第20話 許さねぇ……

「父さんっ!」


 俺は父さんに呼び掛けながら近くに寄る。


 息があることにホッとするが、かなりの出血で死んでもおかしくないぐらいだ……予断を許す状態ではない。


 俺は回復魔法を使うが、失った血は戻らないし、血止めがせいぜいで、部位欠損は治せない。


 父さんは間違いなく、アイリスの危機に直面して助けようとしたはずだ。その時にハクマもいたはず────


 そういえば────ハクマはどこだ!? そもそも、あいつが居てそんな易々とやられるとは思えない……。



 ────っ!?


 近くで争っている音がする!?


 まだ、終っちゃいないっ!


 直ぐ行くぞアイリスっ!



 駆け出そうとした時、父さんの目が覚める。



「あぁ……レオ……ンか?」


「そうだよ父さん。このままゆっくりしといて。後は俺が行ってくるよ」


「あれは────無理だ……お前……だけでも……逃げろ……」


「何言ってんだ父さん! 俺だけ逃げれるわけないだろっ!」



「しかし────あれ……は……」


 父さんは血を失い過ぎたせいか、何かを言おうとして気を失った。


「父さんは休んでおいて。俺は行ってくるよ……」



 俺は父さんを横にして、争っているであろう場所にそのまま走り出す。


 近付くにつれて、慌ただしい音が聞こえてくる。爆発音、破裂音、地響きがしている。おそらくハクマが戦闘しているのだろう。


 そして、俺はアイリスのいる場所に到着した。


 争っている場所は村の広場で、普段は子供が遊んでいるような場所だ。


 だが、今はそんな長閑のどかな光景はなく、争った痕がそこら中にある。


 氷の氷柱が大量に地面に刺さっていたり、クレーターが出来ていたり、近くにある家も崩壊していた。


 先程、俺が倒したオルトロスの死体も氷柱が刺さり、絶命して転がっている。


 おそらく、ハクマが倒したのだろう。


 そんな中、ハクマは隙を見せないように敵がいる方向に氷魔法を連射している。


 そのため周辺は余波を受けて砂埃が舞っていた。


 その背後には「この子は関係ないでしょっ!」と叫んでいる声が聞こえる。


 この声は母さんだ。


 母さんはアイリスに害が及ばないように自分の身で覆いかぶさっているようだ。こんな叫ぶような声は初めて聞く。


 少し離れた場所で見た事のある顔ぶれ……村の人達が武器を持っていた。


 武器はまだわかる。これだけ、村が破壊されているなら武装していてもおかしくない。


 だが、父さんに魔物を押し付け、死にかけていたのをほったらかしにして、こいつらは何してやがる?


 何故、母さん達に向けて敵意を向けているのかもわからない。


 カーバンクルが村に入ってきたからか?


 いや────カーバンクルが来る前からアイリスの絆の指輪の危険信号は出ていた。


 つまり、こいつらが俺の家族に危害を加えていた事になる。


 そして、ハクマの相手をしている奴と戦闘になったのだろう。



 なんでこんな事に────っ!?


 魔力の高まりを感じ、敵を視認すると今まさに高密度の魔力が込められた炎の範囲攻撃がハクマに向かって襲いかかる所だった。


「ハクマっ!」


「────!? 主!? 来るの遅いって! 僕もう限界だよ〜っ! ……んっとに、しつこいな〜! さっさと死ねっ!!!」


 ハクマに炎が襲いかかるが、直ぐに氷の壁で防御して事なきを得る。そのお返しと言わんばかりに、ハクマは大量の氷柱を敵目掛けて放つ。


 砂埃が収まる前に疑問を問う。


「ハクマっ! 父さんがやられてたけど、何か事情はわかるか?」



『……主の父は────襲われている主の家族を助けようとして────いきなり現れた、そこの奴に片腕を切り落とされた後にやられちゃった。僕は2人を守る為にこんな感じで戦ってる』


「そうか……ありがとうなハクマ」


 しばらくして砂埃が収まり、敵の姿が見えてくる……。


 そこには1人のフードを被った男が無傷で立っていた。


 男は俺がいる事を確認すると話しかけてくる。


「そこの坊主────オルトロスはどうした?」


「もちろん倒してるさ。オルトロスに襲わせたのはお前か?」


「へぇ〜、やるねぇ。見たところ、そこのカーバンクルの飼い主だろ? こりゃぁ当たりかもな。くっくっくっく……」


 男はそう言いながらも殺気を放ち、空気がピリピリとする。


 こいつ────この殺気はアナ程じゃないにせよ、かなり強いな。ハクマの攻撃も無効化していたし油断出来る相手ではない。


 しかし、話しかけて来ているという事は一応対話する気はあるのか?


