Act.1-6 目撃~Secret~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-6 目撃〜Secret〜

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今日は日曜日の朝。いつもなら学校も部活もなく、勇輝は本来なら家でゴロゴロするか趣味のネットサーフィンをするかで寛いでいる。しかし勇輝は今日、家でも学校でもない用事があった。


「うわあ、校舎めっちゃデカいし綺麗・・・。さすが私立だよなあ、隆聖学園は」


勇輝は今日、神山区はもちろん全国でも有名な名門校私立隆聖学園にいた。隆聖学園は明治時代の男子学校から歴史があり、開校当時からこれまでに数々の著名人を世に生み出した超エリート校である。現在でも勉強、部活共に優秀な生徒達が揃っている。

附属中剣道部と学園中剣道部は昔から神山区で一位二位を争う強豪校同士で、良きライバルである誼みでたまに練習試合をしており、今日はその練習試合の日であった。いつも附属中はメンバー揃って学校から隆聖学園の方へ向かうのであるが、勇輝の周りには部員達の姿はなかった。しかも、練習開始時刻もとっくに過ぎている。


(・・・今朝突然腹痛に見舞われて『一人で後から向かいます!』なんて連絡しちゃったけど、俺、迷子になったかも・・・)


勇輝は練習に遅刻していたのだ。今朝になって突然お腹を壊し一人遅れて学園に行ったが、勇輝は学園の剣道場の場所が正確に分かっておらず、ただ広い敷地内の中をうろちょろしていた。


「勇輝、もしかして場所分からないの?」


「・・・、!?」


勇輝は突然聞き覚えのある声が聞こえて驚いた。そして、その声の主の方を向いた。


「ルカ!いつから俺の近くにいたんだよ!?」


「ついさっき。ミネルヴァ様に頼まれて勇輝のこと見に来たんだ!ミネルヴァ様は今日なんか重大な連絡があるし、『一応初心者だから明日は休みでいい』っても言われたらしいし・・・」


ルカは驚いてあたふたしている勇輝に対し呑気そうにしていた。大変な状況にいるのにそんなことお構いなしに話しかけられたことに、勇輝は少し苛立ちを覚え始めていた。


「そうだよ、完全に迷子だよ!これ以上時間が経つと練習にも参加できないし、この学園の人達にも不審に思われるかもしれないのに・・・」


勇輝がそう言ったその時、


「君、附属中の生徒?道迷ってるの?」


背後から誰かが声をかけてきた。振り返ると、隆聖学園中等部の制服を着た一人の男子生徒がいた。その男子生徒は勇輝の方へゆっくりと近づいて来た。


(マズい、隠れなきゃ!)


ルカは例の如く見つからないように勇輝のリュックサックの中に隠れようとしたが開いていなかったため、咄嗟に勇輝のジャージの首元に身体を突っ込ませた。勇輝は助けが来たと心の中で喜んでいたが、その男子生徒が側まで来たとき一瞬たじろいてしまった。


(うわあ、この人身長高え・・・)


目の前に来た男子生徒は穏やかそうな見た目をしていたが、明らかに180cmはある身長のせいで少々威圧感が感じられた。しかし、急がなきゃという気持ちの方が勝り勇輝はその男子生徒に道を聞いてみた。


「ええっと、剣道場に行きたいんだけど・・・」


多少戸惑いながら勇輝はそう告げると、男子生徒はにこやかに言葉を返してくれた。


「ああ、僕もそっちの方に向かうところだから案内するよ。ついて来て」


そう言うとその男子生徒は迷いなく歩き始めた。勇輝は遅れまいと、男子生徒の後をスタスタと追い隣に並んだ。勇輝は少し男子生徒が気になって横目でチラ見すると、彼は茶髪の天然パーマで鼻も少し高く、どうやら純粋な日本人ではないなと思った。道案内をしてくれているだけの知らない人に馴れ馴れしくするのも気が引けることだが、勇輝は昔から気になることはすぐ口にしてしまう性格、思い切って聞いてみた。


「あの、もしかして君ってハーフ?」


「えっ?ああ、そうだよ。僕の父親ヨーロッパ系アメリカ人なんだ」


男子生徒はいきなり質問されて最初は少し驚いた顔をしていたが、すぐにその穏やかな表情で答えてくれた。


「やっぱり!アメリカに住んでたことある?」


「つい最近までアメリカにいたんだ。母親は日本人なんだけど生まれてからずっとあっちで暮らしていて、日本はたまに遊びに行くくらいで住むのは今回初めてなんだよ」


「そうなの!?いいなあ、俺海外に住むとか憧れるなあ・・・」


初対面の二人であったが思いの他会話が弾んだ。最初は挨拶程度だと思っていたがいつの間にか何度も会っている友達と話している気分になり、二人共楽しそうな表情をしていた。


「あっ、着いたよ。あの建物」


楽しく会話をしていたせいか、あっという間に剣道場前に到着した。勇輝は急いでいたのを思い出し駆け足で中に入ろうとしたが、はっとお礼を言うのを思い出して男子生徒の方を振り返った。


