Act.1-9 理性~Achilles~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-9 理性〜Achilles〜

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「ただいま・・・」


「おかえり。もう夕ご飯になるところだから、さっさと手洗いうがいしてきなさい」


勇輝が家に帰る頃にはもう日が暮れていた。キッチンの方からは夕食のいい匂いが漂ってきている。勇輝は幸恵に言われた通りに手洗いうがいを済ませるとすぐにダイニングルームに向かった。勇輝が身支度している間に準備が整ったのか、テーブルの上にはすでに食事が並んでおり他の家族も全員席に着いていた。


「「いただきます!!」」


家族全員が揃うと早速食事に入った。

今日の大空家の夕食はハンバーグだ。それは箸を当てるだけですんなりと切れるほど柔らかく、中からは肉汁が滝のようにブワッと溢れ出す。

真っ先にそれを口に運んだのは知奈美だった。噛めば噛むほど知奈美の表情は蕩けていき、うっとりとした顔でその肉をゴクッと飲み込む。


「う〜ん、美味しい!やっぱママのハンバーグは最高!!」


「ふふっ、たくさん作ったからおかわりもあるわよ」


「ああ、ママの料理はプロ並みだからな」


「あら。そう言うならお店でも開いてみようかしら・・・」


娘と夫からの褒め言葉に、幸恵も思わず笑みを零した。

幸恵は近所でも有名な料理上手で、その腕前はプロ顔負け。ママ友間で開く料理教室は大人気でいつも高評価をもらっている。そんな幸恵の料理に舌鼓を打ちながら談笑する大空家の食卓は、よっぽどのことがない限りはいつも賑やかなものになる。

しかし、今日はその「よっぽどのこと」があった人間が一人だけいた。


「・・・・・・」


他の家族が箸を進める中、勇輝は黙って目の前の料理を見つめているだけだった。ハンバーグが嫌いなわけじゃない、むしろ大好きなのにも関わらずほとんど手が伸びなかった。

その異変に気付いた幸恵が、不思議そうに勇輝の顔を覗き込む。


「勇輝、ちょっとしか食べてないじゃない。どうかしたの?」


「・・・ごめん、今日何か食欲ないんだ。ごちそうさま・・・」


そう言うと、勇輝は自分の食器だけ片付けてさっさとダイニングルームを出て行ってしまった。

勇輝を見送った三人は、足音が遠退いたのを確認するとヒソヒソと話し合う。


「・・・勇輝、悩み事でもあったのか?なんか疲れてるようにも見えたけど・・・」


「さあ・・・。あの子、最近ああいう時あるのよ・・・」


「でも、お兄のことだし大丈夫でしょ。前も元気ないことあったけど、すぐ元に戻ってたし」


「だといいんだけど・・・」







風呂に入って自室に戻った勇輝は、何をすることもなくそのままベッドの上に仰向けになって寝っ転がった。


(・・・サターンがもし本当に復活したら、俺達は・・・)


勇輝はそっと目を閉じ、エースが姿を消した直後のことを思い出した。







エースが消えてしばらくすると薄暗い曇天は嘘のように晴れ、地には夕陽の赤が差し込んでいる。


「・・・どういうことなんだよ?」


ヘラクレスの呟きが低く響き渡る。ヘラクレスはエースとディオーネの話が理解しきれずに混乱していた。無論、他の戦士達やルカも同じである。

しかし、ミネルヴァだけは違った。先程の話に特段驚いていた様子もなく、今も至って冷静だ。ヘラクレスはミネルヴァに問い詰める。


「ミネルヴァ様、サターンを復活させるって本当なんですか!?それに、『破滅のオーラ』って一体・・・?」


「・・・ああ、ようやく繋がった。ヘラクレス、其方のお陰でな・・・」


ミネルヴァはその冷静さを保ったまま、深刻な口調で語り出した。


「サターンの魔力の源は主に二つある。一つ目は『破滅のオーラ』だ。破滅のオーラは、何かを破壊したり誰かを殺したりする時に生まれる、いわゆる負のパワーのことだ。その原因が自然的でも人為的でも生まれる、非常に厄介なものなんだ。破壊の限りを尽くすサターンは、それを自身のエネルギーとして体内に吸収することができるのだ・・・」


