Act.1-11 激突~Titans~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-11 激突~Titans~

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漆黒の闇が淀む巨大な穴。底が見えずどのくらい深いのかも誰も分からないその先は『奈落』へと繋がっている。そして、その奈落の奥底に、世界を破滅へと導かんとする魔王『サターン』が封印されているのだ・・・。




「・・・・・・」


黒く染まった巨大な穴を覗き込む者が一人いる、ディオーネだ。彼女は穴の縁で立ち膝をした状態だったが、少し滑っただけで誤って穴に落ちる危険性があるほど頭はのめり込んでいた。


「おいおい。ディオーネの奴、ここ最近ずっとあんな調子だぜ。大丈夫なのか?」


「大丈夫なのかどうかは分からんが、あんなに奈落の底を見つめ続けているのは初めてだな。まるで、何かに取り憑かれているかのようだ・・・」


ディオーネの異様な姿を遠くから見ていたミマスとエンケラドスは、彼女に聞こえぬようヒソヒソと話し合っていた。

ディオーネは戦士達との戦いから撤退してからというもの、一族の者と会話することはおろか、まともに食事や睡眠もせずにただひたすら穴を覗き込んでいた。目はいつもの鋭さを失って虚ろになり顔も少し窶れいるようにも見えたが、それでも口元は笑っているという何とも不気味な表情をしていたのだった。


(ディオーネ、どうしちゃったの・・・)


ミマスの隣にはテティスがいた。テティスは他の二人が囁いている中でもただ一人黙っていたが、ディオーネを心配する気持ちはその二人よりもずっと大きかった。実際、ディオーネと一番親しいのはテティスであるのだから。

ミマス達の会話も止まりしばらくの沈黙が続いたが、ふとミマスが何か思いついたように顔を上げると隣にいたテティスにこう言った。


「おい、テティス。お前、ディオーネに何か話しかけて来いよ」


「えっ!?ちょっと、何で私が・・・」


突然名前を呼ばれると同時に思いがけないことを言われてテティスは困惑する。


「お前、普段からアイツとイチャイチャしてんだろ?・・・ほら、行けって」


ミマスに背中を押され半ば強制的にディオーネに話しかける役を買うことになったテティスは、何を考えているのか分からないディオーネの機嫌を損ねないように恐る恐る近づいた。


「ね、ねえ。ディオーネ、ずっと奈落の底ばかり見てても疲れるんじゃない?ちょっとは休んだらどう?」


テティスは気まずそうに背後からディオーネに話しかける。しかし、ディオーネは聞こえていないのか単に無視しているのか、返事どころかテティスの方へ振り向きもしない。


(・・・ディオーネ)


無反応のディオーネを前に、改めてテティスは心配になった。もしかしたら、ディオーネはいよいよ精神的に追い詰められているのではないか、と。

ディオーネはタイタン族の長、つまりはサターンの子孫である一族をまとめ率いて、世界の破滅、そして先祖の復活の任務を遂行する使命を背負っている。その責任感故か、ディオーネは普段から冷静沈着であり、あまり他人に慣れ親しむこともせず、まして頼ったり甘えたりすることもなかった。

それ故に、ディオーネがテティスを可愛がり仲睦まじい関係を築いていることは周囲から見れば信じられないことだった。恐らく、タイタン族の幹部で唯一同じ性別の彼女を『可愛い後輩』と思って可愛がっているのであろうが、ここ最近はテティスにさえ構わずただずっと暗い奈落の底を見つめてばかりだった。きっと、ディオーネは自分を構う余裕さえ無いくらいに焦燥に駆られているのだ・・・、テティスはそう直感した。


「・・・確かに、戦士共の邪魔が入ってサターン様の復活まで時間がなくなってきてるから、あなたが焦る気持ちも分かる。でも・・・」


「・・・そう、時間がない。だが、あのお方は我々に『力』をお与えになった」


今まで一言も喋らなかったディオーネが口を開いた。


「えっ?・・・!?、何、!!!」


すると突然、暗黒に染まった巨大な穴から禍々しいオーラが勢いよく噴き上がった。それは、一族の幹部であるテティスですら感じたことのないほどの強大な魔力を帯びていた。

襲いかかってくる・・・。そう感じたテティスだったが咄嗟に逃げることもできず、その場で目を瞑って硬直した。しかし、そのオーラはテティスの予想に反し、テティスの腰元の装飾に吸収されていく。ディオーネの胸元にあるものと同じ、鈍い光を放つ、菱形の金の装飾だ。


