第37話
ダラダラと話をしてしばらく、俺は意を決して口を開いた。
「あのさ、俺、そろそろ元の場所に帰るんだ」
「元の場所?」
ラディオが訊き返す。そういえば彼はまだ俺が異世界の人間だと知らない。さすがにもう話してもいいよな。
「あの、信じられないかもしれないけど、俺、」
「あ、ちょっと待ったー」
言い切る前にラディオが重ねる。
「コーキってたぶん上層部で情報のストップ掛かってるんだろ~? じゃあオレは聞かなくていーや。コーキの正体知ったからって関係は変わらないしー。むしろ聞いたことによって敬語使わなきゃいけなくなったらめんどう」
でしょー? と緩く笑うラディオに頷く。確かに俺の正体は伏せるように騎士団長に言われている。騎士団所属のラディオに話すには最低限団長の許可は必要かもしれない。それに俺が何であっても友達だって言って貰えたみたいで素直に嬉しい。
「なあ、あと二十日くらいだっけ?」
話に加わったユークが俺に訊く。
「うん。正確な日数は解らないけど、それくらいってイオリスが言ってた。それでさ、話は変わるんだけど、さっき宝石店見てて思いついたんだけどさ。世話になったしエルになんか贈り物しようと思ったんだけど何がいいと思う? エルって欲しいものはだいたい買えそうだし、持ってそうだから、何がいいかなーと思って。エルも貴族だし宝石とかアクセサリーとか喜ぶもん?」
実は俺の今の貯蓄は目ん玉飛び出るような額になっている。なんでも第三区のしかも貴族エリアに近い位置に家が買えるくらいの金額らしい。宰相からの給与だが明らかに多すぎだ。貰いすぎだと掛け合ったけれど、「有用な情報にはそれくらいの価値がある」と相手にして貰えなかった。しかしいくら金が有ったところで、こちらの通貨は地球では役に立たない。ここらでパーッと景気良く使ってしまいたい。
「貴族には装飾品を喜ぶ奴らは多いけど、エルファムはどうかな?」
「そうだねー。エルはアクセサリーはあんまり付けないかなー、邪魔だって言うよ」
「だよなー」
実際エルが装飾品を付けているのを俺も見たことが無い。たぶん正式な場では着飾ることもあるんだろうけれど、普段は好まないんだろう。うーん、と俺が頭を悩ませていると、ラディオがポンっと手を叩いた。
「コーキにリボン付けて差し出せばいーよ」
さも名案だ、とでも言いたげなラディオに目が点になる。ユークならともかく、ラディオからそんな面白くない冗談が出るとは思わなかった。
「それって『プレゼントは、わ、た、し』ってやつ? 可愛い女の子ならいいけどさ。ラディオは俺貰って嬉しいの?」
「オレは嬉しくないけどー」
「だろー?」
ラディオがはあぁと呆れたように息を吐く。おいなんなんだ。
「俺はコウキを貰ったら嬉しいぞ」
ユークがニヤニヤしながら俺の肩を抱く。こっちはこっちで相変わらずだ。この美形の無駄遣いめ。
「ハイハイ、ありがとありがと。でも変態は黙ってて」
「うわ、コウキ、最近俺の扱い酷くない?」
「好きだろ、そういうの」
「好きだけどさぁ」
「わあ、本当に変態っぽいー」
俺とユークのやり取りに、横からゆるい突っ込みが入る。
「王族って無駄にかしずかれるより、気安い方が好きって意味な。さすがに蔑まれて喜ぶ趣味は無いぞ」
「わかってるよー」
真顔で弁解するユークに、ラディオがからからと笑う。うんうん、楽しそうで何よりだ。でもエルへのプレゼントをもう少し真面目に考えて欲しい。まあなんだかんだ俺も楽しいからいいか。
翌日、町長の案内で王城から派遣されている治癒師に話を聞いた。この町ではとにかく怪我が多いらしい。患者が来るたび回復魔法で治してはいるが、毎日魔力が底を付きそうで、スフェンに増員を頼んだとのことだ。患者は坑道で働く若者だけでなく、幼児から高齢者まで幅広い。つまり怪我の原因は魔石の採掘作業が危険だから、という単純な理由ではないということだ。
