第36話

 王城の魔法陣から転移した先は、二つの山の谷間に位置する小さな町だった。魔石を掘り出す作業員と、魔石を研磨する職人と、その家族が住人のほとんどを占める。王都はすっかり朝だというのに、ここは高い山に日が遮られていてまだ薄暗い。

 魔石の鉱脈は、山の裾野から山の中をくり抜く様に掘られていた。長い坑道に魔法の明かりが転々と灯る。しばらく歩くと大きく空いたホールに出た。そこからさらに下に掘り進まれていて、全体は迷路のように入り組んでいる。じわじわと足元から冷気がのぼってくる。厚めの上着を羽織ってきたが、それでも足りないくらいだ。


「すごいな、まるで別世界だ」


 広いホールを見渡して、ユーク改め「トーリ」が呟く。宰相の「王子の身分は隠していきなさい」という一声で、ユークは王城からの使者の「俺」の護衛の騎士と言うことになった。今は魔法で髪の色を茶色に、目の色を青に変えている。馴染みのない色合いでなんだか落ち着かない。


「ほんと声が響いて面白いなー」


 隣でラディオが物珍し気にきょろきょろしている。こちらは騎士団からの正式な護衛だ。宰相曰く「エルファム殿はユークリート様を一般人のように扱うのは苦手でしょうから、そういうのが得意な人間を派遣しますよ」だそうだ。「トーリ」が本当は自国の王子だと知っているはずなのに、ラディオの馴染みっぷりがすごい。確かにユークとラディオの相性は良さそうな気はするが、出会って数時間でもはや旧知の仲だ。ユークに友達が増えてよかった、とお母さんみたいな感慨が沸く。


「このあたりの魔石は掘りつくしてしまいまして、今はもっと奥深くで採掘しています。しかし危険なので使者様方は此処までのご案内となります。こちらをご覧ください」


 坑道の案内をしてくれている町長さんが、ノミの跡が残る壁の一部を示す。覗き込むと、町長さんがランプの灯りを寄せた。壁の一部がキラキラと赤く光っている。


「これが魔石です。これは小さいので採掘していませんが、このように埋まっていたり、時には結晶化してそのまま外に出ている物もあります。魔石を岩盤から掘り出すと魔力が徐々に抜けていきます。外に結晶化しているものは埋まっているものよりは安定ですが、岩盤から外すとそこから魔力が逃げてしまいます。そのため採掘後なるべく早く球状に研磨する必要があります。また宝石が取れることもありますので、町には魔石の研磨職人のほかに、ジュエリー職人も居を構えているのですよ。一部は町で販売しておりますので、後ほどそちらもご案内致します」


緊張気味に説明する町長さんに申し訳ない気持ちになる。俺は敬われる身分ではないのだけれど「王宮からの使者」として出向いているので仕方がない。

 坑道を出た後、真上に昇った太陽にようやく山間の町に日が差した。町長さんの案内で町のレストランで昼食をする。チーズや山菜がふんだんに使われた料理で、メインはこの辺りで獲れる動物のステーキだった。臭みも無く美味しかったけれどとにかく量が多い。正直俺の弱々な腹にはダメージがデカいが、なんとか完食した。

 次に魔石を研磨する職人さんの作業を見学させて貰って、最後に町の商店が並ぶ通りに出た。魔石や宝石、アクセサリーを売る店が並ぶ。ところどころで商談の様な会話をしているので、商人が客の大半だろう。一般客が気軽に来るには周囲の山が険しい。

 この町へ入るルートは三つ。王城からの直通の転移魔法陣(当然ながら一般人は使えない)、一番近くの大きな街からの転移魔法陣(こちらは一般人が使えるがそれなりに高価)、あとは山間を通る街道だそうだ。大半の客は街道を使うが、時折落盤事故に巻き込まれるなどリスクも高い。

 そんな説明を聞きながら町中を一通り案内して貰っていると辺りが急激に暗くなった。朝日と逆で、今度は夕日が逆側の山に遮られて届かないのだ。

 なるほど。この町で怪我が相次ぐ理由が解ったかもしれない。患者や治癒師には明日話を聞くことになっている。その時に質問するべき事項を考えながら、今日の宿へと向かった。



 今現在俺とユークとラディオは床に座っている。毛足の長いカーペットが敷いてあるので意外と快適だ。二人が美味そうに酒を飲むのを見ながら、俺はナッツを摘まんでいた。

 最初、ベッドの上で酒盛りを始めようとしたユークを止めたのは俺とラディオだ。宿の部屋は小さいながら豪華な家具で纏められている。ベッドの上掛けには繊細な刺繍のカバーが掛けられている。酒を零しでもしたら目も当てられない。

