私とR
私の朝は早い。
暁の光がさし染める東の空を眺めながら、朝食が出来上がるのを優雅に待つ。
青がかっていた空が紫や桃色へと移り変わるころになると、トーストがカリカリと焼ける、食欲を刺激してやまない音色と、その芳醇な香りが漂い始め、鼻腔をくすぐる。
甲斐甲斐しさの権化のように、無言のまま朝餉の用意をしてくれるRに、私は感謝の意味をこめて、触れるか触れないかくらいの、ひかえめな愛撫をする。
くすぐったそうに身をよじる彼女に、どうしようもないいとおしさと慈しみの念が湧くのだというと、きっと笑われるだろう。
朝食は、もちろんRととる。
トーストにバターを念入りにぬり、一口サイズに千切ってくれるのは、いつもRの役割だ。
私は、ただ口を開けて待てばよい。
「おいしい」と私は言った。
無口な彼女は、あくまで何も述べず、ただそれが自分に可能な最大の奉仕なのだと言わんばかりの誠実さで、その作業を繰り返す。
パンをちぎり、私の口に運ぶ。
もしも口の端にバターがついたりしようものなら、親鳥もかくやという慈しみの心をもって、優しくぬぐってくれるのだ。
世話になりっぱなしで、どうにも頭が上がらないものであるが、それはRには内緒だ。
休日ということもあり、先輩から譲っていただいたソファーに、Rと腰掛け、くだらない番組を見ながら、だらだらと一日を過ごした。
バラエティ番組に突っ込みを入れたり、相槌をうったりする忙しない私と違い、Rは借りてきた猫のように大人しく、そして私の傍をぴったりついて離れない。
退屈しているというわけではない。
それが、彼女の楽しみ方なのである。
ただ、こちらの機微にはとても聡い。
私がテレビ番組に退屈しようものなら、即座にリモコンを取り、チャンネルをかえてくれるのである。
何も言わなくても望んだ番組にしてくれるあたり、二人の付き合いの年季の入りようがうかがえよう。
風呂場においても、Rの甲斐甲斐しさは衰えを知らない。
身体の大きな私は、狭い風呂桶の容積を大いに占領してやまないのだけれど、小柄であるRは、うまく隙間を見つけ、すっぽりとそこに収まってしまう。
このように控えめでありながらも、傍に従い離れないあたり、Rが骨身を惜しまないことに筋金がはいっていることがうかがえよう。
石鹸を泡立て、身体の隅から隅まで洗い清めてくれるRの献身にも脱帽してしまう。
だからこそ、一日の労いと、感謝の意をありったけ込めて、Rをすすぎ清めてやるのだ。
さて、一日が終わりを向かえ、就寝の頃合を迎えるわけだが、私とRは一心同体であるから、相伴って閨房に入る。
さすがに働きづめのRに疲労は色濃い。
私は船を漕ぎ始める前に、そっとRに囁きかけた。
「おやすみ、私の右手」
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