第9話「歓迎の宴の片隅で」

 なにはともあれ、シズマたちは一度アレクセイの城へと戻った。

 丁度時刻は夕暮れ時で、ささやかながら歓迎のパーティが待っていた。当然、主役はアレサだ。アレクセイが招待した街の名士めいしたちが、着飾ってアレサを囲んでいる。

 人だかりで彼女自身が全く見えない中、自分の席でシズマは食事をとっていた。

 にぎやかな場は、苦手だ。

 かつての大賢者スペルマスターシズマは、悪い意味で有名だからだ。

 だから、目立たぬようにミサネと一緒にホールの隅にいる。


「あっ、シズマ。またお肉ばかり……ちゃんとお野菜も食べてくださいっ!」

「わーってるよ、ったく。あんまし世話を焼いてくれるなよな、ミサネちゃん」

「エヘヘ、なんででしょうかね。ほっとけないというか、こう……ほっとくとどんどん駄目になりそうなオーラが出てるんですよね、シズマって」

「……す、すんません」


 なんの肉だかわからない生ハムを食べていると、ドサリと眼の前に野菜サラダの山盛りが置かれた。ビッフェスタイルのパーティだが、先程からミサネは張り切っている。自分でも沢山の料理を持ってきて、その一つ一つに舌鼓したづつみを打っていた。

 だが、彼女はテキパキとシズマにも料理を分けつつ、先程からの話を続ける。


「で、いいんですか? 弓矢というのは、結構ボクも意外ですけど」

「ああ。悪いがミサネちゃん、俺に弓矢を作ってくれ。金はちゃんと払うよ」

「えー、いいですよぅ。シズマさんが戦えるようになったら、ボクだって安全になるんですから。旅の仲間なんだから、戦力が増えるだけで十分ありがたいですってば」

「ミサネちゃん……お前、ほんといい奴だなあ」

「やだもー、なに言ってるんですか。あ、ほら、これなんか美味しいですよ」


 シズマはあの戦いのあと、戻ってミサネに武器の作成を依頼した。

 作ってもらうのは、弓矢だ。勿論もちろん、その細かな仕様はミサネに任せる。ミサネは丁度、領主アレクセイの依頼で衛兵用の槍や剣、よろいなんかを作っていた。

 シズマは初めて見た……転使№てんしナンバー088、武具を自在に生み出すミサネの力を。

 彼女が両手を広げれば、鋼鉄も木材も踊るように姿を変える。

 まるで全てが飴細工あめざいくのように結ばれ、ミサネの周囲に次々と武器が生まれるのだ。


「ところで、シズマ」

「ん? どした」

「あれ、止めなくていいんですか?」

「ああ、うん……まあ、その、なんだ。アスカは悪い奴じゃないんだよ」

「……どういうご関係ですか? ちょっと尋問じんもん、いいですか?」

「お、おいおい、なんでもないって! 前のギルド、ナイン・ストライダーズの仲間だっただけだって」


 結局、放置しておくわけにもいかずに、アスカも連れてきた。

 そのアスカは、この城で借りたドレスでめかしこんで、アレクセイと話している。食事もそこそこに、二人の激論が先程からヒートアップしていた。

 そして、アレクセイは当然のようにもろ肌脱いでポージング中である。


「フンッ! ハァ……セィ! つまり、君は我がナイ=ガラアに忍び込んで調査をしていたと!」

「あーもぉ、いちいちポーズ決めんなし! きもっ!」

「ハッハッハ、照れずともよい。だが……なにゆえ転使がそのような行いを、フゥ!」

「あーしだってわかんないし! ……あーし、馬鹿だから。でも、リーダーが調べてこいっていうからさあ。ってか、魔王が本当にやべーんだって!」

「それは承知している! 本当に危険な魔王だ……過去の聖戦でも、このエルエデンは危機にさらされた。その都度つど、神は転使をつかわしてくれたが、ヌウウウン!」


 異世界エルエデンに危機が訪れる時、神は108人の少年少女……救世の転使を召喚する。シズマもまた、突如として現代の日本から転移させられた一人だ。その転移に、幼馴染おさななじみのメイコが巻き込まれてしまい、どうやら魔王に捕らわれているらしい。

 メイコの救出をあせるあまり、シズマは敗北して魔王に全魔力を奪われたのだった。

 あぐあぐととりのモモ肉らしき照り焼きを食べながら、ミサネはアスカたちを見守っている。


「シズマ、その……ナイン・ストライダーズのリーダーって、どんな人ですか?」

「ん? ああ……転使№001、とにかく頭のいい男さ」

「イケメンですか? 使ってる武器は? 能力はどんなんでしょう」

「まあ、典型的な勇者タイプだよ。なんでもできるし、滅茶苦茶メチャクチャ強い」

「チートですね、それ」

「だな」


 正直、あまり思い出したくない奴だ。

 同世代とは思えないいくら位に冷静で、論理と合理を重んじ、おまけに美形だ。確かドイツ人だと言っていたが、エルエデンに召喚された時点で言語関係の問題は全て自動的に解決してしまうらしい。

