第22話「博打を避けるための賭け」

 その夜は、宿場しゅくばをあげての大宴会となった。

 勿論もちろん、全てシズマの私財を使ってのどんちゃん騒ぎだ。今宵こよい、王都へ向かうべく集まってきた転使てんしは、40人前後……誰もまだ魔王に力を奪われてはいない者ばかりだ。

 見知った顔もあったし、初めて会う転使もいた。

 逆に、向こうにシズマを知らぬ者はいないらしい。


「さあ、食ってくれ! 俺のおごりだ。道は違えど、エルエデンを救うための決戦は近いんだからな! あ、それとも乾杯いっとく?」


 酒場は今、飲めや歌えの大騒ぎである。

 吟遊詩人ぎんゆうしじんがリュートをかなでれば、宿屋の看板娘が歌い出す。武器も防具も手放して、この場に集った誰もが憩いの時間を過ごしていた。

 そんな酒場のすみ、一番奥のテーブルにシズマは陣取っている。

 同席しているのは、王都へ向かう転使たちの代表者数名だ。

 それと一応、アスカが側についてくれている。


「なあ、大賢者スペルマスターシズマ……っと、今は能力を失ったんだっけか」

「ああ。ただのシズマでいい」

「どういう風の吹き回しだ? なにを考えている」

「それを今から、話す。いいか、よく聞いてくれ……さっきも言った通り、王都での決戦はリスクが少ないが、0か1かの危険な賭けだ。分が良くても、賭けは賭けなのさ」


 テーブルを囲む誰かが、ゴクリとのどを鳴らした。

 そして、いよいよシズマは本題を切り出した。


「だから、ここで叩く。決戦を挑むなら、王都の手前じゃなきゃ駄目だ」

「ま、待ってくれ。今からリチャードたちを呼びに行ったんじゃ」

「リチャードには声をかけていない。奴には奴のやり方があるだろうし、それは間違いじゃない。でも、俺の正解は別にある」


 立ち上がると、シズマはテーブルに両手を突いた。

 そしてそのまま、深々と頭を下げる。


「頼む! 王都ではなく、ここで俺と戦ってくれ! 魔王と!」


 皆、黙ってしまった。

 酒場を満たす喧騒だけが、むなしく頭上を通り過ぎてゆく。

 話し合いを代表者に任せた転使たちや、衛兵の男たちが楽しく宴会をしていた。言うなればこれは、シズマなりの接待だ。誠意を見せたつもりだ。

 だが、ふと脳裏を懐かしい声が過る。


『シズマ、駄目だよぉ? 誠意って、形じゃなくて気持ちなんだから。……きっとシズマなら、形のないものでも誠意が伝わるよ。シズマ、いい子だもん』


 そんなことを言って、いつもぽややんととなりで笑っていた。

 幼馴染おさななじみの少女メイコは今、魔王となって暴れまわっている。

 先日も会ったが、まるで性格まで豹変してしまったようだ。そして、その現実をシズマはこれから話さなければいけない。

 誠意を言葉にして、辛くても伝えなければいけないのだ。

 顔をあげたシズマは、戸惑とまどう面々についに真実を明かす。


「魔王は……魔王の正体は、俺の幼馴染だ。一緒にエルエデンに召喚された、幼馴染のメイコなんだ」


 息をむ気配が連鎖した。

 誰もが言葉を失い、次の瞬間には顔を見合わせる。

 シズマは、周囲の賑やかさが遠ざかってくかのような錯覚に突き落とされた。声を潜める転使たちの囁きが、無限に続いて終わらないかのように思えたのだ。

 だが、たっぷりと憶測を呟きあってから、代表の一人が声を上げた。


「つまり……今の魔王は、本来倒すべき魔王じゃない?」

「ああ。そして、本来の魔王以上に危険な存在になっている」

