Act.1-12 復活~Saturn~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-12 復活~Saturn~

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『緊急事態発生、緊急事態発生!現在、突如現れた正体不明の集団が暴動を起こし、今尚その行動範囲を拡大させています。命に関わる危険な状況です。以下に示された区域にお住まいの方は、指定された最寄りの避難所まで今すぐ避難して下さい!!繰り返しお伝えします・・・』




タイタン族による襲撃は瞬く間に緊急速報として報道された。テレビやラジオ、そしてインターネットには避難指定区域が発表され、その区域の人々は身の安全を守るために各避難所へと避難を開始していた。


「ママ、急いで!早く避難しないと逃げ遅れちゃうよ!!」


避難指示区域に入っていた大空家でも、予め準備されていた防災バッグを持って避難所に向かおうと急いでいた。知奈美が幸恵に早く出発するように促す。しかし、幸恵は不安な表情で首を横に振った。


「勇輝がまだ帰って来てない。私心配だから、パパと知奈美だけでも先に・・・」


「ダメだ、ここにずっといたら巻き込まれるに決まってる!だから早く逃げるんだ!!」


幸恵の夫である晃が妻を説得する。


「分かってるわ!でも、親として見捨てられない・・・」


「それは自分も同じだ!だけど、ここで待っていたって状況は悪くなる一方だ。仮に勇輝が家に帰って来たとしても、その時にはもう手遅れになるかもしれないんだ!」


幾ら説得してもダメだと思った晃は幸恵の腕を掴み、無理にでも連れて逃げようとする。しかし、幸恵は頑としてこの場を離れようとせず、ずっと嫌だ嫌だと首を横に振るばかりだ。

この間にも時間は刻一刻と進んでいる。このままでは自分達までもが逃げ遅れてしまう、何とかして妻の心を動かさなければ・・・。

そう思った瞬間、晃の脳裏に小さい少年が自分に向かってある言葉を発している情景が思い浮かんだ。言葉と情景、そしてその少年に確かな覚えがあった晃は、思い切ってその言葉を放った。


「ママ、『命てんでんこ』だ!!」


晃の声がリビング中に響き渡る。幸恵にも聞き覚えがあったのか、その言葉を聞いた瞬間にハッと息を呑んだ。


「・・・いつの時だったか、『学校の講演会で覚えてきた』って僕達に話していたの覚えているだろ?まさか、勇輝の口からそんな言葉が出てくるなんてあの時は驚いたよ・・・」


晃は少し昔を懐かしむと幸恵の腕を掴んでいた手を離し、今度は両肩を優しくながらもしっかりと掴み改めて説得する。


「こういう時はどう行動するのが一番なのか、勇輝も分かっている。だから、まずは僕達の命を守ろう。そうする方が、勇輝のためにもなるんだ!」


「で、でも・・・」


「・・・大丈夫。勇輝は普段はおっちょこちょいだけど、いざという時はしっかりしているだろ?それに・・・」


晃が一呼吸置き、そして自身に満ちた笑顔で語る。


「あの子は誰よりも・・・”強い”じゃないか!」







「・・・そうね。分かったわ、早く行きましょう!」


幸恵はコクッと頷くと急いで外に飛び出し、夫と娘と共に避難所へと向かった。







(・・・勇輝、どうか無事でいて!!)




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「・・・やった、のか?」


全力を出し切り、荒い呼吸を繰り返す4人の戦士達。不意に呟いたテセウスの視線の先は、タイタンズ4との激闘の末に巻き起こった埃と煙で遮られてよく見えない。しばらく続く不穏な沈黙に、戦士達は呼吸を整えながらも緊張を隠すことはできなかった。


「・・・ぐっ」


視界が徐々に晴れてきたと同時に、煙の向こう側にいたタイタンズ4の姿が露わになった。

戦士達の全力の一撃を受けて全身傷だらけになっている。辛うじて気絶までには至らなかったものの、体力の限界が来ているのか膝をつき俯いてばかりいる。


「・・・これで、終わりだと思うな・・・」


しかし、ディオーネだけは違った。

ディオーネは3人と同じく全身ボロボロだったが、よろめきながらも目の前をしっかりと見据えて立ち上がっている。戦士達に向けられたトパーズ色の眼差しだけは、戦う前と変わらず鋭かった。

