第20話「時は来たりて、策が動き出す」

 シズマは馬を走らせる。

 その背には、必死にミサネがしがみついていた。

 乗馬は久々だが、ナイン・ストライダーズの大賢者スペルマスターとして旅していた頃に何度か乗ったことがある。もっとも、ここまで鞭を入れての全力疾走は初めてだが。

 あの後、朝食を食べ終えてもミサネは部屋から出てこなかった。

 その理由を今、彼女は背負っている。


「アレサたちに追いつけますか、シズマ!」

「追いつけるか追いつけないかじゃないさ、追いつく! 信じてつかまってな、ミサネちゃん!」

「うわー、根拠のない自信……そゆとこでも、ボクは好きですよ?」

「へへっ、あんましれるなよっ!」

「はーい。……まったく、そういうとこですよ? シズマ」


 軽口を叩く余裕がある訳ではない。

 必死過ぎて、なにかで気を紛らわせないと緊張感が保てないのだ。

 今、二人を乗せた駿馬しゅんめが街道を駆ける。

 

 その先には、ミサネを待てずに先行したアレサたちがいるのだ。すでにもう、シズマの秘策は皆へと伝わり、乾坤一擲けんこんいってきの作戦がスタートしている。

 成功の鍵はアレサで、そのためには彼女の新しい剣が必要だった。


「あのですねー、シズマ」

しゃべってると舌をっ、みゅっ!? イタタ、俺が舌噛んだ!」

「シズマって、現実の日本にいるころからそういう感じですか?」

「ん? ああ、まあな。でも、俺はごく普通の高校生だったぜ? そりゃ、適度に人望もあるし、友達も沢山いる、委員会とか部活にも引っ張りだこ……でも、ただそれだけの普通の学生さ」

「……やっぱ、そういうとこなんですってば。もぉ」


 先程からなんだか、ミサネはみょうだ。

 シズマは道すがら、朝食時に仲間たちに明かした事実をミサネにも告げた。

 そう、魔王の正体は……今の魔王は、幼馴染おさななじみのメイコだ。

 シズマと一緒に、この異世界エルエデンに108人の転使てんしの一人として召喚されたのである。その能力は『』だ。

 メイコを救おうとしたシズマは一人で独断専行どくだんせんこうし、魔王の正体がメイコと知らぬまま敗北、特殊能力である無尽蔵の魔力を失ってしまったのだった。

 そのことをミサネにも、隠さず全て伝えた。

 自分がメイコを助けたいことも、エルエデンを救いたいことも。


「それで、シズマ……メイコさんって、シズマにとってどういう存在ですか?」

「ああ、そりゃ……幼馴染だろ? 俺たち、赤ん坊の頃からずっと一緒なんだぜ?」

「だーかーらー」

「まあ、そうだな。とても大切な存在さ。でも、あいつもそろそろ俺の世話ばっか焼いてないで、恋人くらい作りゃいいんだがな。結構かわいくて、学校でも密かに人気なんだし」