 行儀は悪いがこのダラダラした感じが楽しい。時々エルの晩酌に付き合うけれど、さすがに育ちが良さそうなエルに床に座ろうとは言えない。胡坐をかくのも久しぶりだ。


「それにしてもユークって王子様なのに、床に座るの気にならないの?」

「コウキがベッドはダメって言ったんだろ」

「そうだけど。隣室のソファとテーブルを使うかと思ったんだよ」

「だってソファだとひとりひとりの距離が離れてるし」

「あーわかる~」


ラディオがのんびりと同意する。


「それに城下で遊びだしたら慣れた。第三区の酒場の方が堅苦しくなくていい」

「え、王子様なのに第三区で遊んでるの?」


第三区は庶民のエリアだ。ラディオが驚いたように瞬く。


「秘密だけどな」

「バレバレのクセに」


俺が突っ込むとユークが拗ねたように口を曲げた。ラディオが笑う。


「第三区だったらさー、中央郵便局の裏の靴屋の二階の飯屋が美味いよー」

「今度連れてけ」

「いいけどー、っていいの?」


ユークの返答に、ラディオが首を傾げて俺を見る。何故俺に聞く。


「いや、知らんけども。ていうか、良くはないんじゃない? 王子様だし」

「だよねぇ」


ラディオの相槌にユークが口を挟む。


「大丈夫、行くのは王子様じゃない、一般人の『トーリ』だ」

「どこにも大丈夫な要素は無いよねー、バレたらオレのクビが飛ぶよね、それ」

「元老のジジイどもにとっては、俺が死んだ方が助かるだろうから、ヘーキだよ」

「ますます平気じゃ無くない、それ~?」


物騒なことを言いだしたユークにさすがのラディオも眉を顰める。


「ラディオも、騎士団勤めなら王城での俺の扱いは知ってるだろ」

「……知ってるけどー」


言い辛そうなラディオに、ユークが気にしてないと笑う。


「なぁ、ユーク。もしかして宰相と仕事するようになって元老院から色々言われてんの?」

「まあぼちぼちな」


俺の問いにユークが苦笑した。心配だが俺は政治に口を挟む事は出来ない。


「あーなんだ。愚痴くらいなら聞くよ?」

「今んとこセラフィスがいなしてるから大丈夫だよ、ありがとな」


ユークは本当に気にしていなさそうだ。それに少し安心する。


「俺よりもさ、今はイオリスの方が元老院にうるさく言われてるよ」

「イオリスが? なんで?」

「イオリスが教会に多額の寄進をしたって話はあっという間に王城に届いた。とうとうイオリスが子供を作る気になったのかって、ジジイ共が喜んでる」

「えーっと、その話ユークはどこまで知ってるの?」

「イオリスに大まかな話は聞いたよ。イオリスとラディオでサナと話してきたんだろ?」


ラディオが隣で頷く。ユークが俺を見た。


「コウキはさ、光と闇の魔力属性を持つ人間がどのくらいの頻度で生まれるか知ってる?」

「いや、知らない」

「光の属性を持つ者は千人に一人、闇は数千人に一人って言われてる。その中でさらに強い魔力を持つスフェンとイオリスは国にとって超特級の重要人物なんだよ。あの二人は王城の一部以外は護衛無しで外出することは許されない。

 スフェンはもともと第三区の生まれで、家族が一生遊んで暮らせるくらいの金と引き換えに子供の頃に王城に引き取られた。だから生家に帰ることは出来ない。イオリスは貴族だから実家に帰ることは可能だけれど、それも護衛付きだ。イオリスはその護衛を煩わしがってほとんど部屋から出ない。

 魔力属性は子に受け継がれることが多いから、元老院は二人に子供を作らせたくて仕方ない。当然そんな種馬みたいな扱いは二人とも嫌がって、特にイオリスなんてあの性格だから言えば言うほど反抗するわけだ。そのイオリスが教会に寄進した。さらに指名した相手は若い女の子だっていうもんだから、元老のジジイたちは大喜びってわけ」

「マジか。ていうか、なんなの、その二人の扱い。非人道的じゃない?」

「残念ながらこの国の内情はそんなものだ」

「イオリスが部屋から出ないのは単にインドアの研究馬鹿だからだと思ってた」


それまで黙って聞いていたラディオが口を開いた。


「それも否定は出来ないけどね~。でもイオは学生のころから研究の為なら野宿でフィールドワークも辞さなかったよ。あの外見で人目に付かない場所をウロウロするから絡まれたり襲われたりも一度や二度じゃない。そのたび魔法で切り抜けるくらいには強いから護衛を嫌がる気持ちもわからなくはないけど~。まあオレたちは一人で危ない場所に出かけるのはずっと止めて欲しかったけどねー。

 だからさ王城の魔術師に召し上げられて外出を禁止されてからしばらく、イオは結構荒れたんだよー。最近は人を雇って採取させてるみたいだけど、以前はイオの代わりにオレやエルがあっちこっち薬草探しに行ったりしてたんだー。イオが一人で危ない事しなくなったのはいいけど、さすがに今の軟禁みたいな扱いはやり過ぎだよね~」


悲しそうにラディオの眉が寄る。


「だからオレに悪戯してイオの気が晴れるならいいかな~ともちょっと思ってるんだー」

「いや、ラディオ。それとこれはとは別問題だぞ。目を覚ませ」


イオリスのあれは絶対ただの愉快犯だ。ラディオの肩を掴んでぶんぶん振る。


「ちょ、コーキ。酔いが回る、やめてー」


 気の抜けた悲鳴を上げるラディオに、そういえばこの人普通に酒飲んでるけど、護衛ってことはいまも仕事中だよな。うっすら思ったけれど、それは見なかったことにした。わざわざ俺を暗殺に来るような物好きはいない、うん。

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