Act.1-10 試練~Olympus~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-10 試練〜Olympus〜

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「ア、アテナ様!?どうしてここに・・・」


ヘラクレスを初め、その場にいた者達は全員目を見開いた。

目の前に現れたのは女神アテナ。神々の長ゼウスの娘であり、その知略をもって数々の勇者を勝利へと導いてきた戦いの守護神である。

水晶玉を通じて一度は謁見していたものの、やはり直接見る姿との差は大きかった。女神から放たれる輝かんばかりの神々しさ、それは人間のみならず空間全体をも支配してしまうほど圧倒的なものだった。

突如現れた女神の姿にヘラクレス達は思わず固唾を飲んでしまう。アテナはすっかり畏縮してしまった戦士達を一通り見回す。


「しばらくぶりだな。先ほどの戦い、少々見せてもらったぞ」


アテナが言葉を発すると、彼女の従者であるミネルヴァがいち早く落ち着きを取り戻し、その場に膝をつくと恭しく頭を下げる。


「はい。ですが、残念ながらディオーネを倒すことはできませんでした。皆で協力し、ヤツを追い詰めることができたと思ったのですが・・・」


「うむ、今回は惜しかったが無理に悔やむ必要はない。しかし、・・・」


アテナは一瞬だけ表情を和らげたが、その顔は先ほどよりもさらに厳しくなる。


「ディオーネのあの力、サターンの目覚めの時が近づいているのだな・・・」


その場に不穏な空気が流れる。

ディオーネが発した黒いオーラは今までに感じたことのない禍々しく強力なもの。しかし、それはサターンの力の一部に過ぎない。あの力がさらに集結したサターンの魔力は・・・、そう考えただけでゾッとしてしまう。

そんな重い雰囲気の中に、再びアテナの言葉が響いた。


「世界を守る戦士が全員揃った今、我々もタイタン族との決戦に備えなければならい。皆、私と共に今すぐオリュンポスに来て欲しい」


「オリュンポスに?」


オリュンポス、それは神々や妖精達が暮らす世界だ。今までルカやミネルヴァから色々と聞いてきたが、戦士達はまだ誰一人としてその世界に足を踏み入れたことはない。いや、そもそも人間がそう易々と行けるような場所ではないのだろう。

そんな場所に今すぐ来い。タイタン族との決戦が近い今、ヘラクレスは自分達にとって何か重大なことがあるのだろうと察した。ヘラクレスは仲間を見回し目を合わせると、全員がコクッと深く頷いた。恐らく自分と同じ考えだろう。意見の一致を確認し、ヘラクレスは再びアテナの方へと向き直る。


「・・・分かりました、行きましょう!!」


「うむ。では行こう、オリュンポスへ!!!」


アテナの合図と共に、足元に全員を囲うほどの大きな魔法陣が形成される。そして、その魔法陣が光ったと同時に、その中にいた全員の姿が一瞬にして消えてしまったのだった。







「・・・ここが、オリュンポス・・・」


戦士達が目にしたのは大きな神殿や柱が立ち並ぶ土地、そこは地上界と何ら変わりないような土地柄にも一瞬思えた。しかし、見上げれば天上は近く周囲は白い雲海に囲まれており、建築物の数々も地上の遺跡のものとは比にならないほど壮大なものばかりであった。戦士達はすぐに、ここが地上とは相容れない「神々の国」であることを理解する。


「全員いるな。では、あの殿堂に向かうとしよう・・・」


アテナは全員集合していることを確認するとある方向を指差した。慣れない光景に呆然としていた戦士達はアテナのハッと我に返りその方向を見ると、少し離れた場所に一つの大きな建物があった。「殿堂」と呼ばれるそれは、数々の石柱に支えられた神殿と異なり、地上界にある西洋式の教会のような建物だった。


アテナに導かれ、一行は殿堂の扉の前に到着した。近くで見て初めて気が付いたが、殿堂はヘラクレス達の想像を絶するほど大きなものだった。目の前にある扉も普通のものの何倍もの高さがあり、人力ではとても動かせそうにない。

すると、冷静な表情を崩さないアテナが扉の前に立ち、何かを合図するように右手に持っていた長槍を地面に勢いよく突き立てた。その瞬間、目の前でゴゴゴゴッと大きな音が響き、それと同時に殿堂の重い扉がゆっくりと開き始める。