ミネルヴァの話に耳を傾けていたヘラクレスは、ふとルカが言っていたことを思い出した。

確か、封印される以前はサターンは災害や紛争が起こるたびに暴れ出していた、とルカは言っていた。なるほど、それは災害や紛争によって生まれた破滅のオーラが原因だったのだと勇輝は心の中で確信していた。

ミネルヴァは続けて話を続ける。


「タイタン族は最初、その破滅のオーラを集めるためにモンスター達を使役して暴れさせていた。しかし、力をつけた其方ら戦士やオリュンポスの従者達相手に次第に成果をあげられなくなったモンスター達を、奴らは別の形で利用した。それが『魔力の生贄』だ」


訥々と語るミネルヴァの顔が一層険しくなる。


「モンスター達は普通の人間とは異なって、怪力を持っていたり何かを操る能力が使えたりするであろう?それは、モンスターが個々に持つ魔力によるもので、サターンやタイタン族の能力も同様のものだ。タイタン族は用済みのモンスター達をただ単に始末せず、復活の糧としてサターンへの魔力の生贄にした。破滅のオーラの収集役よりも、よっぽど効率的な利用方法だからな・・・」


「「・・・・・・」」


周囲に沈黙が走る。

かつて神々をも窮地に立たせた存在が復活するかもしれない。しかも、自分達はまだ子孫であるタイタン族にすら苦戦している状況だ。もし本当にサターンが復活してしまったら・・・。ヘラクレス達戦士は、ジワジワと込み上げてくる得体の知れぬ不安と恐怖に脅かされていた。

そんな中、長く続いた沈黙が破られた。ペルセウスがミネルヴァに問いかけた。


「タイタン族が本気でサターンを復活させようとしているのは分かりました。私達自身もさらに強くならなければ対抗できないことも・・・。でも、その猶予はどのくらいあるんでしょうか?」


「かつてゼウス様が行った封印はゼウス様自身の最大限の力を使ったとても強力なものだ、そう簡単には破られないはず。しかし、一刻もを争う事態であることは変わりない」


ミネルヴァは戦士達に背を向ける。


「今後のことは、アテナ様と相談することにしよう。今日はもう、帰っていい・・・」


そう言うと、ミネルヴァはフクロウの姿に戻って晴れた夕焼けの空に向かって飛んでいってしまった。







「そろそろ、あの“試練”を行う時が・・・」







「・・・い、起きてよ!ねえ、ねえってば!!おーいっ!!!」


遠くから誰かの声が聞こえる。女の子の声だ。はっきりとしたものではなかったが、「起きろ」と言っているのがわかる。

ああ、もう朝か・・・。どうやら、昨夜はあのまま寝落ちしてしまったみたいだ。多分、痺れを切らして母が知奈美が起こしに行くように言ったのだろう。勇輝は覚束ない目を擦りながら、仕方なくベッドから身体を起こす。


「んー、何だよ知奈美。そんなわざわざ起こしに来なくたって・・・」


しょぼつく目をパチパチと瞬きさせると、徐々に視界がはっきりしてくる。すると、視線の先に掌サイズの小さい人のようなものが浮かび上がる。それはピンク色の髪を持ち、背中には透明な美しい羽が生えている。


「おはよーございまーすっ!!」


「・・・・・・」


その正体を認識した瞬間、勇輝は驚きのあまりバランスを崩しベッドから転がり落ちてしまった。目の前にいたのは、エースのパートナーの妖精ダフネだったのだ。


「ダ、ダフネ!?な、な、なんでここにいるん・・・」


「エースからの伝言でーす!ええっとね・・・」


ダフネは慌てふためいた勇輝の問いかけを無視して話を続ける。


「今日の午前11時にアーケード街のゲームセンター『ZETA』に“ピン”で来てね!以上!!」


そう言うや否や、ダフネはさっさと窓を開けて外へと飛んで行こうとした。


「えっ、ちょっ、それだけ?待って・・・」


勇輝はあまりにも唐突な出来事に頭が追いつかず、慌ててダフネを引き留めようとする。すると、窓枠に手をついていたダフネが何か思いついたのかバッと勇輝の方を振り返った。


「そうだ、言い忘れるとこだった!今日の7時からの4チャンの情報番組、絶対見てね!!」


「・・・はあ?」


伝言の補足どころかさらに訳のわからないことを言われ、勇輝はただ茫然としたままダフネが窓から飛び出すのを見送った。


「あー、腹減った・・・」


勇輝はさっさと身支度を済ませるとダイニングルームへと向かった。父親の晃は仕事の準備のためにもう家にはいなかったが、幸恵と知奈美はもう朝食が並べられたテーブルに集合していた。

