第13話「胸を穿つ真実」

 絶叫する業火ごうかが、そこかしこで燃え盛もえさかっている。

 吹き荒れる熱風の中で、シズマはアレサと共に洞窟の奥を目指した。まだ、この集落に入って五分と経っていない。それなのにもう、汗でびっしょりである。

 それなのに、背筋が凍るような悪寒おかんは先程から止まらなかった。


「シズマ、あそこにディリアさんが!」

「ああ! 無事のようだな」


 洞窟の最奥さいおうに、一際大きな建造物があった。周囲と同様に木材で造られた邸宅だが、恐らくこれが村長の家なのだろう。

 やはり、ここに隠れ住んでいた者たちは魔族だ。

 建築様式も、ごくごく一般的なエルエデンの人間たちとは多少違う。

 そして、今はもう炎に焼かれて見る影もなかった。

 門の前には今、誰かを抱き上げ走るディリアが見えた。


「おお、ただのシズマ! 頼む、この御方おかたを逃してくれ。オレが時間を稼ぐ!」

「悪いが断るね!」

「なにっ!?」

「その人、大事な、大切な人なんだろう? お前が外へ連れて逃げろ。俺は……俺とアレサは、戦う。魔王の仕業しわざってんなら、むしろ決戦は望むところだ!」


 ディリアの両腕は今、小柄な魔族の少女を抱きかかえている。その頭部には、見るも見事な角が広がっていた。まるで牡鹿おじかのようでもあり、ドラゴンのようでもある。

 恐らく魔族は、部族ごとにこの角が違い、偉い者ほど立派な角を持っているのだろう。

 だとすれば、この少女も見た目通りの年齢ではないのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、シズマはどうにか恐怖を心から遠ざけた。


「シズマの言う通りですわ、ディリアさん。外にはアスカがいてくれます。合流して避難を! わたくしは、ここで魔王と一戦交える覚悟ですの!」

「エルフ……確か、アレサといったな。奴は、種族を問わず相手の能力を奪う。それをオレも以前、まざまざと見せつけられたんだ」

「大丈夫ですわ……わたくしの身に宿る魔力、外へ出せるものなら出してみてほしいですの。それに」

「それに?」


 アレサは太陽のような笑みを浮かべた。

 そして、細腕に力こぶを作って見せる。


「わたくしの筋肉は、わたくしそのもの! 

「だと、いいがな」

「さ、お早く!」


 その時だった。

 ディリアに抱かれた少女が小さくうめいた。

 ささやくような声はあどけなく、なにかを言おうとしては咳き込んだ。


「うう……人間、おぬしは……ディリアの話にあった転使てんし大賢者スペルマスターシズマじゃな……ゲホゲホッ!」

「ああ。みんなを助けに来た。もう大賢者じゃないが、転使としてこの世界に呼ばれた人間だよ。その使命は一応、まだ忘れていないつもりだ」

「フ、フフ……では、やはり」

「ああ、魔王と戦う。アレサがついてるし、俺にだってできることくらいある」

「魔王、か……懐かしいものじゃ。もとあといえば我が、ゲホ、ゲホッ!」


 シズマは視線でディリアに脱出をうながす。

 それは、ノイズのように輪郭のとがった声が響くのと同時だった。

 すぐにアレサが剣を抜き、皆をかばうように盾を構える。


「アア、ソコニイルノハ……大賢者シズマ。カツテソウ呼バレタ人」


 酷く平坦で、抑揚よくように欠く冷たい声。

 そして、燃え盛る紅蓮ぐれんの炎から、なにかが飛び出してきた。ゆらゆらと幽鬼ファントムのように宙を舞う、それは黒い影。瘴気しょうきとでもいうのだろうか、周囲に充満しつつある黒煙よりもなお黒い、まるで生きた闇のような姿が現れ。

 間違いない、シズマの記憶にある通りだ。

 あの日、あの時、あの瞬間……自分から魔力を奪った世界の敵、魔王だ。


「マタ、会エタ……マダ準備ハデキテナイケド、デモ、嬉シイ」

「こっちは全然嬉しくないけどなあ! できれば俺だって、戦う準備ぐらいしたかったさ」


 全身の毛穴が開いて繋がるような、そんな不快感が肌の上を覆ってゆく。

 緊張で鼓動が高鳴り、呼吸は浅くなっていった。

 二度目でも、やはり怖い。

 全身の細胞が、まるで魔王の恐ろしさを知っているかのようだ。

 だが、アレサはおくした様子を見せない。

 怯える心を強い気持ちで封じているのだ。

 だったら、シズマも無様を見せる訳にはいかなかった。


「アレサ、奴は……魔王は、戦う相手の能力を奪う。その攻撃は、受けた俺には近距離攻撃のように見えた。触られたらアウトだと思った方がいい」

「はいですの! とはいえ、わたくしも近づかなければ攻撃ができませんわ。それ以前に……降りてきてもらわないと、斬りかかれませんの!」


 そうこうしていると、渦巻く人型の闇が身を震わせた。

 笑っているのだと知った時、さらに強い戦慄がシズマを襲う。

 すでに周囲の火炎の熱気も感じない。

 この場を支配する恐怖は、絶対零度のように感覚を痺れさせてゆく。


「フフ、フ……アハハハハッ! シズマ! 待ッテテ……マダ、ソノ時デハナイノ」

「おう、待ってやらあ! 待ってるからまずは降りてこい!」

「ダメダメ、ダーメ。……デモ、折角せっかくマタ会ンダカラ……コウイウノ、ドウカナ」


 不意に魔王は、頭上に手をかざした。

 そして、突然なにもない空間に大穴が空く。以前のシズマを始め、ごく一部の高レベルな術者だけが使う魔法だ。大量の道具や武具を運ぶ際に使う、別の次元への出入り口である。