傷だらけでもなお敵意を剥き出しにしているディオーネであったが・・・、


「・・・ディオーネ。もう無理だよ、戦えないよ。ミマスもエンケラドスも私も、みんなボロボロだよ・・・」


疲弊しすぐ側で尻餅をついているテティスに弱音を吐かれてしまう。テティスには絶望しか見えておらず、すっかり涙声になってしまっている。


「諦めてたまるか・・・。我々がやらなければ、魔王復活の希望は、誇り高きタイタン族の血は、永遠に潰えてしまう・・・」


「やだよ、ダメだよ。ディオーネ、あなただって分かっているでしょう?こんな状態じゃもうまともに戦えない。無理したら死ぬだけなんだよ?」


「・・・・・・」


「ディオーネと離れ離れになるなんて嫌、ずっと一緒にいたいの。だから、もう・・・」


テティスは一瞬言葉を詰まらせた。ただ『やめよう』と言いたいだけなのに・・・、その言葉を一族の誇りにかけて今まで頑張ってきた彼女に言うのが躊躇われたのだ。

言葉に悩むテティス。すると、少し黙っていたディオーネがこんな言葉を漏らす。


「・・・『ずっと一緒』、か。・・・フフッ、テティスは私にどこまでも添い遂げてくれるんだな」


テティスはディオーネに対する忠誠心、あるいは愛を確かめられているような気がして、すぐに言葉を返そうと顔を上げた。


「もちろんよ!!・・・えっ?」


その直後だった・・・。




「ギャアアアアアアアアアアッッッ!!!」




突然の眩い閃光と鋭い叫び声。一瞬何が起こったか理解できなかった一同であったが、次の瞬間目に映った光景に衝撃が走った。


「「・・・っ!?」」


一同の目の前には変わり果てたテティスの姿があった。

完全に気を失っているのか、双眸は見開かれたままピクリとも動かない。身体からはプスップスッと肉が焼け焦げたような臭いの黒煙が立ち上がっている。姿形はハッキリしているものの、とても凝視できるような状態ではなかった。

閃光、悲鳴、そして肉が焼ける異臭・・・、それはかつてケンタウロス族のネッソスがディオーネの雷撃を受けた末の光景と同じであった。戦士達は察した、テティスはネッソスと同じ運命を辿ってしまったことを・・・。


「テティス!?おい、しっかりしろよ!!おいっ!!」


戦慄の沈黙の中、最初に動いたのはミマスだった。ミマスは透かさずテティスの元へ駆け寄り倒れた身体を抱き起こすと、声を荒げながらその身体を揺する。しかし、テティスの身体はぐったりしておりミマスに揺さぶられるがまま。呼吸もしておらず、見開かれた瞳孔は如何なる感情も宿していない。


「・・・どういうことだ、ディオーネ。アンタ、一体何考えて・・・」


ミマスの表情が一層険しくなった。いくら呼びかけても反応しないテティスを抱えたまま、すぐ側で立ち尽くすディオーネを睨みつけた。ミマスに気付いていないのか、はたまたわざと無視しているのか、ディオーネはほくそ笑むだけでミマスの方を見る様子はない。

自分の問いに答えもせずただケラケラと低く笑ってばかりのディオーネに、ミマスは遂に業を煮やした。


「おい、いい加減にしろよ!コイツは、テティスは・・・、昔からアンタのこと大好きで、何があっても今まで一番にアンタに尽くしてきたんだぞ!!なのに・・・、何でこんな仕打ちができるんだよ!!!」


ミマスの渾身の怒号が響き渡った。その声は怒りの迫力に満ちつつも、隠しきれない悔しさのあまり所々震えてしまっている。

怒号の迫力に周囲は圧倒され、しばらくの沈黙が続いた。冷酷な存在と思っていたタイタン族にも『情』というものがある・・・、沈黙の中、戦士達はミマスの必死な表情を見て息を呑むと同時に、不意に心が締め付けられる感覚に陥った。

一方、沈黙に包まれたディオーネからは不気味な笑みは消えていたが、やはり何か語る様子はない。


「ディオーネ、笑ってねえで何か答えてみろよ!おい!!」


ミマスがさらにディオーネに迫ろうとした、その時だった・・・。


「・・・ははは。なるほど、そういうことか」




・・・ドスッ




ディオーネに詰め寄ろうとしたミマスの背後から、突然鋭い衝撃が走った。それと同時に、喉元に何か生温かいものが勢いよく込み上げてくる感覚がして、ミマスは耐えきれずそれを吐き出してしまう。


「ぐっ、はっ・・・。こ、これは・・・」


ミマスの足元には真っ赤な淀が生まれていた。間違いない、血だ。しかし、何故・・・?