げっそりとした表情の勇輝を見て、幸恵は呆れたように溜め息をつく。


「そりゃそうよ、昨日全然食べなかったんだから・・・。それより、さっき大きな音聞こえたけどどうしたの?」


「あー、ベッドから落っこちた」


勇輝が何ともないと言うようにさらっと返しながら自分の席に着くと、


「・・・ざまあ」


知奈美がほくそ笑みながらボソッと呟いた。

と次の瞬間、イラついた表情の勇輝が知奈美の両頬を抓り始めた。一瞬驚いた知奈美も応戦するように兄の両頬を抓り返し、朝から兄妹喧嘩が勃発する。


「こらこら、二人共やめなさいって。みっともない・・・」


とそんな時、ラジオ感覚で流していたテレビから興味深いニュースが聞こえてきた。ダフネが言っていたチャンネル4の情報番組だった。


『私達の身近な娯楽であり、今やスポーツの一種にもなりつつあるゲーム。日本でもプロゲーマーの育成や大規模なゲーム大会が注目され、ここ数年で目覚ましい盛り上がりを見せています。今回は、そんな日本のゲーム界の新星「LEISHEN(レイシェン)」さんに密着しました!』


テレビから流れてきたのは、話題の人物に密着取材する特集コーナーだった。喧嘩をしていた二人もそのコーナーに見入り、いつの間にか大人しくなった。


『LEISHENさんは東京都在住の女性プロゲーマー。幼い頃からその才能を発揮し、まだ中学生二年生でありながらも大人も混じる国内外の様々なゲーム大会で数々の成績を収めています。つい先日ボストンでの短期留学を終えて帰国し、再び第一線へと向かうそうです・・・』


(ボストン?アスカ君が前にいた場所だったよな・・・)


「ボストン」という単語が聞こえ、ふとテレビの画面の方を見る。そこには、綺麗な琥珀色の瞳を持つ、金髪ショートヘアのボーイッシュな女性が映っていた。


「この人、お兄と同い年だってよ。お兄と違って大人っぽい感じ」


テレビに映るその人物を見ながら知奈美はそう呟くと、その言葉が耳に入った勇輝の眉がピクッと上がった。


「何だよ、何言いたいんだよ」


「別に。思ったことそのまま言っただけよ」


不服そうに睨む兄を、妹は軽くあしらってそのまま食事を続ける。

兄妹の間にまた少し嫌な空気が走ったが、その間にも特集は続いておりインタビューの映像が流れた。


『ゲームは「頭に良くない」とか結構マイナスに捉える人も多いですけど、実は操作の他にも瞬時の判断や知略も問われるものなんですよ。サッカーなんかのリアルなスポーツと一緒と言っても過言じゃないと私は思ってます。皆さんにもスポーツと同じ感覚で競技ゲームに興味を持ってもらえると嬉しいですね・・・』


「ふー、いいこと言う!」


勇輝はインタビューに相槌を打った。


「でも、やり過ぎは禁物なのはゲームもスポーツも一緒でしょ!」


「・・・はい」


尽かさず母親に遠回しに咎められてしまい、勇輝は苦笑いしながら小声で答えた。

勇輝はネットサーフィンの他テレビゲームも好きで、それもハマればとことんやり込むタイプであった。たまにではあるが夢中になると時間も忘れてプレイしてしまうこともあるので、よく幸恵には注意されている。


『それでは、実際に彼女のゲームプレイの様子を見てみましょう。手元を見ると・・・、なんと素早い手捌きなのでしょうか!私実際に見ていて人間ができる操作なのかと、とても驚いています・・・』


テレビではそのまま、プロゲーマーのゲームプレイの様子が映し出された。カメラが拡大され、コントローラーを握った彼女の両手は常人とは思えないほどのスピーディーな操作をしていた。


「うわっ、エグっ!?これはいくらゲーム得意なお兄でも驚きでしょ、ねえお兄?」


「・・・」


「・・・お兄?」


知奈美が呼びかけても勇輝は反応を示さず、固まったままテレビの画面を注視していた。勇輝の視線は画面中央に大きく映るコントローラーを操る手ではなく、画面端ギリギリにある手首に向いている。そこには・・・、


