第2話 義捐と罪者

 宇宙創始以来から続く命の争いは、進化と共に精錬されていった。末端の奴隷国家と評された東方の大国には、長年虐げられ自由を奪われてきた子供が住まう。政治と国家が整い生きる場所を手に入れ始めた子供たちは時々怯える。目の前に運ばせる自分の身体に自由を与える、こちらの食べ物は命を殺めたものなのではないかと。

慰めることができるのなら申し上げるが、わたしは何度も夢に見ることがある。自分は夢の中では魚だったしクラゲでもあった。自由に生きようとする生身の身体とお互いを分け合おうとする愛情は別々の身体を持ち合わせた。創造する起因は、わたしにとっては戦争のせいであったが、もし、わたしの身体のかけらがあなたの心と身体に住まい共に生存できるのであれば幸せであった。


 リーヴンイに向かう漁舟の乗組員の身体からは怪しげな影が伸びている。十数人が在する小舟であるが、安全に期するための趣向が凝らされていた。その舟は、リーヴンイの皇帝の意に沿うもの、もしくは手づから製造された舟の様相がある。皇帝、といってもお噂によるとリーヴンイの国人ではなく西南西の大国の皇帝一族の一人であり、リーヴンイとは、中身のない国らしい。戦争史の最後の全宇宙的な事業として末端の奴隷の救済と犯罪者の整理―処刑―のために作り上げた架空の国家であった。

 海は小さな舟をもてなすように持ち上げては前へ、持ち上げては先へと誘う。このゆっくりであり抜け目のない波を寄せ引く惑星のリズムは、影にしかならない悪魔を溶かすにはちょうどいい。そうしたように運航する舟を設計した皇帝の計らいを知っているのかわからないが、乗組員は確実に荷物をリーヴンイの民の元へ、皇帝の手元へ届けるために舟を慣れた手つきで慎重に走行させていた。

しかしながら、乗組員は影を抑えきれない不安にかられていた。皇帝の采配が上手だからと言って荷物の量は少なすぎるし、何度も往復するには情勢が悪すぎる。東方の陸の大国では既に硝煙が上がり戦争が始まっていた。リーヴンイに戻れば次の出航は難しくなるだろう。更に内密に自分たちの仲間が伝えてくれた情報によれば皇帝は“また不在”らしい。表沙汰にしていないが、皇居から居なくなっていたという。彼らに指令を与えた皇帝が無責任に事を投げ出すことはないのだろうが、それでも物事を穏便に遂行するには難しくなっているのではないだろうか。東方の大国は上手に物事を運んだとしてもリーヴンイに戦争の皺寄せは確実に来るだろう。

 わたしは殺戮集団の趣向を知っている。永遠に続く殺し合いの世界を求める変質者であり理想ばかりが先立ってそんな世界は成立しなかった。物事を少しばかり難しくすれば手元を震わせるヒステリックで頭の弱い存在だ。

東方の大国は、今回、政策に一手を踏み込み、北西の大国と計らい両秩序内に住まう無法集団―殺戮集団を囲い込む戦争を始めた。outlawが国の名前を預かることを容易に許可されなくなった情勢に殺戮集団は戸惑い、東方の大国で追い詰められて両国内に逃げられずに無心の抵抗をしていた。しかしながら、宇宙戦争の繰り返しであった長い歴史を積み重ねてきた事実の通り、そう簡単に消え失せることが敵わない悪の元凶であった。無法集団のストレスは弱ものに向かうだろう。東端の真ん中に在する小国リーヴンイに被害が及ぶのは犯罪者の道理だ。現にリーヴンイに直接的に幸いと富を与えてきた交易国家は、東方の大国であった。

 わたしは舟内を荷物置き場から眺めた。操縦席に隊をなす乗組員は、勝手に乗り込んできたわたしの存在を気にしている場合ではないらしい。挨拶でもしないと、と言われたかのように雨はポツリと降り始めた。後ろを向いたまま中央で舵を切る青年がつぶやいた。

 「大事な…く物の、魚がキョウを呼んだのか。」


 リーヴンイの中央の港に無事に航海した舟は停泊すると同時に荷物を運び出して、そして舟を停泊場に戻してしまった。わたしは人気が通り過ぎて港終いをしている港に舟に乗ったままボー然と居た。雨の音が強くなり始める頃に、ようやく嵐ほどの速さで都心へと向かった。わたしは、嵐雲と同じ服を着ているかのように嵐と揃っていた。


 都心の皇居へ辿り着けば、わたしはその先の建物と啀み合っていた。確かに普段在する皇帝様の気配はなく、重く冷たい恐怖が蠢いていた。皇帝様の計らいだ、それでも建物は行く人去る人に丁寧に挨拶をしてくれているようだ。わたしはお腹の音が鳴るのを感じ皇帝に先を急がせられたような気がした。

