第7話「かつての仲間との、再会」

 それはまさしく、断末魔だんまつまの絶叫だった。

 いましがたアレサが逃した、ゴブリンたち。その一団が走り去った洞窟の奥、よどんだ暗闇の向こう側から響いてきた。

 即座にシズマは走り出す。

 やはり、転生勇者のサガ……転使てんしとして身体が動く。

 例えモンスターであっても、死におびえて恐怖した声を聴けば、黙っていられない。


「あっ、シズマ! 危険ですの!」

「わかってる! 頭ではわかってるんだ、けどっ!」


 アレサの声は、すぐに追いつき、そして横に並んだ。

 洞窟内は奥に行くほど暗くなるが、こういう時に周囲を照らす魔法をシズマは知っている。しかし、その呪文を使うだけの魔力がないのだ。

 だが、程なくして向かう先がぼんやりと光り出す。

 この洞窟はナイ=ガラアの物資貯蔵庫だから、なにかしらの照明装置があるのかもしれない。そう思っていると、シズマの貧弱な脚力でもすぐに視界が開けた。


「ッ! こ、これは……!」


 そこは、大きな木箱がいくつも並んでいる。開けた広場は天上も高く、おだやかな光を発するこけが岩盤を覆っていた。先程の光の正体は、自生する天然の明かりという訳だ。

 そして、惨殺されたゴブリンたちが広げる血の海。

 その中央で、ゆっくりと二刀流の少女が振り返った。

 顔を見た瞬間、シズマは名を叫ぼうとした。

 だが、頬の返り血を拭う少女が声を弾ませる。


「あっれー? シズマじゃん、大賢者スペルマスター……スペルマ・スターだっけ? おっひさー!」

「お前なあ、そこで切るな! それに、大賢者だったのは昔の話だ、

「あ、そだった。でも、元気そうじゃん? 久々に見たら安心したよぉ」


 ダース単位でゴブリンを肉塊に変えておいて、満面の笑みである。彼女の名はアスカ……かつてシズマが所属していた、ナイン・ストライダーズのメンバーである。当然、転使№てんしナンバー一桁台の、飛び抜けて強い力を神より授かった人間である。

 その証拠に、周囲には戦闘した痕跡こんせきが全くない。

 ゴブリンたちは、一方的に虐殺ぎゃくさつされたに等しかった。

 屈託くったくのない笑顔のアスカを前に、シズマは思わず溜息ためいきこぼれる。アレサがそんなシズマの顔を覗き込んのぞきこんで、小首をかしげた。


「シズマ、お知り合いですか? どのようなお知り合いなのでしょう。それと、スペルマ・スターとは」

「わーっ! わーわー! アレサ、君はそういうのはいいんだ。全く関係ない! ……前のギルドの仲間だ。転使№002、アスカ。俺と同じ日本人で、その能力は――」


 ヒュン、と風が走った。

 その瞬間には、目の前のアスカは消えている。

 そして、背後で先程の軽い声がした。


「あーしの能力は、このスピード。まあ、エルエデン最速の剣士? っての? そういう感じ、みたいなー?」

「……という訳だ、アレサ。まあ、戦場では頼もしい切込み役さ。俺も何度助けられたことか」

「あーっ! シズマ、それマジ? ちょ、マジかよー? 嬉しいんですけどー!」


 アスカは、雌雄一対しゆういっついの日本刀を腰のさやへと戻す。そのいでたちも、どこか昔のサムライを思わせる装束しょうぞくだ。だが、その身に防具と呼べるものは装着していない。和風のパンツスタイルに、上半身はへそ出しのタンクトップだ。

 申し訳程度に、左右に鎧武者みたいな肩当て――確か大袖おおそでとかいうやつ――を装備していた。


「それよか、シズマさあ。なーんで抜け駆けした上に、負けてんのぉ? あとさー、声かけてくれれば、あーしがクビだけは助けてあげられたのに」

「……す、すまん。でも、しょうがないんだ。俺には……どうしても、助けたい奴がいる」

「ああ、前に言ってたっけー? 、だっけ? 幼馴染おさななじみの恋人なんだっけかー」

「そういう訳じゃない! けど、大切な奴なんだ」


 横でアレサが、ピクン! ととがった耳を立てた。

 どうやら気になるようで、素直に説明を求めてくる。


「シズマ、メイコさんとはどのような女性なのですか? わたくし、気になりますわ」

「いやちょっと、なんでそこに食いつくの」

「それと、スペルマ・スターとは……スペルマスターとは違う、なにかの暗号でしょうか」

「それはアスカが悪い! 単にアスカが俺をからかってるんだ! ちょっと説明不能だが」


 だが、シズマは改めてアスカに向き直る。

 何故なぜ、ナイン・ストライダーズの最精鋭であるアスカが、この場所に? そのことを問い質すと、意外な言葉が返ってきた。


「いやあ、リーダーが今ちょっと必死でさあ。ほら、あいつってば責任感のかたまりみたいな奴じゃん? 男子ってばもー、って感じで。で、言われてこんな田舎いなかまで来たって訳」

「リーダー……転使№001の」

「そそ、あいつ。……実はさ、もう魔王にかなりやられてんだよね。シズマのあとに、三人はやられた。№004と、№007、№008……みんな、能力持ってかれちゃったの」


