第8話
今日は初めて王城の外へ出た。王城を中心に、その外側に貴族が住むエリア、さらに外側に庶民が住むエリアというように街が区画されているらしい。今はその貴族エリアの端、庶民エリアに程近い位置にある教会へと向かっている。以前朝食の席で聞いた「愛の神アエロス」について知るため、気分転換もかねて街へ出ないかとエルに誘われたのだ。
俺の黒髪黒目は珍しいとかで今はイオリスの着ているような丈の長いローブとフードで顔を隠している。どう見ても不審者だが、意外にも街行く人は同じように顔が見えない人がチラホラいた。そんなに珍しい恰好ではないらしい。
「あちらです」
エルが示した先を見ると、薔薇窓のステンドグラスが美しい大きな建物があった。入口は色鮮やかな生花で飾られている。教会前の広場にはベンチが置かれ、みんな肩を寄せ合って楽しそうに話していた。
「はー、綺麗な建物」
王宮は荘厳な建物だけれど、これはまた違った趣があった。王宮が男性なら、教会は女性的な美しさだ。見惚れていると、こちらを見たエルがほんの少し微笑んだ。きっと間抜けな顔を晒していたんだろう。無意識に開いていた口を閉じる。
「えっと、ごめん、行こう」
いつの間にか止まっていた足を動かした。
教会の中は正面の大きな祭壇に向かって椅子が並べられている、地球でもよく見る作りだった。薔薇窓と側面のステンドグラスを透過した光が、床や壁、椅子をカラフルに染めている。隣を見上げるとエルの少しクセのある髪に黄色と赤の光が映り込んでいた。美形はどこにいても絵になる。
「祭壇の像がアエロス様です」
正面に目を向けると、白い滑らかな石で彫刻された女の人の像があった。腰までの長い髪に豊満なボディラインを強調するヒラヒラした服を身に着けている。服の質感がすごい。本当に柔らかそうで、石で作られているとは思えない。
その後ろにもう一体像があった。隠れているためここからは一部しか見えない。
「なぁエル。あの後ろの像は?」
「あちらは夜のアエロス様です」
ああ、たしかラディオが俺の目と髪が似ていると言っていた。
「アエロス様は愛の神、昼は金の髪の青い目の女性、夜は黒い髪に黒い目の男性の姿をしています。今は昼なので女性の像が、夜は後ろの男性の像が正面を向きます。夜から朝へ変わる時と、昼から夜へ変わる時は男性でも女性でもなく、そのお姿が一番神々しく輝くと言われます。人の技術ではその美しさを再現出来ないためそのお姿の像はありません」
「へぇ」
なるほど。だから俺が夜のアエロス様みたい、なのか。夜の像も見てみたいな。
「騎士様、こんにちは」
俺がぼけっと昼のアエロス像を眺めていると、女の人の声がした。目を向けるとエルの前にすっごい美人がいる。二十代中頃くらいだろうか。背中まで届く緩く波立つ濃い栗色の髪と、同じ色の瞳、目元のほくろが色っぽい。シンプルな白いワンピースを着ているけれど、胸元が大きく空いていて、白い谷間が見える。おっぱいでけぇ! なにかな、ふじこちゃんかな? 瞬間あの有名な泥棒の「ふっじこちゃーん」が、脳内で再生される。
「先日はありがとうございました。助かりました」
スカートをつまんで膝を折ったせい(漫画でドレスのお姫様が挨拶するあれだ)で上体が下がり、さらに豊満な谷間を覗き込む形になる。正直すごく目のやり場に困る。
「お世話になったのに何のお礼も出来ませんで、とても気になっていました。よろしければ奥へいらして下さいませ」
「お気持ちは有り難いですが、たいしたことはしていませんから」
「いえ、あの男はしつこく絡んできて困っていたのです、あれ以来ここへも来なくなりましたし本当に助かっていますので」
「それは良かった。さすがに女性への暴力は見過ごせませんから」
