第24話
いつものように教会でサナを探していると、モルガと目があった。今日も美人だ。
「久しぶりね、コウキ」
「こんにちは、モルガ。サナとシェールに会いに来たんだけど、いる?」
尋ねると、モルガが少し表情を曇らせた。
「サナならあそこにいるのだけれど来客中なの」
モルガに示された方を見ると、サナが身なりの良い年嵩の女性と話していた。距離があるため会話は聞こえないが、女性の方が何事か熱心にサナに話し掛けている。
「サナには後であなたが来ていることを伝えるから、シェールの所へ先に行っていて」
「俺、一人で入っていいの?」
シェールが居るのは聖職者たちの居住区だ。いわゆる人様のお家である。
「何度も来ているし問題ないわ。シェールは花壇の植え替えを頼んだから庭にいる」
「ん、わかった。じゃあ、よろしく」
軽く頷いて歩き出す。庭へ向かう道すがら、翻訳の腕輪を外してポケットに入れた。
庭に入って花壇の前で屈んでいたシェールを呼ぶ。振り返ったシェールの顔がぱあっと明るくなった。ぶんぶんと振られるしっぽが見えそうで少し笑う。
「花壇、進んだ?」
この国の言葉で尋ねるとシェールが気まずそうに顔を背けた。
「あらら」
覗き込むと、どうやら植え替え前の花の絵を描いていたらしい。黒一色で細密に描かれたそれは、色がないのにまるで色が見えそうだ。上手だが、このペースでは花の植え替えは終わらないだろう。
「俺も、一緒にやる。花壇、植え替えしよう」
俺の提案にシェールが嬉しそうに頷いた。
俺のこの国の言葉はシェールと話すようになって上達した。シェールは難しい単語を使わないので理解しやすい。それにやっぱりエルの前では間違えると恥ずかしい、という気持ちが出てしまって少し構えてしまうのだ。でもシェールとは気軽に話せる。最近は腕輪を外していても案外会話は続く。にこにこしながら花壇の手入れを始めた。
三分の一ほど植え替えた時、シェールが立ち上がった。つられて俺も顔を上げると、サナが歩いてくるのが見えた。立ち上がって出迎える。屈みっぱなしだった腰がだるい。
「サナ」
近づいてきたサナに手を振る。俯いていたために気付かなかったのか、俺の声に顔を上げたサナはほんの少し目を瞠った。その拍子に、ポロリと涙が零れる。
「えっと、どうしたの? どこか痛い?」
慌てる俺に、はっと気付いたような顔をしたサナが首を振る。
「ち、違うんです。ごめんなさい」
サナが右手で目元を擦る。
「ゴミが入ったみたいで」
「ええ、ゴミ入ったなら、擦らない方がいい。俺、見るよ」
サナの目元に手を伸ばしたところで、自分の掌が花壇の土にまみれているのに気付いた。
「あ、ごめん。この手では触れない。洗ってくる」
手を洗いに走りだそうとしたところで、サナに服の端を掴まれた。
「もう大丈夫です。今ので取れました」
「え、本当に?」
「はい」
「そう、良かった」
胸を撫で下ろすと、サナが微笑んだ。シェールも心配したようで、大丈夫かと尋ねている。平気、と笑い返すサナの目はまだ少し潤んでいる。傷が残ってないといいけど。
「それより、コーキさん。言葉、ずいぶん上手になりましたね」
「え、そう? ちゃんとわかる?」
「はい、わかります」
最近はサナとも出来るだけ翻訳の腕輪を外して話すようにしている。この世界に来るまで自分が日本語以外の言語で話す日が来るなんて考えもしなかったけれど、少しずつ会話が続くようになってくると楽しい。文字もはじめのころはイヤイヤ勉強をしていたのに、今は率先して本を読んでいる。読めるようになってくるとやる気が出る。
「ありがと、二人のおかげだよ」
サナとシェールに礼を言う。頭を撫でたいけれど、この汚れた掌では出来ない。代わりにシェールに抱き着く。わぁ、とシェールが楽し気な声を上げた。本当はサナにもやりたいけど、どう考えても良くてセクハラ、最悪痴漢だよな。
「サナも、ありがとう」
シェールに抱き着いたまま、もう一度感謝を伝えると、サナが「いいなぁ」と呟いた。
「何が?」
意味が解らず聞き返したけれど、サナは首を振って答えてはくれなかった。
「それより、私も手伝いますから、花壇終わらせちゃいましょう」
サナが腕まくりをする。そういえば今は花壇の植え替えという大事な任務の途中だった。みんなで花壇の周りを囲む。
まともに土を触るのが子供の時以来の俺は、ミミズや虫を発見するたびに、シェールと一緒にはしゃいでいたが、そのたびサナにぴしゃりと叱られた。サナはこの作業に慣れているらしく、あっという間に花の植え替えが終わった。なんだか俺たちは遊んでてなかなか掃除が終わらない小学生みたいだ。一応俺が一番年上なのに頼りなくて申し訳ない。でもシェールは楽しそうだからいいか。
今日は医務室で宰相と会う日だ。時間より少し早く着いた俺は、昨日シェールから貰った花の絵をテーブルに広げていた。ついでにシェールが描いてくれた俺の絵も持ってきた。自分が描かれた絵はなんだか照れる。
「本当に上手ですね」
「すごいな、本物みたいだ」
スフェンと、お茶を飲みに来ていたユークが同時に声を上げる。そうだろうそうだろう、と何故か自分が褒められたように嬉しくなってドヤ顔で頷いていると、扉を叩く音が聞こえた。スフェンが迎えに出る。
入ってきた宰相が、絵に目を止めた。
「これは?」
「街で友達になったシェールという知恵遅れの男性が描きました。知恵遅れ、俺のとこでは知的障害と呼びますが、もしかしたら彼はサヴァン症候群かなって思っています」
「それは、どういったものなんだ?」
「知的障害や発達に障害がある人のうち、特定の分野に優れた能力を持つ人をそう呼びます。一度読んだだけの本を正確に暗記したり、一目見ただけの風景を絵で完璧に再現したり、他には少し聞いただけの音楽を何も見ずに演奏出来たりするそうです。その原因は俺の世界でもまだ解明されていません」
「すごいですね」
隣で聞いていたスフェンが驚く。
「この前教会でシェールが河原で面白い形の岩を見つけたって言って、その場で絵に描いて見せてくれたんです。後で実際に見に行ったらその絵と岩がそっくりで驚きました。実物を見ずに、数分足らずで描き上げた絵が、です。彼が本当にサヴァン症候群かどうかは俺には判断できませんが、少なくともシェールのこれは特殊な能力だと思います」
「それは興味深いな」
「コウキの話は本当に参考になりますね」
宰相とスフェンが口々に言う。ユークも同意するように頷いている。そんなみんなの反応を見ながら、俺がもうちょっとこの分野に詳しければ何かシェールの力になれるのにな、とぼんやりと思った。
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