そう思ったと同時にミマスの心臓部に激痛が走った。まさかと思い恐る恐る自身の胸元を見ると、そこには大量の鮮血と共にあるものが突き刺さっていた。その”あるもの”の正体を知ったミマスは、出血で意識が朦朧とする中で背後を振り返る。


「・・・・・・」


ミマスの背後にはエンケラドスの姿があった。

エンケラドスの右手からは荊が伸びており、その荊の途中からは赤い液体が伝い地面へと滴り落ちている。この荊こそがミマスの心臓部を貫いていたのだった。


「エ、エンケラ・・・ドス。ア、アンタも・・・”グル”だった、のか・・・?」


「勘違いするな。私は最も効率的な手段を選んだだけだ・・・」


そういうと、エンケラドスは淡々とミマスから荊を引き抜いた。”栓”が抜かれた勢いでミマスの心臓部からは鮮血が勢いよく噴き出し、その身体はうつ伏せの状態で力なく倒れ込んでしまった。

ミマスとテティスの無惨な姿を目の前にエンケラドスは無表情のままだったが、しばらくすると閉ざされていた唇が微かに動いていた。声にならないほどの小さな囁きで、何か語っているのかは誰にも分からない。そして何か語り終わると、エンケラドスは静かにディオーネの方を向いた。その手には、いつの間にか作り出されていた巨大な荊のトゲが握られている。


「・・・ディオーネ、あとは頼んだぞ」


そう言うと、エンケラドスはそのトゲで自身の首元を勢いよく切りつけた。トゲはエンケラドスの動脈を掻っ切り、傷口からは大量の鮮血が噴き出す。エンケラドスは何一つ叫ぶこともなく、ミマスと同様その場にドサッと倒れ込んだきり動かなくなってしまった。







「なっ、何で・・・。何で、仲間同士で・・・」


目の前で起こっている残酷な光景に、ペルセウスは思わず口元を押さえてしまう。ペルセウスだけではない、隣にいる他の戦士達も驚愕のあまり何も声に出すことができず、ただただ硬直してしまっている。

それに対し、ディオーネは仲間達の変わり果てた姿を目の前にしているにも関わらず、まるでそれが普通のことのように落ち着いている様子だった。いや、違う。ディオーネは笑っていた。まるでこの時を待ちわびていたと言わんばかりに・・・。

不気味に笑うディオーネがフッとこちらを向く。


「あまり”賭け”というものは好まないのだがな、もう後戻りはできない・・・」


何か覚悟を決めたかのように、ディオーネの鋭い双眸がカッと見開かれた。


「機は熟した!!これが最後の犠牲だ!!!」


ディオーネは両手を天に掲げ、まるで狂ったかのような笑い声を高らかに響かせた。


「破滅の魔王サターンよ、偉大なる我らが祖よ!!我らの魔力を糧とし、そして今こそその御身を現すのだ!!!」




ズゴゴゴゴゴゴゴッッッ・・・




その瞬間、ディオーネの足元から激しい渦と共に、紫がかった黒色の淀んだ沼のようなものが現れ始めた。渦と沼の禍々しいオーラ。それはディオーネを初め、先ほどまで戦っていたタイタン族から溢れ出ていたものと同じ・・・、いや、それよりも濃くて強大なものだった。


「フハハハ、アハハハハハハハハハハッ!!!」


狂ったように高笑うディオーネ。彼女の方を改めて見ると、彼女の足元が黒い沼にどんどん沈んでいるではないか。しかし、ディオーネはそこから這い上がろうともせず、沼へ飲み込まれていくままだ。

ディオーネだけではない。どんどんと大きくなる黒い沼は、地面へと倒れ込んでいるミマス、テティス、そしてエンケラドスも底へと引き摺り込んでいる。彼らはとっくに意識を失っている為、無抵抗のままその姿を黒い淀みへと隠してしまった。

明らかな異変と周囲を支配する重苦しい力に圧倒され戦士達はすぐに動くことができなかったが、こちらまで迫り来ようとする沼に脳内で警鐘が鳴り響く。


「マズい、このままじゃ私達も吸い込まれる・・・。みんな、ここは一旦・・・」


いち早く我に返ったアキレスがそう言った瞬間だった。




ドドドドドドドドドドッッッッッ!!!




