第3話 西の都に座す悪しきもの
ピヨピヨ…
鳥のさえずりと朝の陽ざしが差す。
目が覚めたら、柔らかい布団の中にいた。
動き出そうとすると、
「うっ。」
と身体中に痛みが走り、頭がじんじんして…右手で顔を押さえ、左手を布団につき身体を支えた。
ゆっくり瞼を開け視線を身体に流すと、身体は丁寧に清潔な包帯で巻かれていた。
「水芙蓉帝(すいふようてい)様…。」
リーヴンイの西の都まで一緒に旅した男性は水芙蓉帝であった。
水芙蓉帝は『リーヴンイ』の皇帝であった。
東方の大国(東端のリーヴンイからは西の方角であるが)『リ・ワース』での戦乱の余波がリーヴンイにも影響を与えていた。リーヴンイの都心の政治の中心地では物騒な影が行き交い今にも暴動が起きそうな緊張感があった。その混乱の中、政治御所にいた水芙蓉帝を暗殺する動きがあり、水芙蓉帝はたまたま迎えに来たように居合わせたわたしと共に西の都へ脱出したのであった。
東の合理的な都心部の街並みとは異なり、西の都は、お洒落で優雅な街並みだった。
そこには水芙蓉帝の別邸があった。
寝殿造りの、部屋が幾部屋もある大きな屋敷で、池つきの長閑な庭園があり、敷地を囲むように木々に囲まれていた。
包帯はわたしの身体を締め付け過ぎないように器用に巻かれていた。身体は清潔になっていて、きっと拭いてくれたのだろう。水芙蓉帝の優しさと愛情を感じた。
「起きたか、今日(きょう)」
すーっと襖が開いて水芙蓉帝が顔を覗かせた。そして静かに視線を落として深々とわたしにお辞儀をした。
「危険な目に遭わせて、すまなかった。」
(…そんなこと…わたし…今日(きょう)は、守るために生まれてきたのだから。人人を…。)
水芙蓉帝の傍から女官が現れ、
「失礼いたします。お食事をお持ち致しました。」
と言い、わたしの布団の傍にお膳を静かに置いた。
水芙蓉帝は優しい顔をして
「今日、お食べ。」
と言い
「では、わたしはこれで失礼するよ。」
と言って女官と共にその場から去った。
水芙蓉帝の別邸は日差しを上手に取り込む造りになっていて屋敷全体がほの明るかった。チロチロと漏れ聞こえる鳥のさえずりが平和的な様相を描写していたが、実際は闇が住まう邸宅だった。
宇宙創始から殺戮集団と生存をかけた争いの歴史を重ねてきた。
永遠に殺戮し合う世界望む殺戮集団との戦争の果てに、私たちは、私たちが構造した私たちの身体の一部を使用して作られたBODYを殺戮集団に提供することで講和を結び、私たちの秩序の国家建国の権利を手に入れた。
殺戮集団とは私たち生命体の数より多く存在したと言われる。お互いに殺し合いに熱中し武力を持つものは権力者となり諸侯としての地位を持ち弱小の殺戮集団を支配した。殺戮を厭う私たちは、生存の為に生き、無闇な殺し合いを避け、長年、奴隷として生きてきた。そして時間をかけて生存と人権闘争をしながら争いのない平和な世界の確立の為の闘争をしてきた。
私たちの細胞の一部を使用して造られた身体を使用した殺戮集団の権力者はリーヴンイの都心から遠ざけられ、仮初の平和を演出する西の都の水芙蓉帝の別邸に住まわされていた。
ご飯を二口、三口と食べた。粥と菜っ葉のお浸しにお味噌汁、それから卵焼きに練り物があった。身体にすーっと浸透して愛情ほどの食べ物が胃に吸収されていった。
ご飯を食べ終わると、わたしは部屋を出た。
この別邸に住む悪しき者を物色する為だった。
昨晩の奇襲、わたしが目印になって水芙蓉帝は上手に逃げられたらしい。帝に手を出したら後々面倒なのは殺戮集団の理性にも解っていただろう。抑えきれない怒りと権力の見せしめにわたしに攻撃するのがちょうど良いいと思ったんだろう。