「「!!!」」


開かれた扉の先にあった光景に、戦士達は思わず息を呑んだ。

殿堂の中は様々な彩光に包まれていた。それは、光が壁に施されたステンドグラスを通して作り出した空間・・・、精巧で色鮮やかなステンドグラスが殿堂内で「神秘」を生み出していた。

しかし、戦士達を驚かせたのはそれだけではない。


(うわあぁぁ、すっごい数の像・・・)


殿堂内には、夥しい数の銅像が通路の両側にズラッと整列していたのだった。しかも、銅像一つ一つの人物や表情は全て異なっている。いつか歴史の教科書で見た秦の「兵馬俑」の様だ・・・、ヘラクレスはそう心の中で呟いた。

銅像の数々を歩きながらザッと見回していると、ヘラクレスはふとある一つの像に目が留まった。それは、ヘラクレスと同じような衣装を身に纏った短髪の青年の像だった。その台座にはこう書かれている。


—— 19th Soldier Hercules, Light Blue-sky 1900 ——


(・・・ん?あのスペルは・・・)


ヘラクレスは銅像に書かれた文字を注視しようとした。が、他に銅像の数々にそこまで意識を向ける者はおらず、アテナやミネルヴァ、他の戦士達はお構いなしに足を進めていく。ヘラクレスは諦めて皆と共に歩き続けた。




しばらく中を進み続けていると、殿堂の最深部に辿り着いたのかある場所で通路が途絶えた。歩みを止めた戦士達の視線の先には、金縁の大きな鏡が五つ並んでいた。どれも2メートル以上の高さはあり、人間の頭身を映すには十分なほどの巨大な鏡だった。

すると、先頭にいたアテナがクルッと振り向き、後ろにいた戦士達に向けいきなりこう告げた。


「ヘラクレスは中央、テセウスは中央右、ペルセウスは中央左、オデュッセウスは右端、そしてアキレスは左端の鏡の前にそれぞれ立つのだ」


「えっ?はっ、はい!!」


一体これから何をするのかはさっぱり分からなかったが、これはアテナの命令だ。戦士達は覚悟を決めて歩みを進め、それぞれに指定された鏡の前に立った。横に並んだ五つの鏡はどれも同じもののように思えたが、近くでよく見てみると縁の装飾に違いがあることに気づく。中央の鏡には星の装飾、中央右の鏡には火の装飾、中央左の鏡には水と氷の装飾、右端の鏡には植物の装飾、そして左端の鏡には雷の装飾がそれぞれ施されていた。


「今から其方達には、ある“試練”を受けてもらう!!!」


アテナがそう言った瞬間・・・


「うわっ!!!」


突然、五つの鏡が一斉に眩い光を放ち始めた。その光は忽ち目の前にいた戦士達を包み込み、そして次の瞬間、まるで溶け込むかのように鏡の中へと吸い込まれていった。

ルカ達が気づいた時には、先ほどまであった戦士達の姿は跡形もなく消えていた。







「・・・・・・」


気づいた時にはもう身を包んでいた光は消えていた。ヘラクレスは恐る恐る目を開ける。


(・・・ここは、一体・・・)


目の前に映っていたのは広大な草原だった。そよ風に揺られてサラサラという音が鳴っている。上を見れば満天の星空が広がっていた。遮るものは何もなく、星図の如く様々な星がまるで宝石を散りばめたように色鮮やかに輝いていた。

ヘラクレスはこの幻想的な世界に思わず見入ってしまった。しかし、ふとあることを思い出す。


(そうだ、みんなは・・・)


ヘラクレスは先程まで一緒にいた仲間達の姿を探した。しかし、いくら見渡してもその姿は一つたりともなかった。ヘラクレスは自分が一人であることを悟る。

ヘラクレスはしばらくの間その場に呆然と立ち尽くしていた。だが、一向に何も起こる気配がない。只々、不穏な静けさだけが周囲を包んでいた。


と、その時だった・・・。


「待ってたよ、君のこと・・・」


「!?」


突如、背後から何者かの声が聞こえてきた。

ヘラクレスは驚いて後ろを振り返る。視線の先、少し離れた場所に一人の人間が立っていた。雪のように白い短髪の、ヘラクレスと同い年くらいの青年だった。


「・・・君は?」


ヘラクレスにはその青年に見覚えはない・・・ように思えたが、何故かその姿をどこかで見かけたような気もしてならなかった。本当に、ついさっき・・・。

戸惑うヘラクレスを前に、その青年はフッと不敵な笑みを浮かべると自身の左腕を天に向けて高らかに掲げた。そして、その身体が眩い白い光に包まれようとしたその瞬間、ヘラクレスは驚くべきものを見てしまった。




