第46話

 もやもやした気持ちを抱えたままモルガにゲームを教えに行って、始終気もそぞろなのをからかわれた。その日サナに会うことは無くて正直少しだけほっとした。それから数日、サナの事、モルガとシェールの事、色々と考えたけれど結局今決まっている以上の案は思いつかなかった。

 そうこうしているうちに、イオリスにあと五日もあれば魔法陣が完成すると聞いて、俺は七日後に帰ることに決めた。地球の暦では一週間だからなんとなくキリが良い気がしたからだ。もう二度と会えない人たちとの別れを惜しむのに七日は長いようで短い。

 一日目は厨房の皆やその他なんだかんだお世話になった人たちに挨拶をして回った。午後から教会に足を運ぶと、リアナさんに個室に通された。シェールとサナの事についていくつかの確認と打ち合わせをする。一息つくと、リアナさんが言った。


「コウキさんにはどうお礼をしていいのかわかりません。あの子たちのこと本当にありがとうございました」


放っておいたら土下座でもしそうな勢いで平身低頭お礼をされてしまって慌てる。


「いえ、俺が勝手にやったことですから。それよりもサナにとってこれで良かったのか、本当は不安なんです」


いまさら弱音を口にするのはどうかと思ったが、俺よりリアナさんの方がずっとサナに近い。サナの様子を尋ねるとリアナさんは柔らかく笑った。


「コウキさんが帰ってしまう事にはもちろん落ち込んでいますよ。けれど教会を出ることに対しての不満は無いでしょう。それは私が保証します。教会を出たからといって私たちが赤の他人になる訳ではありません。私も出来うる限りの手助けは致します。ですからコウキさんがそんな顔をなさることはありません」

「……ありがとうございます」


そんな顔とはどんな顔だろうか。きっと相当情けない顔をさらしていたに違いない。俺よりも、ずっと賢くて人生経験豊富な人にそう言って貰えるなら少しだけ救われる。


「では、サナ達を呼んで来ますね」


少し笑ってリアナさんは部屋から出て行った。

 しばらく待って、最初に訪れたのはサナだった。入口から後に続く人はいない。


「リアナさんたちは?」

「後から来るそうです」

「そっか」


部屋に沈黙が落ちる。気まずい。でも、他の人が来たらさらに訊き辛くなる。


「サナ、あの。今更なんだけど、」


一度言葉を切ると、サナが首を傾げた。


「えっと、俺がサナを引き取るって話、本当は嫌ではなかった? もし俺のために頷いてくれたんだったら無理はしないで欲しいんだけど」


サナに恋愛的な意味で好かれているとは思わなかったが、俺を気遣ってくれる程度には好かれている自信はさすがにある。


「俺はサナに穏やかな生活をして欲しくて提案したんだけど、もし意に沿わないなら今からでも止めるよ」


驚いたように眉を上げたサナは、すぐに首を振った。


「嫌なはずありません。嬉しかったです」

「本当に? 気を遣わなくていいよ?」

「本当です」


サナが笑う。本当の本当にこれで良いのかやっぱり自信は無いけれど、もう今のサナの言葉を信じるしかない。


「そう、良かった。じゃあ、この前言い忘れたことを一つだけ」

「何ですか?」

「月並みな台詞で悪いんだけど、俺のこと好きになってくれてありがとう」


恋愛偏差値の低い俺にはとても恥ずかしいけれど、ここは人としてちゃんと言わなければならない。少しでも誠意が伝わるように、サナの目をまっすぐに見て告げる。サナはこれまでで一番嬉しそうに微笑んでくれた。



 ノックされたドアに目を向けると、返事をする前に開いた。同時にシェールが飛び込んできて俺に抱き着いた。今回は加減してくれたのか、倒れそうになるのは免れた。シェールの後ろでモルガがため息をついている。


「返事を聞いてから開けなさいっていつも言っているでしょ」

「まあ、今日ぐらいは許してあげましょう」


モルガの小言をリアナさんが宥める。回した手でシェールの背中をぽんぽんと叩いた。


「コーキ、今日が最後なの?」


頷くと、そっか、と寂しそうにシェールが呟く。う、罪悪感がすごい。

 俺から少し離れて、シェールが手に持っていたものを差し出した。筒状に丸めた紙だ。


「これ、最後にプレゼント」


受け取って広げると、それは彼の描いた絵だった。俺と、サナと、モルガとリアナさんの絵だ。まるで記念写真のように四人の肖像が描かれている。


「姉さんに、僕の絵も描けって言われて、最後に付け足したんだ。自分の顔はあんまり見ないから難しかった」


まるで卒業アルバムの写真撮影を休んでしまったかのように、右下にシェールの顔だけが描かれている。

 シェールが普段描く絵よりもだいぶ緻密だ。相当な時間を掛けたに違いない。なにより彼の絵でモルガが笑っているのは初めてだ。ツンと鼻の奥が熱くなる。


「これ、貰っていいのか?」

「うん、もちろん」

「ありがとう。すごい嬉しい」


シェールは笑顔だ。どうしよう俺の方が普通に泣きそうだ。俺の目が潤んでいるのに気が付いたのか、シェールが顔を歪めた。


「泣かないでよ、僕も我慢するって決めたのに」


俺につられたのか、シェールの目も水気が増している。うわ、せっかく頑張ってくれていたのにシェールが泣いてしまう。が、俺の涙も引っ込みそうにない。すぐにシェールが泣き出してしまった。気が付けば隣でサナも涙ぐんでいる。

 年少二人の涙に少し冷静になった俺が袖で目を拭うと、モルガが近づいてきた。


「色々、ありがとう、コウキ」

「いや、俺は何もしてないよ」

「さすがにそれは謙遜のし過ぎで感じ悪いわ」

「え、そ、そう?」

「冗談よ。今日はまだ時間あるの?」

「うん。今日は一日暇だから大丈夫」

「そ、ならこの子たちが泣き止むまで面倒見てね。おやつを用意するから、最後にみんなで食べましょう」


 モルガにチャーミングなウィンクを貰ってしまって赤くなる。ふふ、と魅力的に笑ってモルガとリアナさんは部屋から出て行った。しばらくして別室に通されると豪華な軽食が並んでいた。他の顔見知りの聖職者も加わって、ちょっとしたパーティだった。俺には勿体ないくらいの楽しい最後だ。

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