エースが持っていた黄色いブレスレットがあった。


「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!??」







「ってことで、ゲーセンに来たって訳だけど・・・」


勇輝は隣にいる人物の方をチラッと見た。


「アスカ君も、ダフネの突撃にあったんだね・・・」


「うん、朝から驚かされちゃったよ・・・」


隣にいたのはアスカだった。

アスカも勇輝と同じくダフネに突撃モーニングコールされ、例の伝言により一人で指定されたゲームセンターに来たのだった。偶然にも二人は同じ時間に到着し、今は施設の角の方で一緒になって待っている。


「それにしても、エースがプロゲーマーだとは・・・。ダフネ、僕にもテレビのこと言ってくれればよかったのに・・・」


「いやー、度肝抜かれちゃったよあれには。すっごいカッコよかった!」


言いそびれたのかは分からないが、どうやらダフネはアスカには朝の特集について伝えていなかったようだ。エースの正体を知れるチャンスを逃したアスカは、勇輝の話を羨ましそうに聞いていた。

しばらく二人で話しているうちに、約束の時間である午前11時になった。しかし、誰も二人に近づいて来る気配はない。

最初はてっきり譲治や碧、さやかも呼ばれて来るものだと思っていたが、ダフネは「一人で来い」と言っていたので多分意図的に二人しか呼んでいないのだろうと、二人にはもう察しがついていた。しかしまだ疑問はあるもので、勇輝はふと呟く。


「そういえば気になったんだけど、何で俺とアスカ君だけなんだろうね?」


「大人数だと煩わしいからだよ」


「あっ、そうなんだ」


勇輝は背後からヒョイっと返ってきた回答に相槌を打った。が、すぐにその声に違和感を感じて身体が固まる。後ろへと振り返ると、黒いサングラスとキャップを身につけた人物がすぐ目の前に映った。


「うわあああっっっ!!??」


何の気配も感じさせずに至近距離まで近づかれていたことに驚きを隠せず、勇輝は思わず後退りしてしまう。それとは裏腹に、その人物は陽気な調子で挨拶する。


「どーも、元気にしてた?」


「エ、エース、いつの間に・・・。驚かさないでよ」


目元はすっかり隠れていたが、ボーイッシュな金色のショートヘアと男っぽいクールな口調、まさしくエースその人だった。

勇輝はエースから溢れる何とも言えぬ強い雰囲気に圧倒されてタジタジになっていた。が、その隣にいたアスカは勇輝とは違った反応を示していた。エースの普段の姿を見た瞬間ハッと動揺を見せながらも騒ぐことはなく、しばらくの沈黙の後ポツリとある言葉を呟く。


「・・・光起(みつき)?」


「えっ?今なんて・・・」


何と言ったのか聞き取ることができず、勇輝がアスカに聞き返そうとしたところ・・・、


「おっ?よかった、覚えててくれて!」


真っ先に光起が嬉しそうにその言葉に反応した。


「まさか、光起がエースの正体だったなんて・・・。しかも、有名なプロゲーマーだなんて知らなかったよ」


「まあね。こういうのは、秘密にしたほうが雰囲気出るじゃん?」


「それに、いつ日本に帰って来てたんだい?」


「うーん・・・、一ヶ月半前くらいかな?」


「・・・・・・」


アスカとエースの間で会話がどんどん進んでいく。マズい、このまま話が続くと完全に空気になる。そう思った勇輝は堪え兼ねて二人の間に割って入った。


「ちょーっとストォーップ!!えっ、何?もしかして二人共面識あったの!?」


突如響いた勇輝の叫びに、話に夢中になっていたアスカがハッと我に帰る。アスカは勇輝の方を向くと照れ臭そうに語る。


「ああ。実は彼女とは、僕が前に住んでいたボストンで何回か会ったことあるんだ。いろいろ成り行きで知り合ったんだけど・・・」


「まっ、かなり前の話だけど」


アスカの話を聞いて勇輝は納得する。そういえば、今朝の番組でも光起がボストンに留学していたと言っていたなあ、と思い出す。それならば、ボストンがどのくらいの大きさの都市なのかはよくは知らないが、二人が知り合いでも全く不思議な話ではないことは明らかだった。


