第11話

 花火大会当日。

 もう午後五時半すぎになっていた。

 わたしはドキドキしている。

 不安と期待が混ざったような複雑な気持ちでいたの。

蒼空そら~。早く準備しなさい!」

 母さんの声が聞こえてきた。

 そろそろ浴衣を着ないといけない。

 わたしはこの前よりも早めに浴衣を着付けて、そこからヘアアレンジをこの前とは違うものにした。

 メイクもして、そのまま家を出ることにした。

 ポーチに定期を入れて、全身を鏡で確認してみることにした。

「よし! もうOKだ!」

 そのときにインターホンの音が聞こえてきた。

「はーい、あら! 慧くん」

 部屋のドア越しに聞こえてきたのは慧と母さんの声だった。

「蒼空、慧くんが来たわよ? 早くしなさいね」

 わたしはすぐにポーチを持って玄関に向かった。

 母さんは笑顔でキッチンに向かっている。

「行ってきます!」

「うん、遅くならないでね」

「わかってるよ~!」

 母さんはよくこんなことを話してくる。

 心配なのはわかってるから、軽く流しているんだけどね。

 玄関にいる慧の姿を見て、びっくりして固まってしまった。

 そこにはいつもの私服姿じゃなかった。

 紺地にグレーの縦縞の入った浴衣を着ていたんだよね。

「え、慧……なんで、浴衣?」

 慧は普通に照れた表情でこっちを見ている。

「あ~……父さんのお下がりをくれたんだよ。せっかくなんだからって」

「そうなんだ……似合ってる」

 こっちもなんか照れる!

「そろそろ行くか? 時間がなくなるぞ」

「うん、そうしよう」

 下駄を履くとわたしは慧と外に出た。

 お互い下駄を履いてるので、夕焼け空にその音が響く。

 慧がまさか浴衣で来るなんて思ってなかった……それでかなりドキドキしてる。

「慧」

「どうした?」

「アメリカに行くの。いつになったの?」

 慧は少しだけ黙って、小声で話してくれた。

「八月十日、ちょっと心配してるけど」

 日本にいるのはあと二週間くらいしかないんだ。

「そっか……寂しくなるな、慧がいなくなっちゃうの」

 最寄り駅に到着して、改札を抜けたときに慧が手を握ってきた。

「慧……?」

「はぐれないようにするだけ、ちょっと我慢してくれるか?」

 うなずくと、そのまま電車に乗った。

 電車の車内には何人か浴衣姿が見かける。

 同じ花火大会に行くつもりみたいだった。

 誰かが

「あそこの二人、カップル?」

という声が聞こえてきたりもした。

 カップルっていうわけじゃないけど、どんな関係なんだろうと思う。

 かなり特殊なのかな?

 でも、この前の飯塚さんといたときのことを思い出してしまう。

 花火大会が楽しめなくなりそうで、そのことは考えないようにした。

 わたしは慧が楽しそうな表情をして、電車の外を見つめていた。









 慧と繋いでいた手を離すと、すぐに定期をかざして改札を抜けた。

 国営公園の最寄り駅なのか、かなり人が多くて動きにくくなっている。

 わたしは少しだけびっくりしていた。

「人が多いね……」

「蒼空は大丈夫か? 人混み」

 慧もびっくりしていたけど、ちょっと浴衣で歩けるのか不安みたいだった。

「大丈夫。花火、七時からだっけ?」

「うん」

「佐倉と新城さん? 浴衣なんだね」

 そのときに後ろから、声をかけられた。

 後ろを振り返るとずっと考えないようにしていたことが、どんどん溢れだしてきた。

「あ、飯塚」

 後ろにいたのは飯塚さんだったんだ。

 飯塚さんは淡い水色の浴衣に金魚の柄が描かれたもので、髪型も高い位置でまとめている。

 飯塚さんの他にも陸上部の部員たちが来ているみたい。

「慧。一緒に行かない?」

「行こうよ! 早くしないと」

 どうしよう……と思ってしまう。

 一人で花火を見てもいいかな……って思い始めたときだ。

「ごめん、今日は蒼空と約束していたから」

 慧が肩を抱き寄せて、そのまま陸上部のみんなが呆然としているの。

「え、慧!? ちょっと」

 わたしは顔が熱くなってくるまま、手を引かれて歩いていく。

 不思議に思うけど慧は浴衣なのに、早歩きで人並みを縫っていく。

「慧」

「あ、アイツらには邪魔されたくないから」

 慧は後付けのように言っていた。

 その言葉でまた心臓の鼓動が速くなる。

 花火大会の会場にたどり着いくと、人が黒山の人だかりを作っている。

 そのまま花火大会の最初の花火が上がるのを待った。

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