「メイコ、か……いや、待てよ? 確か、その名は」


 周囲からも口々に声があがった。

 すでに料理は冷め始めていて、せっせと食べているのはアスカだけである。彼女は全く口を挟んでこないが、がらになく緊張するシズマからも離れようとしない。


「メイコ、そんな奴いたよな! 確か!」

「そうだ……転使№てんしナンバー108だったと思う。ほら、なんかもじもじしてて、弱っちい奴」

「ああ、そういや……あれか。なんか、はぐれたとか、探してるとか言ってて」

「そう! それでなんか、あれ? ど、どうしたんだっけか」

「どっかのギルドに入ってたよな。けど」


 シズマとメイコは、異世界エルエデンに転移した際に離れ離れになってしまった。シズマは最強の魔力を持つ転使№一桁台だったので、その後の旅も苦労はしなかった。

 だが、メイコはどうだったろうか。

 いつも、シズマがいないと頼りなくて、一人で心細かったのではないだろうか。

 そのメイコが何故なぜ、どうしてベルリアから力を奪って魔王になったのか。

 それを知るためにも、彼女の凶行を止めなければいけない。


「なにがあったのか、俺にはわからない。俺はてっきり、魔王にメイコは捕らわれてると……だから」

「あっ! じゃ、じゃあシズマ、お前が一人で魔王城へ突っ込んでったのって」

「リーダーのリチャードは慎重な男だ。準備に時間をかけたい気持ちもわかる、けど俺は……俺は、待てなかったんだ」

「そうか。そういう事情があったのか」


 代表団の真ん中で、やや肥満体の少年が腕組み頷く。

 他にもシズマは、リチャードが全ての領地から資材を吸い上げ、地方を見捨てたことなどを語った。嘘偽りなく、装飾せずに淡々と事実だけを告げたのだ。

 自分の正義や正当性を主張する必要は、ない。

 シズマにあるのは正義感ではないのだから。

 まずは、ただただメイコを助けたい……それだけだ。

 そんな時、突然酒場の中心で大きな歓声が湧き上がった。それで、誰もがその方向へと首を巡らせる。


「ウオオッ! また勝ちやがった! この姉ちゃん、スゲェぞ!」

「恐れ入ったぜ、あの細腕でもう五連勝だ!」

「エルフとは……? いや、嘘だろ……俺の知ってるエルフって、もっと、こぉ」


 なにやら、酒の余興で凄く盛り上がっている。

 酒場の中央に置かれたたるの上で、どうやら腕相撲が行われているようだった。そしてそこには、酒精しゅせいを招いて頬を赤らめたアレサの姿がある。彼女はガッツポーズで周囲の男たちに笑顔を見せていた。

 負けた転使の少年も、ただただ驚きに目を丸くしている。

 誰もがその美貌に目を奪われる中、シズマは言葉を選んだ。


「俺は魔力をメイコに奪われ、今じゃ普通のエルエデンの人たちより弱い。けど、アレサみたいに強い仲間に恵まれたし、なによりまだ頭を使って戦える」

「……勝算は? 王都に全戦力を集めるのが最善と、リチャードは判断した。それを二つに戦力分散させちゃ、二連敗という最悪の事態もある」

「その心配はもっともだ。けど、ここには俺がいる!」


 どうやら衛兵たちの中では、腕相撲で賭けをやってる者たちもいるらしい。

 やがて、屈強な巨漢の男が歩み出た。ナイ=ガラアから来てくれた兵士たちの中でも、一際目立つ巨体だ。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたるその腕は、アレサの胴回りより太そうだ。