「・・・まあ、そんなことは置いといて。二人共、私の『練習』に付き合ってくれない?」


そんなことを頭に巡らせていると、突然光起が思い出話から話題をガラリと変えてきた。


「えっ、練習って・・・?」


「そりゃ、もちろん“ゲーム”のだよ。それ以外何があるのさ」


まるで当然のことのようにあっさり答えた光起を前に、二人は一瞬訳が分からず沈黙してしまう。そして、しばらくして光起の言葉をやっと理解すると、二人は首と手を左右に全力で振りながら思わず後退りした。


「「いっ、いやいやいや!?無理無理無理無理!!」」


何を言っているんだコイツは、プロゲーマー相手に素人の自分達じゃ相手にすらならないのはわかり切っているだろう?内心そう思いながら、勇輝とアスカは口を揃えて全力で拒否する。


「もちろん“タダで”とは言わないさ、お礼はちゃんとするからさ」


「いや、そういう問題じゃなくて・・・」


「はい、これ」


「「?」」


戸惑う二人の前に何かが押し付けられた。よく見ると、それはクレーンゲームなどの景品を入れるビニールバッグだった。それぞれ一つずつ渡され、かなり大きい上に重みがあった。

勇輝は恐る恐るその中を覗くと、ビニールバッグの中にはアニメや漫画のキャラクターのフィギュアが何体も入っていた。しかも、どれも自分がキャラクターばかり・・・。

勇輝は即座に光起の意図を理解する。


(くっそお、これで俺達を釣るつもりか・・・)


「それ全部やるからさ、ね?」


光起も勇輝が何となく察しがついたのを見計らって再度頼み込む。

勇輝も最初は意地でもフィギュアの誘惑に負けじと堪えていた。しかし次第に、ゲームの相手をするだけでタダでこのフィギュアを貰えるなら・・・、と気が緩んできてしまう。

情けないがちょっとだけなら・・・。勇輝は諦めたように溜め息を吐く。


「・・・わかったよ。相手するよ・・・」


「よしっ、じゃあついて来て!!」


承諾の言葉を聞いてさらに上機嫌になった光起は、クルッと二人に背を向けてさっさと目的のゲームの場所へ向かおうと歩き出した。

光起に上手くことを運ばれてしまい、しまったと思いながらその背中を見つめていた勇輝であったが、ふとあることを思い出す。


(そういえば、アスカ君は何貰ったんだろう・・・?)


サブカルには無縁そうなアスカが貰って喜ぶものとは・・・?どうしても気になった勇輝はチラッとアスカのビニールバッグを見る。気になるその中身は・・・、フカフカで手触りの良さそうな、可愛らしい大きなぬいぐるみの数々だった。


「・・・ごめん。僕こういうモフモフしたの、すっごく好きなんだ・・・」


「あ、うん。分かるよ、その気持ち・・・」


お互いの顔を見ると二人は頷き合って覚悟を決め、先に行った光起の後を追った。







「・・・モンスター共は大方この穴に落ちていった。これで我が祖の復活に一歩近づいた」


奈落の底まで続く暗く淀んだ大穴。その中を、ディオーネは立ち膝をついて覗き込んでいた。

しばらく無言で大穴を見つめていたディオーネだったが、何か思うところがあるのか突然と顔を顰め、トパーズ色の細めたその双眸を鋭く薄暗闇の中で光らせる。


「・・・いや、まだまだ犠牲が足りぬ。奴らに知られた以上、もう時間もない。そろそろ、本気で潰しにかからなければ」


そう言うと、ディオーネは右手を自分の胸元に当てた。そこには、怪しく鈍い光を放った金色の菱形の装飾が施されていた。


「タイタン族の長として、な・・・」







「うわあああっっっ!?危なっ!?」


「ほら、避けてばっかじゃなくてちゃんと倒しなって!ほら、アスカも後ろから来てるよ!」


「えっ・・・、うわっ、ホントだ!」


勇輝、アスカ、そして光起の三人は今危険な状況にいる。四方八方から大量の忍者が襲いかかってきており、三人は手分けしてその忍者達と戦っているのだ。

・・・というのは嘘で、三人はゲームの真っ最中。光起が選んだのは最新の和風VRゲームで、専用のゴーグルや手袋、そして武器となる棒を装着して襲いかかる敵を倒していくというものだった。目の前の風景や敵の動きもそうだが敵に打撃を与えた時の感触や反動も妙にリアルで、まるで本当にその場所で戦っているように感じられる。

