第21話 幸せに──
俺は────重症の母さんに駆け寄る。
男も邪魔するつもりはないようだ。
ハクマも警戒に当たってくれているので、村人達も手出しが出来ないでいる。
「母さんっ!!!」
「あぁ、レオン……その声が懐かしいわぁ……アイリスを頼むわね……」
久しぶりに聞いた母さんの声は5年前に聞いた元気な声ではなく。
力弱く────そして消えそうな声だった。
「────っ!?」
アイリスに視線を向けると、母さんの膝の上に横になっていた。
状態も酷いものだった。
顔は腫れ上がり────
髪の毛は所々引きちぎられ────
至る所に打撲痕がある────
息はあるようだが、この傷は子供の身ではかなり酷い。
俺は無意識に更に拳に力を込め、血が滴る。
怒りが込み上がってくる────
どうして────こんなに酷い事が出来る────
「母さんっ! 話したらダメだっ! 今回復魔法を使うっ!」
俺はありったけの魔力を込めて、回復魔法を母さんとアイリスに触れてかけ続ける。
2人を絶対助けるっ!!!
────日本じゃ手遅れでも────ここは魔法のある異世界だ────全力で助けるっ!
「母さんね……最後にレオンの声が聞けて良かったわ……」
何故だ!?
アイリスは回復してるのに、母さんは何故回復しない!?
そんな思いが心の中で児玉する────
その為、母さんが俺に声を掛けて来てくれるが────俺の耳には入ってこない。
正確には聞こえてはいる────
ただ、理解したくなかった────
「母さん、待っててね。今から……治……す……から……」
傷口が塞がらず、俺は段々と声が出なくなっていった。
それは────
「レオン……私には────もう時間は残ってないの……ねぇ、レオン? 母さんの事──抱き……しめて……くれない……かし……ら?」
わかってる────
これ以上魔法を使っても無駄だって────
もう────
────手遅れだってわかってるさっ!
でも、久しぶりに会ったのに────
こんな事ってないだろっ!
なぁ────これは夢なんだろ?
俺の目には涙が溜まってくる。
母さんの体は急速に冷えてきていた。もう命が尽きようとしているだろう。
俺は母さんの願い通り抱きしめる。
「母さん……俺さ────幸せだったよ?」
「母さんも幸せよ」
「本当に?」
「本当よ」
「母さん」
「なぁに?」
「母さん、ありがとう……」
「ふふっ、産まれてきてくれてありがとうかしら?」
「母さん、大好きだよ」
「ふふふっ……どうしたの急に? 母さんも大好きよ」
「母さん」
「なぁに?」
「俺さ、母さんに負けないぐらいのお嫁さんと結婚するからね? それにね────────────────」
俺は母さんに伝えたい事を話していく────
この5年間会えずに伝えられなかった気持ちを────
その途中────母さんの体が脱力していく……。
「楽しみねぇ…………しあ……わ……せにな……って……ね……」
母さんは────目を瞑る────
そして、その後は────何の反応を示さなくなる。
「だから……ねぇ、母さん! まだダメだよ! 全然話せてないじゃないかっ! 目を覚ましてよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
俺の目からはとめどなく涙が流れ続ける。
まだ、いっぱい話したい事があったのに────
なんでこんな事に────
俺は母さんをもう一度抱きしめ、地面に下ろす。
母さんの顔を見る。
最後に俺が看取れたからだろうか、安らかに眠っているような表情だった。
「母さん、間に合わなくてごめん」
『……主……ごめん……』
いいよ、ハクマ。お前は十分やってくれている。
だから、ハクマまでそんな悲しそうにするなよ。
ただ、俺が間に合わなかっただけだ。
もっと俺が強ければ────
魔物を早く倒してたら────
魔法をもっと上手く使えていたら────
そんな事ばかり思い浮かぶ。
俺は呆然としていると────
「まぁ、なんだ……俺が気がついた頃には既に手遅れだったんだわ……よく持った方だ。だが、俺はそれでも任務を続行しなければならん」
フードの男から声をかけられる。
「そうか」
俺は冷たく言い放つ。
人は金の為、自分の為なら何でもする奴はどこにでもいる。それはこの世界でも変わらない。
特にこの世界での人の命は日本より遥かに軽い。
俺には人を犠牲にしてまで、他人を貶める行為など出来ない。
俺の価値観はきっと、此処にいる奴等と合う事はないだろう。
「レオンっ! ────!? おばさん!?」
後方からアリスの声が聞こえる。どうやら到着したようだ。
「────母さんは死んだよ……」
「そんなぁ……なんでこんな事に……レオン……ごめんなさい。私が軽率な行動したから……」
おそらく、ミアを連れて来た事を言っているのだろう。
会いに来た時、浮かない顔をしていたのもこの事がわかっていたからなのかもしれない。
確認する為にアリスに声を掛けようとすると──
遠巻きに見ていた村人が声を上げる。
「アリスっ!!! ミアはどこだ!? 家に連れて来いって言っただろうが!!!」
それは、アリスの親だった。
やはり、アリスはミアが危険な事を知り、俺の元に連れて来たのだろう。でなければ────ミアを此処に連れてきているはずだ。
そして、アリスの親達はミアがいなくなった事に気付き、目の前の男に協力してもらい。父さんを遠ざけ、母さんとアイリスを狙ったか……。
「レオン、ミアはアナさんのとこにいるから……安全だよ……。────もうお前らを家族だとは思わないっ!!!」
俺にミアの居場所を伝え、自分の親に離縁の言葉を投げつける。
そして、短剣2本を手に取り────構えるアリス。
「レオンっ! 仇をとるよ!!!」
そう言われるが────俺には言葉が頭に入って来ない────
〜アリス視点〜
短剣2本を手に取り────構える。
私が到着した時には既におばさんは亡くなっていた。アイリスちゃんは大丈夫そうだけど────間に合わなかった。
涙を流し続けているレオン────
────レオンの泣き顔なんて見たくなかった。
どうして、こんな酷い事が出来るの?