(あ・・・。何、これ?危険な香りがするのに・・・、すごく、気持ちいい・・・)


テティスの表情が次第に蕩け始める。まるでオーラが持つ邪気の虜になったかのように・・・。




「うわっ!?何だコイツは!?」


噴き上がったオーラが向かったのはテティスだけではなかった。

遠くからテティス達の様子を伺っていたミマスとエンケラドスのもとにもあの禍々しいオーラが迫ってきたのだった。二人は一瞬怯んだが、そのオーラが自分達が身につけている菱形の装飾にどんどん吸収されているのが分かると、まじまじとその光景を見つめていた。ミマスの装飾は腹部の防具、エンケラドスのものは胸元にあるネックレスにそれぞれ施されている。


「・・・不思議だ。私の身体の中で、力が湧き上がってくる感覚がするのだ。ものすごく強大で、それでいて懐かしい・・・」


不意にエンケラドスがそう呟いた。すると、その言葉を待っていたかのようにディオーネは上機嫌で語り始める。


「そう、それは紛れもなく我々がサターン様の血を受け継いでいるからだ。あのお方の魔力は、子孫である我々の力を最大限に引き出す。そして、この力を与えられし意味・・・、其方達には分かるであろう?」


ディオーネの言葉に、ミマスもテティスも、そしてエンケラドスも深く頷く。4人は今まさに、自分達が正真正銘魔王サターンの子孫であること、そして自分達タイタン族の誇りと命運をかける時が来ていることを身を持って感じていたのだ。


「さあ、決戦の時だ!!タイタン族の名にかけて、我々の魔力をオリュンポスの神々に、そしてあの戦士共に見せつけてやろうぞ!!!」






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「・・・・・・」


ヘラクレスが次に目を覚ました時には、もう目の前に先代の姿はなかった。先ほどまでの星空が広がる幻想的な空間もいつの間にか消えており、目の前には見覚えのある大きな部屋が広がっていた。試練の前までいた、殿堂の鏡の部屋だ。


「アテナ様、戦士達5人全員帰還したようです」


「やったあ〜!!みんな試練を乗り越えたんだ〜!!」


意識が朧げなヘラクレスであったが、ミネルヴァと妖精達の声が聞こえて我に返った。


(・・・俺達全員、試練を乗り越えたのか)


ヘラクレスは安心したと同時に脱力し、へなへなとその場に座り込んだ。しかし、他の戦士のことが気になりすぐさま自分の両側を見た。テセウス、ペルセウス、オデュッセウス、そしてアキレスの全員が、鏡に吸い込まれる前と同じ並びでその場に座っていた。


「みんな!よかった、無事で・・・」


ヘラクレスは感極まって思わず満面の笑みが溢れた。

激闘の末の再会。皆と離れていた時間はそこまで長くはなかったはずだったが、何故だかずっと会っていない人物と久しぶりに顔を合わせているような感覚になっていたのだ。


「ああ。でもまさか、先代と戦うことが試練だったとは予想外だったぜ・・・」


「先代はなかなか手強かったけど、自分に足りないところとか・・・いろいろと発見があったし、何より古代戦士の武器を使えるようになったのはいい進歩だね・・・」


テセウスとアキレスは少しの疲労を見せながらも微笑んでそう語った。すると、二人の話を聞いていたペルセウスが照れ臭そうな表情で訥々と語り始めた。


「・・・実は私、最初先代の戦士さんに押されてばかりで、しかも自分の技も完全に見切られてしまって諦めそうになったんです。でも、『こんなところで負けてられない!』って思ったら何だか力が湧いてきたんです!」


「僕も同じだったよ。それに、不思議とみんなが側で一緒に戦っている気がしてものすごく勇気づけられた。そして、それで分かったんだ。どんなに離れていても僕達は『世界を守るためにもっと強くなりたい』っていう思いで繋がっているんだって・・・」