 ミサネは何故なぜか、黙ってしまった。

 だが、それを気にしているひまはない。

 シズマは全速力で馬を走らせる。

 ちょっとおっかないが、ビビっいる余裕などないのだ。

 やがて、風切る空気の中にわずかずつ、戦いの音が拾えるようになってきた。小規模だが、怒号どごうと悲鳴、そして剣戟けんげきの金切り声が耳朶じだを打つ。

 街道が交わるその場所は、小さな宿場しゅくばになっていた。


「みんな、待たせたなっ! アレサもっ!」


 シズマは、迫る光景の中へと飛び込んでゆく。

 そのまま手綱たずなをたぐるが、興奮した馬はなかなか止まってくれない。ナイ=ガラアから休まずカッ飛ばしてきたし、なにより眼の前に恐るべきモンスターがいる。

 馬のためにもと、シズマは背後のミサネへ腕を回した。


「ごめんよ、ミサネちゃん。飛び降りるぜ!」

「ひあっ! ちょ、ちょっとシズマ! 無茶ですよ!」

「無茶かもしれない、けど! 無理じゃ、ないっ!」


 そのままミサネを抱き寄せ、抱えるようにしてくらを飛び降りた。

 走り去る馬を見送りつつ、自分をクッションにしてミサネを守る。全身を鈍い痛みが襲ったが、貧弱な身体でもシズマは自分の頑丈さを信じた。

 そして、草原に大の字で倒れて、ようやくシズマはミサネを先に立たせる。


「だ、大丈夫ですか? シズマ」

「俺は、いい。アレサに早く……その剣を!」


 そう、剣だ。

 先日砕け散った剣の代わりに、ミサネが新しい剣を打ったのである。

 おずおずとシズマから身を離して、ミサネが振り返る。

 シズマも首を巡らせれば、仲間たちは少数の衛兵たちと共に戦っていた。その中で、アスカがこちらを振り返る。


「あっ、シズマ! 遅いし! アレサっち、シズマたちが――」


 アスカの声を、耳をつんざく絶叫が塗り潰した。

 それは、恐るべき獣の咆哮ほうこう……シズマも全身の肌が粟立あわだつのを感じた。

 巨大な翼を広げて、目の前に恐るべき魔獣が立ちはだかっている。対峙たいじするアレサの背中が、とても小さく見えた。

 アレサの周囲には今、無数の剣が大地に突き立っている。

 その一本を引き抜くと同時に、彼女は折れた剣を捨て去った。


「シズマ! ミサネも! お待ちしてましたわ……恐らく、このワイバーンは魔王軍の斥候せっこう!」


 そう、ワイバーンだ。

 ワイバーン、すなわち飛竜。それは万物の頂点にして摂理せつり権化ごんげ、ドラゴンの眷属けんぞくだ。ドラゴンと違い知能は低く、前腕部は鉤爪かぎづめのついた翼になっている。


 ――


 これはシズマたちの現実世界でも一緒である。昆虫などを除けば、基本的に脊椎動物せきずいどうぶつは翼か腕かを選択して進化した。

 ワイバーンは翼を得て空に舞う強さを得たが、基本はトカゲのようなものである。

 ただし、その巨体から繰り出される攻撃は強力で、口から吐き出される炎は鉄をも溶かす。ドラゴンには程遠いものの、危険なモンスターであることに変わりはない。


「斥候、つまり偵察か!」


 シズマもようやく身を起こして、痛みに絶えながら叫ぶ。

 機動力にけたワイバーンは、魔王軍では空騎兵エアキャバルリーの乗り物としても使われる。ゴブリンやコボルトが乗れば、よくあるファンタジー創作の竜騎士りゅうきしが出来上がりという訳だ。