「「うわあああああっっっ!?」」


ディオーネ達を飲み込んだ沼から、大きな揺れと共に突如としてどす黒いオーラが巨大な柱のように噴き上がった。そして、それと同時に黒い渦がまるで嵐のように激しくなり、戦士達は逃げるよりも先に遠くへと吹き飛ばされてしまった。








「!?うわっ、何だ!?」


大きな揺れはヘラクレスにもすぐに伝わった。かなりの揺れの大きさにヘラクレスは一瞬体勢を崩すが、何とか両足で踏ん張って持ち堪える。

しかし、感じた異変はそれだけではなかった。周囲の空間が、何か大きな力で歪み始めているような気がする。しかも、ヘラクレスはその力に何となく覚えがあった。

仲間達に任せる前、自分もタイタン族の4人と再度対面していたが、その時の彼らからはこの力と同じものを感じた。いや、もっと遡ればディオーネの胸元の装飾から発生したオーラと同じものだ。自分達戦士が持つ神聖な力とは相反する邪悪な力・・・。


(この強大で邪悪なオーラは・・・、まさか!?)


ヘラクレスの近くにいたミネルヴァも空間を歪める力の存在に気付いていた。力が発生している場所を察知したのか、ミネルヴァはその方向を見上げる。

すると、黒く光る巨大な柱が聳え立っているではないか。柱の鈍い光は、すっかり黒い雲に覆われ時間を感じさせない空を不気味に照らしている。


「・・・・・・・」


人形達も柱の存在に気づき、一斉に戦いをやめて柱の方向を見上げている。そして突然、黒い人形達は全員ヘラクレス達を無視して柱が発生している方向へと一斉に走り出した。ヘラクレスの周りだけではない、あちこちでオリュンポス軍と戦っていた人形達もだ。彼らは黒い柱に近づくと次々と光の中へと飛び込んでいき、まるで柱と一体になるようにその身体は吸収られてしまった。


(・・・あれは!?)


一体何が起こっているのか分からず、ただ呆然と人形達を視線で追っていたヘラクレスはふと黒い柱を見た。すると、その根元から何かが這い上がっているのが見えた。五本の小さな柱と、その下には大きな柱が続いている。あれは・・・、腕?じゃあ、今出てきているのは・・・這い上がってくる謎の物体は、まるで人間のような姿をしている。しかし、この『人間のような姿』というのはすぐに否定されることとなる。

現れたのは黒い『巨人』だった。先程まで戦っていた黒い人形達と同じような見た目だが、大きさが桁違いだ。高層ビルの何倍も大きいその身体は、黒い空をさらに闇で覆ってしまうのではないかと思われるほどだ。

そして、顔の額部分には見たことのあるものがあった。タイタン族の4人が身につけていた、あの金色の菱形の装飾だった。


「・・・あれって・・・、まさか・・・!?」


突如現れた巨人の正体に気付いたヘラクレスは、まるで恐怖のどん底に突き落とされたような絶望的な表情になった。


「・・・そうだ、遂に復活してしまった」


現れた巨人を見つめながら、ミネルヴァは静かに呟いた。







「あれが、魔王サターンだ」




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サターンの復活はアテナにもすぐに伝わり、オリュンポスの司令部の間にも底知れぬ緊張が走っていた。


「サターンは現在、奈落の底から這い上がっている途中の模様。地上界を巡るエネルギーも著しく乱れ始め、各地で異常事態が起こっています!」


アテナの横で地上界の様子を監視していた軍の司令官の一人が慌てて報告する。

監視用の巨大な鏡越しに見た地上界の様子は悲惨なものだった。ただ姿を現しただけだというのに、サターンの負の力は地上のエネルギーの暴走を引き起こしていたのだ。その影響は神山地区や日本に止まらず、世界各地で地震や津波、噴火、大寒波、そして異常気象となって現れていた。


「サターンが暴走すれば地上の生命は疎か、この世界は壊滅してしまう。サターンの動きを封じろ、何としてでも進行を食い止めるのだ!!!」


アテナはテレパシーを通じて地上界にいるオリュンポス軍に指令を出す。軍の兵士達は指令通りサターンの動きを封じようと次々とサターンへ向けて攻撃を放った。

その様子は散り散りに吹き飛ばされた戦士達の目にも入っていた。戦士達も各々立ち上がり攻撃を放とうと身構えた。お互い離れてはいたものの、全員が「サターンを止めないと世界は終わってしまう」という危機感に駆られていたのだ。