オデュッセウスの言葉に他の4人全員が頷いた。それは、皆の強い思いが共有され、そしてそれが自分達を勇気づけていたという紛れもない証だった。




「其方達の戦いぶり、確と見させてもらったぞ。流石はストーンに選ばれし戦士達と言ったところか・・・」


皆が先代との戦いについて思い思いに語っていると、不意に聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。戦士達が声の方へ視線を向けると、そこには白髪で長い髭を蓄えた男性が立っていた。

その男性はしわがあり少し年老いたような面立ちだったが、それとは対照的に衣装から垣間見える肉体は普通の若者よりもずっと逞しい。それに、人間味溢れる穏やかな表情とは裏腹にその男性には空間一帯を支配するかのような迫力があった。女神アテナと同じ、いやそれ以上かもしれない・・・。


「・・・あなたは?」


その男性は気づけばヘラクレス達の側まで歩いてきていた。不意にそう呟いたヘラクレスを見ると、男性は優しく微笑みながらその名を語る。


「ワシか?ワシは『ゼウス』という者だよ。其方達とは『初めまして』だな・・・」


(・・・・・・ゼウス!?)


その男性の正体を知ったと同時に、戦士達は全身から一気に血の気が引いていくのが分かった。


「「おっ、お初にお目に掛かります!!!」」


今まで鏡の前に座っていた戦士達だったが、いつの間にか全員ゼウスの目の前で立ち膝をし頭を深々と下げていた。床を向いた顔には冷や汗がダラダラと滝のように流れ、目は恐怖のあまりカッと見開かれている。

目の前に現れた男性は、オリュンポスの神々のリーダーでありまた女神アテナの父親でもある神『ゼウス』であった。その名に覚えがあった戦士達は、ゼウスへの敬意よりも機嫌を損ねたらマズいという恐怖で咄嗟に先程のような行動を取ったのだった。

ゼウスは目の前の戦士達の緊張っぷりをしばらくジーッと見つめると、突然大きな笑い声を周囲に響かせた。


「ハッハッハッ!!そんなに緊張しなくて良いぞ、顔を上げなさい」


迫力がありながらもどこか穏やかなその声に促され、戦士達は恐る恐る顔を上げる。すると、ゼウスは優しい表情を崩さず戦士達に語り始める。


「其方達を含め歴代の戦士達は皆地上界に暮らす普通の人間、しかも戦も知らぬ若者だ。ヒーローストーンは、眠りながらもその身に古代戦士の力を受け継いだ若者と共鳴し、そして世界を平和を守る『戦士』へと覚醒させる・・・」


笑顔を保っていたゼウスの表情が少し曇り始める。


「平穏な時を過ごしていた其方達をこのような戦いに巻き込んだことは、ある意味其方達の人生を狂わせてしまったかもしれない。しかし、それでも覚醒した戦士達は皆大切なものを、世界を守りたいという思いでその運命を受け入れ、我々と共に戦い、そして使命を全うしてくれた。その強い思いは、試練を乗り越えた其方達とて例外ではない。だから・・・」


ゼウスは戦士達と顔をしっかり合わせた。そして・・・、


「ソルジャーヘラクレス、テセウス、ペルセウス、オデュッセウス、そしてアキレス・・・、ここで改めて言わせてもらおう。其方達のその思いと力を、どうかワシらに貸して欲しい。其方達は、世界を救う『希望』なのだ・・・」


戦士達はハッと息を飲んだ。まさか、自分達人間よりもずっと偉大な存在であるゼウスから直々に、しかも真摯な態度で協力を頼み込むとは思わなかったのだ。

ゼウスの言葉を聞いて、戦士達は自分達が覚醒してからの生活を思い返した。確かに戦士としての正体を隠しているために、理不尽に叱られたり生活に支障が出たりすることが多くなった。しかし、今まで過ごしていた平和な日常の裏に潜む『脅威』の存在を知ったことで、戦士達は今まで以上に家族や友人、そして自分達を支えてくれる人々を意識し始め、そしてその人達や皆が暮らす世界を守りたいという気持ちが芽生えていたのだった。

そんな戦士達の決意は固かった。


「「・・・はいっ!!!」」


戦士達は呼吸を合わせ、力強くゼウスに応えた。




(・・・戦士達は、また一歩成長したのだな・・・)


ゼウスと戦士達のやり取りを感慨深く静観していたアテナ達であったが、部屋の扉が勢いよく開く音がその静寂を破った。開かれた扉の前には、アテナと同じく武装した女性が息を荒くして立っていた。