戦士としての経験がある二人でも、流石に変身してない状態で“ガチ”の戦いを強いられて少し疲弊した表情を見せている。しかし、光起の方は二人とは違って至って冷静だ。目の前の敵だけではなく周囲の状況もしっかり把握しており、自分でも戦いながらも他の二人にも指示を出すという余裕っぷりであった。


「・・・あー、面白かった!二人共、ありがとね!!」


長い格闘の末、全部の敵を倒しゲームはクリアとなった。

付けていたVRゴーグルを外しながら呑気に礼を言う光起だったが、対する二人はぜえぜえと深呼吸しながら俯いていた。


「はあ、はあ・・・。ゲームでこんな疲れたの初めてだよ・・・」


「う、うん。意外とフィジカルだったね・・・」


「ははっ、これが最新のVRゲーム!なかなか精密だったでしょ?」


「ああ、めっちゃリアルで驚いたよ。最新のゲームはこんなに完成度高いのか・・・」


幾分か落ち着いた勇輝がそう言うと、隣にいたアスカが相槌を打ちながらも言葉を加える。


「でも、一番の驚きは光起のプレイだよ。流石はプロゲーマーと言うべきか・・・」


「まあ、この位できなきゃプロゲーマーとしての名がすた・・・」


光起が上機嫌で言いかけた、その時だった・・・。




フッ・・・




と、突然証明が消えて周囲が真っ暗になり、騒がしかったゲームの音も一斉に鳴り止み沈黙が走った。


「何だ、停電か!?」


突然の停電に周囲がざわつき始める。


「ひえぇ、停電かよ。でも、何で急に?」


「と、とりあえずこんな真っ暗闇じゃ歩けないし、店員さんの誘導があるまで待とうか」


勇輝もアスカも予想もしなかった停電に最初は驚いたが、すぐさま冷静になろうとその場に座って様子を見ることにした。しかし、光起は二人に倣って座ることなくその場でハアッと大きく溜め息を吐く。その溜め息には、明らかに不機嫌さが混じっていた。


「チッ、遂に来たか・・・」


「えっ・・・、あっ、ちょっと!?」


何か呟いたかと思った瞬間、光起はいきなり真っ暗闇の中を走り出していった。迷路のような複雑なゲームセンターでしかもライトを付けてないにも関わらず、光起は何にもぶつかることもなく二人からどんどん遠ざかっていく。


「なっ、何でそんなにスイスイ行けるんだ!?」


「これ、追いかけた方がいいんじゃ・・・。そうだ、スマホのライト使おう!ええっと、どこだっけ・・・」


光起のただならぬ雰囲気を察した二人は、何とかして追いかけようと悪戦苦闘しながらライトとなる携帯電話を探し始めた。







昼夜問わずいつも活気付いているはずの街であったが、いつの間にか人足も少なくなりしーんと静まり返っている。どうやら停電は街全体で起こったようで、立ち並ぶ店やビルの照明は何一つ付いていない。

いや、それどころではない。地面には所々地割れを伴った大きな穴が空いており、コンクリートのカケラがゴロゴロと至る所に散らばっている。


「・・・」


そんな荒れ果てた大地に佇む一つの影があった。不穏に吹く風に金色の長い髪を靡かせながら腕組みをしている。

そこにまた別の人間が現れた。こちらは同じ金髪でもかなり短い。


「随分ド派手にやってくれたじゃないか、ディオーネ」


黒い衣装を纏った少女エースが、目の前に佇む金髪の女ディオーネの背に向けて言い放つ。エースの到着に気付いたディオーネはクルッと振り返る。


「やっと来たか、待ちくたびれたぞ。他の連中はどうした?」


「さあね?生憎だけど、相手は私一人だけだよ」


エースは淡々ととぼけた。もちろん勇輝やアスカのことは知っていたが、あの停電ですぐに追いつけるはずもない。エースはそう思ったのだ。


「・・・ふん、まあいい。来たからには、覚悟できているんだろうな?」


「当然さ、そのために来てやったんだからな・・・」


エースとディオーネ、二人は自身の腕に雷を宿らせ、黙ったままお互いに睨み合う。そして・・・


「いくぞっ!!」


「望むところだっ!!」


今まさに沈黙が破られ、二つの雷が激突した。







「はあ。やっと外に出れた・・・」


一方で、勇輝とアスカの二人は携帯電話のライトを頼りに、多少迷いながらもようやくゲームセンターの出入り口に到達した。気付けば停電が起きてからかなりの時間が経っていて、肝心の光起の姿はどこにも見当たらない。