「クリムゾンボンバーッ!!!」


「ペルセウスウェーブッ!!!」


「オデュッセウスサイクロンッ!!!」


「ソニックサンダーッ!!!」


自分に残っているありったけの力を使って戦士達は同時に攻撃を放つ。

しかし、戦士達と兵士達による攻撃の嵐は全てサターンの身体に吸収されてしまう。痛みどころか痒みさえ感じていないのか、攻撃を受けている箇所に視線を向ける様子はない。

皆は全力の攻撃でもまるで歯が立たないことに驚きと恐怖を覚える。そして、次の瞬間・・・、


「「うわああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」」


空から攻撃していた兵士達がサターンの腕の一振りで次々となぎ倒された。横殴りの形で強い衝撃を喰らった兵士達は意識を失い、まるで雨のようにそのまま地面へと急降下していく。

地上にいた戦士達と兵士達は今攻撃をしていても無駄だと分かるとさっさと攻撃を止め、空から降ってくる兵士達を受け止めようとした。

しかしその瞬間、サターンが地面に向かっていきなり拳を突き立て、先程とは比べ物にならない大きな揺れが起こった。地上の者達は地面からの強い力で押し飛ばされ宙を舞う。何とかして受け身をとったものの、迫り来る地割れや瓦礫の嵐を目の当たりに急いでその場を離れた。







「魔王サターン、まさかここまでの強さとは・・・」


アテナは地上界の様子を信じられないとばかりに凝視していた。数多の戦いを勝利に導いた女神とその軍隊でさえもサターンの前ではまるで通用しないことを痛感し、アテナはあくまで冷静であろうと思っても心の底から湧き上がる焦りは隠せきれなかった。

すると、アテナが見ていた地上界を映す鏡にゼウスの顔が映った。ゼウスも事の重大さを察知し普段の優しい顔が険しいものになっていた。


「アテナ、ここはワシがやる。軍と戦士達をサターンから離れさせろ!!」


ゼウスからの命令にアテナは驚いた。それは普段は進攻・撤退を含めた軍の指揮は全てアテナと軍の司令官達が行っており、ゼウスが直接口出しすることは滅多になかったからだ。しかし、自分を見つめる深刻な表情と『ワシがやる』という言葉に、アテナはゼウスの意図を汲み取り戸惑いを見せた。


「父上。まさか、”アレ”を使うのですか!?」


「・・・かつてヤツと戦った時も”コレ”のおかげで勝ったと言っても過言ではない。もはや、使う以外に危機を打開する方法はないのだ・・・」


「しかし、それでは戦っている者達は疎か、地上界の土地自体もタダでは済みませぬ!”ソレ”を使うくらいなら私が地上界に行きます!!軍の者達よりもパワーはありますし、アイギスを使えば足止めだって・・・」


「アテナ、其方が一人が加勢したところで太刀打ちできる相手ではない!この状況を見て自分でも分かっているであろう!!」


「・・・・・・」


アテナはゼウスからの指摘にぐうの音も出なかった。

アテナは戦いの女神、オリュンポス軍の統帥するに相応しい知性と武力を兼ね備えているのは確かだ。しかし、彼女自身がサターンと互角に渡り合えるかと言われたら・・・、答えは否だ。知略も通用しないサターンには、アテナの武力でさえも傷という傷を負わせることができないことは目に見えていた。


「・・・サターンを止めるにはそれしかない、分かってくれ」


「・・・分かりました」


アテナはゼウスの説得に応じ、テレパシーを使って地上界の者達にこう告げる。


「全員に告ぐ。サターンからできる限り離れよ、急げ!!!」







アテナからの命令が下った。女神の命令には逆らえない、兵士達は次々とサターンから距離を取るようにその場から離れ始める。何人かの兵士達は倒れた仲間達を担ぎながら移動しており、なるべくサターンの目に止まらぬようにビルや瓦礫の山に身を潜めながら撤退している。

ヘラクレスとミネルヴァの周囲でも、兵士達がある一定の方向へと流れていた。サターンの恐ろしさにただただ呆然と立ち尽くしていたヘラクレスも、命令通り避難しなければと思った。


「ミネルヴァ様、早く逃げないと・・・」


ヘラクレスはミネルヴァと一緒に逃げようと彼女の方へと振り返った。しかし、彼女はイエスとは言わず黙りこくっている。それどころか、何かを察知してずっとサターンがいる方向を見ているような気もする。