わたしの寝ていた部屋は東端の小さな客間だった。わたしは部屋を出ると長い廊下を歩いた。中央の寝殿へ向かっていた。
中央の寝殿は異様な雰囲気を隠しているようだった。厳かな造りは何事もない様相を演出していた。わたしは御簾をすっと開け隙間から入った。
寝床に幼児の身体をした男が横たわっていた。
幼児の加護すべき姿をしていながら、身体から悪しき闇が放たれていた。今はまだ朝の9時頃、幼児の身体をした男は眠りからは覚めようとしていなかった。
幼児の身体を借りた男は、殺戮集団の中でも権力を持っていた猶臥(ゆうが)という名前の諸侯であった。殺戮集団同士の殺し合いの権力闘争に優位な立場にあったが、わたしたち平和を願う生命体の陣営が他の殺戮集団の手勢に回り援助し猶臥(ゆうが)に打撃を与えた。戦争は一進一退して決着をつかず互いの力を削いだ。やがて講和を結び、リーヴンイを非戦争地帯として取引し猶臥を西の都の邸宅に住まわせた。猶臥は人の心を侮らせる幼児の身体を好み使用していた。
殺戮集団の本体は、わたしたちの生物構造とは違う金属のような硬質のブロックのような素材の気持ち悪い異形をした不気味な蟲のような身体である。大きさは小さくブロックのように分れたりくっついたりする丈夫な構造になっている。
猶臥は、世界の支配権を再び掌握しようと目論み、まずはリーヴンイの支配権の奪取を狙っていた。
リ・ワースでの今回の戦争は、リ・ワースと北西の大国が仕掛けたものであったが、この混乱に乗じてリーヴンイで水芙蓉帝暗殺を策略したのは猶臥だろう。
わたしは昨日奇襲にあった恨みもあったし、長年、戦争をし拷問されていきた憎しみが募っていた。子供の身体を借りている姿をしているからといって一筋縄に片づけられる存在ではない。だけれども、心の奥底から湧き出る憎悪と、叶いそうなチャンスを逃したくない気持ちを止められなくなった。
「Return DISASTER…!」
わたしは一声叫ぶと両手で猶臥の口、鼻を塞いだ。すると、突然、暗くなり空間が歪んだ。
バンッとわたしの身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
猶臥は顔をしわくちゃに歪ませ虚ろな目でわたしを睨みつけた。だが、それ以上何もせず、わたしは猶臥を見返した。というか気迫に押されて身体が鉛の様に重くなり、うまく身体を動かすことができなくなっていた。そのままお互いに睨み合いが続いた。
騒ぎを聞きつけて水芙蓉帝とその配下の警備部隊の者たちがやって来た。
「今日!何事だ!」
水芙蓉帝は今日を怒鳴った。
「我慢ならないのです!」
わたしはやっとの思いで開いた口で反論したが、
パシン、と水芙蓉帝に平手打ちを打たれた。
「今、和を乱してどうするのだ?今日はすべて賄えるのか?」
厳格な表情で水芙蓉帝は今日を叱った。
そして猶臥の傍までいき、猶臥の前で跪いて土下座をし、
「どうかこのご無礼をお許しくださいませ。どうかお怒りをお鎮めください。」
と猶臥に謝罪した。
一朝一夕で叶った国際国家社会の成立ではなかった。長年の生存闘争と講和の故に築き上げたものであった。猶臥やまだ多く存命している殺戮集団はそう簡単に除けることのできる悪ではなかった。
猶臥は険しくしていた表情を元に正し、
「余は、このリーヴンイを思うがままにしたいのだ。」
と生き物とは異なる冷酷な声で言った。
猶臥をリーヴンイの皇帝として就けなければならない、その時期が到来していた。
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