「うん。でも、光起はどこに・・・」


アスカがそう呟いた瞬間、アーケード街に鼓膜が破れてしまうほどの轟音が響き渡った。まるで近くで落雷が起きたような凄まじい音、その音を聞いた二人は悪い予感がして顔が真っ青になる。


「マズい、早く行かないと光起が危ない!」


「うん!いくよ、アスカ君!」


二人は頷き合うとすぐさま戦士へと変身し、轟音が響く場所へ向かって走り出した。







その間にも、エースとディオーネの激しい戦いは続いていた。

二人は互いの拳をぶつけながら得意の雷撃を放ち合い、まるで巨大な嵐でも起こったようなその戦いの激しさを周囲に響き渡らせていた。

二人の間合いが取れたところで、エースはここぞとばかりに右手を構えて意識を集中させた。そして・・・、


「ソニックサンダーッ!!!」


エースが今まで以上の巨大な稲妻を放つ。


「小癪な。タイタンボルトッ!!!」


それを見たディオーネも対抗するように、青白く光る巨大な雷を発生させて攻撃する。

二つの技は目が焼けるような眩しい光と大地が裂けるほどの激しい音を放ちながら衝突した。

ヘラクレスとオデュッセウスが到着したのはその時だった。二人はエースとディオーネが放った技が凄まじい光と音と共に拮抗している光景を目の当たりにし、思わず足が竦んでしまう。


「ぐっ・・・。これは、マズいかもなあ・・・」


稲妻を放ったエースが苦しい表情をし始める。拮抗していた二つの技だったが、次第にディオーネの雷がエースの稲妻の力を押し始めエース本人へと近づいてきていた。

それだけでなく、稲妻を放ち続けていたエースの腕にも限界が近づいていた。技の衝突による反動と自身の稲妻のショートで、エースの腕に多大な負荷が掛かっていたのだ。

エースの表情を見て、ディオーネはフッと笑みを浮かべた。


「勝負あったな」


その呟いた瞬間、ディオーネの雷がエースに直撃した。


「「エ、エースッッッ!!!」」


ヘラクレスとオデュッセウスは悲鳴を上げた。

二人はディオーネの雷の威力は目の当たりにしている。それは、モンスター族の中でも随一の屈強さを誇るケンタウロスでさえも焼け死んでしまうほどの威力。直撃してしまったエースはケンタウロスと同じ末路を辿ってしまうのでは・・・。最悪の事態を予期し、二人は突如として訪れた底知れぬ絶望感に苛まれていた。

頃合いを見てディオーネが雷を放つのを止め、その眩い光が消えたと同時に目の前の光景が露わになる。そこには帽子や衣装の布地が焼け焦げて散在していたが、エースの姿はなかった。


「何!?」


「ふう、危なかったあ・・・」


驚くディオーネの頭上から声が聞こえた。ディオーネはその声の方へ目をやると、そこには一人の少女が佇んでいた。


「エース!よかった、死んでなかった・・・」


「ははっ、こんなんでくたばって堪るかっての。それにね、もう私は『エース』なんかじゃないよ・・・」


黒い衣装を脱ぎ捨て、オレンジの衣装と白いマントを身に纏った姿を現した少女がその名を轟かせる。


「閃く理性の戦士、ソルジャーアキレス!!疾風迅雷、確とその目に焼き付けるがいい!!!」


「ソルジャー・・・アキレス!!」


神速の戦士エースは仮の姿。その正体は、アキレスストーンを所有する理性の戦士ソルジャーアキレスだったのだ。

エースの真の姿を見たヘラクレスとオデュッセウスは勇ましいその姿に見入っていたが、仕留め損ねたディオーネはキッと目を細めてアキレスを睨みつける。


「貴様、あまり思い上がるなよ・・・」


「おっと、こいつは失礼したね。それよりも・・・、そっちの準備はOKかい?」


アキレスがそう叫んだ瞬間、ディオーネの周囲に突如として炎と水の渦が巻き起こった。予想もしなかった現象にディオーネは油断してしまい、その二つの渦をまともに喰らってしまう。

そして、渦に囲まれたディオーネにさらなる追い討ちがかけられる。その足下には白く光る魔法陣が形成され、いつの間にか脚が地面に縫い付けられディオーネは移動ができなくなっていた。


