第22話「博打を避けるための賭け」
その夜は、
見知った顔もあったし、初めて会う転使もいた。
逆に、向こうにシズマを知らぬ者はいないらしい。
「さあ、食ってくれ! 俺のおごりだ。道は違えど、エルエデンを救うための決戦は近いんだからな! あ、それとも乾杯いっとく?」
酒場は今、飲めや歌えの大騒ぎである。
そんな酒場の
同席しているのは、王都へ向かう転使たちの代表者数名だ。
それと一応、アスカが側についてくれている。
「なあ、
「ああ。ただのシズマでいい」
「どういう風の吹き回しだ? なにを考えている」
「それを今から、話す。いいか、よく聞いてくれ……さっきも言った通り、王都での決戦はリスクが少ないが、0か1かの危険な賭けだ。分が良くても、賭けは賭けなのさ」
テーブルを囲む誰かが、ゴクリと
そして、いよいよシズマは本題を切り出した。
「だから、ここで叩く。決戦を挑むなら、王都の手前じゃなきゃ駄目だ」
「ま、待ってくれ。今からリチャードたちを呼びに行ったんじゃ」
「リチャードには声をかけていない。奴には奴のやり方があるだろうし、それは間違いじゃない。でも、俺の正解は別にある」
立ち上がると、シズマはテーブルに両手を突いた。
そしてそのまま、深々と頭を下げる。
「頼む! 王都ではなく、ここで俺と戦ってくれ! 魔王と!」
皆、黙ってしまった。
酒場を満たす喧騒だけが、
話し合いを代表者に任せた転使たちや、衛兵の男たちが楽しく宴会をしていた。言うなればこれは、シズマなりの接待だ。誠意を見せたつもりだ。
だが、ふと脳裏を懐かしい声が過る。
『シズマ、駄目だよぉ? 誠意って、形じゃなくて気持ちなんだから。……きっとシズマなら、形のないものでも誠意が伝わるよ。シズマ、いい子だもん』
そんなことを言って、いつもぽややんと
先日も会ったが、まるで性格まで豹変してしまったようだ。そして、その現実をシズマはこれから話さなければいけない。
誠意を言葉にして、辛くても伝えなければいけないのだ。
顔をあげたシズマは、
「魔王は……魔王の正体は、俺の幼馴染だ。一緒にエルエデンに召喚された、幼馴染のメイコなんだ」
息を
誰もが言葉を失い、次の瞬間には顔を見合わせる。
シズマは、周囲の賑やかさが遠ざかってくかのような錯覚に突き落とされた。声を潜める転使たちの囁きが、無限に続いて終わらないかのように思えたのだ。
だが、たっぷりと憶測を呟きあってから、代表の一人が声を上げた。
「つまり……今の魔王は、本来倒すべき魔王じゃない?」
「ああ。そして、本来の魔王以上に危険な存在になっている」
「メイコ、か……いや、待てよ? 確か、その名は」
周囲からも口々に声があがった。
「メイコ、そんな奴いたよな! 確か!」
「そうだ……
「ああ、そういや……あれか。なんか、はぐれたとか、探してるとか言ってて」
「そう! それでなんか、あれ? ど、どうしたんだっけか」
「どっかのギルドに入ってたよな。けど」
シズマとメイコは、異世界エルエデンに転移した際に離れ離れになってしまった。シズマは最強の魔力を持つ転使№一桁台だったので、その後の旅も苦労はしなかった。
だが、メイコはどうだったろうか。
いつも、シズマがいないと頼りなくて、一人で心細かったのではないだろうか。
そのメイコが
それを知るためにも、彼女の凶行を止めなければいけない。
「なにがあったのか、俺にはわからない。俺はてっきり、魔王にメイコは捕らわれてると……だから」
「あっ! じゃ、じゃあシズマ、お前が一人で魔王城へ突っ込んでったのって」
「リーダーのリチャードは慎重な男だ。準備に時間をかけたい気持ちもわかる、けど俺は……俺は、待てなかったんだ」
「そうか。そういう事情があったのか」
代表団の真ん中で、やや肥満体の少年が腕組み頷く。
他にもシズマは、リチャードが全ての領地から資材を吸い上げ、地方を見捨てたことなどを語った。嘘偽りなく、装飾せずに淡々と事実だけを告げたのだ。
自分の正義や正当性を主張する必要は、ない。
シズマにあるのは正義感ではないのだから。
まずは、ただただメイコを助けたい……それだけだ。
そんな時、突然酒場の中心で大きな歓声が湧き上がった。それで、誰もがその方向へと首を巡らせる。
「ウオオッ! また勝ちやがった! この姉ちゃん、スゲェぞ!」
「恐れ入ったぜ、あの細腕でもう五連勝だ!」
「エルフとは……? いや、嘘だろ……俺の知ってるエルフって、もっと、こぉ」
