第19話「いい一日は朝食から」

 城の広い食堂へ行くと、衛兵や文官たちがそこかしこで朝食を取っていた。皆が忙しそうで、疲れた表情ばかりだ。だが、彼等彼女等かれらかのじょらの瞳には強い光があった。

 そして、すみの方からシズマたちを呼ぶ声がおおらかに響く。


諸君しょくん、こっちだ! 悪いが先に頂いているよ。君たちの朝食もすぐに運ばせよう」


 天井の高い、そこは学校の食堂に似ていた。

 領主のイメージがシズマの中で、どんどん庶民的になってゆく。一人で豪華な食事をするかと思っていたが、アレクセイの食しているものは周囲と変わらない。

 そして、そんな彼の横に小さな少女がかしこまっていた。

 立派な頭部の角は、自然と周囲の者たちの視線を集めている。l

 魔族のおさ、元魔王のベルリアだ。


「ああ、おぬしか。昨日は助かった。領主殿にも今、改めて礼を述べたところじゃ」

「おはようございます、ベルリアさん。そういえば、俺に話があるって」

「まあ、まずは座るのじゃ。領主殿にも挨拶せい」

「そ、そうだった、じゃあ……おはようございます、アレクセイさん」


 アレサやアスカ、ディリアも揃って朝の挨拶を口にする。

 アレクセイはにこやかに頷き、同じ挨拶を返してくれた。


「さ、座りたまえ。ミサネ君もすぐに来るだろう」


 席を勧められ、シズマたちは並んでアレクセイたちの向かいに座った。すぐ近くでは、騎士らしき男たちが食事を取っている。鎧姿にかぶとを準備し、戦支度が整っているように見える。

 恐らく、昨夜は城の誰もが忙しく過ごしたに違いない。

 城壁の外とはいえ、このナイ=ガラアのすぐ外に魔族たちがいたのだ。

 だが、疲労を滲ませつつも彼らにひりつくような冷たい緊張感はない。

 シズマも、昨夜はなにも騒ぎがなかったことは知っている。


「さて、朝食を食べつつ情報を共有したい。私はこの通り、執務も片付けながらだが、どうか勘弁してほしい」


 先程から、アレクセイは書類の束を手にサンドイッチを食べている。他にもテーブルには、サラダや卵料理、茹でた腸詰めなどが並んでいた。

 勿論もちろん、パンもバケットからトーストまで一通りある。

 早速アレサが、シズマたちへと料理を取り分け始めた。

 その甲斐甲斐しい光景に目を細めつつ、アレクセイが小さく声をひそめる。


「実はだね……先日のリチャード君の件だが」

「……すみません、アレクセイさん。一緒に冒険してた頃は、あいつもあそこまで極端じゃなかったんですけど。な、アスカ」

「やっば、美味い! なにこれ、すっごい美味おいしいんですけど! ……んあ? そ、そだね。少なくとも、ちゃんと勇者? してた気がする。仲間もちゃんと守ってやってたし、あーしにも色々教えてくれたし。……難しい話ばっかでよくわかんなかったけどさ」


 アスカはフルーツに手を伸ばし、オレンジみたいな柑橘系の果実にかじりついていた。綺麗に切られて四等分になってる、その一つを一口で皮だけ残して平らげている。

 きっと朝から激しい運動をしたから、お腹が減っているのだろう。

 シズマもアレサから皿を受け取り、フォークを手に取った。

 だが、アレクセイは静かに落ち着いた口調で話を続ける。


「後ほど、王都への支援物資を運ぶ輸送隊を送り出すことにした」

「……アレクセイさん、それは」

「このナイ=ガラアは王国の一部で、私はその領主だ。私は国王からここを預かる身として、個人の感情とは距離を取って判断する必要もある」

「なるほど、確かにな。無事にエルエデンが救われて平和になったら……手を貸さなかった奴はそこに居場所を失っちまう。でも、ナイ=ガラアの守りは大丈夫ですか?」

「ああ、それなら心配はない」


 にこやかにアレクセイは、ティーカップから紅茶を飲む。

 そして、その隣でベーコンをかじっていたベルリアが言葉尻を拾った。


「この都市の防衛に、我ら魔族も手を貸すことにしたのじゃ。我らは誇り高き一族、決して恩は忘れぬ。我にすでに魔物を統べる力はないが、皆も了承してくれている」

「当面は、城壁の外の警備と見回りを魔族の皆さんにお願いした。ベルリア君の申し出を聞いて、城の者たちも少し態度を軟化させている。きっと、市民にもわかってもらえる日が来るはずだ」


 このナイ=ガラアでは、ルベリアやディリアのような魔族は歓迎されていない。彼女たちはこのエルエデンに住まう種族の中でも、特別強い力を持つ悪魔の眷属けんぞくなのだから。

 だが、ルベリアが率いる少数の魔族は、誰もがおとなしく理性的だ。

 それを信じたアレクセイの英断を、シズマは流石さすがだと内心で称えた。

 アレサも感激した様子で笑みを浮かべる。


「とてもいいことです、アレクセイ。流石ですの! 素晴らしい采配ですわね」

「ええ! そうですとも、アレサお姉ちゃん。このアレクセイ、昨日は寝る間も惜しんで――おおおっ! フゥン!」

「お行儀が悪いですわ、アレクセイ。食事中に立ち上がるのも、筋肉美を誇示こじするのもいけません。めっ! ですの」

「おおっと、私としたことが……いかんいかん。紳士たるもの、筋肉は秘すれば花」


 いつもの調子で上半身がパンプアップして、アレクセイの着ているシャツがピチピチに膨れ上がった。だが、アレサが軽くとがめると、彼は静かに興奮を引っ込める。

 この人、本当にアレサに弱いんだなあと、シズマもなんだか面白かった。


「アレクセイ、睡眠はちゃんと取らないといけませんわ。能率が落ちますの」

「いやはや、面目ない。実は、各部署との調整作業が忙しく、休む間もありませんでな」

「まあ……働き者のアレクセイ、それでも少し、ほんの少しでも寝た方がいいですの」

「少し落ち着いたら、考えておきましょう」


 アレクセイを心配しつつ、アレサは次々と料理を平らげる。

 その健啖家けんたんかっぷりには、アスカも唖然あぜんと目を丸くしていた。彼女は最初こそ豪快にフルーツを頬張っていたが、体重を気にしてかサラダを少し食べてお茶を飲んでいる。