 男はアレサを見下ろし、なにか挑発の言葉を投げかけている。

 アレサは、不敵な笑みで指をクイクイと挑発し返していた。

 一層盛り上がる熱狂を見守りつつ、シズマは転使たちの答えを待つ。

 その時、今まで黙って食事をしていたアスカが口を開いた。


「あのさ。あーしは難しい話、わかんないけどさ。悩んでるってことは、どっちを選んでもいいような、どっちも捨てがたいような、そういう感じじゃん?」

「うっ、それは……けどなあ、俺たちは一応リチャードに返事をしちまってるし」

「でも、迷ってるじゃん。こーゆー時はさぁ、?」

「そんなことはないだろ、えっと、アスカ? だよな? 確か、ナイン・ストライダーズのナンバーツーの」

「それも元だしー? でさ、あれ見てよ。あのおっちゃんとアレサっち、どっち勝つと思う?」

「……は?」

「腕相撲だってば。ほら、やってんじゃん。賭けようよ」

「おいおい……お前たち、まさか俺たちをだましてんじゃないだろうなあ」

「はぁ? シズマはあーしと違って、すっごく頭いんだよ? めっちゃやばい頭の良さじゃんか。頭のいい奴がどうやって人を騙すのさ。理解不能だしー」

「……お前が微妙に馬鹿だってのはわかった、アスカ」


 不満そうにくちびるを尖らせて、またアスカは肉を頬張り始めた。朝はカロリーを気にしていたのに、今はあぶらとうとりこになっている。彼女は能力を失った分、普段の何倍も疲れたに違いない。今まで当たり前だったスピードは、以前より脚を酷使しても戻ってこない。

 それでも、彼女は仲間たちのために、エルエデンのために今日も走ってくれたのだ。

 迷わずシズマは、即答した。


「アレサが勝つ。俺はじゃあ、アレサに賭けよう」

「おい、シズマッ! 俺たちはまだ、賭けで決めるとは」

「……俺は、メイコとずっと一緒に育ってきた。だから、。俺なりに考えてみたが、何故メイコは魔王城を出て、うろうろアチコチを襲ってる?」

「え? そ、そりゃ……なんでだ?」

「メイコは平々凡々へいへいぼんぼんな女の子だった。それでよかったし、それがよかったと俺は思う。けど、そんなメイコがオンリーワンな凄い力を手に入れたら?」


 知ったような口をきくもんだと、内心でシズマは自分にあきれた。

 自分がメイコの、なにを知ってるというのだろう? 再会したあの日、ゆがんだ笑みを浮かべる彼女をわかってやれなかった。なにが彼女を駆り立てるのか、想像すらできない。

 日向ひなたのような存在だったメイコが、今は世界の敵で魔王なのだ。


「メイコは……地味な奴さ。でな、こつこつやるしかないって思ってるんだよ。どん臭くてとろいからさ、地道に努力するのが好きだ。つまり」

「……ゲームと同じって訳か? 魔王としてレベル上げをしていた。俺たち転使は、経験値を稼ぐためのザコ敵なのか」

「そうだ、魔王になった自分を試して、力を使いこなす試運転。それと、いろんな能力を回収して回ってる。もう何人もの転使が力を奪われた。ナイン・ストライダーズの一桁台の連中だって」

「まじかよ……待てよ、リチャードはそんなこと言ってなかったぞ!? 最強ギルド、ナイン・ストライダーズのフル戦力が一緒に戦ってくれるんじゃ」


 ここ最近、魔王軍の動きが静かだとアレクセイは言っていた。それでシズマは、ますますメイコへの確信を深めたのである。即ち、メイコはリチャードの王都決戦に対して、持ちうる最高の戦力を結集させているのだ。

 はからずも『負けないためのリチャード』と『必勝体勢のメイコ』が激突する。

 その間隙かんげきにシズマは割り込み、一気呵成いっきかせいに勝負をつけるつもりだ。

 シズマが全てを正直に話して黙ると、代表者たちは頷きを交わした。


「賭けが成立しねえよ、シズマ。どう見てもエルフの姉ちゃんが勝つに決まってらあ。……お前の話に乗る。だが、最後に転使一人一人の意思を確認して、それを尊重しろ」

「勿論だ」

「お前が言ったことを知った上で、王都に行く奴は行かせてやってくれ」


 話はまとまった。

 そして、一際大きな声が熱狂的に巻き起こる。アレサは苦戦する素振りを見せたものの、パワフルな逆転勝利を見せていた。一気に巻き返したので、相手はひっくり返って床に転がり、樽が木っ端微塵こっぱみじんに砕け散ってしまった。

 慌てて大男に手を伸べるアレサを、誰もが拍手で囲むのだった。

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