 神様はサポートも万全なんだが、召喚自体は問答無用だ。

 それでも、108人の少年少女はその大半が魔王との戦いに参加することになったのだ。

 そんなことを思い出していると、周囲がどよめきたった。

 それは、アスカが着飾りつつも手放さない、雌雄一対しゆういっついの刀を抜いた瞬間だった。


「おいおいあいつ、なにやってんだ!」

「シズマ、止めないとまずいですよ!」

「ったく、もぉ……ちょっと行ってくる!」


 慌ててシズマは、アレクセイに向き合うアスカへと駆け寄った。

 身構える彼女の腕をつかみ、ぐっと引き寄せる。


「おい、馬鹿! なにやってんだ!」

「うう、そーだもん。あーし、馬鹿だもん!」

「あ、いや、すまん。とにかく、短気を起こすなって。俺たちは転使、このエルエデンじゃ英雄にして救世主なんだぜ? それにさあ」


 きょとんとするアスカを、じっと見詰めてシズマは言葉を選ぶ。

 だが、彼の言葉は場を収めるためとはいえ、少々取ってつけたようになってしまった。


「せっかく綺麗なドレス着てるんだしさ、お前も今日はおとなしくしてろよ」

「綺麗……あっ、あーしが? ままま、またっ、そんなこと言ってさあ!」

「お前、知らないのかよ。召喚されてからこっち、転使仲間もみんなお前のこと見てただろ」

「……あーしは、別に……見てもらいたいの、その他大勢じゃないし」

「とにかく、な? なっ? 剣はしまって飯でも一緒に食おうぜ」


 アレクセイも気にした様子はなく、執事が持ってきた上着を裸で羽織はおった。なかなかの大人物らしいが、言葉でくぎを刺すことも忘れない。


「さて、転使アスカ殿。私はこの土地の領主として、民を守らねばならない。その上で、神と王国に認められた転使たちの戦いは支援するつもりだよ。フンッ!」

「って、言ってるぜ? なあ、アスカ。俺たちは沢山の人に応援されてんだ。なら、それらしく振る舞って、ちゃんと魔王を倒して帰ろうぜ」

「そう、だから次は堂々としてほしいものだね。私とて、物資を隠している訳ではないが、備えだけは怠らないつもりだ。それを全部差し出せと言われれば、困る! ホゥ!」


 そう、魔力を失ってシズマも初めて知った。

 絶対の力で戦っていた時は、戦いしかしなかった。他のことは全部、名も知らぬ多くの人たちがやってくれていたのだ。そうした人たちの助けがあったからこそ、シズマは戦いに集中できたのである。

 だが、それも終わった。

 そしてまた始まったのである。

 そんなことを考えていると、楽団が音楽を始めた。周囲の大人たちも、男女ペアでホールの中心に歩み出る。これからダンスが始まるようで、アレクセイはうやうやしくアスカにこうべれた。


うるわしき転使アスカ殿、なに……仲直りに一曲いかがですかな?」

「あ、うん……あーしこそ、ごめん。じゃ、じゃあ、一曲だけ」


 チラチラとシズマを見つつも、アスカはアレクセイにエスコートされ遠ざかってゆく。

 なんとか場を取り繕ってもらえたようで、シズマもホッとした。

 だが、その視界をなにかが通り過ぎる。

 部屋の向こうで、見慣れた背中がバルコニーへ出てゆく。

 アレサだ。

 気付けば自然と、シズマはその背を追っていた。

 外に出れば、遠くの稜線りょうせんが紫色に染まっている。風も穏やかで、目の前で振り向くエルフの少女が、とても綺麗に見えた。普段より露出度が減っているのに、ドキリとする。


「シズマ……」

「少し疲れたか? アレサ」

「いいえ、大丈夫ですわ」


 振り返るアレサの美貌びぼうは、いつもと変わらない。そして、その身にまとうドレスはあおにもみどりにも見える不思議な色合いだ。背中や胸元が大胆に開いてて、腰のスリットも手伝い自然とアレサのしなやかさが強調されている。


「シズマには、話しておかないといけませんわね」

「ん? あ、ああ……昼間の、あれはやっぱり」

「ええ。わたくし、ほんの少しですが……使


 そう、アレサは魔法を先程使っていた。

 自分の素早さを高める、アクセラレートという補助魔法だ。初歩的な魔法の一つで、上位互換魔法をシズマは知っているし、以前から使えていた。大賢者とは、攻撃魔法だけでなく、回復魔法や補助魔法も完璧に使いこなせる人間なのだ。

 アレサは、ほどいた髪を静かに風になびかせうつむく。

 三編みに結われていたからか、ウェーブのかかった金髪がサラサラとまるでなぎさのよう。


「わたくしが使える魔法は、三つですわ。アクセラレートと、プロテクション、そしてヒーリング」

「どれも初級魔法だな」

「ええ。これらを教えてもらっている時は、まだ……わたくしのこの体質に、誰も気付いていなかったんですの。そう、このわたくし自身さえ」


 そっと胸に手を当て、顔を上げたアレサが無理に微笑ほほえんだ。

 そのうれいを帯びた表情が、シズマの胸を締め付けてくる。


「アレサ、君には魔力があるんよだな?」

「ええ。それも、

「じゃあ、どうしてだ? ……いや、待てよ。アクセラレート、プロテクション、ヒーリング……ま、まさか」


 プロテクションは、対象一人の物理的な防御力を高める魔法だ。そして、ヒーリングは同じく対象一人の傷をやす。どれも初歩中の初歩で、エルエデンの人間ならば誰でもどれか一つは使えるようなものである。

 先程、アレサはアクセラレートを何度も自分に重ねがけしていた。

 初級魔法とはいえ、あれだけの連発はそうとうの魔力がなければできないはずである。

 そしてシズマは、アレサの特異体質、その秘密を知らされたのだった。

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