「何が当たりか────俺みたいな子供にもわかりやすく教えてくれよ」


「ふっははははっ! お前いいなぁ、俺の殺気を浴びてもその態度……とても子どもだとは思えんな。任務とは言え、こんな田舎まで来た甲斐があったな。さっきの鎖使いとは偉い違いだ……そこにいる娘の親父らしいがよ! 弱過ぎて話にならねぇし、『娘に近付くな』だったかな? 口だけは達者だったぜ? 直ぐにお寝んねした────っと、穏やかじゃねぇな」


「ちっ」


 俺は男が話している途中で穿通鎖を放つが、軽く避けられてしまう。


 初見殺しの穿通鎖を避けるとは……やはり、かなり強い。


「おっと、話ぐらい最後まで聞けよ? お前も鎖使ってるって事はそこの嬢ちゃんのお兄ちゃんだろ? 親子揃って短気な奴らだな?」


 間違いなく、これは挑発────だが、あえて乗ってやるぜ。父さんを傷付けた罰は受けてもらう。


「────ハクマ、合わせろっ」


『あいよー、ほいっとな!』


 俺は八岐の舞を発動し、8本の鎖を蛇行させて近づける。その間にハクマは上空よりソフトボールぐらいの氷を落とし始める。


 フードの男は全く避ける気配がない。


 攻撃が当たる瞬間にハクマの氷は音もなく霧散し────



 ガキッ


 俺の鎖は何かに阻まれた。


「あれっ? この鎖って魔法だよな? なんで無効化しねぇんだ? さっきのおっさんのは消えたんだがな……念の為に結界魔道具使っといて良かったわ」


 一人でぶつぶつ言っているが、言葉を察するに魔法攻撃は本来なら効果がないのだろう。


 だが、俺の魔法は通じた……。


 試すしかないな。


 八岐の舞で男を結界ごと絡め取り、まとめて巻き付けて締め上げる。


 自慢じゃないが、強度だけはこの5年間はずっと鍛錬に鍛錬を重ねたのだ。何重にもした鎖を解く事は出来ないはず。


 パリンっ


「ぐっ────ぅぅぅ」


 結界は崩れ、男もそのまま締め上げられ呻き声を上げる。


 その時、鎖が形は保っているものの、急激に綻び始めるような変化が現れる。


 ジャリンッ


 という音と共に鎖は千切れてしまう。


「なっ!?」


「なーんちゃって! 残念だったな。鎖が消えねぇ理由わかったわ。お前の魔力密度が濃すぎて無効化しきれんわ。あーあ、結界魔道具壊れちまったじゃねーか」


 ────かなり厄介だな。無効化されなくても、弱体化させられるとは。


 これはいったい何なんだ?


 こうなると俺の決め手がほぼ封じられてしまう────ハクマも魔法がメインだし効果が薄い。


「ハクマ、魔法攻撃以外の攻撃はないか?」


『ないかな? これって練り込んだ魔力なら通用するよね? 範囲攻撃は無意味かな……さっきまでずっとやってたしね。ただ、範囲攻撃でも動きを止められるよ。たぶんだけど、親から教えてもらった中にそんな使用制限がある恩恵があったよ』


 恩恵か────俺の周りに恩恵持ちが多いな……珍しいんじゃなかったのか?


「何の恩恵かわかるか?」


『魔力吸収だねっ! 確か発動中は吸収するために自身の周りの空間を歪めてるはずだから、素早い動きが出来なくなるはずだよ? 他に魔力拡散も思い浮かんだけど、あいつ普通に魔法使ってたしね!』


 なるほど、それでハクマの氷が消え、俺の鎖も綻ぶような変化が起こったのか……。


 遠距離では厳しいか。


 近くにいる母さんが気になる。アイリスもずっと泣いたままだ。


 俺は蛇腹鎖を展開し、右手で握り────


 ────視線を母さん達に移すと────


 村の奴らが、母さん達に武器の矛先を向けていた。


 母さんはアイリスを抱え込んだまま動かない。


「お前ら────何してんの?」


 瞬間に俺は村の奴らに殺気を出して睨み、鎖を使って横薙ぎに攻撃する────


 ビュンッ


 ギンッ


 俺の攻撃はフードの男に邪魔される。


「おっと、情報提供さん達を殺さんで貰えるとたすかるねぇ〜。まだ目的達成できてねぇしな」


「邪魔するなっ!」


「なぁ、坊主。俺もこんな事したくはねぇんだ。正直虫唾が走る。元々ミアって子供を俺に差し出す話で俺が派遣されてんだよ」


 ────何でミアが!? まさか!?


 こいつら────ミアの恩恵に気付いて情報を売りやがったのか!


 それに、こいつは今までの会話で────と言った。

 

 任務という言葉を使う以上は何処かの組織に属するのだろう。


 昔に恩恵持ちが拐われるって父さんから言われたのを思い出す。


 そして、情報提供を行う場所となれば────ここの領主、またはそれ以上の立場の人間の可能性が高い。


 ────つまり、そういう事なのだろう。


「ミアと母さん達は関係ないはずだが?」


「俺が来た時には既にそのミアって子がいなかったから、そこの村人諸君が尋問始めたんだよ。ったく、金に目が眩んだ人間って奴は醜いねぇ……そこの抱えられてる嬢ちゃんなんか、目の前で泣き喚いて、可哀想で見てられなかったぜ?」


「お前も止めてないなら同罪だろう」


 こいつは何を言っている?


 俺は拳を握りしめて怒りを抑える。


「確かにな。慣れってのは怖いねぇ。俺も任務失敗は嫌だし、お前がミアって子を連れて来てくれたら帰るけど?」


「ことわ────「その声はレオンなのねっ!」────母さんっ!? 大丈夫か!?」


 母さんは俺がいる事にようだ。


 その声に反応し、振り向くと────


 母さんは覆い被さっている状態から起き上がっていた。


「────!? 母さんっ!!! その目は!?」


 俺が見た母さんの状態は酷いものだった────


 両目は潰され、血の涙を流し────


 体はそこら中に打撲の跡────


 そして至る所にある刺し傷らしき所から、とめどなく溢れ出る血────



 ────母さんは重症だった。



 なんで────なんでこんな酷い事が出来るんだ────許さねぇ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る