第14話「光を目指して」

 強いショックで、シズマは混乱の渦中にあった。

 崩落する天井が視界を覆う中で、腕に抱くアレサだけが温かい。

 だが、そのぬくもりでは拭えぬ衝撃が突き刺さっていた。

 そう、異世界エルエデンを脅かす魔王……それは、一緒に召喚された幼馴染おさななじみのメイコだった。そして彼女は、正体を明かした上で再度、シズマを攻撃してきたのだ。

 脳裏に今も浮かぶ、メイコとのなにげない日常。


『えっ、また告白されたの? もぉ、ちゃんとお返事しないと駄目だよ? 誠実にね?』


 いつもどんくさくて、それなのに世話焼きで姉貴面する。

 毎日一緒に登校して、一緒に帰って、時には一緒に過ごしてきた。メイコはわざわざとなりの自宅からやってきて、掃除や洗濯をしてくれることも多かった。


『んー、シズマにはわたしがいないと駄目なんだよねぇ。ふふっ、だって心配じゃない』


 ずっと、逆だと思っていた。

 シズマは、自分がいないとメイコが駄目だと思っていた。彼女は内気だし人見知りで、シズマがリードしないと人と打ち解けることができなかった。だから、常に手を引いていた気がしたし、そうして人の輪の中でメイコの笑顔を沢山見てきた。

 それが、何故なぜ……どうして?

 その答えは今、自分の中のどこにもない。


「っ、う……ここは? そうか、洞窟が崩れ落ちて……閉じ込められたか」


 どれくらい、気を失っていたのだろう。

 シズマが身を起こすと、そこは薄暗い世界だった。

 まだ焦げ臭さが鼻をついて、そこかしこに残り火が燻っている。

 そして、助けたはずのアレサはすでにいなくなっていた。

 立ち上がれば、どこか息苦しい。

 そして、暗闇の奥から激しい音が響き渡る。


「アレサ? そこにいるのか? 無事か!」


 よろけつつも、音のする方へと駆け出す。

 すぐにアレサの背中が見えた。白い肌がまるで、ぼんやりと光っているように見えた。

 だが、振り向く彼女の笑顔に焦燥感がにじんでいた。


「あら、シズマ。おはようございますの!」

「あ、ああ。……すまん、また気絶してた。こればっかだな、俺」

「いいえ、そんなことないですわ。シズマはいつも、誰かを守るために気絶してますの」

「いや、気絶したくて気絶してる訳じゃないんだけど。でも、サンキュな」


 シズマはすぐに、アレサがなにをしてたかを察した。

 崩落した岩が道をふさいで、外への脱出路が塞がれていた。

 アレサは剣でそれを断ち割ろうとしていたのだ。だが、汗に濡れた彼女の呼吸が、無言でシズマに教えてくれる。鍛え抜かれた筋肉でも、流石さすがに分厚い岩盤は切り裂けない。

 見れば、アレサの愛用の剣も刃こぼれしてボロボロだった。


「クソッ、生き埋めか」

「ええ、ですがではありませんわ。生きてますの……ですから、ハァッ!」


 再びアレサが剣を振るう。

 横薙ぎの一撃が放たれ、岩に鋭利な切断面が刻まれた。

 だが、それだけだ。

 たとえ目の前の岩を斬れても、その奥も埋まっている可能性がある。

 そして、アレサは肩を上下させながら再び構えた。

 慌ててシズマは、そんな彼女を止める。


「アレサ、少し休んでくれ。それに……まずいぞ、呼吸がだんだん苦しくなってくる」

「は、はい……ごめんなさい、シズマ。わたくしの鍛え方が、筋力が足りませんの。こんなことで」

「いや、まずは体力を温存しよう。それに、まだ炎はそこかしこで燃えている。酸素が薄くなってきてるんだ」


 外にはミサネやアスカがいるから、このままということはないだろう。

 だが、すぐに復旧するような崩落とは思えない。

 あの時、魔王メイコが使った禁術、スターシェイカーは強力な呪文だ。使用が禁止される程に危険な大魔法であり、惑星全体を揺るがす程の力を持つ。その震源地となったこの洞窟は、既に以前のような居住性を残していなかった。

 加えて、炎が酸素を無情にも奪っていく。


「アレサ、座って。呼吸を落ち着かせて、水分補給を」

「え、ええ……ですが、水は貴重ですわね」


 ぺたんとその場に座ったアレサは、腰のポーチから水筒を取り出す。戦闘中の荷物を減らす意味でも、彼女の飲水はわずかな分しか携帯されていなかった。

 シズマにいたっては、咄嗟とっさに飛び出してきたのでなにも持っていない。

 アレサは水を一口飲むと、水筒をシズマにも向けてくる。

 迷ったが、のどの乾きを癒やすべく礼を言って受け取るしかなかった。


「……シズマ、少しお聞きしてもいいですか?」

「ああ。魔王のことだよな? そう、あれは……俺の幼馴染、メイコだ」

「メイコさん、とおっしゃるんですのね。彼女が、シズマの助けたい人だった」

「だが、妙だ。ああいう奴じゃないんだよ、本当は。いつもなんか、ぽややんとしててさ。それに、無視も殺せないようや奴なんだ。呑気のんきで優しくてマイペースで!」


 気付けばシズマは、震えていた。

 頭の中がグチャグチャで、混乱から来る恐怖が忍び寄ってくる。そして、一度その闇に包まれると、どんどんシズマの声は震えていった。

 だが、ちょっと迷う素振りを見せつつ……近寄ってアレサが抱き締めてくれた。


「大丈夫ですわ、シズマ。なにか事情があるのではと思います。例えば、そう……本当の魔王に、今のメイコさんは操られている。捕らわれていたのなら、いくらでも可能性はありましてよ」