ミアさえ、村にいなければなんとかなると思ってた。
けど、現実は────レオンの家族は酷い目に合わせられた。
私のせいだ。
私がこの状況を引き起こした。
私はお世辞にも頭が良くない。私が出来ることはレオンのために命を掛けて償い、応えるしかない────
これぐらいでしか償えない私を許してね。
私はフードを纏った男に2本の短剣を持ち、気合いを入れ────覚悟を決める。
「レオンっ! 仇をとるよ!!!」
声をかけるけど、レオンからの反応はない。
目の前の出来事でショックが大きいのかもしれない。
私だけでこいつを倒すしかないっ!
今思えば────私はこの時のために鍛えてきたのかもしれない。
この5年間、いつかレオンの力になると誓って、私は常に剣を振っていた。
恩恵も関係しているのだろうが、凄まじいスピードで強くなっていった。
近接の戦闘では討伐ランクAでも勝てるぐらいだと思う。
前世での実家は昔から続く、古武術流派の家系で幼い頃から
日本の現代武道のような、空手や柔道などではない。戦国時代に人を殺す為だけに存在した
恩恵【剣神】は剣の扱いや成長速度も補正がかかり、接近戦が得意な私には相性が良い。
前世で暇な時間にラノベをかなり読み込んでいた事もプラスになった。
訓練するうちに前世では出来なかった動きが出来るようになり、模倣ではあるのだが、ラノベのような技がある程度形になった。
それを今出す時────
ダッッ
私は相手に向かい────踏み込む────
全力で短剣を2本とも相手の喉に向けて突きを放つ。
「────!? ────ちっ、やるじゃねぇか嬢ちゃん」
最初の一撃は紙一重で避けられる────
「ちっ……」
今度は両剣を広げて、右は袈裟懸け、左は逆袈裟懸けで斬り込む────
休む暇など与えない。私は瞬きすら許さぬ速度で次々と斬撃を繰り出す。
「────ったく、この村の子供はどうなってんだよ!」
何か言っているが、私には関係ない。
段々と私の攻撃が擦り始める。
男がバランスを崩した瞬間を見計らい。技の一つ。
【
を無言で放つ。
太刀筋には九通りある────
唐竹:真直ぐに切り下ろす。剣道で言う面。
袈裟:相手の左肩から右胴にかけて斬りつける。
逆袈裟:相手の右肩から左胴にかけて斬りつける。
右薙(胴):相手の右側から左側へ水平に斬ります。
左薙(逆胴):相手の左側から右側へ水平に斬ります。
右切上:相手の右下から左肩へ斬り上げ。
左切上:相手の左下から右肩へ斬り上げ。
逆風さかかぜ(切り上げ):下から上へ斬り上げ。
突きを除いた、これらをほぼ同時に剣2本を使い発動する。
「────っ!?」
私の技は男目掛けて襲いかかるが────
「ガハッ……」
私は気付いたら血を吐き────地面に転がっていた。
鳩尾に拳を喰らったようだ。
「危なかったぜ……まさか単純な剣技だけで嬢ちゃんがあそこまでやるとはな。俺は子供は殺したくないが、次に来たら殺すぞ?」
フードが私の斬撃で耐え切れず消し飛んだようで素顔を晒す。短髪碧眼の中年らしき男は驚きながら言う。
そして殺気が襲う。私の体は威圧されたように動かない。
私が本気で攻撃してもフードにしか届かない……。
それでも────やるしかない!
強引に震えを抑え一言。
「上等!」
その言葉と共に、私が編み出した技の二つ目────
【
────を発動するために、腰にかかった鞘に短剣をしまう。
要は短剣2本による居合切りだ。本当は刀がほしいけど、まだ見た事がない。
この技は居合切りなのだけど、ゼロ距離でなくても使える。
私の筋繊維はぼろぼろになって動かなくなるけど、この技は単純に音速を超えるため、ソニックブームが巻き起こり、衝撃による攻撃も可能。一度、木に試してみた時は木っ端微塵になったぐらいだ。
そして、私は数m程離れた男に向かい【刹那】を発動する。
「死ねっ!!!」
ゴォォォォォォォォォォォッ
私の言葉と共に繰り出される衝撃波────
「────っなにっ!?」
男が驚愕の表情を浮かべるが────
「────ちっ……」
攻撃は衝撃波で多少、体に傷を付けただけで避けられる。
「全く……魔法も無しで、こんな事やってのけるとは……末恐ろしい嬢ちゃんだな。……だが、これで終いだ」
男は高速で私の懐に入り込まれ、おそらく絶命するであろう拳が目の前に迫る。
私は技の反動で動けない────
これまでか────
────ごめん、レオン────────
私は最後にレオンに向き、微笑みかける────
この世界でも、また会えて嬉しかったよ。
そして────
その時を迎える瞬間────
────
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