炭酸飲料製造工場

空付 碧

第1話

 脱フリーターを目指し、手当り次第入社試験を受けた結果、炭酸飲料の製造工場に入社できた。

 工場は雑草の生えた空き地の外れにある。マイナーなのか、聞いたこともないメーカーだったが、給料と待遇がよかった。

「今日から一緒に働く藤宮くんです」

「よろしくお願いします」

 工場長の声に僕はお辞儀をする。総勢5名、全員カーキ色の作業服に帽子をかぶっていた。ワッペンで会社のトレードマークであるペンギンが入っている。キャラクターものではない、コウテイペンギンが俯いているワッペンだ。

「藤宮くん、嘉志くんから色々と聞きなさい」

「よろしく」

 嘉志さんは妙齢の女性だった。帽子の後ろから結んだ髪が出ている。動く度にサラサラと髪が揺れ、惹き付けられると共に商品に入ったらどうするんだろうとぼんやり思った。

「じゃあ作業場に行きます。こちらへ」

「はい」

 薄暗い通路の中で、嘉志さんは説明してくれる。

「うちの商品は四種類。ぶどう味と、オレンジ味と、メロン味と、レモン味」

「全部炭酸ですか?」

「もちろんです」

 通路の向こう側は、まるきり工場風景だった。あちこちにパイプが上り、緑一色で塗られた床に、動線のラインが貼ってある。

 中心に、水槽が四つ設置されてあった。背の倍はある透明なプラスチックの中に、液体が並々と入っている。色が薄らとついていた。

「左奥がぶどう、手前がオレンジ、右奥がメロンで、手前がレモン」

「はぁ」

 圧倒的な存在に、生返事をした。よく見ると細かな泡がみえる。

「まず出社して八時に始業ミーティングしたら、ここの水槽の階段の点検をします。尖ったものが落ちてないか、濡れているところはないか、傷んでいる部分はないか…」

「はい」

「その後は、担当員のお世話をします。九時きっかりベルが鳴るので」

 ジリリリとベルが鳴り、四人が一斉に鉄のドアに向き直った。何が起こるのかドキドキしながらドアを見る。ギッと音を立てて開いたドアから、二足歩行の生き物がやってきた。

「……ペンギン?」

 ペチペチと足音が響いてくる。あれは明らかにコウテイペンギンだ。ワッペンとそっくりの、本物のペンギンが、群をなして歩いてくる。

「あの子達のお世話が、ここでの仕事です」

「えっ!?」

 さも当たり前のように、ペンギンたちはまっすぐこちらに向かってくる。おはようございます、と作業員が頭を下げる中、二列になったペンギンは、水槽を目指して階段を上がっている。最初は左奥、次は右奥、左奥左手前、右奥左手前右手前。立ち止まることなく、淀むことなく、自分がどの水槽かと知っているように動くのだ。作業員がクリップボードにチェックを入れた。

「全員の名前はおいおい覚えていきましょう。腕についてるクリップの色で、味の担当が区別できます」

「どういう事ですか」

「何がですか?」

 嘉志さんは微笑んだままこちらを見る。

「ペンギンですよ!?なんでペンギンが」

「よく見てください。ペンギンが泳ぐ時に泡が出るでしょう?」

 ばしゃん、ばしゃん、と音が始まる。階段を登りきったペンギンはジャンプ台よろしく、液体の中に突入していた。スイスイと、弾丸のように進む体から、気泡が抜けていく。

「あれが、シュワって弾ける炭酸になります」

 盛大なドッキリを見せられている気分だ。気持ちよさそうに進む体からは尚も泡の道が出来ている。

「個体によって出る泡の味が違うんです。個体の選別はプロがやりますが、藤宮くんも頑張れば出来るようになるでしょう」

「そんな、わけないでしょう」

「夢は諦めちゃダメですよ」

 夢じゃない。そうじゃなくて、なぜペンギンが。

「では面接をします」

「はっ!?」

 嘉志さんは各水槽の階段を登り、胸元の笛を吹いた。水面が浮き上がり、ザパンと一匹飛び出してくる。軽く足をタオルで拭いたあと、ゆっくりペンギンが降りてくるのを補助する嘉志さんは飼育員にしか見えない。

 目の前に四羽のペンギンが並んだ。

「フィン、シュガー、エレ、ゼットです」

「は、はじめまして…?」

 ペンギンたちは忙しく毛ずくろいをしたり体の水気を飛ばしたりしていた。嘉志さんがペンギンに手を差し出すと、一羽がこちらに歩いてくる。

 じっとこちらを見ながら近づく姿に硬直してしまう。ヨチヨチ進んで一歩分ぐらいの距離立ち止まり、グエッ鳴いて首を降りながら戻っていく。それが、三回繰り返された。

「な、なんなんですか」

「ペンギンが担当を決めるんです。うーん、フィンさんもう一回お願いします」

 グエッと鳴いて首をすぼめる。動かない相手に、そうかーと嘉志さんは相槌を打った。

「藤宮くん明日からレモン味担当ですね」

「ちょっと待ってください、俺ペンギンとコミュニケーション取れません」

「大丈夫、ニュアンスでどうにかなるもんです」

 一羽がおずおずと前に出てくる。よく見れば羽にレモン色のクリップが付いていた。黒い瞳が、こちらを見ている。

「よ、ろしくお願いします」

 反応はない。僕は間に困る。

 水槽の中で、絶え間なくペンギンは泳いでいた。

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炭酸飲料製造工場 空付 碧 @learine

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