第34話
今日は宰相と会う日だ。いつものようにスフェンと共に待っていると、ユークが来た。最近彼は宰相と行動をすることが多いから、宰相と一緒だと思ったが違ったようだ。お茶を飲みながら三人でたわいもない話をしていると、扉が叩かれた。
部屋に入ってきたのは宰相と二人のメイドだ。宰相が下働きを連れているのは珍しい。
「打ち合わせをしたいのですが、その前に紹介したい者がいます」
宰相の言葉に合わせて、二人のメイドが膝を折る。そのうちの一人には見覚えがあった。以前曲がり角でぶつかってしまった子だ。首の上の方まで覆う付け襟のメイド服が珍しかったので覚えている。ひらひらした白いキャップの下から濃い茶色の髪が覗き、ぱっちりした二重の緑の瞳が活発そうな子だ。十代中頃くらいだろうか。
「ルイです」
名乗って頭を下げる。もう一人の子も続けた。
「ミーファです」
こちらの子も白いキャップからわずかに茶色の髪が覗いている。おそらく長い髪を後ろで纏めているのだろう。瞳は緑掛かった青だ。
「あれ、ミーファって……?」
その名が記憶に引っ掛かってまじまじと見る。どこかで会っているような。その俺の反応に、ミーファの方から返事があった。
「コーキ様とお会いするのは二度目です。教会でサナと一緒の時に」
「あ! サナとトーリの話をしていたミーファちゃん? え、でも確か、そばかすがあったような気がしたけど……」
言われてみればあの時会った女の子だが、今目の前にいるミーファには印象的だったそばかすが見当たらない。
「お化粧で隠しています。今のコーキ様のように他人の記憶に残るみたいなので」
「えっと、どういうこと?」
その言い方はまるで、記憶に残ったらまずいみたいだ。訊き返すと、宰相が口を挟んだ。
「ミーファ、ルイ、立ちなさい。その先は私が説明します」
二人がゆっくりと立ち上がる。
「この二人には諜報活動をして貰っています。まあ早い話が私が直接雇用している子飼いの鼠です。彼女たちに街の噂や、ときには王城内での噂を報告させているのですよ」
「え、じゃあサナと友達だっていうのは嘘なの?」
俺の問いに宰相の視線がミーファへ向く。それを合図にミーファが話し出した。
「それは違います。母が病気がちで教会でお祈りをしているのは事実ですし、サナと出会ったのは私がセラフィス様に雇用される前ですから、少なくとも私は本当にお友達だと思っています。ただサナにはこのことは話してはいませんが」
少し申し訳なさそうなミーファに、そっか、と納得の返事をする。さすがに「自分はスパイです」なんて言えないだろうから仕方がない。
「私が『トーリ』のことを知ったのもこの子たちの報告ですよ」
宰相が口の端をつり上げる。
「なるほど、セラフィスに俺のことが筒抜けだったわけだ」
渇いた笑いを浮かべるユークに、宰相の笑みが深まる。おそらく宰相が俺のことを知ったのもこの諜報活動だろう。俺は一度ルイとぶつかっている。黒髪黒目は目立つらしいからそんなのが王宮をウロウロしていたら間違いなく報告が行くだろう。
「今回二人を連れてきたのは理由がありまして、ルイ」
宰相が呼びかけると、ルイが一歩前に進み出てユークに向かって頭を垂れた。
「ユークリート様、街で性質の悪い男に絡まれたときに助けて貰ってありがとうございました。ずっとお礼がしたかったんですけど、仕事のことは秘密なので黙ってました」
ユークがまじまじとルイを見る。
「人違いじゃない? 俺、街で女の子を助けたような記憶がないんだけど」
「こんな格好をしているけど、男です」
ルイが白いキャップを取ると、首ぐらいまでの茶色い髪が広がった。化粧で誤魔化されているが、本当に男であるならルイは俺が思うよりさらに若いかもしれない。特徴的な長い付け襟は喉元を隠すためか。でも何だってメイドの恰好なんてしているのか。
「あー。もしかしていかにもならず者って感じの奴らに裏道に引っ張り込まれてた少年?」