 やはり、魔王はシズマから奪った魔力を自分のものとしていた。

 そして、空間のほらから現れたアイテムにシズマは絶句した。


「なっ……それは!」


 そう、魔王が突然取り出したのは、杖だ。

 それも、シズマがよく知る高価な長杖で、神木しんぼくより削り出して無数の宝石が飾られている。このエルエデンに二つとない、術者の魔力を増幅する武器……以前シズマが使っていた、あの長杖だ。

 それを何故なぜか、魔王が手にしているのだった。


「サッキノ魔族サンガ、売ッタノ……ソレヲ買イ取ッタ訳。ア、デモ……オ金ハ払ワナカッタカラ、ッタダケ」

「まさか、じゃあ」

「殺シテハイナイケド、商人サンニハ気ノ毒シタカナア」


 あの杖魔力をブーストして増幅し、純度を上げる。それをシズマが持っていた大賢者の魔力でやれば、どうなるかは明白だ。

 杖自体が、以前のシズマの強さの一部だったのだ。


「フフ……イツモ見テルカラ。シズマ、イツモ……イツデモ、イツマデモ」

「なるほど、千里眼の魔法のせんりがんか? こっちの行動はお見通しって訳だ」

「ソウ、ダカラ……許サナイ。相変アイカワラズ、イツモイツモ」

「待てよ、おい魔王! ……そりゃ、なんの話だ?」


 思わず、見上げる魔王へ向けて叫んだ。

 だが、返答はない。

 代わりに魔王は、杖を手に魔力を励起れいきさせる。

 周囲の炎も消し飛ぶほどの力が、魔王から溢れ出した。洞窟自体が揺れて、激しい振動に思わずシズマはよろける。

 特大の魔法を使う気だ。

 そう、この洞窟もろとも吹き飛ばすつもりなのだ。


「シズマ……最後ニ教エテ。何故、無力ニナッテモマダ戦ウノ?」

「そんなの、決まってる! このエルエデンを平和にして、現実に帰るためだ! それと……幼馴染おさななじみのメイコを助けるんだ!」


 先ほどとは別種の笑みを、魔王が浮かべたような気がする。

 宙に浮くシルエットには、顔も表情もない。だが、何故か笑っているとシズマには感じられた。

 その時にはもう、杖の先端へと光が集まり、膨大な魔力が炸裂しようとしていた。


「シズマ、下がってください! ……筋肉にっ、筋力にっ! 不可能はありませんわ!」


 アレサが猛然とダッシュした。

 彼女はそのまま、大きくジャンプして剣を振りかぶる。

 アクセラレートの呪文がかすかに聴こえた。

 人智を超えた驚異的なスピードが、アレサの痩身そうしんを天井へと押し上げる。

 だが、その時だった。

 不意に魔王の全身が沸騰ふっとうした。

 まるで泡立つように、人の姿をした闇がほどかれてゆく。

 そこにシズマは、信じられないものを見るのだった。


「え……な、なんで。どうして……?」

「フフフ、驚イタ、ヨネ? コレガハ……これが、わたしの答えだよ、シズマ」


 発動寸前の魔法の光に、白い肌があらわになった。

 己を覆う闇を脱ぎ捨てた魔王は、どこにでもいそうな少女だった。身にまと装束しょうぞくこそ、水着や下着にしか見えない薄布で、それもかなりきわどいものだ。しかし、確かに同じ年代の少女で、シズマには見知った顔だった。


「嘘だ……、お前が……魔王?」

「うん、そうだよ。魔王の力をまず、もらったから。だから、人間のわたしでも闇の軍勢を支配できてるの」

「俺の、魔力も?」

「うん、もらった。凄いね、シズマの力……シズマそのものだった力。それが今、わたしの中に満ち満ちてる。まるで、シズマがわたしの中に入ってきたみたい! ウフフッ!」


 姿

 だが、メイコはこんな恍惚の表情を見せることなどなかった。声もどこか、陶酔感とうすいかんがあって粘度と湿度を感じる。

 彼女はそのまま、目の前で剣を振り下ろすアレサを吹き飛ばした。

 同時に、練り上げられた術式が発動し、特大の魔法が炸裂する。


「シズマが悪いんだよ? 全部、シズマが悪いの。今もほら……エルフとかさ。男の子って、そういうのが好きなんでしょ? だから、しょうがないよね。しょうがないけど……もう、許さないぞっ」


 シズマは咄嗟とっさに、落下するアレサへ向かって身を投げた。両の腕を伸ばして、なんとか彼女を受け止めようとする。

 自分をクッションにして、どうにかアレサを抱き止めたその時……地鳴りと共に激震が襲った。それはシズマも何度か使ったことがある、禁忌きんきの魔法。禁術スターシェイカーが起こした局地的な大地震が、全てを崩壊させてゆくのだった。

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