第6話 約束するよ──

「喉渇いただろ? こんなのあるんだ! ちょっと待っててね」


 持ってきた果物を出す。日本で言う林檎のような果物だ。俺はそれをすり潰し、ミアの口元に運ぶ……。


 ミアは口を開けてくれたので、スプーンで掬って────


 一口ずつ……。


 一口ずつ入れていく……。


 食べ終わったミアは一言────


「……ぁ……ぃ……ぁ……ぉ……」


 ────と言った……俺の耳には、はっきり『ありがと』と聞こえた。


 その後、ミア目を瞑ってしまう。



 俺の目から一筋の涙が頬を伝う────




 なんで────


 なんで──


 こんな事に────


 俺はその元凶であろう人を睨む。


「…………」


 その人は気不味いようで下を俯いたままだった……元凶とは────ミアの母親だ。


 俺は父さんが、この食糧難でミアの家に差し入れをしていると聞いていたので安心していたのだ。


 しかし、現状はミアに食事は与えずに──


 ──あろうことか……自分達で横取りしていたのだろう。実の娘を犠牲にして。


 殴られた跡もある────これはミアが泣いたりした時に無理矢理黙らせたのかもしれない。


 どう見ても、この症状が風邪とか流行り病だとは到底思えない。


 これは──飢餓の症状だ……水があれば、食べ物がなくても2ヶ月は生きていけると聞いた事があるが────


 ────ミアは子供だ……しかも、この状況から見て元々満足に食事を食べれていたとは思えない。


 別に────この世界の倫理観的に間違ってはいないんだろう。


 親が生きていれば子供は作れる。子供の食い扶持を稼ぐのは難しい──開拓村では、よくある話なのかもしれない────


 ────でもなっ!


 ────俺の価値観では許せる行為ではない!


 俺は前世では結婚は出来ず、子供には恵まれなかった──


 ──だが……だがっ! 自分の子供は宝だと思っている。


 そんな行為を見過ごせる訳がない!


 だから、俺は決めた────ミアを俺の家に連れ帰るっ!


 俺は右手をミアの母親に向けて突き出し────


「なっ、なに?!」


 ────逃げれないように捕縛する。


「おばさん、貴方はミアを殺そうとしました。なので、もうミアはいらないのでしょう?」


 俺は冷たく言い、鎖を締め上げる────


「ぐぅぅ……殺そうとなんてしてないわ!」


 どの口が言いやがる──


 ──いらないという言葉には反応無しか──


 ──この屑がっ!


「なら──なんで……なんで、食料を分けているのに! ミアがこんなに痩せているっ! お前らが、ミアの食事を奪っていたからだろっ!」


「…………」


「だから、俺は聞いた。ミアはいらないんだろう? ──無言は肯定ととる」


「…………」


「ミアは俺が貰う。今後一切、ミアに会う事は許さない! そして────お前らに分け与える肉は今後絶対にないっ!」


「なっ!? エリクなら分けてくれるわ!」


 そういや──こいつ、肉の入手先知らないんだったな。


「残念────父さんに言った所で無駄だ。肉は俺が獲って来てるんだよ。よって決定権は俺にある。お前らはこのままのたれ死ねばいいんじゃないか? じゃあな────せいぜい足掻け────」


