第4話 悪帝即位と輿入れ

 猶臥ゆうがは、西の京でリーヴンイの皇帝として即位した。

それでも、一応、政治は、代行執政官により従来通り東の政治御所で行われる。国会も東で機能するが、全ての政策決定は猶臥ゆうがの承認なしには行えなくなった。水芙蓉すいふよう前帝はそのまま西の京に残り猶臥ゆうがの世話人となった。

 

 「余は命令する。ゆらを代行執政官の女にしたい。」

 猶臥ゆうがは、ぬめりとした感情のない声で言った。ゆらと呼ばれた女は、猶臥ゆうがの隣でなんてことないような無機質な表情で僅かに目を大きくした。瞳の奥に闇は広がっていた。

ゆらとは、殺戮集団の一人で、猶臥ゆうがの連れ添わせている奴隷である。殺戮集団同士の長きにわたる闘争の歴史の中で、ゆらは、猶臥ゆうがに負け隷属させられていた。猶臥ゆうがはおもちゃのようにゆらを日々弄んでいた。

しかし、そんなゆらでも宇宙太古からわたしたちを虐げてきた殺戮集団の一人である。思考能力は失ってはいたが、本能的な殺傷能力は高く、わたしたちから提供された人間のBODYをまとい、わたしたちを脅かす存在であった。そして虎視眈々とわたしたちを殺戮する機会を狙っていた。

 

 「お輿入れですね。なんてことでしょう。」

 ゆらの、婚儀の為の上京の手はずが整い荷造りしている時に、傍にいた今日きょうと女官たちに向かって、ゆらは、上品そうな声質で言った。荷造りをしている女官たちは、その声を聞き一瞬硬直して怯えたが、何事もなかったように準備を急いだ。

弱っているゆらは、わたしたちの情を奪うように優しい言葉で話し、仕草も柔らかい。私たちの細胞の一部を使用したBODYを使っているからわたしたちに好かれるように演出することもできるのだ。その身体はわたしたちの細胞を使用しているのでゆらが傷つけられれば、共にわたしたちも傷つく。皮膚や髪の毛が生えては抜けるように生きるために細胞を使わなければならない。だけれども、もちろん痛みは伴うだろう。

わたしたちの細胞の一部を使ったBODYを使用して落ち着いて油断している間に上手に取引して絶命させなければなない。それは、どの殺戮集団に対しても同じだ。

 

 リーヴンイの東の政治御所では、西方地域の中心東側に位置する一国『ハワニィ』

の皇族が代行執行官としての職務に就いていた。リーヴンイの国家運営している役人のほとんど全ては西方地域の国の人々が就いていた。西方地域での長きにわたる人権及び宗教戦争の後の講和として建国されたリーヴンイは、殺戮集団を西方地域の秩序内から追い出し、こちらで住まわせるための国家であった。同時にこれまで末端奴隷として隷属させられ続け人権の持てなかった人々をリーヴンイの国民として初めて国民権と人権を与えることに成功した。

西方地域を『セイレーン』と呼んだ。高度な頭脳を持ち、見目姿も美しい人々だったからが名前の由来らしい。早くから人権闘争に勝ち、殺戮集団の家臣としての地位を手に入れ殺戮集団同士の闘争を手引きしながら、殺戮集団を絶滅させる戦争を続けてきた。そして殺戮集団の殺し合いを続ける世界観を否定し秩序を分けるために国際社会国家体制を構想し、殺戮集団に寄らない国家と秩序世界設立を進めてきた。殺戮集団に取引として使わせる人間BODY構想を立てたのも『セイレーン』地域の人々であった。西方地域『セイレーン』には、セイレーンの人々自らの近代国家がいくつも成立した。政治機構、軍など国の内部には殺戮集団が一部役職を持ち国家権を持っていたが、それでもセイレーンの人々の国であることには違いなかった。