いつまでもこちらに反応しないミネルヴァを心配し、ヘラクレスは背後からミネルヴァの肩に手を乗せた。すると、ミネルヴァはやっとこちらに気づいたのかヘラクレスの方を振り返った。ヘラクレスは安心したが、次の瞬間ミネルヴァから予想だにしない言葉が出た。


「・・・私にはまだやることがある。ヘラクレス、私に構わず早く逃げるんだ!」


・・・私に構わず逃げろ、だって!?ヘラクレスはミネルヴァの口から出てきた言葉が信じられなかった。


「なっ、何を言ってるんですか!?ミネルヴァ様も逃げないと・・・」


まさか、自分一人でサターンに立ち向かう気でいるのかと思い、ヘラクレスは慌ててミネルヴァ を止めようとする。しかし、ミネルヴァの目的はヘラクレスの予想とは違うものだった。


「タイタン族と戦っていた戦士達が心配なんだ。もしかしたら、あそこの近くで倒れているかもしれない・・・」


その言葉を聞いてヘラクレスは思わずハッと息を呑んだ。

確かに、サターンが現れたあの辺りは戦士達とタイタン族の戦いが起こっていた場所だ。ということは、戦士達はまだその付近にいるはず。ならば、サターンの攻撃に巻き込まれていてもおかしくないことはヘラクレスにも容易に分かった。

しかし、ミネルヴァまでもが危険に巻き込まれてはならないとヘラクレスは彼女を引き止めようとする。


「テセウス達は強いし、それに命令も伝わってみんなと避難しているはず。きっと大丈夫ですよ・・・、きっと・・・」


『みんな大丈夫』、それは何の根拠もないただの”願望”だった。ある程度距離が離れている自分達の所までサターンの魔力と攻撃による凄まじい衝撃が伝わってきたと言うのに、あんなに近い場所にいたら大怪我どころでは済まないことぐらい目に見えている。『大丈夫』という言葉の意味とは裏腹に、心の中で繰り返すうちにヘラクレスの不安は募るばかりだった。

普通こんな状況なら、ミネルヴァを引っ張ってでも一緒に逃げるのが正解なのかもしれない。しかし、仲間達が怪我をして動けなくなっていると分かっているし、何よりミネルヴァだけが助けに行って自分だけが逃げるということなどとてもできない。ヘラクレスの優しく、そして他人を放っておけない性格が行動に待ったをかけていたのだった。


(俺も一緒にみんなを助けに行くか、無理にでもミネルヴァ様を連れて行くか、それともいっそのこと俺が代わりに・・・)


「・・・ヘラクレス」


ふと、葛藤するヘラクレスにミネルヴァから声がかけられた。ヘラクレスが顔を上げると、ミネルヴァが正面からヘラクレスを見据えフッと笑みを浮かべた。


「其方の心の内は分かっている。私のことまでも心配してくれているのは嬉しい。だけど、私は行かなければならない、これが私の『使命』だからだ。そして、其方の『使命』は私を守ることじゃない、”この世界を脅威から守り、世界を救うこと”だ・・・」


「・・・ミネルヴァ様」


「”戦士達を、世界を救う”希望”を支え守ること”・・・。私は己の使命を全うする!!」


「ミネルヴァ様!!」


ミネルヴァは制止するヘラクレスに構わず、先程まで見ていた方角へと向かって走っていってしまった。




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ミネルヴァの悪い予感は的中しており、テセウス、ペルセウス、オデュッセウス、そしてアキレスの4人はその場に倒れ込み満足に身動きが取れずにいた。タイタン族との戦いで受けた傷に加え、サターンの魔力や衝撃波が身体に響き、4人は意識を保つのが精一杯であった。

4人は空から落下してきた兵士達を抱き抱えている。4人とは違い兵士達には意識がない。戦士達は、自分達もこのままこうなってしまうのではと感じずにはいられなかった。

と、その時、戦士達の近くに別の兵士達が10人程現れた。比較的怪我が少ない彼らは、負傷者を救出しようとやって来たのだった。


「テセウス、ペルセウス、オデュッセウス、アキレスと軍兵4名を発見!これより救出に移る!」


助けが来た・・・。意識のあった戦士達はほっとした。救助隊が近くまで来ると、自分達はまだ大丈夫だとまずは意識のない兵士達から先に避難してもらった。兵士達が担がれて行くのを見送ると、救助隊は次に戦士達に手を差し伸べる。怪我の状態や痛みの走る場所を聞かれそれに受け答えすると、戦士達は各々救助者の肩に腕を回され、支えのおかげで何とか立ち上がる。

