第41話
五日後、シェールの雇い入れの話をしに、王城の使者と教会へ向かう事になった。
「ルーナとお呼びください」
護衛のラディオと共に現れた「使者」は、くすんだ金髪に濃い緑の目の、セラフィス・ノイライトその人だった。
「えっと、どう見ても宰相ですね?」
魔法で体の色彩を変えるのは、すでにユークで体験済みだ。
「ルーナですよ、コウキ様」
「宰相が、直接教会に行くってことですか?」
「私はただの王城の使いですから、ルーナとお呼び下さいね。敬語も必要ありません」
ルーナ、と名前を強調してにーっこり笑う宰相に困惑していると、ラディオが横でため息をついた。
「コーキ、ルーナは言いだしたら聞かないから、素直に納得しといた方がいいよー」
「そういう事です」
ラディオに同意する宰相、改めルーナに、俺も息をつく。宰相は顔に似合わず豪胆なところのある人だと思っていたが、想像以上だ。
「時間が惜しいので歩きながら話しましょうか」
ルーナが歩き出す。
「え、馬車とかで行くんじゃないの?」
一国の宰相が、その辺をフラフラ出歩いていいんだろうか。
「徒歩でもそう遠くはないでしょう? それに馬車で行ったら帰りに寄り道出来ないではないですか。大通りの新しいパン屋の、その場でしか食べられない揚げたパンが気になっているんですよね。奢りますから付き合ってください」
見るからにウキウキしているルーナの足取りは軽い。この調子では街をうろつくのも一度や二度ではなさそうだ。いつだかユークにしていた的外れな説教を思い出す。「抜け出すならバレないようにやれ」ってつまりこういう事か。
いちいち突っ込むのも面倒になってきた。やれやれ、とでも言いたげな雰囲気で付いてきたラディオに話し掛ける。
「なぁ、もしかしてラディオってもともと宰しょ、じゃない、ルーナと知り合いなの?」
さっきのラディオは宰相について詳しく知っているような素振りだったし、先日の魔石の鉱脈の護衛にラディオを選んだのも宰相だ。
「ああ、まぁちょっとねー」
ラディオがちらりとルーナを見る。
「話しても構いませんよ」
さらりと答えたルーナに、ラディオが頷いた。
「十五年くらい前かな、まだ俺が壁外にいた頃に最初に会ったんだ」
「え、そんな前から知り合いなの?」
「そう。ルーナは壁外を一人で歩いてたんだよね。その頃は今より治安が悪かったし、ルーナみたいな人がいたら絡まれるのは当然で、柄の悪い男達に細い道に連れ込まれてたんだよー。で、その場に偶然居合わせたオレは囲まれてるルーナとうっかり目があっちゃって。オレも柄の悪さなら負けてなかったから、普通ならほっとくんだけど、なんとなく助けちゃったんだよねー。たぶんルーナみたいな綺麗な人初めて見たから好奇心だと思う。ガキのオレに大人をやっつけるなんて無理だから、隙を作って逃げただけだけど。でも壁外の地理なら他の奴らより詳しい自信があったから巻くのは簡単だったよー」
「ええ、私も壁の隙間を這ったり塀を乗り越えたりしたのは初めてで、すごくスリリングで楽しかったです。言い訳をさせてもらえば、一応私なりに貴族には見えないような服を着ていたつもりなんですよ」
「あんたの中じゃ庶民の服なんだろうけど、あの頃の壁外に汚れひとつない真っ白な服着てるような奴いないよ~」
「そうそう、当時も同じようにラディオに怒られました。ついでに言っておきますが、囲まれていた時は騒ぎにせずに解決するにはどうするか考えていたんですよ。さすがに私も三人に囲まれて一人も怪我させずに切り抜けるのは難しいので」
目を細めてルーナが好戦的に笑う。
「ねぇ、もしかしてルーナって結構強いの?」
「剣と魔法はそれなりに嗜んでますよ」
この国では貴族の方が魔力が高いから、ルーナもそれなりに腕が立つんだろう。というよりも、当時その辺に怪我人が転がっているレベルに治安の悪い壁外を一人でウロウロしているなんて相当だ。
「で、それを機にラディオに壁外を案内して貰うことにしたのです。やはり現地の方に案内して貰うのが一番内情が解りますからね」
「そういえば十年前に壁外の整備を始めたのは、ルーナなんだっけ」
「おや、よくご存じですね」
「前に、エルに聞いた。ねえ、王立学校に庶民を入れるようになった時のただ一人の壁外からの入学者がラディオだったって話だけど、もしかしなくてもルーナの仕業?」
「正解です。私が手を回して入学させました。ですからイオリス殿とエルファム殿は私にもう少し感謝して頂きたいですね。私のお陰で知り合ったんですから。まあラディオと一番初めに友人になったのは私ですけどね」
ふふ、と笑うルーナに、ラディオの目が泳ぐ。ちょっぴり頬が赤いのは照れているんだろう。ていうかさり気なく子供みたいな優越感だしてきたな、宰相。
「イオたちはオレの入学がルーナの所為だって知らないだろ」
「そうですね。余計な面倒が無いように隠していましたから。まあそろそろ時効でしょう。今更隠し立てする意味も無いですし、話しても良いですよ」
ラディオとルーナのやり取りを眺めながら、笑いが込み上げる。
「ラディオって、もしかして黒幕的な何かなの?」
「は? 黒幕って?」
だってどう考えたって、これは。
「一国の宰相と、国一番の魔術師と、騎士団副団長に気に入られてるってすごくない?」
「望んでそうなったわけじゃないしー。それに、コーキの方がすごいでしょ。その三人のほかに更に王子と国一番の治癒師が加わるんだからー」
「俺はまぁ、特殊事例だからさ」
ぽりぽりと頬を掻いていると、ルーナが笑い出した。
「そうですね、あなた達二人で国を動かせるかもしれませんよ」
あんまりなルーナの言葉にラディオが眉を寄せる。
「笑えない冗談だよ、それー」
「冗談ではないですから、笑わなくてよいですよ」
しれっと答えたルーナにラディオががっくりと肩を落とした。
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