第5話「出会いと、決別と」
その都市の名は、ナイ=ガラア。
巨大な
シズマは久々に、大都会の土を踏もうとしていた。
現役の
「久々に来たけど、相変わらず凄い絵面だな……
天から注ぐかのような大滝をバックに、領主の住まう城がある。街を貫くメインストリートには、
行き交う人々の表情も
シズマが懐かしさを感じていると、前を歩くアレサが振り返る。
「では、領主様にお会いしてきましょう。きっと力になってくれる
「あっ、まってアレサ。先にボク、空き缶を交換してきていいかな?」
ミサネの提案にアレサは「ええ」と
今、一行の荷物の全てをアレサが持ってくれてる。
これも筋トレの一環らしく、周囲の人々の視線を集める程度には目立っている。マントで身を
それに引き換え、シズマは次第に不安になってくる。
自分の顔を知る者も多くなく、そこかしこで
「はぁ……俺ってば結構有名人なんだよなあ」
「どうかしまして? シズマ」
「いやさ、前来た時はナイン・ストライダーズの一員だったからさ」
「なるほど、そういうことですのね。でも、気にする必要はありませんわ」
「そうかな」
「ええ、そうですの」
「そうかなあ」
「そうですわ」
先を歩くミサネを追って、二人で並んであとに続く。
冷ややかな視線は少し気になったが、不思議とアレサの言葉に気持ちが楽になった。シズマとしても、若干の後ろめたさこそあるものの、今は以前ほど罪悪感を感じない。
この世界を守るべく召喚された勇者、転使としては
けど、今またシズマは歩み始めた……新たな仲間と共に。
「そういえば、ミサネちゃん。なんかこう、オススメの武器とかない?」
「と、いいますと?」
「俺も少しは戦力になりたいからさ。魔力がなくたって、身体を鍛えりゃ戦える。そうわかったなら、あとはやるだけだ」
「なんか、張り切ってますね! いいですね、ボクそういうの大歓迎です」
アレサもニコニコと
そう、持って生まれた能力がなくても、人は強くなれる。
強くありたいと思えば、やれることはいくらでもある気がした。その証拠に、アレサは鍛え抜かれた我が身一つを武器に戦っている。特別な魔法の武具も使わず、しなやかな筋肉美のみを頼りに冒険しているのだ。
ある種のストイックさすら感じる鍛え方には
「シズマ、とても素晴らしい心がけですわ。わたくし、お手伝いしますの!」
「はは、ありがたいねえ。俺もバッキバキに腹筋割って、アレサみたいに戦えるようになりたい。ただの道案内じゃない、これは俺なりのけじめだしな」
「ええ、ええ! 素敵ですの。シズマも5、60年くらい鍛えれば、立派な筋肉を得られると思いますわ」
「待ってくれ、それじゃ
「まあ! レディに今、歳を聞きまして? いけない人ですのね」
アレサの容姿は、どう見ても十代の少女である。その美貌は時にあどけなく、ともすればもっと年下に見える。
だが、彼女の言葉にシズマは耳を疑った。
「わたくし、これでも200歳を超えてますのよ? シズマよりもミサネよりも、うーんとお姉さんですわ」
「あ、エルフだから……ハイ、スミマセン」
「よろしい! では、わたくしと今日から筋トレですわね。わたくしもパートナーがいるほうが嬉しいですの。こなせるメニューにも幅が出ますわ」
「お、お手柔らかに頼むぜ。俺、基本的に貧弱男子、頭脳労働タイプだったんだからさ」
ミサネが笑いを
だが、彼女もシズマの扱いやすい武器を考えてくれるそうだ。そして、さりげなく語られる彼女の夢、願い……どのギルドにも入らず、彼女がアレサと行動している理由をシズマは知らされた。
「ボクのモットーは、大勢の人間で共有できる武具、みんなで使えるものなんです」
「一品物のレアアイテム的なものじゃなくてか?」
「もう、シズマさん? ゲームじゃないんですから、そういうのはまあ……持ってる人は持ってますし、ボクだって作ろうと思えば。でも、そういう武具は使い手を選びます」
「確かに」