「アテナ様、大変です!!ディオーネ率いるタイタン族が、地上界に現れました!!!」


「・・・何だと!?」


急な報告に驚くアテナに畳み掛けるように、女性はさらに報告を続ける。


「はいっ!しかも、かなりの大軍の模様。恐らく、総力戦を仕掛けてきたと思われます!!」


「くっ、まさかこんなに早く決戦の時が訪れるとは・・・。オリュンポス軍の皆に伝えよ、大至急戦闘準備にかかれ、何としてでも奴らを食い止めるぞ!!!」


「はっ!!!」


アテナの指示を受けた女性は敬礼をすると、すぐさま方向転換して部屋を出て行ってしまった。

走り去る女性の後ろ姿を見届けると、アテナの視線は父親であるゼウスへと向けられていた。


「父上、我々も・・・」


アテナが何か言いかけると、ゼウスはアテナが言おうとしていることが分かっているのかその途中でコクッと頷いた。


「うむ、ワシも定位置に着くことにしよう。それじゃあ、先に失礼するぞ」


そう言うや否や、ゼウスは自身の足元に光る魔法陣を形成し、その光に包まれる形でその姿を消してしまった。恐らく、ゼウスは自分の立ち位置へとワープしたのだろう。

ゼウスが去ると、アテナも同様に足元に魔法陣を形成した。そして、魔法陣から光が徐々に放たれてくるタイミングで、アテナはチラッとミネルヴァの方を向いた。


「ミネルヴァ、私は本軍の指揮を取る。其方は、引き続き戦士達のサポートに回ってくれ。・・・頼んだぞ」


「・・・はいっ、お任せあれ!!」


ミネルヴァの力強い返事にアテナはフッと笑みを浮かべ、そのまま光と共にその場から姿を消した。

アテナを見送ったミネルヴァは戦士達の方へ振り向いた。戦士達はたった今試練を終えたばかり。ミネルヴァは戦士達の体力を心配したが、決戦の時が来た以上今すぐに出動しなければならない。


「其方達・・・、やれるか?」


ミネルヴァは厳しい表情で問う。

戦士達はミネルヴァの心配を汲み取った。しかし、神々もオリュンポス軍も既に戦闘準備に入っている状況で、いくら疲労していても戦士達だけ休んでいる場合ではない。

ヘラクレスは戦士達を代表して答えた。


「もちろんです!!早く地上界へ行きましょう!!!」


ヘラクレスの強い言葉に、ミネルヴァの表情がぱあっと晴れた。


「よし、では私に続け!!!」


戦士達とミネルヴァは一斉に鏡の部屋を飛び出し、タイタン族が迫る地上界へと向かった。




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「・・・何だよ、これ。本当に、神山地区・・・なのか?」

地上界では既にタイタン族による襲撃が開始されており、ヘラクレス達が普段生活している神山地区も既に戦場と化していた。建物は崩壊して土煙が上がり、ありとあらゆる場所で逃げ惑う人々の悲鳴が響く。

信じられない光景に言葉も出ず呆然としていた戦士達だったが、その沈黙の中ペルセウスが何かに気づき指を差しながら声を上げた。


「な、何なんですかあの敵・・・。あんなの、今まで見たことないです!」


ペルセウスが示した方向を見ると、そこには全身が紫掛かった黒色で覆われた得体の知れない敵が、しかも至る所に大量にいた。姿形は裸体の人間そのものだったが、彼らには表情というものが全くといっていいほどない。まるで、自らの意思を持たない”操り人形”のように淡々と地上界を襲っていたのだった。