その青年の手首には、ヘラクレスと同じブレスレットが装着されていたのだった・・・。




身体を包んでいた光が徐々に消え、その青年が再び現れた。青い服に赤いネクタイ、白いマント、そしてティアラまで・・・、現れた姿はヘラクレスとそっくりであった。

変身した青年は、目を見開き硬直したヘラクレスに向かい声高らかにその名を名乗る。


「僕は・・・、輝く勇気の戦士、ソルジャーヘラクレスさっ!!!」


(ソルジャーヘラクレス!?じゃあ、この人はさっきの・・・)


ヘラクレスの脳内にある言葉が過る。


—— 19th Soldier Hercules, Light Blue-sky 1900 ——


そう。この青年は、先程殿堂で見た銅像の人物と同じであった・・・。

ヘラクレスは青年の正体を理解してもなお、まだ頭の整理がつかなかった。この青年、すなわち先代のヘラクレスは100年以上も前に生きていた人物。その当時の姿のままで自分の目の前に現れることがあり得るのであろうか?そして、何故今彼が自分の目の前に現れたのか・・・。


「大空勇輝・・・いや、次世代のヘラクレス、君のことは些か聞いているよ。早くも古代戦士ヘラクレスと共鳴してあの剣も操れる、って。でもさ・・・」


先代は少し嘲笑うように視線を逸らす。


「まさか『共鳴』だけで終わってないよね?」


「なっ!?・・・そっ、そんなことないっ!!」


——— 共鳴しただけで、そこから全然成長していないのでは? ———

ヘラクレスは先代の言葉の意味を理解し、苛立ち混じりにすぐさま反論する。


「ははっ、随分自信があるようだね。じゃあ、本当に君が『ヘラクレス』を名乗るに相応しい力を持っているのか・・・」


先代が何か言いかけた。とその瞬間、気付けば先代はヘラクレスの目と鼻の先まで間合いを詰めていた。


「!?」


「僕を撃ち倒し証明してくれっ!!!」


先代と現世代、二人のヘラクレスによる戦いの火蓋が今切って落とされた・・・。




「・・・始まったようだな」


そう呟いたアテナの視線の先、中央に飾られた星の鏡には二人のヘラクレスの戦いの様子が映し出されていた。


「ひええ、みんな戦士同士で戦ってる・・・」


アテナの後ろにいたルカは、少し怯えた表情で五つの鏡をキョロキョロと見回す。


「しかも、あの人もこの人も・・・みんな銅像になってた人達よ!」


ルカの横にいたダフネもそれぞれの鏡に映る光景をまじまじと見つめる。

銅像になっていた人達、すなわち先代と戦っているのはヘラクレスだけではなかった。テセウスもペルセウスもオデュッセウスもアキレスも皆、同じ力を受け継いだ先代の戦士と一対一の激突を繰り広げている。


「彼らが受けている試練、それは『先代の戦士と戦って勝利すること』だ。歴代の戦士達は皆この試練を、そして幾多の戦いを乗り越えてきたのだ・・・」


「みんな・・・」


いつも戦士達と戦いを共にしているミネルヴァは、鏡を通してただ試練の行方を見守ることしかできなかった。


(・・・私は信じているぞ。其方達は、必ず乗り越えられる!!)


ミネルヴァは静かに目を閉じ、心の内で戦士達の勝利を祈った。







「クリムゾンボンバーッ!!!」


熱気があちらこちらで噴き出す火山地帯、そこではテセウスとその先代との戦いの火花が散っていた。

テセウスが先代へ向けて炎の波動を放った。しかし、先代は軽い身の熟しでそれを難なく躱していく。その顔は、まるでテセウスを嘲笑うかのような不敵な笑みを浮かべている。


「ははっ、狙いがなってないな。今度はこっちから行くぜっ!!」


そう言うと、先代はすぐに体勢を変えて技を放った。テセウスはそれに気付き、先代と同じように躱そうと大きくジャンプする。

しかし、その瞬間を待っていたかのように先代はその目を光らせた。


「もらった、ブレイズバレッツッ!!!」


「何!?ぐあっっっ!!」


夥しい数の炎の弾丸がテセウスに襲い掛かった。

地を離れていては体勢を変えることはできない。弾丸はテセウスの身体中に命中し、あまりの衝撃にテセウスは宙高く吹き飛ばされてしまった。


(くそっ、なんて命中力だ。それに比べて俺は・・・)




