第27話
サナとシェールと遊んだ後、帰ろうとしたところでリアナさんに呼びとめられた。二人で部屋に入る。こんなふうに改まって呼ばれるのは初めてだ。
「話とは何ですか?」
「サナ達のことです」
俺と彼女で話すことといえばそれしかないから予想はしていたが、内容に心当たりが無い。
「サナは、もうじき成人します。そうすると寄進の『礼』をすることになります」
今までサナは教会の「奥」を使っている様子は無かった。この国の成人は十八歳だ。未成年に春を売らせないだけの倫理観がこの国にあってよかったと内心思っていた。
「この教会で生まれた子供や、捨てられて保護された子供は、聖職者として幼い頃からここで暮らしています。『礼』は大人たちのありふれた日常であり、それが苦痛にならないように教育されます。けれどサナは違います。十四の時にここへ来ました。もとはそれなりに裕福な商家の子供でした。愛妻家で子煩悩な父親だったと聞きます。しかし母親が早くに亡くなったことで、その幸せは崩れました。妻を深く愛していた父親は、心を病み寝付くことが多くなり、やがて起きていても夢を見ているような状態だったそうです。ある日、亡き妻によく似た娘が「娘」だとわからなくなりました。これ以上は言葉にしなくともコウキさんには伝わるでしょう。サナの悲鳴に下働きが駆けつけて事なきを得たそうですが、仕事もままならない父親は施設に入れられ、家の存続は不可能と下働きもみな出て行きました。そうしてサナはここへ来たのです」
サナの身の上に言葉が見つからない。過去の事とはいえ手遅れになる前で良かった。
「ここで育った子供たちと、一般の家庭で育てられたサナのどちらが幸せかは私にはわかりません。ですがここに身を置く以上、成人すれば『礼』をすることになる。最近サナは思い悩むことが多くなりました。本人が口にすることはありませんが、心配なのです」
そこでリアナさんは、何かに耐えるように目を閉じた。しばらくの沈黙が落ちる。
「そして、シェールです。あの子はこの教会で育ちながら聖職者ではありません。なぜかは、コウキさんがご存じのとおりです」
「知恵遅れだから、ですね」
リアナさんが頷く。
「しかし富を持つ者の中には、あの子のような者を好む人間がいるのです。モルガの弟であるのでなおさら」
並外れた美女のモルガによく似た美しい青年の見た目に子供のような幼い心、そのアンバランスさを愛でたがる性質の悪い金持ちが居るってことか。
「モルガが地位の高い貴族の寵愛を進んで受けるのはシェールの為です。今、彼女と褥を共にできることは上流階級の間では一種のステータスです。彼女に選ばれれば『富と権力を持っている』証明になりますからね。そうして自分の価値を高めることでモルガは、弟を守っているのです。けれど富と権力を持つ者が清い心を持つ者とは限りません。彼女もまた理不尽な目に耐えることが多い」
「寄進」だ「礼」だとキレイな言葉で包んでいるが、結局ここで行われているのは春を売る行為だ。金に物をいわせて春を買う人間にまともな人間が多いとは思えない。まだ「娼館」と言われた方がビジネスと割り切れるからすっきりする。
「リアナさんは、どうしてその話を俺にしたんですか?」
俺の問いにリアナさんは少しだけ目を伏せた。
「申し訳ないとは思っています。けれど私はこの教会を管理するものとして一部の人間だけに肩入れすることは出来ません。貴方は優しい方ですから、私がこの話をすればサナやシェールを気に掛けて頂けると思いました。コウキさんがあの子たちを贔屓するのは教会とは無関係ですから」
リアナさんは俺が現状を知ったら何かしら動くのを期待したってことか。まさに読み通り、それは正しい。今俺は出来ることならサナ達の為に何かしたいと思っている。
「コウキさんは高位貴族の方たちとも繋がりがある方ですので、完全な下心です。貴方には軽蔑されるかもしれません。でも私はそれでもあの子たちが少しでも苦難から遠ざかることを願っているのです」
この人はサナ達にとって母親みたいな人なんだろう。リアナさんのもとで育って、きっとみんなは幸せだ。
「わかりました。俺も同じ気持ちです。今回の話は心に留めておきます」
出来うる限りの誠意を込めて伝えると、リアナさんは安心したように微笑んだ。
「イオリス、たのもー」
いつも通りイオリスの部屋の扉をたたく。
「ハイハイ、今度はなんなの?」
今日は素直に出てきた。居留守を使っても俺が諦めないことをようやく学んだらしい。迎えられたと同時に、さっさと部屋へ入る。イオリスにお茶を飲むかと聞いたけれど首を振られたのでそのまま席に着いた。イオリスは俺がいると絶対に自分では茶を淹れない。
「さっき教会に行ってきたんだけど、教会を管理している人と話をしたんだ」
先ほどリアナさんに聞いた話をイオリスにする。いくら考えたところで俺はここの人間ではないし、なんの地位も力もない。ならば地位も力も持っている人に頼ることにした。
「と、いう訳で、どうしたらいいと思う?」
「なんでそれ、僕に言うの?」
「だってイオリスって偉いんだろ?」
「貴族ってだけならエルだってユーク様だっているでしょ」
「エルに相談したら絶対協力してくれるもん。でもこれ以上迷惑かけられないし。それにユークは今、他の仕事で忙しそうだし」
宰相を手伝うようになってから、ユークは俺と遊ぶ時間が減った。少し寂しいけれど、忙しいのはいいことだ。うん。
「僕には迷惑かけていいの?」
「俺、イオリスには迷惑かけられたから、お前に迷惑かけるのは戸惑わないって結構前に決めた」
「しなくていいよ、そんな決意」
「そうは言ってもさー、俺、元の世界で一年以上も行方不明になってたら、家は大騒ぎだし、きっと仕事だってクビになってるよ」
罪悪感を刺激するようにチクチク言うと、うっと呻いてイオリスが恨みがましく俺を見た。ふ、恨むなら好奇心に負けて異世界人を呼び出す魔法陣なんて作った自分を恨むんだな。
「はぁ、わかったよ。そのサナって子の誕生日は五日後だっけ? その子については僕がどうにかしてあげるから、君は部屋に帰って出かける準備でもしなよ。明後日から数日エルと遠出するんでしょ? 君、ここに来てから泊まりがけで出かけたこと無いし、なにかしら準備とかあるんじゃないの?」
「あ、そうそう。なんかこの時期だけ村の四分の一がくしゃみ鼻水鼻づまりになる地域があるっていうから見に行くんだ」
「君、見るからに体弱そうだけど、もし病気なら染ったりしないの?」
「なんか、時期が過ぎればみんな何事も無く治るみたい。死者も出ないって。それにその症状には当たりが付いてるんだ。だから大丈夫」
「ならいいけど」
「もしかして心配してくれるんだ? イオリスやっさしー」
「……仕事の邪魔だからさっさと帰ってくれる?」
あれ、ちょっと揶揄いすぎたかな?
「ごめんって。えっと、じゃあ、悪いけどサナのことよろしくお願いします」
「僕を誰だと思ってんの? 大丈夫だから気にせず出かけてきなよ」
サナ達については完全に俺の個人的な都合なので、本心ではイオリスにも悪いとは思っている。なんとなく癪ではあるけれど、改めてお願いすると、一応その気持ちは伝わったのかイオリスがひらりと手を振った。
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