第6話「アレサの過去を知る漢」

 ナイ=ガラアの街で領主に謁見えっけんして、シズマたちは一つ頼まれごとを引き受けた。

 それで今、巨大な滝の裏に広がる大洞窟に来ている。ここはナイ=ガラアのいわば、秘密の裏舞台。有事の際の貯蔵物資などが、秘匿ひとくされている場所でもある。

 最近モンスターが出るというので、その討伐を任されたのだった。

 だが、戦いが始まるとシズマはれったい。


「今のタイミングなら、本当は……クソッ、援護のチャンスばかり見えても、なにもできない」


 残念だが、モンスターと戦っているのはアレサだ。

 彼女は、ゴブリンの一団を前に華麗な剣舞けんぶおどる。

 そう、まるで踊るように戦う。

 そして、多勢たぜい無勢ぶぜいをものともせず、有利に戦いを進めていた。


「すまん、アレサ! 俺にはなにも……あっ、後ろ! 後ろだ、アレサ!」

「承知っ、ですわ! はああっ、ぜませ筋力マッスルッ! SLASHスッ、ラアアアアッシュッッッッッ!」


 アレサの剣が、横薙よこなに強く振るわれる。

 広い洞穴の中に、彼女のりんとした叫びが響き渡った。

 彼女の背後を急襲せんとしていた、一番大柄なゴブリンが真っ二つになる。それを見て、他のゴブリンたちは一目散に逃げ出した。


「アレサ、敵が逃げるっ!」

「逃げる者は追いませんわ。入り込んだ場所から、出てゆくでしょうし」

「そう、なんだ」

「魔物とて、この世界の一部。魔王が現れる前は、ここまで凶暴ではなかったのですが」


 うん、やはり筋肉……

 シズマはそんなことを思いつつ、自分の無力さを痛感する。

 だが、諦観ていかんの中にも前向きなポジティブさが確かに感じられた。その思いを強くしてくれた、先程の領主との一時をシズマは思い出す。






 ナイ=ガラアの領主について、シズマは意外となにも知らなかった。

 最強ギルドであるナイン・ストライダーズでは、シズマは魔王軍と最前線で戦う仕事ばかりをしてきたからだ。各地の領主やこの国の王とは、専門のギルドメンバーが折衝を行ってきた。

 エリート揃いのギルドの中では、シズマは大賢者という役割しかこなしてこなかったのである。

 だが、先方はシズマのことを勿論もちろん知っていた。


「そうか、先程城下で騒ぎがあったが……君だったかね、大賢者スペルマスターシズマ。最強の転使よ」


 謁見の間に現れたのは、長身でたくましい体つきの領主だった。壮年期そうねんきを後半へ折り返したくらいの年齢で、口ひげをたくわえた表情は目元が優しい。

 だが、アレサとミサネと三人でひざをついていると、領主は仰天ぎょうてんの行動を取ったのだ。


「私がこのナイ=ガラアを預かる公爵こうしゃく、アレクセイである! フンッ!」


 何故なぜか突然、

 そう、上半身はだかになったのだ。

 思わずシズマは「はぁ?」とマヌケな声をらしてしまった。だが、隣でミサネが笑いを噛み殺している。

 アレクセイは、見事な逆三角形の肉体でマッチョポーズを決めていた。

 部屋のすみに立つ衛兵たちが動じていないということは、これが平常運行なのだろうか? そんなことを考えていると、アレサが立ち上がってマントを脱ぎ捨てる。


「お久しぶりですわ、アレクセイ! 相変わらず見事な上腕二頭筋じょうわんにとうきんですの!」


 アレサは、筋肉に筋肉で応えるように、その場で一回転。なんだかキャルルンとかわいい謎ポーズを決めた。露出度の高さもあいまって、アニメやゲームのヒロインみたいである。

 まあ、ガチでお姫様なハイエルフなので、ヒロイン属性てんこ盛りだ。

 二人は互いの筋肉を誇示こじするように向き合い、そして笑顔を交わした。

 そして、アレサが領主を呼び捨てで呼ぶ理由が明かされる。


「いやあ、なつかしい! ご無事でなによりですぞ、アレサお姉ちゃん」

「ふふ、アレクセイも息災そくさいのようで、嬉しく思いますわ。……もう、わたくしをお姉ちゃんと呼んでくれる者も、貴方あなただけになってしまいましたの」

「ハッハッハ! 共に筋トレでおのれを磨いて、すで幾星霜いくせいそう! まだまだ私は現役ですぞ!」

「あんなに小さかったアレクセイ少年が、こうも逞しく」


 そうだ、忘れていたがアレサは200歳を超える長寿のエルフ、それもハイエルフの姫君なのだ。彼女と長年の親交があるらしきアレクセイは、さらにグッと大胸筋だいきょうきんを盛り上げながらポーズを変えて話す。

 横からミサネが「二人は何十年も前からの筋トレ仲間、なんです」と耳打みみうちしてくれた。筋友キントモというパワーワードに、シズマは言葉を失うしかない。


「そういえば、お姉ちゃん!」

「ええ、なんでしょう。実は、わたくしからもお話がありますの……会えて嬉しいのですが、先を急ぐ旅なのですわ。……わたくし、かの魔王を討ち倒します」

「おお! なんと……そのことは、皇家こうけには」

「もう、百年ほど連絡してませんわ。わたくし、絶縁状態ですもの。でも、人間界で生きることもなんら問題ありませんの」

「そう、でしたな……いえ、このアレクセイ不覚のいたり! 不躾ぶしつけであった……許してほしい」


 アレサもまた、今のシズマと同じ。

 魔法が使えない、魔力がない状態だとシズマは聞かされていた。詳しくは知らないが、魔法にけたエルフたちの中で、とりわけハイエルフの姫君として、それは許されない状態なのかもしれない。