なにやら、酒の余興で凄く盛り上がっている。
酒場の中央に置かれた
負けた転使の少年も、ただただ驚きに目を丸くしている。
誰もがその美貌に目を奪われる中、シズマは言葉を選んだ。
「俺は魔力をメイコに奪われ、今じゃ普通のエルエデンの人たちより弱い。けど、アレサみたいに強い仲間に恵まれたし、なによりまだ頭を使って戦える」
「……勝算は? 王都に全戦力を集めるのが最善と、リチャードは判断した。それを二つに戦力分散させちゃ、二連敗という最悪の事態もある」
「その心配はもっともだ。けど、ここには俺がいる!」
どうやら衛兵たちの中では、腕相撲で賭けをやってる者たちもいるらしい。
やがて、屈強な巨漢の男が歩み出た。ナイ=ガラアから来てくれた兵士たちの中でも、一際目立つ巨体だ。
男はアレサを見下ろし、なにか挑発の言葉を投げかけている。
アレサは、不敵な笑みで指をクイクイと挑発し返していた。
一層盛り上がる熱狂を見守りつつ、シズマは転使たちの答えを待つ。
その時、今まで黙って食事をしていたアスカが口を開いた。
「あのさ。あーしは難しい話、わかんないけどさ。悩んでるってことは、どっちを選んでもいいような、どっちも捨てがたいような、そういう感じじゃん?」
「うっ、それは……けどなあ、俺たちは一応リチャードに返事をしちまってるし」
「でも、迷ってるじゃん。こーゆー時はさぁ、もうどっちでもよくね?」
「そんなことはないだろ、えっと、アスカ? だよな? 確か、ナイン・ストライダーズのナンバーツーの」
「それも元だしー? でさ、あれ見てよ。あのおっちゃんとアレサっち、どっち勝つと思う?」
「……は?」
「腕相撲だってば。ほら、やってんじゃん。賭けようよ」
「おいおい……お前たち、まさか俺たちを
「はぁ? シズマはあーしと違って、すっごく頭いんだよ? めっちゃやばい頭の良さじゃんか。頭のいい奴がどうやって人を騙すのさ。理解不能だしー」
「……お前が微妙に馬鹿だってのはわかった、アスカ」
不満そうに
それでも、彼女は仲間たちのために、エルエデンのために今日も走ってくれたのだ。
迷わずシズマは、即答した。
「アレサが勝つ。俺はじゃあ、アレサに賭けよう」
「おい、シズマッ! 俺たちはまだ、賭けで決めるとは」
「……俺は、メイコとずっと一緒に育ってきた。だから、メイコの考えることはだいたい分かる。俺なりに考えてみたが、何故メイコは魔王城を出て、うろうろアチコチを襲ってる?」
「え? そ、そりゃ……なんでだ?」
「メイコは
知ったような口をきくもんだと、内心でシズマは自分に
自分がメイコの、なにを知ってるというのだろう? 再会したあの日、
「メイコは……地味な奴さ。でな、こつこつやるしかないって思ってるんだよ。どん臭くてとろいからさ、地道に努力するのが好きだ。つまり」
「……ゲームと同じって訳か? 魔王としてレベル上げをしていた。俺たち転使は、経験値を稼ぐためのザコ敵なのか」
「そうだ、魔王になった自分を試して、力を使いこなす試運転。それと、いろんな能力を回収して回ってる。もう何人もの転使が力を奪われた。ナイン・ストライダーズの一桁台の連中だって」
「まじかよ……待てよ、リチャードはそんなこと言ってなかったぞ!? 最強ギルド、ナイン・ストライダーズのフル戦力が一緒に戦ってくれるんじゃ」
ここ最近、魔王軍の動きが静かだとアレクセイは言っていた。それでシズマは、ますますメイコへの確信を深めたのである。即ち、メイコはリチャードの王都決戦に対して、持ちうる最高の戦力を結集させているのだ。
はからずも『負けないためのリチャード』と『必勝体勢のメイコ』が激突する。
その
シズマが全てを正直に話して黙ると、代表者たちは頷きを交わした。
「賭けが成立しねえよ、シズマ。どう見てもエルフの姉ちゃんが勝つに決まってらあ。……お前の話に乗る。だが、最後に転使一人一人の意思を確認して、それを尊重しろ」
「勿論だ」
「お前が言ったことを知った上で、王都に行く奴は行かせてやってくれ」
話は
そして、一際大きな声が熱狂的に巻き起こる。アレサは苦戦する素振りを見せたものの、パワフルな逆転勝利を見せていた。一気に巻き返したので、相手はひっくり返って床に転がり、樽が
慌てて大男に手を伸べるアレサを、誰もが拍手で囲むのだった。
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