 どうやら今回はワイバーン単体のようだが、アレサは苦戦している。

 急いでシズマも、銀の弓を構えて戦線に加わった。


「アレサ、ミサネの武器を受け取ってくれ。その間、俺がアスカと時間を稼ぐ!」

「そゆこと! さあ、シズマ! あーしももう頼りになんないんだから……上手く連携してよね。……こゆの、今まで気にしたことないけどさ」

「大丈夫だ、アスカ。何事にも初めてはある。初体験は早いほどいいってな!」

「はつ、たい、けん? ……初体験しょたいけん!? ちっ、ちが、あーしはまだだし! っとっとっと」


 ワイバーンの羽撃はばたきが、強い風圧を叩きつけてくる。

 繰り出された空気の刃がアスカを襲った。彼女は二刀流の刀でそれをいなし、次の真空波ソニックブームを大きく避けた。

 以前の彼女なら、対処の必要ない攻撃だったろう。

 神速のスピードを持つ韋駄天少女スピードスターには、あらゆる攻撃が当たらないのだから。

 だが、今は地に足のついた間合いで、アスカは懸命に戦っている。

 それはアレサも同じだった。


「ディリアさんも、少しだけワイバーンをお願いしますわ。今、行きますの! ミサネ、わたくしの新しい剣を!」


 再びアレサは、壊れた剣を捨てて次の剣を抜いた。それを横薙ぎに振って、彼女もまた空気の断層から風の刃を生む。しかし、それは空飛ぶワイバーンには当たらない。

 空から頭上を抑えられると、やはり不利だ。

 そして、先日の洞窟での戦いを思い出してしまう。

 走り出したアレサの背で、ディリアが魔法を使って彼女を援護する。

 そして、ミサネもまた巨大な剣を背負って疾走していた。


「これです、アレサ! 自慢じゃないですけど、ボクの最高傑作ですから!」


 アレサへと全力で、降ろした剣をミサネが投げた。

 投げた反動で、ミサネはそのままクルクル回って倒れた。

 それを受け取ったアレサへと、ワイバーンが真っ赤な口を開いて吠え荒ぶ。次の瞬間、ワイバーンの喉奥から灼熱の業火が込み上げるのが見えた。

 思わずシズマは、弓に矢をつがえつつ叫ぶ。


「アレサ、さっき教えた魔法だ! 俺が援護するっ!」


 放った矢が、僅かにワイバーンの攻撃を遅らせた。だが、やはりシズマ自身の腕力が足らず、半端に射られた矢が甲殻と鱗を歌わせ跳ね返る。

 そして、獄炎ごくえんほむらがアレサを包んだ。

 黒いシルエットとなって、その姿が炎の中に揺れている。

 いな、微動だにせず仁王立ちしている。

 そして、まばゆい光と共にアレサを蝕む烈火が霧散した。

 そこには、火傷一つ無いハイエルフの戦士が身構えている。


「フォースレジストの呪文、ワイバーンのブレスもちゃんと防いでくれますの! あとは」


 そう、先に出発するアレサに、シズマは手短にだが新しい呪文を教えていた。フォースレジストは、初歩的な防御魔法の一種だ。対象へと、攻撃魔法のたぐいから身を守る力を与える。それは同時に、モンスターの様々なタイプの特殊攻撃にも対応できるのだ。

 ワイバーンがわずかに驚き、短く鳴いた。

 次の瞬間、アレサは新しい剣をさやから抜く。

 それは、鉄塊てっかい

 アレサの身長ほどもある巨大な蛮刀ばんとうだ。形こそ西洋のブロードソードを思わせる無骨なものだが、ミサネの作品にしては珍しく意匠がヒロイックだ。だが、そこだけ遠近感が狂ったかのように、ありえない幅広の刃は途方もなく長大である。

 抜刀しきれず、アレサは上手く剣を振って鞘を投げ捨てる。

 だが、反動でよろけて切っ先はドスン! と地面をえぐった。


「まあ……とても重いですの。でも……パワーレイジ! パワーレイジ、パワーレイジ、パワーレイジッ! はあああっ!」


 アレサは、鍛え抜かれた全身の筋肉を活性化させた。繰り返し重ねがけされた補助魔法が、細身の肉体に宿る筋力を何倍にも増幅させてゆく。

 ふわりとアレサの金髪が舞い上がり、彼女は片手で楽々と巨剣を持ち上げた。

 ミサネの叫びに呼応するように、彼女は地を蹴りワイバーンへ斬りかかる。


「アレサ、ボクは伝説の剣は造らないけど……その剣はきっと、アレサの伝説を創るっ!」

「ならば、ちかいますわ! ミサネの剣に誓って……牙なき民の牙になりますの! はああっ、DESTROYデストッ、ロオオオオオイィィィィィィッ!」


 全身の筋肉を躍動させ、空中をせるアレサが剣を引き絞る。

 横薙ぎに放たれた轟撃ごうげきは、巨大な剣の重さを忘れたかのように突き抜ける。

 あっという間に、ワイバーンは真っ二つになってしまった。

 着地するアレサが、えい! と刃を振って血糊ちのりを捨てる。

 その姿は、可憐な容姿といかつい武器のミスマッチが、不思議とシズマに無類の頼もしさを感じさせるのだった。

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