 驚いたことに、ナイン・ストライダーズにも被害が続いているという。

 それもそのはず、アスカの話では魔王は時として、。しかも、シズマから奪った無尽蔵の魔力で大暴れしているという。


「なーんかさー? ほら、リーダーが言うには、これ以上魔王をパワーアップさせずに、確実に勝てるようにさくってるらしいよー?」

「あいつらしいな」

「んでさー、各地の領主が隠してる物資を調査して、必要なら提供してもらうって」

「いや、ちょっと待て! この街だって防備は必要だし、ここの物資だってそのそなえだ。いくら神に召喚された転使だからって」

「でもさー、ぶっちゃけあーしたちがいないと、魔王倒せなくね? だから、その、ええと、すーこーな使命? ての? やってあげようって話じゃん」


 あの男の考えそうなことだと、シズマは思い出す。

 ナイン・ストライダーズの創始者でもあり、転使たちの中でも特別な№001……このたびの召喚で、初めてエルエデンに舞い降りた少年はリーダーとして振る舞っている。

 その思考と行動は、シズマでさえ驚くほどに合理であり、最適解だった。

 だが、そこに他者の感情や都合が考慮されていないこともよく知っている。


「そういう訳でー、シズマさあ。一緒に戻ろ? そっちの子も、一緒に来ていーよ。なに、シズマのこれ? 二号さん? 男の子ってさあ、エルフとか好きだよねー?」


 アスカが小指を立ててニシシと笑う。

 だが、アレサはその茶化すような言動に毅然きぜんとした態度で接した。


「わたくしはアレサ。シズマとは旅の友、仲間ですわ」

「ありゃ、そなの? いやあ、シズマってモテたんだよー? ……そうだ、すっげえモテてさあ、なんか……思い出したら腹が立ってきたわー」

「シズマがどういった女性関係を持ってきたか、それはわたくしにはわかりませんわ。でも、今は同じ目的のために協力しあえてますの。それに」


 チャキ、とアレサはアスカに向かって剣の切っ先きっさきを向けた。


「魔王を倒すためといえど、それぞれの街が持つ物資を当然のように徴用ちょうようする……そのありようは、いかな転使と言えど、許せませんわ!」

「あちゃー、オタクってばそゆ系? 暑苦しいって感じ……んで? 許せないなら、どーすんのさ」

「今は、転使もこの世界の者たちも、協力し合うべきですの」

「わーお、優等生? シズマさあ、あーし思うんだけど……ウザくね? ったく、あんたらが弱いからあーしたちが召喚されちゃった訳だしー? つーかさぁ」


 再びアスカの姿が消えた。

 突然、その立ち姿が輪郭をにじませ、溶けいるように消える。そうして残像を残しての高速移動が、彼女の持ち味だ。

 咄嗟とっさにアレサが身構えたと思った、次の瞬間だった。

 彼女のたてが、見えない攻撃を受け止めて弾いた。

 そして、姿を見せずにアスカはさらにギアを上げる。


「へぇ、今の止めるんだ? やるじゃん。エルフって、目がいいんだねえ」

「いいえ、見えてませんわ……でも、全身の肌で空気の動きは読めますの。シズマ、下がっていてください! 危険ですわ!」

「あー、そういう……それで、そんな小っ恥こっぱずかしい格好してる訳? エロいじゃん」

「鍛えた肉体の前では、過度の防備はかえって足手まとい……それはアスカさん、貴女あなたもよく御存知じゃなくて? ――くっ、そこです!」


 姿なき剣士から、無数に剣閃けんせんが放たれる。

 それをアレサは、剣と盾とで幾度となく弾き返した。

 だが、シズマは改めて思い知らされた。

 自分が今、アレサの脚を引っ張っていると。

 自分を守るために、アレサは脚を止めて防戦一方である。そう思ったら、すぐにシズマは駆け出していた。

 二人の戦いから離れつつ、物資が山積みになった木箱の前で振り返る。


「アスカ、よせっ! お前、戦う相手を間違えてるぞ!」

「んー、そぉ? あーしはでもさあ……こういう学級委員タイプ、大っ嫌いなんだよねー? って訳でさあ……どのみち、あーしの侵入を見ちゃったからには、痛い目見てもらわないと!」


 見えない斬撃が無数に飛び交い、その中でアレサが徐々に自由を奪われてゆく。それでも、視覚で追えないスピードに対して、アレサはよく反応している。

 本当に、剥き出しの肌が空気を通して、アスカの動きを読み取っているかのようだ。

 だが、そもそも攻撃する相手が見えないのでは、話にならない。

 そして、こんな時は以前のシズマなら、的確な支援ができた筈なのだ。


「クソッ! アスカのあれは、まだ本気じゃない……今なら、魔法が使えれば。アスカの速度を下げるか、アレサの速度を上げるか……そういう補助系統の魔法だって」


 全ての呪文を習得していても、肝心の魔力がなければ話にならない。

 そして、すでに大賢者としての全てをシズマは奪われ、さらには自分から手放した。これからも、幼馴染のメイコを助けるために戦う……一度は諦めかけて、堕落した日々の中で暗中模索だった。けど今は、アレサという強い灯火に導かれている。

 そう思ったら、二人の戦いを止めねばと気持ちばかり焦る。

 そんな中、ふと後ずさると……背中がガシャリとなにかに触れた。

 振り向くとそこには、ナイ=ガラアの衛兵たちが使う武器が静かに並んでいるのだった。

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