第12話「地図にない村の惨劇」

 シズマたちを乗せた馬車は、猛スピードで疾駆しっくする。

 ここ最近、魔王軍による戦乱が続いているせいか、王国が整備している街道の路面は荒れていた。酷い揺れの中、ディリアはさらに馬へとむちを入れる。

 シズマの背後では、アレサやアスカが戦いの準備をしていた。

 そして、ミサネの不安げなつぶやきが耳に転がり込んでくる。


「でも、こんな場所に村なんてあったでしょうか……少なくとも、地図にはってないですね」


 だが、現実に炎と黒煙が空をいている。

 風に乗って、不快な悪臭がシズマの鼻を突いた。

 それは、木材と一緒に生き物が焼かれる臭いだ。

 そうこうしていると、ディリアの手綱たずなさばきで馬車は街道を外れる。そのまま車体が荒野へと踊り出して、いよいよ振動は激しくなった。


「お、おいっ、ディリア!」

「黙っていろ、ただのシズマ! 舌をむぞ!」

「はい、すみません!」


 ディリアの顔は見えなくても、鬼気迫る雰囲気が伝わってくる。

 当然だ、彼女にとっては仲間のいる場所、住んでる村が襲われているのだ。

 やがて、周囲に巨岩の影が目立ち始める。街道を外れれば、そこは危険なモンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする無法地帯だ。並ぶ岩の向こうから、いつ敵が飛び出してきてもおかしくない。

 そして、目の前に洞窟が見えてきた。

 その中から、もうもうと煙が吹き上がっている。


「ああ、村が……陛下、どうか御無事で!」


 急停車する馬車から、ディリアが飛び降りた。

 そのまま彼女は、真っ直ぐ洞窟へと駆けてゆく。

 丁度、洞窟の中からは大勢の人々が避難してきたところだった。

 だが、シズマはその姿を見て絶句する。


「こ、これは……」


 一緒に馬車から降りたミサネも、驚きに目を丸くしていた。

 そう、女子供を中心に、人数は多くても百人前後。だが、その誰もが同じ特徴を持っていた。それはこの世界では、人間は勿論もちろん、エルフやドワーフ、ホビットといった亜人種あじんしゅとも違う種族だった。

 ミサネの声も今は、硬く上ずっている。


……? えっ、ど、どうしてこんなところに!? 魔王城はまだ遠いのに」

「話はあとだ、ミサネちゃん! 怪我人も大勢いる。少しでも助けなきゃな!」


 シズマの声に呼応するように、二人の少女が走り出す。

 アレサとアスカだ。

 彼女たちにとっては、救いを求める者たちの出自など関係がないのかもしれない。驚きに固まることも、これからの行いを声に出すこともしない。ただ、真っ先に行動するラジカルな女の子たちに迷いはなかった。


「皆さん、こっちですの! アスカ、馬車の医療品は!」

「あらかた持ち出したってーの! うわ、やば……とにかく、全員こっちに集まって!」

「酷い……これは魔法による傷ですわね。あ、怖がらなくてもいいですわ。わたくしたちは敵ではありませんの。人間もエルフも、今は魔族に敵対する意思はありません!」


 すぐにアスカが、持ってきた薬箱くすりばこを開ける。長期の旅を前提にしているから、ちょっとしたトランクみたいな大きさだし、中には様々な薬品が詰まっている。

 テキパキとそれを広げるアスカの周囲に、魔族が少しずつ集まり始めた。

 そう、魔族だ。

 銀髪に青白い肌、そして真っ赤な目……頭部には様々な形の角がある。

 この世界で魔王に最も近い眷属けんぞくであり、神々の敵対者である悪魔の末裔まつえいだ。

 だが、そんな前提はシズマの頭にはない。


「中にまだ取り残されてる人がいるって? ミサネちゃん、ここを頼むっ!」

「あっ、シズマ! 一人じゃ危険です!」

「わかってる、わかってるさ! けどな、こんな俺でもまだまだ気持ちは転使てんしだ。世界を救うために召喚された俺が、目の前の大惨事を放っておけるかよ」


 その時、再度爆発音が響いた。

 そして、シズマはすぐに察する……洞窟の奥、深い場所から響いたそれは、。それも、かなりの上級魔法である。

 大賢者スペルマスターとして全ての魔法に精通したシズマには、すぐにわかった。

 恐らく、炎系……それも、爆裂系の破壊力が高い呪文だ。

 少し遅れて、洞窟内から嵐のような爆風が吹き荒れる。


「クッ! ……この音、かなり深い場所だ。奥が広くなってるのか?」


 思わず目を手でかばったシズマ。

 だが、指と指の間から見てしまった。

 迷わず洞窟内へと入ってゆく、ディリアの背中を。風に煽られ、そのフードが脱げる。やはり彼女も、魔族だ。頭にはひつじのようにうずを巻いた左右一対の角が生えていた。

 ディリアの姿が黒煙の闇に消えると、シズマも慌てて走り出す。

 中にまだ、逃げ遅れた人がいるかもしれない。

 子供なら一人や二人は担げるだろうし、シズマは一人じゃない。

 そう、突っ走る彼に並んで続き、追い越す影があった。


「シズマ、先行しますの! 煙を吸わないように、気をつけてくださいまし!」


 アレサが、自慢の健脚で飛ぶようにせる。

 あっという間に彼女は、熱風が吹き荒れる洞窟内へと飛び込んだ。続いてシズマも、服の袖で口元をおおって突入した。

 洞窟内は暗がりの中に、点在する光が出迎えてくれた。

 煙は頭上をもうもうと流れているが、入ってすぐ天井が高くなり、そのまま大きく広がってゆく。入り口は馬車がどうにか入れる程度の大きさだが、奥へ進めば巨大な空間が待ち受けていた。