「奴らから出ている邪気・・・、以前ディオーネから感じ取ったものと同じだ。恐らく、奴らはサターンの魔力で形作られた”人形”なのだろう・・・」


ミネルヴァが敵を見つめながらそう呟いた。戦士達も意識を集中させると、確かに黒い人形達からはディオーネが放ったものと同じ禍々しいオーラが感じ取れた。

大量にいるサターンの手先、早く倒さなければ被害は拡大してしまう・・・。


「よしっ!そうとなれば、みんなで手分けしてアイツらを倒そう!!」


ヘラクレスがそう叫び、早速敵を倒しに行こうと構えた。

・・・その時だった。


「おっと、アンタらには俺達の相手をしてもらおうか」


突然ある声が聞こえたと共に、ヘラクレス達に複数の炎の球が襲いかかってきた。


「「!!!」」


ヘラクレス達は間一髪のところで全ての炎球を躱した。躱された炎球は勢いよく地面で破裂し、辺り一帯で炎が舞い上がった。

炎・・・、ヘラクレスにはその攻撃を見てまさかと思った。攻撃が放たれた方向へと振り向くと、そこには予想した通りの人物が立っていた。


「ミマス!!」


「へへっ。随分と久しぶりだなあ、戦士さん達よお・・・」


炎の巨人ミマス。タイタン族の最初の刺客として現れ、その並ならぬ動きでヘラクレスとミネルヴァを窮地に追い込んだ相手だ。

ミマスは戦士達との決戦を心待ちにしていたのか、両腕を組み、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ている。しかし、彼の鋭い目は一切笑っていない。

ミマスとの再戦。ヘラクレスは戦闘態勢に入ろうと構えたが・・・、


「いや、どうやら彼だけじゃないようだよ・・・」


不意にオデュッセウスがそう呟いたのが聞こえた。不審に思ったヘラクレスはミマスの方をもう一度よく見ると、その後ろには見覚えのある3つの影があった。

テティス、エンケラドス、そしてディオーネ。タイタン族の実力者達が全員戦士達の目の前に現れたのだった。


「タイタンズ4が全員お出ましってことか・・・、最悪のタイミングだぜ」


テセウスは少々面倒臭そうに呟き、そして一層表情を険しくして身を構える。それに続き、ペルセウス、オデュッセウス、そしてアキレスも同様に戦闘態勢に入る。

ヘラクレスも皆に続き再び構え直そうとしたその時、アキレスから予想外の言葉が掛けられた。


「ヘラクレス、ここは私らに任せな。アンタはミネルヴァ様と一緒に、あの訳分かんねえ人形達を倒しに行くんだ」


「なっ!?何言って・・・」


敵の主力であるタイタンズ4を目の前にしてこの場から離れるなどできる訳が無い。ヘラクレスは驚きを隠せなかったが、アキレスは真剣な表情でヘラクレスの方を見る。


「思い出しな、サターンの復活の条件を。あの人形達は今も破壊の限りを尽くしている。アイツらを野放しにすれば、破滅のオーラが増幅してサターンの復活を早めることになるんだよ!」


「・・・でも」


ヘラクレスはアキレスが言うことを十分理解していた。

あらゆるものの“破壊”や“死”に伴って生み出される『破滅のオーラ』。それは破壊を好む魔王サターンのパワーの源であり、そして復活への“糧”となるもの・・・。大量に現れた敵の数々は今も破壊の限りを尽くしており、止めなければ甚大な被害が出るだけでなく、結果的にサターンの復活を早めてしまうこととなる。

しかし、仲間達を放っては置けない。もし、タイタンズ4の前に全滅でもしてしまったら・・・。仲間思いで優しい性格のヘラクレスは決断を下せないでいた。しかし、それを見かねたアキレスの言葉に突き動かされることとなる。


「そんなに心配なさんな。私らは試練を乗り越えただろ?こんな連中にあっさりやられるほど柔じゃないさ・・・」


ヘラクレスはその言葉にハッと息を呑み、アキレスの顔を見た。その顔には笑みが浮かんでいる。

アキレスだけではない。テセウスもペルセウスもオデュッセウスも、皆ヘラクレスに笑顔を送っていた。『俺達に任せろ』・・・。言葉で表されていなくとも、自信と覚悟に溢れた表情から皆がそう言っているのが分かった。


「・・・分かった。みんな、任せたよ!!ミネルヴァ様!!」


「ああっ!!」


ヘラクレスは信頼を寄せる仲間達に戦いの行方を託すと、ミネルヴァと共に黒い人形の討伐へと向かった。

二人の姿が遠くなると、残された4人の前にいたディオーネが今まで閉ざしていた口を開いた。


「ほう。一番の戦力を逃すとは・・・、相当自信があるようだな」


「4対4だし、丁度いいだろ?」


「ふふっ、そうだな。・・・だが、今の我々は一味違うぞ」


ディオーネのその言葉を合図に、タイタン族の4人の菱形の装飾が一斉に鈍い光を放った。そして、それと同時に4人の身体にあの黒く禍々しいオーラが纏い始めたのだった。オーラを纏った4人の表情は、その邪気のせいか未だかつてないほどの狂気に満ち溢れていた。