 漠然ばくぜんとだが、シズマはさっした。

 アレサは故郷を追われ、森から人間たちの生活圏に出てきた。

 それは多分、追放されたようなものなのだろう。

 だが、彼女はいつも溌剌はつらつとしていて、決して笑顔をくもらせたりはしない。


「アレクセイ、どうか力を貸してください。わたくしの旅は始まったばかりですわ。具体的に言うと、馬車や食料、物資、そしていくばくかの資金を提供してほしいんですの」

「むう、相変わらずのド直球! 清々すがすがしいまでに単刀直入ですな、ソヤッ!」


 この人は、アレクセイはポージングをしないと喋れないのだろうか。

 だが、アレサはマントを拾いながら微笑ほほえむ。


「非礼を承知で頼みます、アレクセイ。……恐らくこれが、わたくしの最後の旅。同じエルエデンに生きる者の一人として、エルフの代表として、わたくしは戦いにおもむくつもりです」

「……既に、転使てんしたちが動いております。此度こたびも伝説通り、彼ら彼女らが世界を救うと私は見ておりますが」

「此度の魔王は、今までとは明らかに違いますの。とても異質で、恐ろしい力を持っている……まるで、過去の転使たちの聖戦から学んで、転使対策に身を固めてるかのよう」


 それに、と前置きしてアレサは表情を引き締めた。

 シズマには、決意と覚悟をともした瞳が、とても美しく思えるのだった。


「それに、この世界の人間たちがなにもしないというのは、わたくしには承服できません。勿論、戦えぬ者がいるからこそ、神は転使をつかわしてくださいます。でも、この世界を真に守るのは、この世界に生きる我々の戦いでもあるのだと思いますの」

「……お止めしたいのですが、意思は固いのですな」

「ええ。研鑽けんさんを積んできた貴方の腹筋のように」

「あいわかった! では、準備させましょう。その間、我が城でゆるりと休んでいただきたいのですが……一つ、筋友のよしみで頼まれてくれまいか」


 アレクセイの話では、ナイ=ガラアの物資を貯蔵する秘密の洞窟に、最近モンスターが入り込んだらしい。あの大瀑布だいばくふは、その裏に巨大な洞窟を隠しているのだという。

 その討伐を、できればアレサたちに片付けてほしいという。

 同時に、アレクセイはポージングを変えながらシズマとミサネにも語りかけてきた。


「大賢者シズマ、噂は本当だったようですな。……魔力を全て、奪われたとか。フッ! ハア!」

「え、ええ、まあ」

「しかし、案ずるなかれ……人は皆、生来持って生まれた力、神より与えられた力だけが全てではありませぬ! そう、筋肉! 筋力を鍛えるのです!」

「まあ、ちょっと今までとは違う戦い方を探してる、けど……」

「筋肉は嘘をつきませぬ。鍛えた分だけ力を与え、なまけた分だけおとろえる」

「俺には、どうしても助けたい奴がいる。そいつのために今、できることがあるならなんでもやるつもりだ」

「でしたら、やはり私めが援助して差し上げたい! アレサお姉ちゃんの旅の友、盟友なればなおさらに! ハァ! フシュウウウウウウッ! おお、それとミサネちゃん!」


 この人、部屋の気温をどんどん上げつつ、ミサネのことはちゃん付けで呼ぶ。それがなんだかおかしいが、シズマはアレサの古い友人が好漢ナイスガイだと知った。

 ミサネはミサネで、衛兵たちが使う武具の注文を受け、目を輝かせている。

 召喚された転使として、あらゆる武器防具を自在に生み出すミサネだが……彼女が本当に造りたいのは、この世界の人たちが役立てる武具なのだ。伝説の武器でも聖剣でもない、本当にこの世界を生きる人たちのための武器なのだった。

 そして、シズマはミサネを城に置いて、アレサと二人で洞窟に来ていた。






 そんな訳で、モンスター退治も片付きつつある。

 シズマは結局、なにもできずにアレサに任せっきりだった。

 同じような境遇の中、アレサにあってシズマにないもの……それが筋肉だ。勿論、近接戦闘の技術やセンスも問われるだろう。だが、アレサには百年近くかけて鍛えてきた筋力がある。

 シズマは人間だし、魔王が倒されれば元の世界に戻れるかもしれない。

 でも、その時は隣に絶対にいてほしい人がいる。

 いつも一緒の幼馴染おさななじみを、このエルエデンに残してはいけないのだ。


「なあ、アレサ」

「はい、なんでしょう」

「俺も……筋トレ、してみようかな。その、アレサの役にも立ちたいし」

「もう、十分に助けられてますわ。でも、わたくし……嬉しいですの!」

「うん。それに、俺には実は――」


 その時だった。

 不意に、高い天井に絶叫がこだまする。

 それは、先程奥へと逃げていった、ゴブリンたちの悲鳴だった。

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