第20話
教会の入り口でサナを探してきょろきょろしていると、今日はすぐに見つかった。同じ年ごろの女の子と話している。サナも俺に気づいたらしく軽く微笑む。近づいて行くとサナと話していた女の子と目があった。濃い茶色の髪を三つ編みにした少しそばかすのある大人しそうな子だ。
「こんにちは、コーキさん。こちらはお友達のミーファちゃんです」
「はじめまして、ミーファと言います」
「こんにちは、コウキです」
にこりと笑って返事をすると、少し緊張気味だったミーファの顔が綻んだ。
「ほんの少し前までトーリさんがいらしていて、二人で格好良かったねって話してたんですよ」
「トーリっていうと、確か正体不明の美形さん」
「そうです。もうちょっと早かったらコーキさんもお会いできたのに残念ですね。ね、ミーファちゃん」
隣にお友達がいるからか、はたまたそのトーリさんのおかげか、今日のサナは少し子供っぽい。ミーファも相槌を打って二人でキャラキャラ笑っている。日本の女子高生を見ているようで何だか微笑ましい。
「じゃあ、私帰るね」
言って、ミーファが手を振る。もしかして俺のせいで気を使わせただろうか。そう思って引き留めると、もともと帰るつもりだったので、と彼女は笑顔を見せた。
「ミーファちゃんは、病気がちのお母さまのために、時々教会へお祈りに来るんです。その時に仲良くなりました」
聖職者の居住区にある、シェールの部屋へ向かって歩きながらサナが言った。心配そうに眉を寄せている。俺は無宗教だからお祈りで病気が良くなる、とかは信じていないけれど、魔法なんて非現実的なものが存在するこの世界でならそういう奇跡があるといいな、と素直に思う。
シェールと、それからモルガさんが中庭にいた。俺に気付くと、シェールがぱっと顔を上げて嬉しそうに近寄ってくる。そのあとをモルガさんがゆっくりと近づいてきた。
「こんにちは! コーキ!」
弾んだ声のシェールに、ハイタッチで答える。ハイタッチは俺が教えた。楽しそうに挨拶して貰えて嬉しい。
「いつも弟がお世話になっております」
モルガさんが、またお姫様のような優雅な挨拶をする。相変わらず屈んだ際に見える白い胸の谷間が目に眩しい。直視出来ずほんの少し視線を逸らす。
「こんにちは、モルガさん。こちらこそシェールとサナにはお世話になってます。って、そういえば、俺まだ名乗って無いですね」
「サナと弟に聞いています。コーキ様、ですね」
「正確には『コウキ』なんですが、この国の人には発音しづらいみたいですね。エルファムはちゃんと発音してるんだけど」
エルやイオリスなんかの偉い人は「コウキ」と発音するが、それ以外の下働きの人は王宮内でも俺のことを「コーキ」と呼ぶ。
「そうでしたか、それは失礼いたしました。改めまして、モルガです。以後、お見知りおきを、コウキ様」
「できれば様付けと敬語は止めてください。俺自身は偉い人ではないので」
眉を下げるとモルガが少し笑った。
「ではコウキ様も私に敬語と敬称を付けるのを止めてください。それならおあいこですわ」
モルガがいたずらっぽく言う。それがまた美人なのにちょっと可愛い。とても魅力的だ。この人が王宮にまで噂が届くほどの有名人なのがなんとなくわかった気がした。
「じゃあ、遠慮なく。モルガは『コウキ』って発音するんだね」
様付けに戻されると面倒なので、ちょっと照れ臭いがさっさとタメ語にする。
「貴族の言葉は、古い言語の流れを残しているから発音の音の種類が多いの。『コウキ』の『ウ』の音は、貴族言葉を話す人なら発音できるけれど、その貴族言葉がさらに簡略化されてしまった街の人だと『コーキ』になってしまうわ」
「あ、なるほど。そういうことか。ということはモルガは貴族の言葉を話せるんだね」
「私は必要に応じて使い分けているの。貴族の方を相手にお話することも多いから」
「そっか」
彼女に入れ込む貴族もいるってそういえばイオリスが言っていた。
「もう少しお話ししたいところだけれど、私はそろそろ教会に戻らないと。いつも弟の面倒を見てくれてありがとう。シェールがあなたのことを楽しそうに話すから、いつかお礼を言わないとって思っていたの。今日話せて良かった」
「面倒を見るっていうか、いつも一緒に遊んでもらってるのは俺の方だよ」
花の名前を教えて貰ったり、シェールがそれをスケッチするのを横から眺めているのは俺の方だ。何もない紙にあっという間に綺麗な花が咲くのはそれこそ魔法みたいで面白い。俺にその絵心の半分もあればと羨んでならない。
「あなた、本当に良い人なのね」
モルガが、驚いた、というように目をぱちぱちとさせる。その後にふんわりと笑った。美女の微笑みは破壊力が半端ない。赤面した顔を誤魔化すようにぶんぶんと首を振った。
モルガが教会へ戻った後、シェールが今描いていた彼女の絵を見せて貰った。いつものように良く描けている。ただ何度か見たモルガを描いた絵はいつも少しだけ悲し気だ。今回も憂いを帯びた横顔で、そんな顔も似合うけれどやっぱり明るい方がいい。それが少しだけ気になる。でも俺の考えすぎかもしれないし理由はまだ聞けていない。
「あ、そういえばサナ。この前紹介してくれた本、面白かった」
「本当ですか! 私、あのお話大好きなので、そう言って貰えると嬉しいです」
サナは結構な頻度で図書館に出入りしている。いろいろ本を読んでいるようなので、俺に読めそうなレベルの本を教えて貰っている。感性が似ているのか、サナに紹介してもらう本には外れがない。もし日本にいたら俺の好きな漫画を絶対にサナに読んでもらいたい。
自分が進めた本を、他人に褒めて貰えるのってなんでか妙に嬉しいよな。頬をうっすら染めて喜ぶサナに、その気持ちわかるぞ、とうんうんと内心で頷いた。
「あれ、サナなんか嬉しそうだね?」
シェールが不思議そうに尋ねる。シェールは彼の障害の為か、あまり文字を読むのが得意ではない。図鑑や絵本を眺めるのは好きだが、文字だけの本は基本読まない。だから本好きの感覚は理解しがたいのだろう。
「え、ええ、そ、そんなことないよ」
明らかに動揺した声で、さらに顔を赤くしたサナが恥ずかしそうに俯いた。うん、わかる。わかるぞ。好きなものについて自分が興奮しているのを指摘されるのは恥ずかしいよな。あるあるだよな~と耳まで赤くしているサナを見てニヤニヤしてしまった。いかん、なんか俺ちょっと変態みたいだな。
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