ディオーネはその鋭く狂気じみた目で戦士を睨みつけ、高らかに宣言した。


「さあ、始めようじゃないか。戦士共め、完膚なきまでに叩きのめしてやる!!!」


その瞬間、戦いの火蓋が切って落とされた。

最初に仕掛けてきたのはタイタンズ4の方だった。4人は戦士達との間合いを一気に詰め、ミマスはテセウスに、テティスはペルセウスに、エンケラドスはオデュッセウスに、そしてディオーネはアキレスに打撃を与えた。戦士達はそれらを両腕で受け止め、こちらも負けじと反撃を開始する。戦士達とタイタンズ4は、各々が1対1の真剣勝負を始めたのだった。




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一方で、ヘラクレスはミネルヴァと共に謎の敵、黒い人形と対峙していた。オリュンポス軍の兵士達も加勢し、至る所で技と技がぶつかり合う音が鳴り響く。


「はあああああっっっ!!!」


ヘラクレスの渾身のパンチが人形の腹部に直撃する。ヘラクレスの一撃をまともに喰らった人形は宙へと投げ出されると、その身体はまるで霧のように分散し消滅してしまった。


(攻撃されても叫ばないし、表情もない。実体のない魔力から作られた”人形”っていうのは本当なんだな・・・)


人形が消えゆく様を、ヘラクレスはそう考えながら傍観していた。その時・・・、


(!?しまった・・・)


戦闘から意識を離したその一瞬で別の人形がヘラクレスの背後から襲いかかり、ヘラクレスは人形の両腕で首を締められてしまった。人形の身体はヘラクレスよりも大きく、首を締め付けられたヘラクレスの足は地を離れてしまう。

ヘラクレスは拘束から抜け出そうとジタバタするが、拘束が緩むどころか人形はさらに腕に力を入れる。ヘラクレスの顔が息苦しさのあまり赤くなった、その時だった。


「フェザーアローッ!!!」


ミネルヴァの声が耳に入ったと同時に、背後にいた人形が攻撃を受けてスッと消滅してしまった。拘束から解放された喉に急に空気が入り込み、ヘラクレスは座り込んでその場で噎せ返った。


「おい、大丈夫か?」


「ゲホッ、ゲホッ・・・。はあ、助かった・・・」


「油断するなよ。一瞬の隙が命取りになるんだ」


ミネルヴァはヘラクレスの容態を確認すると、再び自身の魔法の杖を構え直す。ヘラクレスも呼吸が整い、再び戦おうと立ち上がった瞬間・・・、


ズドーンッッッ!!!


と激しい轟音が辺り一帯に響き渡り、それと同時に地面が大きい揺れを起こしたのだった。

突然の轟音と揺れ。不審に思ったヘラクレスは、その発生源と思われる方角を見る。その方向は、先程まで皆といた場所、つまりは戦士達とタイタンズ4の戦いが行われているであろう場所のある方向だった。

感じた轟音と揺れの凄まじさに、ヘラクレスは最悪の事態を想像し一気に青ざめた。


(みんなが危ない・・・)


仲間の身の危険を感じ、ヘラクレスは本能的にその方向へ向かって飛び立とうとした。

しかし、そんなヘラクレスの意図を察知したのか、複数の人形達が囲うように一斉にヘラクレスに襲いかかり、その行手を阻んだ。


「なっ!?邪魔するなよ!!」


ヘラクレスは咄嗟に手から光線を放ち、何体かの人形を撃ち落とした。しかし、囲まれた状態で一気に全員を倒すことができるはずもなく・・・、


「うわっ!?」


頭上にいた人形の一体が、ヘラクレスの背中に向かって勢いよく拳を振り下ろした。宙にいるヘラクレスは体勢を立て直すこともままならず、そのまま地面へと全身を強打してしまった。

