第15話 イオリスとユークリート

「相変わらず雑然としてるな、お前の研究室」

「ほっといてくれる?」


部屋に入るなりぐるりと見渡したユークリートに、イオリスは不機嫌に返事をした。


「別に悪いとは言ってないだろ、褒めてもいないけど」

「それ、同じでしょ」


振り返って苦笑したユークリートを無視してイオリスは椅子に腰掛ける。


「お茶飲みたかったら自分で淹れてね」


テーブルに頬杖をついたイオリスに、ユークリートが小さく噴き出した。


「お前な、俺、一応王子様だぞ」


言いながら簡易キッチンに向かうユークリートの背中を眺めて、イオリスは目を細めた。


「ほれ、淹れたぞ」

「ありがと。なんだかんだ言って動いてくれる君のそーゆーとこ僕結構好きだよ」


お茶を受け取りながらイオリスが微笑む。ユークリートはイオリスの斜め前に腰掛けた。


「どうも。俺もお前のその遠慮が無いところわりと好きだぞ」

「わぁ相思相愛だね」

「すごい棒読み」


クックッと喉で笑うユークリートにイオリスも笑う。


「ねえ、そういえばどうだった?」

「どうって?」

「コウキ」

「ああ、思ったより普通だったな」

「普通って?」

「異世界人なんていうから羽とか尻尾とか生えてたら面白いのにって思ってた」


真顔のユークリートにイオリスが目を丸くする。すぐに声を立てて笑い出した。


「そ、そんな面白い特徴あったら先に言うし」


笑いすぎで肩で息をしているイオリスを横目にユークリートは続ける。


「東方系の顔だよな。ほら、騎士団にもいたろ、赤い髪の奴」

「ああ、ラディの事だね。ラディオは第三外区の出身だから」

「第三外区の住民のルーツは百年前の大戦の混乱で生まれた東方との混血だもんな」

「うちの軍が戦乱時に無差別に東方民族の村を襲った結果産まれた孤児、でしょ」

「……イオリス、俺一応、王子様、だからな?」

「歴史認識は正しくするべきだ。君を責めている訳じゃないよ。むしろ君はちゃんと理解している方でしょ」

「それはどうも」


 面白くなさそうなイオリスに、ユークリートが苦笑する。明らかな過ちを認めない権力者はこの国にはいまだ多い。ここ百年はおおむね平和だが小競り合いの火種は燻っている。


「ごめん、君に言う事ではなかった。話を戻そう。コウキは確かに東方系の顔立ちだよね」

「東方系は全体的に若く見えるだろ。コウキもそうなのか?」

「二十五だって」

「は、マジ? 同い年? 十代かと思った。二十五だと思うとあの素直さは不安になるな」


ユークリートが心配そうに眉を寄せる。


「文化もだいぶ違うみたいだから慣れるまでは僕たちも気を付けるし大丈夫だよ。それにすぐ顔に出るけど案外馬鹿じゃないよ、あの子」

「ならいいけど」

「まあ暇だったら時々相手してやってよ」


驚いたようにユークリートが目を開く。


「お前が、そんなに他人を気に掛けるなんて珍しいな」


まじまじと顔を見られてイオリスが口を曲げる。


「強引に一年以上もこの世界に拘束することになって、一応僕も反省してるんだよ」

「そっか。ま、俺は暇だからな。遊ぶ相手が出来て助かった」


そう言ったユークリートに、イオリスは何か言いたげに口を開く。しかし思い直したのか、そのまま黙って頷いた。そんなイオリスに気付いたのか、ユークリートはふっと笑う。


「それよりさ、お前今度の舞踏会出るんだって? 社交界嫌いのお前が珍しいな」

「本当は行きたくないけど。セラフィス様に直々に頼まれたからね、仕方ないから行くことにした。何、君も出るの?」

「今回は第二王子以下の王子はみんな参加予定だ」

「ふーん。随分力入れてるね。どっかの国の高位貴族が来るんでしょ? 興味ないから詳しく訊かなかったけど」


テーブルに頬杖をついたイオリスはつまらなさそうに言う。


「なんか他国にまで知れ渡るほどの男女問わない色好みだから、そいつの機嫌を取るために参加しろってセラフィス様に言われたんだけど。でも外交の場で手を出してくるほど馬鹿じゃないから、僕はパーティで適当に笑ってればいいからって」