「はああああっ!!!」


壮大な青天を映し、天と地が繋がる水面。幻想的な天空の水鏡の上で、ペルセウスと先代の戦いは繰り広げられていた。ペルセウスはテンポ良くパンチやキックを繰り返していたが、先代は全てを見切っているのかペルセウスの攻撃を次々と躱していく。

そして次の瞬間、ペルセウスが差し出した腕が掴まれた。


(はっ・・・)


腕を掴んだ先代は、攻撃の勢いを逆手に取るようにペルセウスを後方に向けて背負い投げする。

ペルセウスは空中へ投げ出されてしまったが、身体を回転させて先代の方へ向き直り次の攻撃体勢へと移る。


「フローズン・ハートブレスッ!!!」


ペルセウスは両手を翳して吹雪を発生させる。


「甘いわ、ウォーターリフレクションッ!!!」


自身に襲いかかってくる吹雪を見ると、先代は目の前で波紋を形成してバリアを張りペルセウスの吹雪を難なく防いだ。と、同時に・・・、


「きゃあああっっっ!!」


なんとそのバリアは吹雪を跳ね返し、今度はペルセウスを襲ったのだ。

突然の反撃にペルセウスはなす術なく真面に喰らい、水飛沫を上げながら地へと倒れ込んでしまった。


(そんな、私の攻撃を逆に利用してくるなんて・・・)




色とりどりの花々が咲き誇る花園の上ではオデュッセウス同士の戦いが行われている。技が放たれるたびに、まるで戦いの激しさを示すかのように花弁が宙へと舞い散っていく。


「はあっ!!」


(マズいな、これじゃあ全然反撃できない・・・)


先代の連続的な攻撃は隙がほとんどなく、反撃しようにも非常にリスキーであることをオデュッセウスは悟る。ここは一度体勢を立て直そうと考え、オデュッセウスは後方へと跳び距離を取った。

オデュッセウスの足が地についたその時、ここぞとばかりに先代の目が光った。


「かかったわね・・・」


そう呟くと先代はパチンッと指を鳴らした。


「なっ!?これは・・・」


すると突然、オデュッセウスの足元で何処からともなく現れたツタが絡み始めていた。

オデュッセウスは嫌な予感がしてツタから抜け出そうと試みる。しかし、ツタの拘束力は想像以上で足をその場で上げることすらままならない。気付けば完全にその場に縫い付けられてしまう。

足元ばかりに気を取られていたオデュッセウスであったが、ふと何か不自然に風の流れを感じ先代の方を見た。その時だった。


「オデュッセウスサイクロンッ!!!」


「ぐっ・・・」


先代から凄まじい威力の突風が吹き荒れる。

オデュッセウスはその場から逃げることが許されず、突風にただただ耐えるしかなかった。


(くっ、参ったな・・・。最初からこれを狙っていたのか、彼女は・・・)




アキレスの戦いは、他とは打って変わってサイバネティックな空間で行われていた。アキレスと先代は、お互いの拳を交じり合わせながら激突している。


「おっと、やるじゃん彼女!どうだい、今度一緒にお茶でもしない?」


「チッ、真剣勝負であんまりふざけないで欲しいね!」


先代の軽い態度に痺れを切らしたアキレスは、体勢を立て直すと素早く右手を前に翳した。


「ソニックサンダーッ!!!」


アキレスの右手から稲妻が放たれ、その稲妻は真っ直ぐ先代へと向かっていく。

今、先代に直撃した・・・と思われたが、気付けばそこには先代の姿はなかった。そしてそれと同時に、アキレスは背後に何者かの気配を感じた。


(っ!?しまった、後ろに回られ・・・)


アキレスが後ろを振り向いた時にはもう遅かった。


「俺もかましてやるぜ、ソニックサンダーッ!!!」


真正面から先代の一撃が放たれた。


「だあああっっっ!!」


避け切れるはずもなく、アキレスは先代の雷撃を喰らいその場に倒れ込んだ。


(くっ・・・、幾ら何でも早すぎる。いや、私がまだまだなのか・・・)




「うわあぁぁぁっっっ!!!」


先代の攻撃が炸裂し、ヘラクレスは吹き飛ばされた挙句身体を地に引き摺らせてしまう。

最初のうちはヘラクレスにも余裕があり、このまま互角に渡り合えると思われた。が、先代の方が一枚上手であった。


(・・・何なんだあの力は。技の一つ一つが諸に身体に響くなんて・・・)