ヘラクレスはすぐに立ち上がろうとしたが、全身に鈍い痛みが走りその場に崩れ落ちてしまう。宙にいた人形達が、身動きの取れないヘラクレスに襲いかかる。


「させるか、これでも喰らえっ!!!」


ヘラクレスのピンチに、再びミネルヴァの助太刀が入った。魔法杖から放った突風で残りの人形達を蹴散らすと、ミネルヴァはすぐさまヘラクレスの元へ駆け寄り肩を貸して立ち上がらせた。

ミネルヴァの助けで何とか起き上がったヘラクレスだったが、二人の目の前にはまた新たな人形達が立ちはだかっていた。


「・・・どうやら、どうやっても通さないつもりらしいな」


仲間の戦士達がいる方向に立ちはだかる黒い人形達。ミネルヴァの言葉を聞き、ヘラクレスは一種の絶望を覚えた。


(くそっ、一体どうすれば・・・)


幾ら頼りにし任せたとはいえ、厳しい状況で戦っている仲間達をヘラクレスはどうしても放って置けなかった。すぐ近くで仲間達が苦戦を強いられているというのに助けに行けないなんて・・・。悔しさのあまり目を瞑り唇を噛み締める。

しかしその時、ヘラクレスの脳裏にある言葉が過った。




——— どんなに離れていても僕達は『世界を守るためにもっと強くなりたい』っていう思いで繋がっているんだ ———




「・・・そうだ。『離れていても、思いは一つ』だった・・・」


ヘラクレスはそう呟くとミネルヴァの肩に回していた腕をスッと外し、何か覚悟を決めたようにゆっくりと前へと歩を進める。

肩に掛かった重みが外れたミネルヴァは、ヘラクレスの突然の行動に唖然とした。


「・・・ヘラクレス?」


「・・・ミネルヴァ様。俺、少し”賭け”に出ようと思います!」


そう言うと、ヘラクレスのブレスレットに嵌められたヘラクレスストーンが純白の光を放ち始めた。ヘラクレスは目の前で両腕を翳し、光り輝く剣を召喚した。勇気の力を司る古代戦士の武器『ハーキュリーズソード』であった。


「勇気の剣、ハーキュリーズソード!!!」


ヘラクレスは高らかに叫びながら剣を振り被る。掲げられた剣の刃に無数の光が集結し、その光はさらに巨大な”光の刃”を生み出す。

もはや巨大な光の柱同然の剣を振り下ろし、人形達を一掃するかのように思われた。が、その巨大な刃は何故か4つの光の球へと分散してしまう。そして・・・、


「剣に宿し勇気の力よ、俺の思いと共にみんなに届いてくれ!!!」


ヘラクレスがそう叫んだと同時に、4つの光の球は人形達の頭上を飛び越え戦士達のいる場所へと猛スピードで向かっていった。


————————————————————————————————————




「「うわあああああっっっ!!!」」


ヘラクレスの最悪の予想は的中していた。戦士達はタイタンズ4の圧倒的なパワーの前になす術もなく倒れてしまっていたのだ。テセウスは身体の所々に火傷を負い、ペルセウスは全身を水で濡らし息苦しそうに咳き込んでいる。オデュッセウスは全身に荊の刺で大小様々な切り傷をつけられ、そしてアキレスは凄まじい電撃を浴びて身体を痺らせていた。


「みんな・・・、くっ・・・」


あまりの攻撃の凄まじさに身体が動かせずにいた戦士達だったが、アキレスだけは辛うじて立ち上がることができた。しかし、立ったはいいもののディオーネから受けたダメージは凄まじく、すぐにガクッと膝を折ってしまう。


「なあんだ。少しは楽しませてくれると思ったら、予想以上にへなちょこだったわね」


すぐ側でテティスの嘲笑の声が聞こえ、戦士達は唯一動かせる頭を上げる。目の前には、いつの間にかタイタンズ4が揃っていた。4人は息切れも起こしておらず、身体の傷もほんの擦り傷程度だった。4人は鋭く、そして嘲りに満ちた8つの目で戦士達の顔を覗いている。

戦士達のショックは大きかった。自分達は試練を乗り越えた。しかも、各々がストーンと共鳴し、古代戦士の武器まで授かっているのだ。タイタン族の連中もパワーアップしているとはいえ、まさかほとんど歯が立たないなんて・・・。

そんな焦燥に駆られている戦士達に、ディオーネが冷たい言葉を放つ。


「・・・そろそろ、終わりにしよう」


ディオーネの合図と共にタイタン族の4人は一斉に手を戦士達に向けて翳し、4人のその手からは黒い球体が発生した。球体は掌と同じくらい小さいながらもその周囲の空間は大いに歪んでおり、それには大きな邪気が宿っていることが分かる。どうやら、4人は本気で戦士達を始末する気でいるらしい。

もうダメか・・・。戦士達の誰もが諦めその目を瞑った、その時だった。




——— 勇気の力よ、俺の思いと共にみんなに届いてくれ!!! ———




((この声は・・・、ヘラクレス!?))