さあ、避難しよう。救助隊が飛び上がろうとしたその時だった。


「マズい、サターンがこちらに感づいた!!」


救助隊の兵士の一人が叫んだ。その言葉に驚いて全員が後ろを振り返ると、サターンはしっかりとこちらに視線を向けていた。そして、救助隊を捕まえようとサターンの巨大な手がこちらに迫っていたのだ。

救助隊は焦ってスピードを上げようとした。しかし、それを凌駕するスピードでサターンの黒い腕が救助隊に向かって段々と近づいてくる。もうダメか・・・?そう思われたその時だった。


「ヘヴンズバリアッ!!!」


聞き覚えのある女性の声と共に、サターンの手と救助隊の間に白いバリアが張られた。声の主はミネルヴァだった。ミネルヴァは自身の魔法杖で巨大なバリアを張り、サターンから皆を守ろうとしていたのだ。


「ここは私が時間を稼ぎます。あなた方は戦士達を頼みます!!」


バリアを張っているミネルヴァが振り返って叫んだ。

戦士達は戸惑いを見せた。サターンの攻撃をたった一人で止めることなんて不可能だ。ここでミネルヴァを一人にしては、彼女に最悪の事態が降りかかってくるに違いない。しかし、自分達も今は限界で助けようにもどうしようもない。戦士達はこの状況に何も言うことができなかった。

救助隊も同じ考えだった。しかし、彼らはミネルヴァの真剣な表情を見て、彼女の意思を無駄にしてはいけないと感じた。


「「了解!!」」


止むを得ないと判断した救助隊は声を合わせてミネルヴァに応えると、戦士達を担ぎ直し急いでその場から離れた。


「「ミネルヴァ様!!!」」


戦士達はミネルヴァの名を叫んだが、救助隊に担がれた彼らは彼女の姿が遠くなっていくのを見守ることしかできなかった。







ヘラクレスは相変わらずその場に立ち尽くしたままだった。改めて周囲を見てみると、やはり軍兵達は次々とサターンのいる場所から離れている。

サターンがまたいつ攻撃してくるか分からない。ヘラクレスは自分も急がねばと勢いよく走り出した。







(・・・すみません。やっぱり、あなたのこと見捨てられませんよ・・・)




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救助隊が離れてからもミネルヴァはバリアを張り続けていた。突然の妨害が入ってしまったが、その程度のことでサターンは怯むはずもなくバリアを破壊しようと手で握り潰すように襲いかかる。


(ぐっ・・・、身体が持たない。これでは意識を失うのも時間の問題か・・・)


ミネルヴァの身体には、強力なバリアを維持することによる多大な負荷が伸し掛かっていた。それでも、ミネルヴァは体力の限界に負けじと必死に抵抗する。しかし、巨大なサターンの握力をいつまでも受け止めることができるはずもなく、次第にバリアはメキメキと音を立てながらひび割れてしまう。そして・・・、




バリーンッッッ・・・




遂にミネルヴァのバリアは粉々に砕け散ってしまった。


「ぐわあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」


バリアを破壊された衝撃でミネルヴァは吹き飛ばされ、手に持っていた魔法杖を手放してしまった。ミネルヴァは地面に身体を叩きつけられると、魔法の負荷もありその場で身を竦めてしまう。彼女にはもう戦う力は残っていなかったが、抵抗する意地だけでも見せようと少し離れた場所に落ちた魔法杖に向かって腕を伸ばした。しかし、その腕は離れた杖に届くはずもなくそのまま地面に力なく落ちてしまう。


(私もこれで最後、か・・・)


その時だった・・・。


「ミネルヴァ様!!!」


ふと自分の名が呼ばれたような気がして、ミネルヴァは朧げな意識の中で声がした方向へと顔を上げる。そこには白いマントを翻した一人の少年が、サターンに対峙するように立っていた。その人間の正体に気づいたミネルヴァは、底を突きそうな体力を使って声を絞り出した。


「ヘラクレスッ・・・。何をやっている、早く、逃げないか・・・」


「・・・・・・」


ヘラクレスは一瞬ミネルヴァの方を見たが何も言うことはなく、再びサターンの方へと向いた。サターンは突然目の前に現れたヘラクレスを観察しているのか、何もすることなくまじまじと様子を見ている。ヘラクレスはサターンと目を合わせながら思考を巡らせていた。