先代の攻撃はどれも的確にヘラクレスの体力を削いでいくもので、急所にこそ当たっていなかったものの攻撃の余波にヘラクレスはとてつもなく疲弊していたのだった。それに対し、先代は疲れを見せる様子はなく寧ろ晴々と笑っている。

正直に言えば、ヘラクレスは自分の力に少なからず自信があった。この力があれば先代にだって勝てる・・・、そう思っていただけあってショックが大きかった。

ヘラクレスは立ち上がるために重い身体を起こそうとするが、傷が響きすぐに突っ伏してしまう。


「確かにパワーはあるようだね。でも、それを完璧には使いこなせていないのも事実・・・」


顔を上げれば、先代が遠くからこちらを眺めていた。倒れ込むヘラクレスを見つめるその目には、失望と軽蔑が混じっていた。


「世界の危機が迫っているというのにこの程度とはね、驚いたよ。まさか、これでタイタン族に挑むつもりだったのかい?」


「・・・・・・」


悔しい。こんなに馬鹿にされて腹が立たない訳がない。けれど、もう立ち上がる体力も、反論する気力も失いつつある。ヘラクレスは何もすることができず、そのまま突っ伏すしかなかった。


「ははっ、もう応える体力もないんだね。これはもう、世界を諦めるしかないのかな・・・」


先代がフッと嘲笑しながら呟く。その言葉に泣きそうになった、その時だった。




——— 大事なのは自分の長所を見つけて、自分に合った戦い方を模索すること ———




ふと、そんな言葉が脳裏を過った。


(・・・これは、さやかの・・・)


それは、いつかさやかから言われた言葉だった。タイタン族という新たな脅威に立ち向かうべく強くなろうと思った。だけど、どうしたら良いか分からず行き詰まって悩んでしまった。

そんな時だった、さやかからこの言葉をかけられたのは。あの時は実感が湧かなくて不安だったけど、今思えばあの言葉のおかげで共鳴することができた。タイタン族とも互角に戦えるようになったんだ。

だったら、もう一度・・・。


「・・・諦めてたまるか」


「・・・ん?」


ヘラクレスは残された力を振り絞り、ふらつく身体をゆっくりと起こし始める。


「あなたにとっては、俺もまだ力不足なのかもしれない。だけど、俺にだって戦士の自覚はある。この力で世界を守れるというのなら、俺は、もっともっと強くなりたい。だから・・・」


ヘラクレスは顔を上げて思い切り叫んだ。


「ここで負ける訳にはいかないんだっ!!!」







「!?」


次の瞬間、ヘラクレスは一気に間合いを詰めていた。先代は驚いて咄嗟に両腕でヘラクレスの攻撃を防ぐ。

先代の目に映るヘラクレスの顔は、先程の余裕のない表情から明らかに変わっていた。いや、それだけではない、攻撃もだ。冷静さが現れ、力の無駄使いというものが無くなってきている。

先代は危機感を感じて距離を取ろうとした。しかし、ヘラクレスは姿勢を崩したタイミングを見逃さなかった。


「喰らえ、ヘラクレスクェイクッ!!!」


「何!?うわっ!!」


拳を振り下ろして生まれた衝撃波が地面を伝って先代へと直撃した。凄まじいパワーに今度は先代が吹き飛ばされてしまった。


(ありがとう、さやか。この力を最大限に発揮するために必要なこと、思い出したよ・・・)




