あとでちゃんと謝らないとな。さて、忙しい一日になるぞ」
だが、そんな時……不意に頭上から声が降ってきた。
信じられないことに、取り戻したい
「アハハッ!
誰もが見上げる先、雲ひとつない青空の中に……影。
そこには、神木より削り出した長杖を持つ、黒衣の少女が浮かんでいる。
その姿は既に、正体を隠す黒い影を
そして、優しく
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