第16話「最強勇者、登場」

 夕暮れ時、再びシズマは仲間たちとナイ=ガラアへ戻ってきた。

 大瀑布だいばくふの轟音がかすかに聴こえてくると、滝壺たきつぼを取り巻く街並みが近付いてくる。出戻りに等しい形だが、安全な場所に戻ってくると安心する。

 今は心身を休めて、今後のことをじっくり考える必要があった。

 シズマは馬車を怪我人や女子供に譲って、ミサネと最後尾を歩いていた。


「ミサネちゃんはいいのかい? 疲れただろ」

「いやあ、ボクはほとんどなにもしてなくて。……戦闘だと、なにもできないんですよね」

「そっか。でも、これから忙しくなる。そうだろ?」

「ええ」

「期待してるぜ? 俺も、造ってもらったコイツを使いこなしてみるからよ」


 シズマは背の弓を降ろして、構えてみせる。

 やはり、硬い……げんを引けば重く、高い威力が期待できる反面、今の腕力ではなかなか使うのが難しそうだ。それでも、魔力を失ったシズマにとっては頼もしい相棒である。

 矢の作り方も、先程から道すがら教えてもらったし、今夜試してみるつもりだ。

 そして、ミサネの手には今……砕けて折れた一振りの剣があった。


「ボクなりに、かなりの業物わざものとして鍛えたつもりだったんですけどね」

「パワーレイジ……ようするに、攻撃力アップの魔法を重ねがけしたからな」

「アレサの筋力を何倍も高める呪文。それに武器が耐えられなかった。やっぱり、そろそろ本格的に造るしかありませんね」


 ミサネが手を抜いていた訳ではない。

 彼女は特別な一品物ワンオフよりも、多くの人が便利に扱える量販品ますプロダクトの作成を好むのだ。神によって召喚された転使てんしだけが使える武器は、このエルエデンの人たちにとっては扱いが難しい。だが、実際に魔物から街を守ったりするのは、108人いる転使だけではないのだ。


「強過ぎる武器は争いを呼びます。いわゆるレアアイテムというものは、転使の間で奪い合いになることもありますよ。でも、アレサにならたくしたいですね……ボクの最高傑作を」

「おう、そうしてやってくれ。俺も協力するからさ」

「頼りにしてます、シズマ。ふふっ、それにしても……よほど疲れたんですね」


 ミサネが小さく笑うと、シズマもうんうんとうなずいた。

 アレサはどろのように眠っている。アスカもだ。二人はいつしか打ち解け、今はたがいの背により掛かるようにして寝ていた。よほど疲労が蓄積したのだろう。

 同じように、魔族たちも疲弊ひへいしていた。

 死者こそ出なかったものの、魔王メイコの襲撃で多くのものを失い過ぎたのだ。魔王の座を追われたベルリアと、付き従うディリアたち……集落の人口は200人程だ。

 皆、隠れ住む安住の地を追われ、束の間つかのまの平穏さえ奪われたのだ。

 そんな中でも、ミサネのポジティブな笑顔はとてもありがたい。


「でもでもっ、アレサに即興で魔法を教えるって凄いですね!」

「まあ、伊達に全ての魔法を知っちゃいないさ。アレサの飲み込みも早かった、一度説明しただけで習得しちまったしな」

「もともとエルフ、それもハイエルフのお姫様なので、魔法への高い適性はあるんです。ただ」

「ああ。魔力を自分の外に出せない。けど、自分へ効果が限定された魔法は使える。つまり、補助系や回復系だな」

「筋トレ以外にもまだまだ、アレサには強くなれる余地があるんですね」


 打倒魔王の旅は、まだ道半ば……というか、一歩も進んでいない。

 それでも、シズマは前向きにやるべきこと、やれることからコツコツこなしていくつもりだ。それに、幼馴染のメイコを救わねば、彼女がこの世界を滅ぼす魔王になってしまう。

 日向ひなたのように優しいメイコに、そんなことをさせる訳にはいかない。

 そう思っていると、なにやらナイ=ガラアの入り口が騒がしい。

 街の外周を囲む城壁の中央、巨大な城門の前に人だかりができていた。

 しかも、皆が鍬や鋤、木の棒などを持っている。


「領主様だ、アレクセイ様が戻られたぞっ!」

「やはり聞いた通り! 魔族だ! 魔族を連れている!」

「アレクセイ様、何故!? どうして連中を街に連れてくるのです!」

「みんなっ、武器はいいな? 絶対に街に入れるんじゃねえぞ!」


 殺気立つ民が、門を塞いでいた。

 皆、瞳に不安と怒りを揺らしている。

 無理もない、魔族とはモンスターである以上に、人間やエルフと同列の種族なのだから。それも、強い力を持って君臨する強者にして害悪なのである。

 その頂点こそが、以前の魔王だったルベリアだ。

 だが、今の彼女にその力はないし、魔族たちにも敵意は存在しない。

 メイコによって、魔族たちは自分たちのありかたを失ってしまったのだ。

 すぐにアレクセイが前に出て、自分の領民たちをなだめようとする。


「待ちたまえ! 落ち着いて欲しい。我がナイ=ガラアの市民たちよ」


 あ、ポージングしなくても喋れるんだ……咄嗟とっさに間抜けなことを思ってしまったシズマだが、ただならぬ緊張感に思わず駆け出す。

 ミサネもすぐに、あとに続いてくれた。

 あくまで落ち着いて対応するアレクセイだが、気色けしきばった民は軽い興奮状態だ。


「この者たちは魔族だが、危害を加える心配はない。住処すみかを失い困っているので、私が保護したのだ。どうか、彼らに一時の衣食住を与えることを許して欲しい」

「しかし、領主様! このナイ=ガラアは領主様のおかげで平和だし、守りも完璧だった。その内側に魔族を入れたら……」

「魔族のおさとは話がついている。甘いと言われるかもしれんが、困っている人間を見捨てないと……そういう領主になると、私はある人に誓ったのだ」


 それは多分、アレサのことだ。

 見た目の年齢を追い越してしまったが、今もアレクセイはアレサとの日々を覚えているのだろう。それも、懐かしい思い出としてだけではなく、幼少期から見てきた気高い生き方そのものをだ。