「何っ!?これは、まさか・・・」


「フュ〜ッ!一か八かだったけど、どうやら作戦は成功みたいだ!!みんな、ありがとね!!」


「ふふっ、これくらい容易いことだ」


アキレスがそう叫んだ先には、テセウスやペルセウス、ミネルヴァ、そしてダフネが勢揃いしていた。


「アキレス、これは・・・」


突然の展開に呆気にとられていたオデュッセウスがアキレスに問いかけると、アキレスは得意そうな笑みを浮かべて答えた。


「三人には、ダフネを通じてこっそりトラップを仕掛けてもらってたのさ。ディオーネに動かれちゃあ厄介だからね!」


「お、おのれ・・・」


アキレスの策略にまんまと嵌ってしまったことを悟ったディオーネは一層顔を険しくした。


「ヘラクレス、今だ!アイツに一発かましてやんなっ!!」


「ああっ!!!」


アキレスの掛け声の意図を読み取ったヘラクレスは頷いて応え、両手を前に構えて光り輝く剣を出現させる。勇気の力を司る古代戦士の武器、ハーキュリーズソードだ。


「勇気の光よ、闇を切り裂け!!ハーキュリーズバスターッ!!!」


ヘラクレスは大きく振りかぶり、光り輝くその剣を思いっきり振り下ろした。剣から放たれた巨大な光の刃がディオーネに向かって大地を走る。

ディオーネは踠いて拘束を解こうとするが、三人の力が束となったそれは簡単には破ることができない。抵抗できないディオーネに、光の刃が今直撃した。


「ぐっ・・・。何の、これしき・・・」


ヘラクレスの一撃をまともに受けたディオーネは、必死に耐えながらもその聖なる力に苦しみ悶える。まさか自分が、タイタン族最強のこの私が、こんなガキ共相手にやられるだと・・・。そんな屈辱を噛み締めながら、ディオーネはスッと目を閉じた。

とその時、身体の底から不思議と何か大きな力が湧き上がってきた。不思議に思い再び目を開けると、ディオーネの胸元にある金色の菱形の装飾が鈍く怪しく光り始めていた。


「・・・私を」


それに気付いたディオーネは、微かに笑みを浮かべた。

すると、その身体から炎のように揺らめく何かが現れ始める。それはどんどんと大きくなっていき、次の瞬間・・・


「侮るなあああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」


ディオーネの叫びと共にどす黒く禍々しいオーラとなって放たれた。そのオーラの凄まじい力に耐えきれず、ディオーネに纏わりついていた拘束が破られてしまう。それどころか・・・、


「なっ!?ハーキュリーズバスターが・・・」


ディオーネに直撃していたハーキュリーズバスター。その光の刃がメキメキと音を立てて割れ始め、遂にはガラスのように砕け散ってしまったのだ。

拘束を解き自由の身となったディオーネはヨロヨロと数歩ほど足を進め、そして止まったと思った瞬間顔を上げて高らかに笑い始めた。


「フッ、フハハハハハ!素晴らしいっ!!これこそ、あのお方の力・・・」


「・・・ディオーネ?」


「ああ、我が祖よ。あなたの目覚めはもうすぐなのですね。戻らなくては・・・、あなたが私を呼んでいる!!アハッ、アハハハハハハッッッ!!!」


「「!?」」


狂ったように高笑うディオーネからまた、どす黒いオーラが勢いよく吹き出した。

戦士達は吹き飛ばされそうになるほどのオーラの勢いに圧倒され、必死になってその場で踏ん張る。そして、気付いた時にはそのオーラと共にディオーネの姿は跡形もなく消えていた。


「くっ、逃げられちまったか・・・」


あと一歩のところで惜しくもディオーネを倒し損ねたアキレスは、悔しさのあまり思わず手を握り込んでいた。


「ああ。でも、さっきの力は一体何だったんだ?今までのアイツらからは感じたこともないような、強力で禍々しいあの力・・・」


突如としてディオーネが発したオーラを不審に思ったテセウスがそう呟いた瞬間・・・、


「あれは魔王サターンの魔力だ。どうやら、もう決戦の時が近づいているようだ・・・」


戦士達の間に、その場にいる者達とは違う女性の声が響いた。

振り返った戦士達はその声の主の姿を見て驚いた。そこには、鎧兜を身に纏い両手に盾と長槍を携えた女性が立っていた。


「「ア、ア、アテナ様!!!???」」



To be continued…


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