「ありがとう!ええっと、名前聞いてなかったね・・・。俺の名前は勇輝」


「僕はアスカ、じゃあね勇輝君」


お互いに手を振ろうとして腕を上げた瞬間、アスカは目を開けて息を飲んだ。しかし、そのことに気づいていない勇輝はすぐに剣道場の方へ走り去って行った。アスカは勇輝の背をただ呆然として見ながら呟いた。


「!?、・・・あのブレスレットは」







「・・・神前に礼、お互いに礼。お疲れ様、各自着替えて撤収!」


お昼過ぎとなって練習試合が終了した。顧問の先生の話を聞き、号令に従って終わりの挨拶を済ませると、お互いのチームのメンバーが揃って真ん中に集合し談笑を始めた。


「今回は引き分けだな、次は白黒はっきり付けような!」


「ああ、練習でも本番でもいつでも受けて立つよ!」


チームの部長同士が硬い握手を交わすのを見て、他の部員達も同じように握手したり肩を組んだりして戯れあう。勇輝と向かい合っていた対戦相手、沖田隼人(おきた はやと)は同級生であり、旧知の仲であるためあれこれ雑談していると、横から別の相手と話し終えた純が勇輝達の話に混ざって来た。


「そういえば勇輝、なんかお腹痛かったらしいじゃん。大丈夫だった?」


「えっ?・・・ああ、もう大丈夫!ごめん、遅れたし心配かけちゃったみたいだし・・・」


純に腹痛のことを聞かれ、勇輝はもう平気であると大丈夫そうな仕草をした。

実のところ、学園に来る前までは床に転げ落ちそうなほどの激痛に見舞われていたのだが、それも一瞬のことであったしもうとっくに治っていた。勇輝は腹痛のことをすっかり忘れ、純に言われて初めて思い出したのだった。


「プッ、お前腹下したのか?まさか、試合前に緊張したとか・・・」


話を聞いていた隼人には滑稽に聞こえたのか思わず吹き出してしまい、さらには勇輝を少しからかった。

勇輝は隼人に心配されるどころか笑われてしまい、恥ずかしさのあまり思わず顔を赤らめてムキになった。


「そっ、そんな訳!隼人、少しは心配しろよな!!」


「まあまあ、そんなに怒るなって・・・」


ムキーッと不貞腐れている勇輝を、隼人はまだからかうようにニヤニヤしながらあしらっていると、純が勇輝の機嫌を直そうと話題を変えた。


「そういや、一人でよくここにたどり着いたね。道迷わなかったの?」


「迷ったは迷ったんだけどさー、ラッキーなことにめっちゃ親切な中等部の人が案内してくれてさ。『アスカ君』って人なんだけど・・・」


「ん?勇輝、アスカに助けてもらったのか?」


その名前に隼人が反応した。


「知ってる?」


「進学クラスのヤツで俺ら部活クラスとは無関係だからからよくは知らないけど、噂じゃ父親の転勤で日本に来てこの学園に転校したらしいぜ」


「「ふーん・・・って、えっ!?ここの編入試験合格したってこと!?」」


勇輝だけではなくその場にいた純も驚いた。

転校とか編入試験だけの部分を聞いたら普通のことなのであるが、入試であれ学内試験であれ、隆聖学園の進学クラスに関わるあらゆる試験はどれも全国的に難関なことで有名であったのだ。


「ああ、なんか頭良すぎてあっちで飛び級何回もしてたって聞くし、アイツにとってはちょろかったんじゃないか?」


「そんな、軽く言っちゃって・・・。本当にすごいことなん・・・」


「おいお前ら!雑談もいいが、それより先に早く着替えてこい!!」


話を続けようとしたところでふと顧問の先生の大きな声が聞こえ、双方の部員達は慌ててバタバタと防具や竹刀を片付けたり着替えに行ったりし始めた。

勇輝と純、そして隼人もヤバいと思って苦笑いし合うと、お互いチームに戻って行った。







しばらくして帰る準備が整うと、勇輝は先ほど話をした純、隼人と三人組になって武道館から出た。雑談の続きをしながら歩いていると、遠くの方で制服を着た学生がぞろぞろと学園の校舎から出て来るのが見えた。


「あっちの方でぞろぞろしてるけど、あの人達は?」


勇輝が不思議そうに隼人に尋ねる。すると隼人はチラッとその集団の方を見ると、ああと呟いてサラッと答えた。


「ああ、進学クラスのヤツらも授業終わって帰ってるんだろ。俺らが部活やってる時間は、あっちは集中講義らしいぜ」


「へえ、あっちはあっちで大変だね・・・」


自分や隼人が部活で頑張っているのと同じであっちは勉強。いや、隆聖学園はどこの学校よりも勉強と部活に力を入れているのだから、きっと自分の想像以上に努力しているはずだ。