 セイレーン人以外のわたしたちの陣営の人々を『エリア』と呼ぶ。わたし―今日きょうも『エリア』に属している。エリアの人々は様々な種類の生物、植物、無生物が存在し、高度な頭脳を持つものから非合理で本能的な頭脳を持つものまで多岐に及ぶ。合理的に理性的ではなく、ある意味自由な性質からか、セイレーンの人々よりも『エリア』の人々は殺戮集団によって差別され、末端の奴隷として隷属支配されてきた。エリアの陣営の中で、よりセイレーン人の思想に合う高度な頭脳を持つ集団は、先んじて東方地域に『リ・ワース』という大国を建国し国際社会国家として比肩した。だが、エリア地域からはその一国だけで国際的な国家をもたない。多くが自由のない奴隷であったエリア地域の人々は、長きにわたる戦争の上でリーヴンイが建国されそこでやっと国民権と人権を得ることができた。


 『ハワニィ』の皇族でありリーヴンイの代行執行官の名前は『あおい』。リーヴンイで使っている名前であり本名は分からない。葵はつい数十年前まで、殺戮集団のプライベートの本拠地でスパイ活動をし、拘束されていた。従って、葵は殺戮集団の中で顔の知れた存在であり、緊迫したこの時世に危険な代行執政官の職務を担うのに適していた。残酷なことではあったが、ここで国家権を喪失すれば宇宙太古から続く戦争の意味を失う。そんな全てを捨てるようなことなどできない。

葵は女性のようなしなやかな細身の身体をした中性的な魅力を持つ青年であった。

一人、政治御所の裏側のベランダで煙草を口にしていた。

戦争は凄惨なものであり、彼にかけられていたスパイ罪は重いもので、心身共に悲惨な拷問を受けていた。拷問の中で細胞は破壊され分裂し、そして年月をかけて再び自分本来の進化してきた生物の身体に戻っていた。輪廻転生という言い方はあるが、細胞がバラけて退化し、また再び再合成されたという感じである。心の神髄まで恐怖を味わった。だが、それでも生きることを諦めることはできない。自己愛なのか、それが生命という本能なのか、知らない。

葵は煙草をやめられなかった。この煙草はメンソールが効き呼吸を整えてくれる良質なもので痛み止めの代わりにもなった。

数々の戦争に一軍人として戦争に参加してきた葵なので、闘争に負けた成れの果てのゆらを扱えないことはなく、もしくは、そんな弱ったものを相手にできなければ生き残ることなど不可能であろう。

 「今日きょうが、一緒に付いてくるらしいな…。」

 葵は、ふと今日きょうのことを思った。

今日きょうは、エリア地域に属した軍事一家の子であり、

 国際的な国家に所属せずに単身で軍事活動を行っている。

 国家に属してないので自由に彼女を派遣し仕事を依頼できる。

 以前からもそうであったが、

 今日きょうは何かと殺戮集団の怒りの矛先になり戦争回避の役に立った。

 今日きょうの本体は、原始的な亜種の生物であり、

 くらげのようなゼリー状の身体である。鈍感で頑強な身体で小さいが、

 攻撃力も強い。

 しかし、戦争の政治的な取引としてそんな自由な身体を持つ今日きょうまでも

 人間モデルの身体を使用しなければならなくなり幾分か自由を失った。

 人間の身体を使用すると感覚機能が上がり痛みに敏感になる。

 今日きょうは、ずいぶん苦労しているのではないだろうか。)

 

 葵は、今日きょうを思い出す時、心から熱いものがこみ上げるような感覚になった。今日きょうの一族は軍事行為が専門であり、それこそ単純に勧善懲悪を名目に武力闘争すればよかった。それは大変なことであったが、政治家として生きる葵たちは、自分を偽らなければならないことも多かった。嘘も平和の為の善であり、例えば、セイレーン地域の国家同士の闘争として戦争をしなければならないことも何度もあった。戦争で最終的に追いやるのは殺戮集団であるが、それでも味方同士殺し合いを演じなければならなかった。戦争でなくても私生活でも、馴れ合えず冷たい言葉や態度を浴びせなければならないこともしばしばであった。

今日きょうの苦労も知っているし、自分の存在と才能にも誇りを持っているから、今日きょうのようになりたいとは言わないが、ただ、未だに経験しきれない厚い情愛というものを、今日きょうはいとも簡単に実行できいるようで羨ましかった。


