第130話 価値観という誤算



ぎ・・・ぎゃああああ!!!




腕が取れたピンハーネは、その事実に気づくと、絶叫する。


「化けの皮が剥がれたね」


ピンハーネの腕が落ちた直後

ジュモは、魔術で彼の体を自分の足元まで引き寄せる。(出血は最低限、これなら命に別状無し・・・)



ジュモは、炎の矢と氷の矢を両側から放つ。


その無数の矢は魔王に当たる瞬間、分解して崩れていく。

魔王は不敵に笑い余裕は崩れない。



ウガアア!!



ジュモの後ろから、吠えたパウワが、飛び出し、その巨体から繰り出す大きな手を上から叩きつける。その衝撃で周りの地面は揺れ動いた。


両手で何度も何度も叩きつけるその攻撃は、常人ならばトマトの様に潰れて、地面のシミになる程苛烈なモノだ・・・が、


「?」


魔王自体は涼しい顔で何一つ動じてはいない。


「・・・うがが」


パウワは感じる・・・その実力差、さっきの攻撃自体が子供が親にじゃれつく程度にしか影響を与えていない・・・




「では・・・次はこちらの番だな?」




魔王の腕は、一瞬で太く巨大に膨れ上がる。パウワの巨体も上回るその腕は、逃げ出すパウワの背中ごと押し潰す。


生々しい音と溢れて飛び散る大量の血・・・


飛びかかる精鋭たちは次々と虫の様に潰されていく。


ジュモは、援護に徹しながらも、転移の術式の準備を始める。飛ばせるのは、一人自分のみ、ピンハーネは大事なパトロンだが、


(お金よりも自分の命が大事)



術式発動の瞬間、後ろから鋭い痛みが走り、黒い刃が自分を貫いている事に気づく。



・・・は?



それは影魔術による斬撃

振り返ると、モロクがそこに居て笑っている。


「ぐぐ・・・まさか・・・あんたが魔王側に寝返るとはね・・・」


魔獣討伐の職で、十天衆にまで数えられたモロク、協力しない事はあっても裏切る事はジュモの想定外だ。どれだけお金を積まれても、それは動かないと思っていた。


その疑問に答える様に、モロクは顔の変装を解く。


(なんだ?あの姿・・・まるで若返った様な・・・)



「・・・愚かな男だ・・・」



そう言い捨てて、ジュモは倒れる。





$$$





うつ伏せに倒れるピンハーネの顔を魔王が覗き込む。


「・・・な・・・なぜ」


雇った腕利きは、全員殺されただろう。もう誰も自分を助けない事を覚悟しながら・・・



なお、ピンハーネは『理解』出来なかった。



ピンハーネの要求を飲み取引すれば、魔王の財政は大いに潤い、たくさんの財を成す事が、確実にできた。



ならば、ここで自分を殺すメリットなど無いはずなのだ。


魔王は首を傾げる振りをしながら笑う。



そうさな・・・



「お前のその顔が『偉そう』で鼻についた・・・ただ、それだけだ」



!?



その顔は、嘘や誤魔化しが一切含まれていない様に見えた。


『気に食わなかった』・・・


そんな子供の様な理由でこの強行に及んだというのか・・・



ピンハーネは、根本的な勘違いをしていた。


魔王領という広大な地域を支配する者が、『理性的である』という勘違い。『損得』という価値観を共有できるという勘違い。



そして、痛感する、今まで自分が当たり前だと思っていた『ルールでの取引』がいかに薄い氷を歩く様な『もろい物』であり、いかに自分がそれに守られてきたかを・・・



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