「なるほど、村か……確かに、ちょっとした集落くらいの広さだ」

「シズマ、こっちですわ! 手を貸してくださいな!」


 すぐにアレサの声へと向かう。

 そこには、崩れ落ちた木材の下敷きになった、小さな男の子が泣いていた。

 魔族でも人間でも、死と痛みへの恐怖は変わらないらしい。

 子供ともなれば、種族を問わず守ってやるべきだ。

 アレサは剣を腰の鞘に納めて、盾を捨てる。そうして両手を広げると、子供にのしかかる木材にがっぷりと組み付いた。


「ッッッ、ハアァ! これ、しきの、こと……シズマ! 持ち上げます! その子を引っ張り出してほしいですの!」

「おうっ! ……って、ちょっと待てよ、アレサ。筋力使うなら、一緒にを使わないとな。えっと……ああ、これが丁度いい!」


 トントンと指で頭を叩きつつ、シズマは周囲を見渡す。

 洞窟のそこかしこに、色とりどりの水晶が突き出ている。さして価値のある貴金属ではないが、それが洞窟内の篝火かがりびを反射して照らしているのだ。

 さながらここは、洞窟内に造られた隠れ里だ。

 だが、その全てが紅蓮の炎に飲み込まれそうになっている。

 ディリアが心配だったが、シズマはなにかの配管に使われていた鉄のパイプを手にする。


「テコの原理だ、アレサ! これを、こうして……よしっ! 全力でこの棒を倒してくれ!」

「お任せでしてよ! んっ、ぎぎぎ……力、こそっ、パワァァァァァッ! ですのっ!」


 焦げて熱を持った木材が、徐々に持ち上がる。

 シズマは慎重に、下敷きになった子供を引っ張り出した。幸い、大きな怪我はないようだ。泣き止まない男の子の頭を撫でて、優しく語りかける。


「大丈夫か、ボウズ!」

「ふえぇ、魔王様が……魔王様がっ」

「っ、魔王がここに!?」


 そういえば、アスカが以前言っていた。

 今回の魔王は、かつて何度もあった聖戦の敵とは違う。このエルエデンを脅かしてきた驚異とは、なにかが根本的に違うのだ。

 自ら居城きょじょうを出て、攻めてくる。

 魔王軍の戦闘に立ち、積極的に戦いに出てくるのだ。

 救世主として召喚された転使も、もう何人もやられたらしい。そして、能力を奪われた……今までにないイレギュラーな、とびきり危険な存在が今回の魔王なのだ。


「おいおい、いきなりラスボス登場かよ。アレサッ!」

「はいですの! もしこの場にきているなら……決戦を挑みますわ」

「くっそー、弓の練習してからにしたかったぜ。っていうか俺、今は弓すら持ってないし」

「シズマ、戦いはわたくしにお任せですの。だから」


 母親らしき魔族の声に、男の子は泣きながら駆けていった。

 大小二つの影が出口へ駆けていくのを見送っていると、アレサが珍しく弱気な声を響かせた。


「だから、シズマ……どうか側にいてほしいですわ。わたくしに、どうか勇気を」

「いや、俺はなにもできないかもしれない」

「それでもですわ。不思議なのです……シズマ、わたくしを応援して、鼓舞こぶしてくださいな。そうでないと、わたくしも恐怖に負けてしまいそうです」


 盾を拾い直したアレサは、いつもの微笑ほほえみで手を差し出す。

 ガントレットで覆われた小さな手は、震えていた。

 あのアレサでも、怖いのだ。

 魔王とは、そういう存在である。


「単身で魔王に挑んだシズマには、勇気がありますわ」

「……酷いボロ負けだったけどな。そして……ここに魔王がいるなら、この惨状は全て俺から奪った魔力がもたらしたものだ。俺があの時、突っ走らなければ」

「それほどまでに、そのメイコさんという方は……シズマにとって大切な女性なのですわ」

「なんつーか、一緒にいるのが当たり前だったからな」

「羨ましい……エルフのわたくしでは、同じ時を過ごせる異性がいるなんて、とても羨ましいですの。それに、やっぱりシズマは大賢者の名に恥じぬ勇者ですわ」


 そっとシズマは、アレサの手を握った。

 そして、気付く。

 シズマもまた、込み上げる震えが止まらない。

 いきなりのエンカウントで、心も身体も準備ができていないのだ。そしてそれは、あんなに強いアレサでも一緒らしい。

 今も途切れ途切れに、悲鳴が聴こえる。

 だから、アレサと怯える心をわかちあって、シズマは覚悟を決めた。


「アレサ、一度は魔王と戦った俺だ……なにかアドバイスくらいはできるかもしれない」

「十分過ぎますわ。わたくしの背中を、どうか支えてくださいまし。さあ、行きますのっ!」


 こうして二人は、さらに奥へと進む。

 ディリアの悲痛な声が響いて、さらにシズマは先を急ぐのだった。

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