「そうです、それです。ちょっと仕事でヘマして見つかっちゃって。痛いのヤダなって思ってたんだけど、王子様が気付いてくれてあっという間に追っ払ってくれました」
「それについては私からも礼をします、ユークリート様。ルイが無事で本当に良かった。ご迷惑をおかけしました」
宰相がユークに頭を下げる。
「わっ、セラフィス様、俺が悪いんだから俺のために頭下げないでください」
慌てだしたルイの頭をミーファが押さえつけて下げさせる。
「そうよ、あんたが謝りなさいよ。そもそもセラフィス様はいつも絶対に深追いするなって言っているでしょ。自然に耳に入る噂だけで良いって言われているのにあんたが噂の出どころなんて確かめようとするから」
「だ、だってセラフィス様の役に立つと思ったんだもん」
頭を押さえられたままどうにか横を向いてルイが反論する。なんだこれ急に空気が庶民的になった。なんだか微笑ましい。
「この二人は姉弟です」
宰相が苦笑する。なるほど、これはミーファがお姉さんだろう。
「ミーファ、そのお説教は以前にもしたでしょう。ルイ、もう一度念を押しておきますが、噂の収集以外の行動は業務範囲外。たとえどんなに有用な情報でも危ないことをして手にした情報に賃金は払えません。貴方たちの安全を守るのも雇用主の私の仕事のうちなのですよ」
「そうよ、あんたが怪我したら、セラフィス様の責任になるんだからね」
「うーわかってるよ。気を付けるってば」
「ほんとにわかってんの?」
ルイの頭をぐりぐりして、まだまだ続きそうなお説教に、宰相がため息をついた。
「ミーファ、それくらいにしなさい。とりあえず二人とも危険なことはしないように。あとは私たちで話しますから退出なさい」
渋々ルイから手を離したミーファが、部屋を辞す挨拶をする。ルイも挨拶をするのかと思ったら、キラキラした目で言った。
「王子様に助けて貰った時、大男をあっという間にのしちゃって、超格好良かったです。本当にありがとうございました!」
元気に礼を言うルイにミーファの拳骨が落ちる。姉に引きずられてルイは退場していった。
「いやー、面白かったね。可愛かったし」
俺が言うと、スフェンが頷いた。
「意外なところにファンがいましたね、ユークリート様」
スフェンに話を向けられたユークの耳はほんのりと赤い。あ、これは照れてるな。
「なあ、セラフィス。なんでルイはメイドの格好しているんだ?」
「それは私も疑問に思いました」
さり気なく話を変えたユークにスフェンも乗っかる。
「単に、王宮内で話しやすいからですよ。子供が王城内をうろちょろしていたら目立つでしょう。化粧をすればある程度年齢は誤魔化せますし、下働きであれば口調が多少雑でも許されます。丁寧な話し方を教えてはいますが、なかなかね」
ふぅ、と息をつく宰相に尋ねる。
「ルイって、いくつなんですか?」
「十四です」
「あれ、思ったより歳行ってるんですね。もうちょっと幼いかと思いました」
「彼らはお父様が早くに亡くなって、病気がちのお母様とあの姉弟の三人で貧しい生活をしていました。時に食べるものにも困っていたようですから、成長が遅いのでしょう。ルイの見た目がもう少し育てばメイド以外の服装も考えますが、実はあの服にはもう一つ利点があるのですよ」
「利点?」
「ええ、彼にあの格好をさせておくと、有用な情報を気軽に漏らして下さるお利口さんがこの王城にはたくさんいらっしゃるんですよ」
宰相がとっても悪い顔をしている。いや美形だからそんな顔も似合うけど。つまり、ルイに女装をさせておくと口が軽くなるエロ親父がそれなりにいるってことだろう。そうして集めた情報が宰相に有効活用されるってわけだ。どういう状況でその情報が使われるのかはあんまり想像したくない。世の中には知らない方が良いこともある。これ以上この話を広げるのは止めることにした。
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