「ボクたち108人の転使以外にも、魔王軍と戦ってる冒険者が沢山います。そういう人たちの力にこそ、ボクはなりたいんですよね。……でも、転使の皆さんは自分だけの武器を欲しがるんですよ」
はあ、と小さくミサネが
そういえば、アレサの剣や盾もミサネが作った物らしい。
そうこうしていると、街角に集まる市民たちが見えてくる。
どうやら、あそこで空き缶を回収しているらしい。
ミサネが店主らしき女性に声をかけた、その時だった。
「あっ! こら、
大柄な男が、叫びながら店から出てきた。
その先に、空き缶を抱えた人影が走っている。ボロ布を
捕まったその人物は、地面に容赦なく組み伏せられる。
手からは、大量の空き缶が散らばった。
「どこのガキだ! 缶に残った
「クッ、放せ! ……なんという
「おいおい、物騒だな。なにも俺ぁ、取って食おうって訳じゃねえ。ただ、こっちも領主様から任された仕事を預かってんだ。それに、盗みは見過ごせねえよ」
シズマは瞬時に、事情を察した。
貧しい身なりの少女――そう、同じ年頃の女の子の声だった――彼女は、食べ残しを狙って回収業者から空き缶を盗んだのだ。シズマたちが食べ終えた空き缶は、軽く洗って持ってきたが……恐らく、そのまま回収に出す者もいるのだろう。
店主の
だが、ざわめく市民たちが衛兵を呼ぶよう言ってるのが聴こえる。
シズマはいたたまれなくなって、一歩歩み出た。
「なあ、おっさん。ちょっとまってくれよ……まだ子供だぜ?」
「そうは言うがな、ボウズ! ……ありゃ? お前さん」
「あー、まあ、そうだな。俺はシズマ、大賢者シズマだ。……ちょっと前まではな」
「まあ、転使さんがそう云うなら。ほれ、立て! もう盗みなんかやるんじゃねえぞ」
男は少女を解放した。
元から手酷く痛めつけるつもりはなかったらしい。
そして、立ち上がった少女にアレサが駆け寄る。
「もし、
アレサは、周囲もびっくりするような大荷物を背から降ろして、手持ちの食料を取り出した。そして、迷わずそれを全て少女に差し出す。
だが、少女は目深に被ったボロ布の奥から、鋭い眼光で
「人間の
「大丈夫ですわ、わたくしはエルフですの。困った時はお互い様ですわ」
「そういう問題じゃない!」
「あらあら、困りましたわね」
その時、気色ばむ少女の腹が鳴った。
なんともかわいい音で、それを聴いた周囲の全員が笑顔になってしまう。
シズマは、食料を受け取ってもらえず困り顔のアレサをフォローしに回る。
「なあ、
「うっ、それは……しかし!」
「厚意を受け取ることもまた、厚意だ。……おっ、なんか大賢者っぽいイイ
シズマは、手にした
市民たちの中には、シズマの顔を知る者も少なくない。能力を失ったとはいえ、最強の転使の一人だったシズマである。その魔力を増幅してくれる長杖は、とても高価なものだ。樹齢千年の
それをシズマは、惜しげもなく差し出した。
「飯だけじゃ駄目だ。着るものや寝床も必要だろう? 一時の空腹のために盗みを働く根性があるなら、
「ッ!
シズマの言葉に、アレサも驚いた顔を見せた。
そう、この少女は自分のためだけではない……恐らく、共に腹を空かせている者がいるのだろう。彼女が盗もうとした空き缶は、残飯をかき集めれば結構な量になりそうだった。
それに、一時空腹をしのいでも、再び腹が減れば盗むしかなくなる。
ある程度、
「……施しは受けない。人間の力など借りない!」
「そのプライドがあるならさ、受け取りなって。気に食わないなら、俺を
少女は
そして、シズマの手からも長杖を受け取る。
「では、借りておくぞ……人間。この恩は忘れない」
「ああ、俺も忘れないさ。情けは人の為ならず、ってな」
「……フン、異世界より召喚された転使たちの世界のことわざか」
「そうそう」
「礼を云うぞ、お前は確か……そう、大賢者シズマ」
「元な、元。でも、俺もお前も今は賢い選択をしたと思うぜ?」
小さく頷いて、少女は走り去った。
その背を見送るシズマは、再び周囲で噂する声にやれやれと肩を
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