 そして、鎖を解いて────喚くミアの母親を尻目にミアを抱き抱え──その場を後にした────


 肉を分け与えないと言った時、絶望の表情だったが、それも当然だろう。この冬を乗り切るには食料が不足し過ぎている。


 絶対に食料を分けたりしない────


 俺は絶対に許さない────


 死ぬなら勝手に死んでくれ。




 アリスはショックが強すぎたのか、ずっと泣いていたので、帰るように促した。


 帰り際に「ミア大丈夫だよね?」と聞かれたので、俺は「もちろん」と答えて安心させてからだ。



 俺はミアを抱き抱えたまま、家に帰ると──母さんはミアの状態に驚いていた。


 母さんに事情を話すと涙を流していた。


 良かった。母さんが向こうよりの考えじゃなくて……。


 だが────今はそれどころではない。


 ミアを助けるために行動しなければならない。


「母さん、父さんに伝えておいてね。もうあそこに食料は分けなくていいって」


「そうね。伝えておくわ。ミアちゃんをベットに運ぶわね」


 ミアを母さんに託し、任せる事にした。


 俺は、直ぐにこの村の治癒師と薬師を連れて来た────


 ────しかし、治癒師の方からは飢餓状態は助ける事は出来ないと言われ……。


 薬師の婆さんからは栄養剤ぐらいしか手が無いと言われたので栄養剤を全て買い取った。


 しばらくして父さんが帰っていた。


「レオン、ミアちゃんの話は本当か?」


「本当だよ」


「わかった。あそこの家には金輪際、食料は渡さんよ。ミアちゃんの所へ行ってきなさい……」


「──!? わかった、行ってくるよ」



 ガチャ


 ドアを開けて、母さんに声をかける。


「ミアはどう?」


「今ちょうど、意識が戻ったわ。母さんは出ていくから、2人で話しなさい」


 そう言って、母さんは俺の反応を待たずに出て行った。おそらく手遅れだと察しているのだろう……。


「ミア、これを飲んで。栄養剤だよ。今のミアに1番必要な物だ」


 栄養剤を手に取り飲み干す。


「……あり……が……とう」


 少し喉が潤ったのか声がちゃんと出るようになった。


「なんとかして助けるからな!」


 ここは日本じゃない、異世界だ。何か他に手があるはず────


「ねぇ……レオンはって信じる?」


 ミアは助からない────そう思っているのか、辛いのを我慢して声を絞り出す。


「信じるさ」


 俺は耳を傾けながら返事をする。


「本当に? 私が前世の記憶があるって言っても信じる?」


「もちろん」


 俺にも前世の記憶あるしな。何でこんな話を今するんだろうか?


「じゃぁ、ちょっと聞いてくれる?」


「いいよ」


「前世の私ね……13歳ぐらいの時ぐらいかな?虐められてたの……それでね……そんな私を助けてくれた人がいたの……」


「そうなんだね……良かったね。助けてくれたんなら、虐めはなくなったんでしょ?」


「うん、私に対する虐めはなくなったんだ……。けど──変わりにその人が虐められるようになったの……」


 ん? なんか何処かで聞いた事あるような話だな……って俺の前世の中学生の時と立場は違うけど似たような経験してたんだったな……。


「まぁ、助かったんだし、良かったんじゃない?」


「良くないよ。その助けてくれた人が次の日から酷い目にあったんだよ……私は何も出来なかった……そんな自分がたまらなく嫌だった……」


「……そうか──でも、その助けた人は後悔なんてしてないと思うよ?」


「なんでそんな事言えるの?」


「俺も前世があるからかな? その前世で似たような思い出があるしさ。助けたら次の日、虐められた的な? でも、不思議と後悔はなかったんだ……」


「レオンもあるの?! まさか────いや、今はいいや…………なんで後悔がなかったの?」


「なんとなくかな? 特に理由なんてないさ」


「………本当?」


「本当。その女の子の名前は確か──『彩菜』──だったかな? ──って……え?」


 名前の所でミアと声が被る。


「私の前世の名前は彩菜だよ……本当に正ちゃん──なの?」


 正ちゃんとは俺の前世のあだ名だな……。正一という名前だった。


「そうだな……彩菜ちゃん転生してたんだね……再会出来て嬉しいよ」


「うっ……ぅぅ……ぅぅぅ」


 俺の言葉を聞いて泣き出すミア。──いや彩菜? まぁ今世だし、ミアでいいか……。


 俺はミアをしばらく抱きしめると次第に落ち着いていった。


「私また会えて嬉しい……。正ちゃんのお葬式行ったんだよ? そして、帰った後に────正ちゃんのいない人生なんて嫌だって自殺したんだ……ずっと好きだったんだよ?」


 それは……嬉しいけど……死んだらいかんでしょ、死んだら……。


「それでね。死んだ後に神様と会ったの……それでね──転生先に正ちゃんがいるからって聞いて……会いたいって言ったら。恩恵を1つでいいなら会えるようにしてあげるって言われたから頼んだの!」


 わかったような、わからないような……。


 まぁ言葉通りなんだろうけどさ。


 実際、会えてたしな。


「まぁ、再会出来て良かったよ。俺も懐かしいしな。まぁ前世の話だし、今はレオンと呼んでくれ。俺もミアと呼ぶからさ」


「わかったわ……でも──私……再会出来たけど、こんなに醜くなったし、いつまで生きていられるかわからない……」


「大丈夫。俺が死なせない。絶対にだ! どんな手を使ってでも、絶対に生かす! ほらっ、俺達幼馴染だろ? 前世の縁もあるし────俺がなんとかしてやるさっ!」


 俺は少しでも安心できるように言葉をかける。


「……もう助からないよ……せっかく会えたのに……生きたいよぉぉ……ずっと一緒にいたいよぉ……うぅ……」


「諦めるなっ! ミアには笑顔が良く似合うよ。醜くなんかない。だから笑っててくれ……なっ?」


「わぁぁぁぁぁぁあん」


 しばらく、泣き疲れて寝息が聞こえるまでミアを抱きしめた。


 俺は決意する────



 ──どんな手を使ってでも必ず助ける!



 ──約束するよ────────

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