ヒトの身体…お腹が空けば休まなくてはならない不自由な身体に生まれて100年余りだったと思う。自由に宇宙を行き来できたクラゲのようなゼリー状の体の亜種という生態系のわたしは、長い戦争事業の果てにこのような身体を使い生きることを命ぜられた。それは、祝福でもあったが、喜んでいられるほど楽な生き方ではなかった。

商店街に出向いた。お腹が空いていた。お金など持ち合わせていなかったわたしは、まず、川水か雨水を探さなくてはいけないことを思い出した。でも胃が究極に痛くなり、足早に規則正しく歩く町人の足元に誘われて蕎麦屋の勝手口まで向かっていた。まるで北方の大国で流行っていた映画のようだった。わたしは映像の世界に迷い込み、それと戯れているかのように…、追いかけているのにその町人はわたしの存在が見えていないようでさっさと勝手口を開けて通過した。半開きになった扉から犬用の水入れ金属器が飛び出し、水!と確認するとわたしは、それに食わいついた。

気が付くと犬がわたしのすぐ後ろに立っていた。続いて勝手口からお魚フレークが盛られた犬用の陶器皿が飛び出してきた。犬が

 「ワン!」

 と一声鳴くとフレークを除けて下のご飯を食べだした。その傍らに寄りわたしは、フレークを食べ、ご飯も唇でつっついて食べた。

隣にいたはずの犬は忽然と居なくなり、わたしは食事を急いで終わらせようとした。ポンとふんわり猫毛皮が飛んできた。ビクリとして向こうを見渡せば犬が満足気にわたしを見つめていた。わたしは急いで猫毛皮に着替えた。着たところでどうみても怪しげな大猫だった。

 その晩は、商店街の店と店の建物の隙間で眠った。翌朝、起きてただならぬ空気を探して市街を歩いた。

昼前頃、政治御所前大通りで、

カチンカチンッ

 「火の用心。」

 と言って道の真ん中を歩く男性が現れた。一人だ。火打ち石のような甲高い石の音が響き町中の人が少し足を止め、息を呑んで男性の指図を見守った。通りの外れまで歩くと、すーっと陰に身をお隠しになった。

町の人は何事もなかったように仕事の続きをし始め、物事に抜かりがないようにきびきびと動いていた。子供が一人、隅の方で転んだ。カタンと軽い木桶が子供の頭の前に落ちた。中には手ぬぐいが折り畳まれていた。わたしは訝しく思い、視線を子供に向けると子供は背を向けたまま起き上がり手ぬぐいを畳み直し、左手に桶を持ち直して急いで去って行った。子供の足に張り付いたらしい砂利はぽつりぽつりと地面に散らばっていた。刺し所がなかったらしい。

付近のお茶屋で悩ましい横顔をしていた女性の店員の脇を通りぬけた。お店のカウンター内では、薬缶を斜めに固定し湯を沸かしながら注ぎ口に上ってくる熱したお湯を下へと流して桶に貯めていた。蒸気を作業所内にゆるく蔓延させ、同時に貯めたお湯は茶葉を蒸かす用だと思われる。わたしは深呼吸を一つしてからお湯を一滴頂いてそのお店から去った。

 わたしは“女だ”。

砂漠と仕掛け懐中時計を思い出していた。懐中時計を持った長身の老人は、身寄りのない管轄外のわたしに祝福の言葉を説いた。耳が言葉を理解しないわたしは、チェーンに身を預けて揺れる時計のきらめきを見て頭がボーッとした。時計は精密な世界の仕組みにわたしの心を近づけながら、性というものを呼び起こす。針の一つ、ネジの一つ、文字盤の一つ、金属の枠と硝子の一つ…という構成要素に交わらなければ世界に在する意味を失うという宇宙倫理観をわたしに強力に指し示した。わたしの脳内物質は激しく流動し始め自分の身体の在りかを何度も確かめてその造りを再確認した。胸は上気し脳・心・全身が激しく鳴を上げた。

OnとOffも切り替えられずに宇宙の歯車の支え方も分からないとしたとしても、わたしが生を営む存在であることを自分で否定できずに、そして自分の性別が女であることを忘れられなかった。

 湯は、わたしの見てくれという氷霜を溶かし本能へシフトさせた。


 ドロンドロン…と血しぶきが吹き上がるような頭痛を感じ、チカチカと視界が淀みながら前へ進んだ。物事を感じる心を切り取るような速さでお湯屋の門へ辿り着き、人が出入りするタイミングに合わせて中へと潜った。

大猫が入ってきても誰も見ようとはしない。わたしは、女湯の暖簾を背にし、迷うことなく男湯へ入った。中は蒸せるような暑さで蒸気が上がっていて余計に視界が取り囲まれる。瞳のレンズの中央に探し人を映し出すように探し、右隅中央の身体を洗うシャワー台の前に人と人との間に狭そうに男性が座っているのを見つけた。桶に湯水を汲み、手ぬぐいを船の帆を操るように丁寧に濡らしこみ身体を洗っていた。その手先は一際美しくその手のみがお湯場に提灯灯りを灯しているかのようだ。