「そりゃまたざっくりとした説明だな」


呆れたようなユークリートに、イオリスが笑う。


「セラフィス様は面倒なこと嫌いだからね。僕がまったく興味ないのに気付いて、合理的に説明した結果なんじゃない?」

「セラフィスらしいといえばらしいけど」

「それより君までひっぱり出してくるんだから、それなりに重要な相手なんだね。ちょっと興味出てきた。誰が来るの?」

「南の大国クロスデンの四大貴族と言われる旧家、カチュア家の現当主、クリオ・ヨク・カチュアだ。色好みと噂されるだけあって結構な美形らしいぞ」


イオリスが眉を寄せる。


「たしか、カチュア家っていえば歴史は古いけど、自慢できるのは歴史だけって揶揄されるような家じゃなかったっけ?」

「前代まではな。三十の若さで家を継いだそのクリオが、相当のヤリ手らしいぞ。もともとカチュア家は歴代の当主が芸術に力を注いできた。大戦中も芸術に手を掛け過ぎたせいで家が落ちぶれたと言われている。けど、ここ数十年の平和で、皆芸術に目を向ける余裕が出てきた。カチュア家は音楽から美術、さらに建築に至るまで様々な一流の芸術家を抱えている。それが今では周辺国の王宮や貴族の間で引っ張りだこだ。

 そして当主自らも画家として高い評価を得ている。色好みなんて浮名のわりには本人は風景画家らしいけどな。そしてもう一人、そのクリオに常に寄り添う女流画家リタ・ナリオ・スワン。彼女の描く絵はみな高値が付く。彼女に肖像画を描いてもらえるのはもはや貴族のステータスだ」

「肖像画なんて描いて貰ってどうするのかね? ほんと貴族はナルシスト多いよね。お金を掛けるとこはもっと別にあるだろうに」

「権威の象徴だからなぁ。『高価な肖像画を描いて貰える』ことにまず価値があるし」


心底嫌そうなイオリスに、ユークリートが苦笑する。


「まあそれはひとまず置いておいて。話を戻すけど、カチュア家が盛り返したのはそれだけが理由じゃない。クリオは安価な人工顔料を発明したんだ。本来は宝石の類を粉にするために高価だった顔料が、気軽に手に入る価格にまで落ちた。さらに自然の原料では作るのが難しい色もその人工顔料なら再現することが出来る。当然世の芸術家は飛びついた。おまけにクリオとリタは肖像画の依頼で他国に長期滞在する間、その顔料をその国の芸術家に広めているんだ。当然リタの描く肖像画にも使われていて、自然と周りの貴族の目にも入る。リタは良い広告塔って訳だ。ちなみにそのリタ本人も美人って噂だけどな」


 一通り話し終えたユークリートがお茶のカップを傾ける。こくりとその喉が動くのを見届けてイオリスが言った。


「なるほどね。セラフィス様が好きそうな案件だ」

「だろ? セラフィスの事だからあちらこちらのお偉いさんに顔が効くクリオと懇意になっておけば損は無いとか思ってんだろうなぁ」


くすりと笑ったユークリートに、イオリスが目を細める。


「君がいるなら暇も潰せるし、少しは舞踏会にやる気が出てきたよ。女流画家のリタがどれほどの美女かも気になるしね」

「お前は顔に似合わず美女が好きだよな」

「顔は関係ないでしょ」

「そうしてると余計女みたいだぞ」


膨らんだイオリスの頬を、ユークリートは手を伸ばして潰した。

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