「テセウスバーンショットッ!!!」


「ペルセウスウェーブッ!!!」


「オデュッセウスサイクロンッ!!!」


「ソニックサンダーッ!!!」


戦況が変わったのはヘラクレスだけではなかった。戦士達は各々に備わった力を理解し、そしてその力を最大限に発揮していた。


——— 世界を守るために、もっと強くなりたい ———


離れていても、皆が思いを一つに戦っているのが伝わってくる。


「みんな、全力でいくよっ!!!」


「「おうっ!!!」」


ヘラクレスは両手を前に構え、光り輝く剣を出現させる。古代戦士から受け継いだ宝剣、ハーキュリーズソードだ。そして・・・、


「ブレイズアックスッ!!」


「アクアレイピアッ!!」


「スプリングボウッ!!」


「サンダースピアッ!!」


ヘラクレスの合図と共に、心を一つにした戦士達が次々と共鳴を果たす。それぞれの手には共鳴した証である古代戦士の武器を携えている。

ヘラクレス達の目覚ましい変化に先代達は思わず息を飲む。しかし、そこで圧倒されてばかりの先代達ではない。


「それなら僕達も・・・。いでよ、ハーキュリーズソードッ!!!」


先代のヘラクレスが叫ぶと同時に、他の先代達もそれぞれの武器を召喚する。その手には、自分達と全く同じものが握られている。


「これで、終わりにしようっ!!!」


「望むところだっ!!!」


ヘラクレスと先代はお互いを見つめ、そして挑むように剣の切っ先を相手に向け合う。振り翳した剣は光を集め、忽ち白く巨大な刃を形成する。そして、覚悟を決めた二人は思い切り剣を振り下ろした。


「「ハーキュリーズバスターッ!!!」」


今、二人のヘラクレスの一撃が激突した。







「やったあ!みんな共鳴することができたんだ!!」


戦士達の共鳴の瞬間を鏡から見ていたルカとダフネは、喜びのあまり手を取り合ってクルクルと踊っていた。


「いや、まだ安心はできぬぞ。先代との激突、一体どうなるのか・・・」


共鳴したとはいえ、まだ先代との勝負はついていない。アテナとミネルヴァは未だ厳しい表情で鏡に映る光景を覗いていた。


「「レッドイグニッションッ!!!」」


「「アクアリングトルネードッ!!!」」


「「フローラルストリームッ!!!」」


「「ライトニングタイフーンッ!!!」」


互いの技が拮抗し合い、その激しさを示すかのように戦場は大きな音を立てて崩れていく。技が直撃すればきっと無事では済まない。現戦士達の勝利を祈り、その戦いの最後を見届けていたその時だった。


「どれどれ、戦士達は上手くやっているか?」


4人の背後から、一つの声が響いた。


「「あなたは・・・!!」」







次に視界に入ったのは凄まじい光景だった。激突の威力に耐えきなかった草原の草は無残に散り広がり、地にはメキメキと地割れが走っている。


「はあっ、はあっ・・・」


ヘラクレスが荒い呼吸を繰り返している。その視線の先で、吹き飛ばされた先代が微動だにせず仰向けに倒れている。そう、ヘラクレスは剣同士の激突に、そして先代との戦いに勝利したのだ。

ヘラクレスは渾身の一撃に力を使い果たし、今にも倒れ込みたいくらいに疲弊していた。しかし、疲れよりもしばらく経っても動かない先代への心配の方が勝った。戦いの相手とはいえ同じ名を持った戦士同士、ヘラクレスは先代の下へ急いで駆け寄った。


「えっと・・・。大丈夫・・・ですか?」


ヘラクレスは先代の身を案じて手を差し伸べる。呆然と天を望んでいた先代であったが、駆け寄ってきたヘラクレスに気付くと不意にフッと笑みを浮かべた。


「・・・はあ、僕の負けだよ。おめでとう、君は試練を乗り越えた・・・」


先代はヘラクレスの手を取って起き上がる。戦いの傷が響いて先代は一瞬よろけてしまうが、ヘラクレスの支えのおかげで何とかして立ち上がることができた。

先代が落ち着いたところで、ヘラクレスは何か思うところがあるのか先代に向かって頭を下げる。


「あっ、あの。ありがとうございました!!忘れかけてたこと、この戦いで思い出すことができました!!」


「・・・ははは、いいんだよ。僕こそ楽しかったよ、次世代と戦えて」


先代は突然お礼を言われて少々驚いたが、すぐにその表情に笑みを浮かべた。そして、今度は先代の方から言葉がかけられた。


「君の力は、紛れもなくヘラクレスと共鳴するに相応しい力だった。そして、どうやら君の仲間達も同じだったようだね・・・」


先代のその言葉に、ヘラクレスの顔は喜びでぱあっと晴れた。自分だけでなくテセウス、ペルセウス、オデュッセウス、そしてアキレスの全戦士が先代に勝利したのだ。

先代はさらに続ける。


「君達には今、世界の危機が差し迫っている。いや、それ以上の脅威が幾度となく君達に襲いかかってくるだろう。辛くて苦しくて、諦めたくなる時があるかもしれない。それでも・・・」


ヘラクレスの前に手が差し伸べられる。


「仲間を信じて、そして自分を信じて戦ってくれ。頼んだよ、ソルジャーヘラクレス!!!」


「・・・はいっ!!!」


ヘラクレスは先代の手を固く握り締め、戦士としての決意を示したのであった。




To be continued…










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