 エルフは長寿で、見た目も老化せず美しいままだ。

 永遠の少女であるアレサとは、アレクセイは同じ時間を生きることはできない。

 でも、同じこころざしを持って生きることは可能なはずだ。


「皆も不安とは思う! だが、信じてほしい。魔族たちが信じられずとも、彼らを信じた私を信じてほしいのだ。勿論もちろん、彼らを保護するために使うのは、私の私財だ」

「領主様……どうしてそこまで」

「これが、これがっ! これこそがああああっ、フンッ!」


 やっぱり来た。

 当然のように脱いだ。

 二度と着れぬ状態に服を霧散させ、見事な筋肉をアレクセイは顕にする。毎度お馴染みの光景で、本日二度目だ。先程着替えたばかりのシャツが細切れになった。

 そして、領民たちからは「おお!」と、謎の感嘆の声が上がる。

 アレクセイの人望と人徳、そして筋肉は知れ渡っているようだ。


「ヌゥン、ハァ! これが私のノブレス・オブリージュ。救いを求める者がいれば、人であろうと魔族であろうと、関係ない。そういう男でなければ、諸君らナイ=ガラアの民が誇れる領主たりえぬのだぁ!」


 凄いなとシズマは感心してしまった。

 露出狂な上に筋肉ナルシストなところではない。

 アレクセイの人格が、とても高潔なものに感じるのだ。

 シズマが口を挟むまでもなかったようである。

 互いに顔を見合わせる領民たちからは、徐々に納得の言葉が聴こえてくる。それはシズマにとっては、とても凄いことに思えた。アレクセイが今まで、ナイ=ガラアの街を正しく統治してきた結果だ。それだけ領民に慕われ、アレクセイが言うならと思わせてしまう。

 だが、不意に聞き覚えのある声が走った。


「ハッハッハ、お待ちいただこうか! 領主アレクセイ、そんな偽善が通用する状況かな? それともやはり……貴方あなたはこのナイ=ガラアのことしか頭にない人間って訳か!」


 詰め寄る民が左右に割れて、その奥から一人の少年が現れた。

 その姿に思わず、シズマは大声をあげてしまう。


「あっ、お、お前っ! リチャードじゃないか!」

「そういう君は、シズマ……かつて仲間だった大賢者スペルマスター、シズマじゃないか」


 そう、このリチャードこそが、最強転使集団ナイン・ストライダーズのギルドマスターだ。転使№てんしナンバー001、まさしく勇者としか表現できぬ最強の力を持った男である。

 本来、転使には一人一人に突出しつきぬけた力が与えられる。シズマたちを召喚したこの神が、エルエデンを救うために授けた驚異的な能力だ。シズマなら最強の魔力、アスカなら極限の機動力、ミサネのような非戦闘員タイプにも武器作成のスキルが与えられている。

 リチャードは、そのほぼ全てを包括ほうかつする万能な力が与えられている。

 かつてのシズマに匹敵する魔力を持ち、アスカと同等のスピードを持っているのだ。


「どこへ行ったかと思えば、こんな所であうとはね」

「そりゃこっちの台詞せりふだ。リチャード、もしかしてお前……」

「そうさ、ナイ=ガラアに危機を知らせたのは僕だ。魔族を街に入れるなんて、とんでもないだろう?」


 切れ者だけあって、耳が早い。

 転使の中には、気配を殺しての諜報活動ちょうほうかつどうけた者もいる。ギルドの仲間を使って、先程の事件も知っているのかもしれない。

 同時に、気になる……魔王の正体がメイコだと、バレているのかが。

 ゴクリ! とのどを鳴らしつつ、シズマは平静をよそおった。


「もう話はついた、ナイ=ガラアの人たちは魔族を受け入れてくれる。そりゃ、全員が納得してはいねえよ? けど、アレクセイさんがフォローしてくれるし、今の魔族たちは無害だ」

「その保証は? なにをもって担保とするんだい?」

「そんなものは、ないっ! ないが、確実にあるんだ」

「ハッ! なんだいそれ……あまり英国紳士ジョンブルを怒らせるなよ?」


 リチャードはイギリス人だ。日本以外からも多くの少年少女が、ここエルエデンに召喚されている。異世界では何人だろうと、神の遣わした転使だった。

 だが、リチャードは以前からその使命感が強過ぎる男なのである。

 無敵の大賢者だった時は、シズマはそのことが気にならなかった。

 自分も同じ強者で、戦うことだけを求められていたから。でも、今は違う……能力を失ったからこそ、わかる。この世界は多くの人間たちで支え合ってできてると理解できるし、恐らく現実も同じだ。

 現実でメイコが常に助けてくれていたことを、シズマはさっきまで知らず感じなかったのだ。


「それよりシズマ、アスカはどうした? あの馬鹿、僕の命令を無視するなんてさ」

「……馬鹿って、言うな」

「ン? いやあ、あの女は頭が悪い。でも、その力は有益だからね。これから大きな戦いがある……最終決戦だ。例の魔王はもう、城で勇者を待ってるだけの驚異じゃない」


 見下すような笑みで、リチャードが腕組み胸を張る。

 そして、彼の口から恐るべき事実が告げられるのだった。

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