ヘラクレスの目的はミネルヴァを助ること。でも、どうする?観察しているこの瞬間に逃げても絶対に追いつかれてしまう。どうにかして意識を自分達から逸らせる必要がある。


(ハーキュリーズバスターの威力なら、一瞬の怯みくらいは作れるかもしれない。その隙にミネルヴァ様を救出できれば・・・)


もうそれしか方法がない。ヘラクレスは覚悟を決め、必殺技を放とうと剣を掲げ高らかに声を上げた。


「ハーキュリーズソードよ、俺に力を!!」


ヘラクレスの声に応じるように白い光が剣の刃に纏い始めた。幸いにもサターンは何が起こるのかとばかりにまだこちらの様子を伺っているだけだ。これならいける・・・、そう思った時だった。




シュン・・・




「光が集まらない!?なっ、何で・・・!?」


いつもならヘラクレスの掛け声と共に無数の白い光を帯び始める剣。しかし、今回は違かった。最初こそ光は集まってきていたもののその数は段々と減っていき、次第に剣に帯びていた光でさえもその輝きを弱め遂には跡形もなく消えてしまったのだった。

予想外の出来事に、訳もわからずただ呆然と光を失った剣を見るヘラクレス。しかし・・・、


(まさか、あの時に・・・!?)


朦朧とする意識の中のミネルヴァには、ある心当たりがあった。

剣から放たれる必殺技「ハーキュリーズバスター」は光となって現れた”勇気の力”を糧としている。いわゆるエネルギーが必要である以上、その力が足りなくなれば技を放つことはできないし、たとえ放つことができたとしてもその威力は微々たるものとなる。そして、ヘラクレスは戦いの最中、剣に集まった強大な勇気の力をタイタン族と戦う戦士達に分け与えていた・・・。


(あの時に、力を、使い果たしてしまったのか・・・)


もう意識すら保てなくなったミネルヴァは、答えに辿り着いたのを最後にガクッと頭を突っ伏しそのまま動かなくなってしまった。


「ミネルヴァ様!・・・っ!?」


ミネルヴァが意識を手放したことに気づき、ヘラクレスは彼女の元へ歩み寄ろうとサターンに背を向けた、その時・・・。




ガッ・・・




突然、ヘラクレスの視界が暗転すると共に身体中に締め付けられるような激しい痛みが走った。今まで感じたこともないような圧迫感に、ヘラクレスは気を失いそうになる。


(くそっ、何も見えない上に動けない・・・。ミネルヴァ様はどこに・・・?)


ヘラクレスは謎の痛みと圧迫感に自分までもが意識を失いそうになる。痛い、苦しい・・・、でもミネルヴァ様を助けなきゃ・・・。そう思いヘラクレスは必死に踠こうとした。しかし、金縛りに遭ったかのように身体はびくともしない。

やがて、ヘラクレスの身体は限界を迎えた。瞼を閉じようとするヘラクレスの頬には、一粒の涙が零れた。


(ミネルヴァ ・・・様・・・)


ヘラクレスは心の中でミネルヴァの名を呼びながら、闇に包まれたまま意識を手放した。







「ミネルヴァ様、ヘラクレス!!」


救助隊に救出され遠くからサターンの様子を見ていた戦士達は、今自分達の目の前に映る光景を驚愕の目で見ていた。ヘラクレスとミネルヴァがサターンの手に捕われてしまったのだ。

仲間の最大のピンチを目の当たりにしている戦士達とオリュンポス軍の兵士であったが、サターンの脅威を前に一人として動けるものはおらず、ただただ悲惨な光景を見届けることしかできなかった。

ヘラクレス達を掴んだ後、その拳をじーっと見つめているだけのサターンであったが、すると突然何か思いついたように顔を上げる。サターンは天を仰ぐかのように見上げると、その顔の丁度口元に当たる部分へと拳を運んでいく。


「っ・・・、やめろ・・・。お願いだ、それだけは・・・」


その光景を凝視しながら、テセウスは恐怖と絶望に声を震わせ叶いもしない懇願を漏らす。その場にいた他の者達もサターンが今やろうとしていることに心が耐えきれず、そのほとんどが目を逸らしてしまう。

サターンの口がゆっくりと開く。そして、次の瞬間・・・、







「うわあああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」







サターンは、ヘラクレスとミネルヴァを飲み込んでしまった。




To be continued…










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