「ぜひお礼をさせてくださいませ。どうぞ奥へ」
「今日は連れもいますから」
エルが困ったように俺を見る。会話から察するに美女に言い寄っていた迷惑野郎をエルが退治したのかな。さっすがエル、格好良いな! こんなイケメンに颯爽と助けられたら惚れちゃうよね。美男美女でお似合いだな、なんて他人事に眺めていると、美女の視線がこちらを向いた。
「では、お連れの方もご一緒に」
艶やかに微笑まれてちょっとドキドキする。これはお礼にお茶でもってことなのかな? どう答えるのが正解かわからず隣を見ると、エルが首を振った。どうやら断った方が良さそうだ。
「あ、いえ、えっと、エルも必要ないって言ってますし」
美女を前に気の利いた言葉ひとつ思いつかない自分が辛い。動揺もあらわに答えると、エルにやんわりと腕を引かれた。さりげなく引き寄せられて彼のすぐ横に立つ。見上げると、エルは美女に向かって非の打ち所の無い笑みを浮かべた。圧がすごい。
「本当に気にしないでください。女性を助けるのも騎士の務め、礼をされるほどの事ではありません」
無言のプレッシャーを感じ取ったのか、女性は少し残念そうに身を引く。
「それよりもよかったらアエロス神についてお話願えませんか? 彼は遠方から来たので詳しくないのです」
エルが俺の肩に手を置いて頼む。美女は栗色の目を一度きょとんと瞬かせた後頷いた。
「もちろんです、私で良ければ」
「あの、モルガさん」
その時、もう一人少女が会話に入ってきた。モルガと呼ばれた美女は、少し失礼します、と一言添えて少女とともに離れていく。何事か話した後、二人はすぐに戻ってきた。
「申し訳ありませんが、私は急用が入ってしまいました。アエロス神については、このサナから聞いてくださいませ」
そう言って、モルガはその場から立ち去った。
代わりにサナという少女が俺たちに挨拶をする。十代後半くらいの可愛らしい女の子だ。薄茶のクセのない長い髪に、緑掛かった茶色の瞳、ぱっちりした二重で、大人しそうな感じだ。なんだか美形すぎなくて落ち着く。町で見かけるちょっと可愛い子、くらいだ。俺たちもそれぞれ名乗った後、サナがアエロス神について話しだした。
アエロス神は愛の神。この大陸のほとんどの国が信仰している。昼は女性、夜は男性の姿をしている。ここまでは今まで聞いた通りだ。
昼のアエロス神(女性)は男神の「太陽」と愛を育み大地を産み、夜のアエロス神(男性)は三人の女神の「星」と愛を交わし、「星」はそれぞれ「火」と「水」と「風」を産んだ。それがこの世界の成り立ちだそうだ。ちなみにこの世界には月が無い。これも俺がここが正真正銘の異世界だと実感した一因だ。
アエロス神、普通に浮気してるけどいいの、と内心突っ込んだが、考えてみれば地球の神話も相当なので、どこの世界も神様というのはそんなものなのかもしれない。
さらに、その夜のアエロス神と、「火」と「水」と「風」が情を交わして人間が産まれたんだそうだ。それって近親相姦だよね、やっぱりどこの世界の神様も(以下略)だ。
そのためこの世界の人間の魔力は「火」と「水」と「風」と、昼のアエロス神の「光」と、夜のアエロス神の「闇」を含めた五つの属性に分かれている。魔力さえあれば「火」と「水」と「風」の魔法は誰でも使えるが、自分の属する系統の魔法の方が効果が強くなる。そして「光」と「闇」は一部の限られた人間にしか使えない。
わぁこれどこのRPG。最近ゲームはしていないんだけど、ロープレ好きの血が滾る。そんな説明を、サナはゆっくりと丁寧に話してくれた。高すぎも低すぎもしない耳に馴染む優しい声だ。礼を言うと、サナは少し照れたように頬を染めた。
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