声の存在に気づいた瞬間、倒れ込んだ戦士達に向かって4つの光の球が降り注ぎ、その身体を白く眩い光が包み込んだ。


「何だ、この光は・・・。一旦引くぞ!」


タイタンズ4も突然現れた光の大きさと眩しさに耐えきれずに後退してしまう。その間にも光はどんどん大きくなり、その後破裂するかのようにパッと光は空中へと飛び散った。


「くそっ、今のは一体・・・!?」


やっとのことで目を開け、まるで粉雪のように舞い散る光の粒に気を取られていたミマスだったが、ふと視界に入った光景に驚愕した。ついさっきまで意識を失ったかのように倒れ込んでいた戦士達が、全員何事もなかったかのように立ち上がっていたのだった。しかも、その腕のブレスレットが赤、水色、緑、そして黄色と、色鮮やかに光り輝いている。

立ち上がった戦士達は無言だったが、その胸の内では皆が同じ言葉を叫んでいた。


((・・・ヘラクレス、ありがとう。その思い、しっかり届いた!!!))


その胸の叫びと共に、戦士達はその手に共鳴と一体の”証”を召喚した。


「古代武器だと!?彼奴ら、いつの間に・・・」


衝撃の光景に、エンケラドスはあり得ないと言わんばかりの表情を浮かべた。

ブレイズアックス、アクアレイピア、スプリングボウ、そしてサンダースピア。4人が同時に古代戦士の武器を召喚したのだ。今までヘラクレスしか扱えていなかったはずの『厄介モノ』がこの一瞬で4つも増えることは想定外で、古代武器の恐ろしさを知っているミマスとテティスも苦い顔をする。

しかし、ディオーネだけは違った。


「小癪な・・・。こうなれば、二度と立てなくなるまで捻り潰すのみっ!!お前達!!!」


ここまで抵抗する戦士達に、ディオーネは今まで以上に憎悪を剥き出しにしていた。ディオーネは本気で怒っているようだ。その様子を見た他の3人もディオーネから溢れ出る憎悪に感化され、自らが持つ邪気と魔力を露わにした。


「アビスブレイズッ!!!」


「アビスフロウッ!!!」


「アビスソーンッ!!!」


「アビスボルトッ!!!」


タイタンズ4の、憎悪と邪悪に満ちた一撃が放たれた。

それに対抗し、戦士達も武器を構え渾身の一撃を放つ。


「レッドイグニッションッ!!!」


「アクアリングトルネードッ!!!」


「フローラルストリームッ!!!」


「ライトニングタイフーンッ!!!」


8つの技が、激しい轟音と共に激突した。お互いの技が拮抗し、その激突の威力は周囲に波及して大地が地割れを起こしていた。


「「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」」


タイタン族の4人は必死の表情で技を放ち続けた。魔王サターンから受け継いだ力と一族の誇りを噛み締め、『世界の破滅』という祖の望みのために何としてでも戦士達を打ち倒そうという意地があったのだ。

しかし、対する戦士達は至って冷静さを保っていた。目を閉じ、大きく深呼吸をする。そして次の瞬間、カッと目を見開き皆と呼吸を合わせ、再び必殺技の力を前へと突き出した。


「「はああああああああああっっっ!!!」」


その瞬間、タイタン族の技と拮抗していたはずの戦士達の必殺技が一気にその威力を増幅させ、タイタンズ4に押し寄せた。


「・・・馬鹿な。サターン様の魔力をもってしてでも、こんなガキ共に・・・」


タイタンズ4は驚愕のあまり逃げることも忘れてただただ迫り来る戦士達の技を呆然と見つめ、そしてそのまま、なす術もなく戦士達の技に飲み込まれていった。




To be continued…










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