 西の京から東の政治御所まで馬車で行った。馬車の中でゆらは、無邪気そうな顔で、隣に座する今日きょうにおべっかを何度も使った。死に瀕しているともいえるゆらの必死な態度だったとは思うが、どこか命をあざ笑い粗末にしているような性格を感じた。

 「今日きょうちゃん、お花が揺れてしな垂れてるわ。」

 できうる限り上品に話そうとするゆらであるが、ゆらの目はどこか残虐な光が放たれていた。柔らかな素材でありながら丁寧に形作り息吹する植物―そのような存在さえ育たない殺戮集団の世界の存在であるゆらゆらの目には、植物のその姿が、拷問された成れの果てに必死に命乞いをする奴隷の姿にでも映ったのだろう。

だが、やんわりと平和的に言われたらどこか安堵してしまうわたしがいた。長年の戦争による拷問の恐怖により脅かされないことを欲する本能を植え付けられていたのだと落胆した。

 

 『エリア』地域の東方の大国『リ・ワース』と西方地域『セイレーン』に所属する西方の大国『クリア』が協定を結んで勃発した今回のリ・ワース内戦争は勝利したと言って過言ではない。国際社会国家体制が成立しoutlawと化し麻薬や違法毒物・武器等を密売していた殺戮集団の多くを、リ・ワース内で検挙し闘争により殺害した。殺戮集団に使い古されたわたしたちの細胞の一部を使用して造られたBODYは、花の様に朽ちた。身体の中に居たグロテスクで奇怪な闇色の姿をした殺戮集団の本体は、その場で精密に分解され持ち運ばれた。国際社会の殺戮集団研究所(兼処刑準備施設)に持ち込まれ、完全に絶命させるのである。

 元々ストレス障害的な殺戮集団の頭脳は、戦争を重ねるにつれて退化していると言っていいが、今回の戦争で自分たち仲間に何をされたか伝えなくとも理解していないわけではないだろう。そして現に大人しくしていることもなくリーヴンイの主権を狙い、リーヴンイ前帝水芙蓉様を暗殺しようとした。そして、それに失敗したが、リーヴンイ皇帝の座を、殺戮集団の諸侯の一人、猶臥ゆうがは手に入れ即位した。


  西方地域『セイレーン』に在する殺戮集団が、セイレーンの一国『ハワイニィ』に密かに集まっているらしい。

わたしは、ゆらと共に東の政治御所へ向かう馬車の中で身内からのテレパシーでその情報を得た。

その情報を解っているのかいないのか…、ゆらは始終不気味に微笑み上機嫌気味だった。

(東の政治御所に着いたらさっさと政治役人たちに挨拶を済ませて…わたしは…『セイレーン』…『ハワイニィ』へ…行かなければ…。)

 

 気持ちが焦った。初めて人間というモデルの身体の使用を命ぜられて百年余り…。感覚機能の冴え渡るこの身体は、繊細でもろく使い辛くて、時に自由を奪ったが、感情が豊かになり平和への夢が広がった。そしてこの人間の身体を使い『セイレーン』及び『エリア』の人々は平和を目指し国際社会を築き上げてきた。

わたしも、人権というものを手に入れ、生きることに対する保障を得ることのできる時代の到来が始まったのである。それを今しくじって失いたくはない。

わたしは心を集中し、念じた。

「Without love… it ’s like a body without a soul…。」


 そよ風は、重荷を背負わせられた馬を優しく撫でた。

馬、としての存在を認められその名前を得てそして馬として生きる彼(馬)。あらゆる生物や植物・無生物として存在を勝ち取ってきたわたしたちは互いに生きることの意味を確実にするために共存し合う。

 

 大地はいつの間にか質実な焦げ褐色の色になっていた。

西の京では不気味なまでに赤い土の大地が広がり、それを誤魔化すようにお洒落な街並みだった。東の…機能的な政治御所地域特有の、シンプルで穢れなき色で染められた大地は、静かにわたしたちを待ち構えていた。


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