“…しばらくは、身体を整えさせておやり。”人心備わった良心が囁く。心配事なんてなかったんじゃないかと記憶が刺し消されそうな目眩の中、毎日忘れることなくお湯屋のしかも男湯に猫の毛皮着ぐるみのまま通った。


 七つ日没を過ぎて八日目、脱衣所で彼の手のお美しい男性が待っていた。いつもはわたしを撒いてさっさと居なくなっていたが、その日は待っていた。手招かれて一緒にお湯屋を出た。

大通りの裏を進み、お店が一つも並ばない住居区へ来ていた。

一階立て平屋の二間しかない素朴な家に案内された。家の中の畳みは息を顰めて少しくすんだ黄金色に瞬いてきちんと家を支えてるなとわたしが感嘆する前に、男性が障子紙を床に置いた。

男性は、既に墨汁を湿らせた筆を手に取っていて、サラサラと女性を描き周りに皐月を描いて囲んで、女性を丸いレンズから覗き込んでいるように描いた。わたしは驚いてばかりいるのを諦めて(あら、わたしは女の魅力が足りなかったかしら。)と思った。男ばかりしか入れない男湯に怪しげな無法者から逃れるようにして身体を整えていたから、ちょいと変わったものが入り込んで異常を隠さず注意をひいてみたけれど…。

すると、唐突に…

「おぃ、天子様は熱ーぃのが苦手じゃなかったのか。」

という声が、馬車が高速に走り去るような音の様に聞こえた。

わたしは裏をかき天井の狭い部屋で回転ジャンプして縁側に出払って目の焦点を何者に合わせれば、何(者)は、怪しさも抜けた白鼻心の瞳でわたしに哀願して逃げた。

天子様と呼ばれた男性は客をもてなさんかと少し気を悪くしたように一瞬拗ね、また気を取り直して狸の絵を描くような順番でイーブンイ国の都心がら覗く港の風景を颯爽と描いた。そしてピリピリと少し苛立ちを隠せずに踵を返して台所へ向かった。

「…ことならば…あ…ぅ。」

天子様はわたしの寝言のような響きに、ぁと短く感嘆した。

木製の製氷機に氷がミシっと音を漏らして形を作っていた。

「…cot nor orb….」

 わたしは再び祈りをあげてみたが、大人の支配するこの世界に肩を並べられないという現実に目を伏した。


 翌朝、子供の泣き止ませるために食べさせる薬草粥に使うものと同じ薬草を天子様は庭先で摘んでいた。隠すように大急ぎで摘んでいたのは分かっている。それと反比例するように空と陸の境界線を確かに保って運航する惑星は優雅でわたしは既に酔っぱらっていた。

 「西の都までゆきましょう。」

 ヒンヤリとしたぬめり声で天子さまはわたしを旅へ連れ出した。

道中は静かなもので不気味さを感じさせないように背景も配慮していたと思うが、人が一人として外に出ようとしないのは、戦争を避けるための治安維持だったんだろう。黄色く花をつけた草花が季節を教え道中の道しるべとなっていた。小川はやわらかくさざめき流れ、川上の水場所の人々の生活をわたしや反乱者集団の目に触れさせないように配慮していた。

天子様は子供に数学を教えるような手ぶりで足休めの時間に薄紙に風景を描いてわたしに眺めさせた。水筒のお茶をわたしにコップへ注がせて、天子様は恭しくお口に運ばせて時を数えてるように見えた。それから風呂敷に包んだ強飯を、生えていた筍の皮を頂いて包み直し、銀碗で筍を蒸してわたしに食べさせ一緒に召し上がっていた。

三日目に、天子様は荷物をわたしに持たせ直し、七日目に最後の強飯に蓬を混ぜ込んで銀碗でお炊きになった。甘味料は使用してないが、おはぎ餅のような甘みがあり今日は春の節句だったかしらと周りを見渡せば太陽が頷き弓なり型に地に伏した。

辺りは暗くなったころ、雨でも降るのかしらと薄暗く寒々としていた。わたしは熱病にかかったように頭がうまく機能しなくなり、足がおぼつかなく、ふらふらしているうちに、いつの間にか天子様の姿がお見えにならなくなっていた。雨を受け待つように景色が空を吸い始め寄り集まりし闇雲はついに鬨の声を上げた。

 「うわぁあ!!」

 と雨音に隠れることができなかった怒声はわたしに襲い掛かり、何十人もの人人人がわたしに食いかかって何度も拳を上げた。わたしは腕を何方向にも動かし逆賊の群れをやり過ごそうとするのであるが、身体は重く動かせず、数も多い。

 「…take a…my thin k s…!」

 わたしは叫んで呻いた。私の身体から血は吹き出し舗装された地面を象ってよりかかるように血は広がり引力の先へ向かって流れた。

( death words're poised for Ourselves… For our Lives.

 祈ってみればいい。それがわたしの弱さだから。)わたしが、抵抗し、抵抗しきれずに力尽きるのは、一幕を越すために過ぎなかった。そこは既に西の京だった。


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