「あ、ああ……」

「わたくしは体力を、シズマはいつもの冷静さを取り戻しましょう。……ほら、怖くはありませんわ。ふふ、でもちょっとわたくしは恥ずかしいですの」


 優しく頭を撫でてくれるが、アレサは照れたようにはにかむ。汗をかいているからと、彼女は恥じらう表情を見せた。でも、強く抱き締めてくれる。体温を分かち合っていると、自然とシズマの心は穏やかになっていった。

 そして、現状の把握と対応が始まる。

 魔力を失った今でも、それでも賢者でありたいと思うから……かつて一流の転使てんしだった知識を総動員して、ここからの脱出をシズマは考え始めていた。


「ありがとう、もう大丈夫だ。さ、終わり終わり! 弱い俺とはこれでお別れだ」

「それでこそですわ、シズマ。わたくしもまだ、全然諦めてませんの。……あっ、でも」


 密着が気まずさを呼んで、二人はどちらからともなく離れる。

 だが、着実に雰囲気は整いつつあった。諦めを拒絶し、それを共有する空気をシズマは感じる。

 そして、アレサも照れたように話題を変えてきた。


「そういえば、シズマ。あの……この間アスカが言ってた、ゴリラってなんですの?」

「うっ! そ、それは」

「……魔物、ですのね」

「違う、えっと……動物だ。俺の世界にいる動物で、って呼ばれてる。そう、賢こい動物なんだ」


 それを聞いたアレサが、ぱっと顔を明るくした。

 どうやら彼女なりに、わからないながらも気にしていたらしい。


「賢者……まあ! 森の賢者! シズマと同じですわね、賢者。わたくしも、昔は森に生きてましたの。ふふ、そういう意味でしたのね。少し、嬉しいですわ」

「因みにダルマは、聖人みたいなものだと思ってくれ。偉いお坊さんだよ」

「ふむふむ、では筋肉ダルマとは……やはり、わたくしの鍛え方に驚いただけの言葉!」

「そ、そう思ってくれ。侮蔑ぶべつとか忌避きひなんかじゃないよ。……た、多分」


 確かに、こんな可憐なエルフのお姫様が、筋力だけを頼りに剣で戦っているのだ。アスカが驚くのも無理はないし、シズマだって今も信じられない。

 エルフといえば、森の民……美しく物静かで、弓や魔法を使う種族というのが一般的だ。シズマたちの世界でもそうだし、異世界エルエデンもそれは同じだった。


「待てよ? 魔法……そうか、魔法か!」

「シズマ?」

「アレサ、よく聞いてくれ!」


 思わず詰め寄り、華奢きゃしゃな両肩に手を置く。

 驚きつつも、アレサは神妙な顔でうなずいてくれた。


「魔法を教えるって言ったよな? それに賭けてみる。俺が今から説明する通りに、念じてみてくれ。呪文も大丈夫、そんなに長くはない」


 この世界の魔法は、基本的に自分の中に宿る魔力を放出することで事象を顕現けんげんさせる。だが、アレサは身体の外に魔力を出せない特異体質なので、自分にしか魔法をかけることができないのだ。

 だが、そういう魔法も多くはないが複数存在し、その全てをシズマは熟知している。

 呪文の詠唱は声に出す必要がないし、大切なのはイメージだ。

 ざっくりとそれを伝え、シズマは新しい呪文をアレサに授けた。

 勿論もちろん、普通は何度も練習する必要があるし、適正というものもある。それでも今は、一発逆転にかけるしかない。


「流石は大賢者スペルマスターですわ。その魔法、やってみますの! あ、そういえば……もう一つ。アスカの言っていたスペルマ・スターというのは」

「わーっ! わーわー! いいから! それはいいから、試しにやってみてくれ!」

「は、はいですの」


 立ち上がったアレサは、静かに精神を集中して構える。

 そして、彼女の結った金髪がふわりと浮かび上がった。


「――パワーレイジ!」


 それは、。ようするに、攻撃力をアップさせるものだ。アレサは、自分に湧き上がる力を感じてか、声を高揚させて叫ぶ。


「凄いですの……これなら! パワーレイジ! パワーレイジ、パワーレイジ、パワーレイジ……はああっ! SMASHスマアアアアッシュッッッッッッッ!」


 同じ呪文を重ねがけしつつ、アレサは手元に剣を引き絞った。

 そして、一撃が放たれる。

 それは、遅れて周囲を風圧で薙ぎ払った。

 極限まで強化された筋力が、一転に集中してぶつけられる。

 嵐のような熱風の中で、シズマは見た……アレサが放った斬撃が、無数の岩を突き抜けてゆくのを。その先から光と共に、風が吹き込んできた。

 最後に、アレサの剣はバリン! と音を立てて、木っ端微塵こっぱみじんに砕け散ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る