次いで、鉱山で働いている人たちの話も聞いた。町長に一般的な鉱山関係者の家庭に案内して貰った。旦那さんは魔石の採掘、奥さんは小さな子供を背負って坑道を削り出す際に出る土砂を外へ運ぶ仕事をしている。
食事のメニューも見せて貰った。質素ではあるが極端に栄養が足りないという様子もない。また子供達にも怪我が多く、少し転んだだけで激しく痛がり治癒師のもとを訪れることも多いそうだ。
これらの状況を総合すると、怪我人の多さの原因はビタミンD欠乏の可能性がある。ビタミンDは不足すると骨が弱くなる。大人の場合は「骨軟化症」、子供では骨の成長が障害され、骨の変形などが生じる「くる病」になる。ビタミンDは食事で摂る他に日光に当たると紫外線により皮膚の下で合成される。
この山間の町は、太陽の光が山に遮られて日照時間が短い。そのうえ町に日が当たる時間には大部分の人が鉱山の中にいる。つまりこの町の住人は日を浴びる機会が極端に少ない。
ビタミンD欠乏は日本ではあまり見ない症状だが、日焼け対策を過剰に行う人や、紫外線の害を恐れて外遊びを極端に控える子供に時々見られる。骨が弱っているためちょっとした刺激で骨折をすることもある。
王城へ戻ったら、宰相とスフェンに、この町の人に仕事の休憩は日の当たる場所で行うように勧めよう。一日15~20分程度の日光浴で、体内のビタミンD合成に役立つと言われている。ビタミンDを多く含むキノコ類も積極的に食べると良い。本当はサケやサンマなど魚に多く含まれるんだけれど、この森の中で食卓に並べるのは難しそうだ。
視察を終え町長と別れた後、商店が並ぶ通りに買い物に出た。ラディオが店の主人を相手に値切っているのを後ろで見ながらその話術に感心する。さすがに騎士服で値段交渉は出来ないらしくラディオは私服に着替えている。
彼が値切っているのはイオリスに頼まれた魔石のくず石だ。大きな魔石を研磨する際に出る小さな破片だとか、はじめから小さすぎる石なんかは研磨せずそのまま販売される。ただし魔力が抜けるのが早いため他の町では扱われない。要するに王都では買えないんだそうだ。
あ、店の主人が折れた。根負けした主人は値札の七割近い値段で売ってくれた。ほくほく顔で戻ってきたラディオをユークと二人で出迎える。
「なんか、すごかったな……」
ユークが感心しつつもちょっと引いている。王子様なユークはなんだかんだ言っても上流階級だから、あまりこういった場には慣れていないんだろう。
「いやー、思ったより安くなって良かった。予定より多く買えたよ~」
「それってイオリスに頼まれたんだろ? 別に値切んなくても良かったんじゃないの?」
「こういう商売人相手の店はたいてい高値に設定してるの。それをそのまま鵜呑みにして買うなんて金余りの貴族くらいだよ~。いくらイオの頼まれ物だからって言い値で買うなんて俺のプライドが許さない」
力説するラディオになるほどと頷く。俺も貧乏育ちなのでその気持ちはおおいにわかる。
「それよりさ、コーキはエルのプレゼント決めたのー?」
「ああ。うん。悩んだけど、やっぱり身につけないもの贈っても仕方ないし、なにより宝飾品とか俺らしくないからやめた」
エルやユークが、女の人(か、男の人?)に贈るなら様になるが、俺がエルに宝飾品を贈るなんて、薄ら寒いというか、贈られる高級品が可哀想というか。とにかく庶民が慣れないことをするもんじゃない、と思ったわけだ。
それともう一つ。実は昨日のユークの話に今更ながら引っかかることがあって、そちらにお金を使う必要があることに気付いた。イオリスの身の上話がセンセーショナルだったからさらっと流してしまったけれど、帰ったらすぐに確認しないと。
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