 だが、アレサは朝から肉料理を中心にガッツリいっていた。

 お上品に食べつつ、周囲と話を続けてテーブルマナーも完璧だ。

 しかし、あの細い体のどこにと思うくらい、大量の料理が消えてゆく。


「アレクセイも朝はちゃんと食べないといけませんわ。特に、頭を使う仕事が大変な時は、糖分を取るといいのです。さ、少しフルーツを取り分けますの」

「アレサお姉ちゃん、いや、周囲も見てますので」

「領主といっても、アレクセイは小さい頃から周囲の者のために頑張り過ぎです。アレクセイ自身が元気でいないと、他の者も心配するでしょう」


 完全に世話焼きお姉ちゃんモードのアレサがいた。

 そして、その姿にシズマはとある面影おもかげを重ねる。幼い頃から、今のアレサのように面倒を見てくれた幼馴染おさななじみがいた。同い年なのに姉貴面して、そのくせに引っ込み思案で人見知り。でも、気付けば側にいてくれる女の子だった。

 その少女は今、ルベリアから奪った力で魔王をやっている。

 シズマもアスカも、転使てんしとしての力を吸収されてしまったのだ。


「さ、アレクセイ。たんとお食べなさいな。私、以前の聖戦時代に当時の転使たちと旅をしたことがありますわ。ふふ、なつかしい……わたくし、


 思わずシズマは「えっ?」とフォークを止めてしまった。

 だが、冷えた牛乳を自分のグラスに注ぎつつ、アレサは懐かしむように言葉を続ける。


「アレサは凄い脳筋だね、などと褒め称えられ……わたくしは知ったのです。。頭の中にある、知識と知恵をつかさどる脳。!」

「おお、なるほど! 脳筋! やはり、アレサお姉ちゃん!」

「ええ、筋肉ですの……筋肉は全てを解決しますわ。アレクセイ、貴方あなたも脳の筋肉を鍛えて、領主として頑張らねばなりませんの」


 いや、脳筋ってそういう意味じゃない。

 エルエデンには、以前も何度か世界の危機が訪れていた。その都度つど、神は異世界から108人の少年少女を召喚し、転使として様々な特殊能力を与えたのだ。前回は約百年前、今では聖戦と呼ばれる戦いがあったという。

 齢200歳を超えるアレサは、その時から冒険者として旅をしていたのだ。

 鍛えた己の筋肉と、剣一振りだけを頼りに。

 改めてシズマは、エルフの常識を超えたエルフ、アレサのまずしさに感嘆した。別の意味で驚いたのか、アスカも呆気に取られている。

 その時、静かに食事をしていたディリアが話題を変えてきた。


「ベルリア陛下の命で、情報収集も始めている。例の魔王は、元は転使と見た……その力は、相手の能力を奪って自分のものとする。今もどこかで暴れているとすれば、即急に対処せねばならない」


 同感だ。

 そして、そのことでシズマはいよいよ秘密を打ち明ける気になった。

 静かにテーブルの皆を見渡し、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「そのことなんだけど、みんな。ちょっと聞いてくれ……まずは告白、あの魔王は……あの女の子は、メイコ。俺と一緒にこのエルエデンに召喚されてしまった、幼馴染だ」


 穏やかな朝の雰囲気が、静かに凍った。

 そう、本来の魔王は目の前にいるルベリアなのだ。彼女が何故、現在のエルエデンで人間社会を脅かすことになったか、それはまだわからない。

 そして、最も不可解なのがメイコの行動だった。

 自分から積極的に動くことなど、現実では滅多になかった。

 そのメイコが今、魔王に成り代わって魔物の軍勢を率いている。自分を除く107人の転使を狙って、神から与えられた能力を奪い続けているのだ。


「ごめん、今まで話せなかった。そして、俺は魔王を止める、このエルエデンの民を救うけど……絶対にメイコを助けたいんだ。倒しても、殺さない。誰がなんと言おうと、メイコに馬鹿な真似まねをやめさせて、一緒に現実世界に帰りたいんだ」


 一瞬の沈黙。

 そして、すぐ隣で響く声は落ち着いていた。


「わたくしも、そのメイコさんという方に会いましたの。なにか、やむにやまれぬ事情があるのかもしれませんわ。それに、ルベリアさんと話してみてわかりました。魔族とも、わかり合えますの。時間と手間を惜しまなければ、ちょっぴりでも仲良くなれるのですわ!」


 アレサは一人、フンス! と鼻息も荒く食事を続ける。

 そして、アスカやディリアも、感化されたように強く頷いてくれた。

 ルベリアは複雑な表情をしたが、どこか納得したように黙る。

 そして、シズマは自分の秘密を打ち明けた上で、今後の方針を明かした。王都での決戦が行われるが、参加はしない。ナイ=ガラアは勿論、全ての領地や街、村を守りたい。

 そのためには、暴れまわってる魔王メイコを止める必要がある。

 もう既に、秘策という名の矢がシズマの脳裏に番えられていた。

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