第10話「真実と向き合い、受け止める朝」

 シズマは、アレサの秘密を知ってしまった。

 彼女が魔法を使えない理由……魔法が使えないと言っていた理由。

 それは、アレサが生まれた200年前から、ずっと背負ってきた宿命さだめ。彼女はそれを、自分の出自ゆえだと説明した。ハイエルフの皇家こうけに生まれた、姫君……元々長寿な上に、閉鎖的な環境で血脈をつむいできた、その弊害へいがいなのだという。

 そのことを考えると、シズマはあまりよく眠れなかった。

 一夜明けて着替えても、なんだかそのことばかり考えてしまう。


「そうか……アレサはそれで、あの手の魔法だけが使えるんだな」


 領主アレクセイの用意してくれた部屋で、身支度みじたくを整え鏡の前に立つ。

 服は、例のローブを処分してもらい、適当なものを見繕ってもらった。もう、大賢者スペルマスターシズマは卒業だ。いな。動きやすい服装に最小限の防具、これらは全て弓矢を扱うことを前提に都合してもらったものである。

 だが、鏡の中にはどこかぼんやりとうだつの上がらなそうな少年がいた。


「……でも、まさかそんなことがあるなんてな」


 ――

 それが、アレサの持って生まれた特殊な体質である。

 魔法とは、この世界では最もありふれた力であり、一種のインフラである。現代の日本に生きていたシズマからすれば、電気のようなものだ。衣食住は勿論もちろん、ありとあらゆる仕事に利用される電気……それは、この世界では魔力に置き換えられる。

 人は皆、生まれながらに電力バッテリーを体内に持ってるようなものだ。

 そしてそれが今、シズマにはない。

 アレサにはあるのだが、外に電気が出せない状態なのだ。


「なんだか、言いたくないことを言わせてしまった気分だ。まあ、確かに驚いたけど。俺は……自分と一緒だと、つい思ってた。けど、違ったな」


 パシッ! とほおはたいて、部屋を出た。

 今日は再び、魔王の城へ向けての旅を再開する。アレクセイは、朝までに城門の前に馬車を用意すると言ってくれた。

 忙しくて見送ることができない旨を、マッチョなポーズで惜しんでくれたのだった。

 もう、そとに仲間たちは集まってるだろう。

 外に出れば、すでにナイ=ガラアの街には活気が満ちていた。

 だが、やはりシズマの心は晴れない。


「あっ、シズマ! おはようございますっ」


 城門前には立派な二頭立ての馬車があった。そして、その前でミサネが振り返る。彼女は今日も、満面の笑みでシズマを出迎えてくれた。


「おはよう、ミサネちゃん。よく眠れたか?」

「ええもう、バッチシですっ! ……そういうシズマさんは、なんだか睡眠不足のようですね」

「まあな。なあ、ミサネちゃん」

「はいはい、はいっ! なんでしょう?」

「……アレサの魔力の秘密、知ってたか?」


 そっと聞くと、神妙しんみょう面持おももちでミサネは頷いた。

 それもそうかと思ったし、ずっと秘密を守ってきた少女をシズマは偉いなと思った。シズマが大賢者として戦いに明け暮れていた頃から、アレサとミサネは旅の仲間だったのだろう。


「アレサは、それで故郷を追われ、身分も失ったんです」

「そりゃ、そうか……ハイエルフのお姫様がまさか、自分にしか魔法をかけられないなんてな」

「攻撃系の魔法は全て、属性を与えた魔力の放出です。それがアレサにはできません。回復魔法も……でも、エルフの皇族は皆、一族のために魔力を使う義務を背負っています」

「それができないから、つまり」

「ええ……国にはいられなくなったんです」


 全ては、濃過ぎる皇家の血が原因だ。

 アレサは、特別強い魔力を持ちながら、身体の外へとそれを放出できない突然変異として生まれてしまったのである。

 彼女はそのことを、昔の聖戦時代に一人の転使てんしから聞いたという。

 恐らく、遺伝子や生物学に詳しい人間が召喚されていたのだろう。


「昨日の戦い、やはりアスカさんは強かったんだと思います。それでアレサは、奥の手を……滅多めったに使わないあれを使った」

「初歩的な補助魔法も、あれだけ重ねりゃ、なあ」

「同じ呪文でも、アレサの魔力で顕現けんげんさせる力は桁違いです。それをさらに何度も……普通の人間ならば、肉体の方が持ちません。だから、アレサは」

「身体を鍛えて、筋トレしてるって訳か」


 話は全て繋がった。

 だが、シズマは思う。

 、と。

 アレサが生まれと育ちを気にしつつ、いつも笑顔で接してくれるのだ。ならば、旅の仲間として暗い顔はできない。過去を知った瞬間に、変に気をつかう方がかえって失礼だと思う。

 アレサは自分で自分を、かわいそうだとはおもっていない。

 知り合ってまだ間もないが、そういう少女ではないのだ。

 そう思っていると、その人本人の明るい声が響く。


「おはようございますっ、シズマ! ミサネも」

「うう、おはよっす……お姫様さあ、朝からテンション高くね?」


 アスカも一緒だ。

 だが、彼女はそのまま止まらず通り過ぎ、一度だけ振り返った。


「あーしはじゃあ、ギルドに戻っから……えっと、とりあえず、リーダーにはなんにもなかったって言っとく。……シズマと会ったことも、秘密にしとくから」

「ま、待てよ、アスカ!」

「待たないしー、つーかもぉ、テンション最悪だしぃ~」


 どこかしょんぼりした様子で、アスカは立ち去ろうとする。

 だが、その背を意外な人物が引き止めた。


「お待ち下さい、アスカさん。……よければ、わたくしたちと一緒に行きませんか?」


 アレサだ。

 彼女はアスカに歩み寄ると、そっと手を差し伸べた。


「途中まででも結構ですの。それと、よければわたくしと筋トレ友達に……そう、筋友きんともになっていただけないでしょうか!」

「はぁ? なにそれ……あーし、汗臭いの嫌いなんだけど」

「アスカさんの転使として力、素晴らしいものですわ。流石さすが転使№てんしナンバー一桁台ですの。でも……筋トレすれば、もっと強くはやくなれますの」

「そゆの、興味ないんで。んじゃ、そゆことでー」


 だが、次のアレサの一言がアスカを立ち止まらせた。


「残念ですわね……筋トレのあとの食事は美味しいですし、カロリーや体重も気にせず食べられますのに」


 止まったアスカは、振り向くやツカツカと戻ってきた。


「今の話、詳しく……詳しくっ!」

「は、はい。適度な運動は筋肉も付きますが、美しい女性らしさの維持にも欠かせないものですの」

「……マジ?」

「マジですわ」

「ちょ、ちょっと考えとく。考える間だけ……その間だけで、一緒に行くっ」


 ちょろい。

 ちょろ過ぎるアスカだった。

 こんな単純な少女が、召喚された108人の中では二番目に強いのだ。極限のスピードというのは、それを載せた武器に強力なパワーを与える。恐らく、与えられた力に加えて筋肉が適度につけば、アスカはさらに強くなるだろう。


「だってよ、ミサネちゃん」

「ボクはそうなるかなーって思って、食料は多めにお願いしておきました」

「お、流石だな! ……でもなあ、ダイエットを気にするような身体かねえ?」

「……シズマって、時々すっごく残念な人ですよね。女の子はみんな、体重やウェストの数値と戦いながら生きてるんです! 勿論、ボクもアレサも!」

「そ、そういうもんなのか」


 そういえば、幼馴染おさななじみのメイコもやたらとカロリーを気にしていた。

 そんな懐かしい光景を思い出していた、その時だった。

 不意に城門の方で、衛兵たちの声が響く。


「こらこら、勝手に入っちゃいかん!」

「って、おい! 待てっ、待ちなさい!」


 バタバタと騒ぎの気配がして、人影がこっちに走ってくる。

 顔も見えないほどに深くフードを被った少女に、シズマは覚えがあった。


「あれ? 昨日の……ええと、確か」

「オレの名は、ディリア。大賢者シズマ、先日は世話になったな! 礼を言う!」

「げ、元気そうでよかったぜ」


 昨日、空き缶泥棒をしようとしていた少女だ。

 礼を言うような殊勝しゅしょうさのかけらもない、どこか格式張った上に不遜ふそんな言葉だった。だが、そこに込められた感謝の気持ちは本物だと思う。このディリアと名乗った少女は、恐らく今までこうした生活や経験がない身分だっただろう。

 彼女ももしかしたら、魔王軍が跳梁跋扈ちょうりょうばっこするようになった被害者かもしれない。

 そう思っていると、彼女はさらに近付いてきた。


「大賢者シズマ、お前のおかげで陛下へいかは……あ、いや、村長は救われた。仲間もだ」

「そりゃよかった。なに、礼は言葉で十分さ」

「そういう訳にはいかない。村長が直接礼を言いたいといってる。よければもてなしを受けて欲しい。それに、お前がまだ魔王討伐のために旅をしてるなら」


 ――村長からお前に、大事な話がある。

 そう言って、勝手にディリアは馬車に乗り込んでしまった。

 だが、一度だけ振り返った彼女の顔は、暗がりに表情が見えぬながらも……真っ赤な双眸そうぼうが光っていた。そこには、以前と同じ高潔な強い意思がシズマには感じられるのだった。

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