勇輝は感心のあまり溜め息を漏らしながらその集団をボーッと見つめていたが、すぐに肩を叩かれて我に返る。振り向くと、勇輝がボーッとしていたので焦ったくなったのか、隼人がはあっと呆れた表情をしていた。しかし、その後すぐにニコッと笑う。


「俺、この後用事あるから。じゃあ勇輝、純、お互いに頑張ろうな!」

「ああ、バイバイ!また試合とかで会おう!」


「じゃあね隼人、今度は僕とも戦ってよ!」


隼人は勇輝達と別れの挨拶を軽く済ませると、先ほど勇輝が混乱した学園の敷地内を迷いもなく走り去って行った。

隼人の姿が見えなくなると、純が勇輝に話しかけた。


「僕は塾あるから、勇輝はこれからどうするの?」


「うーん、特に何も用事ないから家に帰るよ。じゃあね、純ちゃん!」


「バイバイ、また月曜日に・・・」


そう言い交わして二人も別々に歩き始めた。数歩歩いたところで、勇輝のリュックサックのファスナーを開けて中からルカがヒョコっと顔を出した。


「勇輝・・・、もう誰も、いない?ていうか・・・、ウエッ!ゲホッ、ゲホッ・・・」


何か言いかけたところでルカが盛大に咽せ始めた。何事かと勇輝がルカを心配しようとする前に、リュックサックから飛び出てきたルカが咳を出す勢いで思いっきり叫んだ。


「汗臭っ!!!」


「・・・はあ?」


勇輝は予想外の言葉に、思わず苛立ち混じりに聞き返してしまった。

事実とはいえ、剣道をやっている身として一番言われたくない「汗臭い」という言葉をなんの臆面もなく言われてしまい、多分ルカに悪気はないのであろうが勇輝は真に受けてしまった。


「ふうっ、やっとスッキリした・・・。って、イダダダダ!!」


やっと落ち着いたと思ったところで、ルカはいきなり勇輝に両頬を横に引っ張られた。驚いて真正面にある勇輝の顔を見ると、口端は横に引きつっていたが、目は笑ってなかった。


「自分から中に入っておいて失礼な・・・。仕方ないだろ、フル装備するとめちゃくちゃ暑いんだから・・・」


声のトーンも普段より断然低く、ルカにも怒らせてしまったことが容易にわかった。


「ご、ごめん。怖いよ勇輝・・・」


普段は穏やかな勇輝が本気で怒るとは予想外のことで、ルカは両頬を抓られたまま涙目で謝った。が、勇輝はなかなか手を離してくれない。何とかして勇輝の機嫌を直そうと、ルカは咄嗟に思いついた言葉を発した。


「あっ、ねえ勇輝、これから暇ならパルテノンに行こうよ!ミネルヴァ様仕事終わったらお菓子焼くとか言ってたし・・・」


「本当!?俺、今甘いものの気分だったんだよ。行く行く!!」


「お菓子」という単語を聞いた瞬間、勇輝の態度が180度変わった。期待に目をキラキラと輝かせ、自然とルカを摘んでいた両手が離れた。

ほうっとルカは安心し、早く行こうと勇輝をパルテノンへ誘導しようとした、その時、


「勇輝君、ちょっといいかい?」


勇輝は背後から声をかけられた。と同時に、勇輝の陰に隠れていたルカも見つからないように、勇輝のジャージの首元に突撃して行った。


(またそこかよ!それくすぐったいんだから・・・)


ルカが潜ろうと首元でちょこまか動くとくすぐったい。しかし、もうルカが隠れ直す暇もないため、そのままくすぐったいのを我慢して声をかけた人を見た。


「あ、あれ?アスカ君じゃん、どうしたの?」


声の主はアスカだった。勇輝はわざわざ声をかけてくれたのかと嬉しそうな表情をしたが、対するアスカの表情を見るとたじろいてしまった。あまりにも真剣な顔をしていたのだ。


「君と話したいことがあるんだ。学園内のカフェに一緒に来てくれるかな?そんなに時間はかけるつもりはないから」


「・・・話したいこと?」


突然のアスカからの誘いに、勇輝は戸惑ってしまった。

ついさっきルカとパルテノンに行こうと約束しため、「用事があるから」と誤魔化して逃げようかとも思ったが、アスカの「話したいこと」も気になり始めた。何しろ、今日出会ったばかりでほぼ初対面の自分をわざわざ捕まえに来たのだから・・・。


「あー、うん。別に構わないよ!」


少しぐらいならと思い、勇輝はアスカの誘いを承諾した。

すると、断るかと思っていたはずが勇輝がイエスと返事したために、ジャージの襟元からルカの小さい驚きの声が聞こえた。


「ちょっ、早くお菓子食べたいのに・・・」


(ちょっとだけだから!)


勇輝は頭を掻くフリをして後ろに回した手をジャージの首元に突っ込んで、ルカを指先でちょいちょいと突いて宥めた。


「ありがとう、じゃあ付いて来て」

「あっ、でも、話したいことって・・・」


行動の速いアスカに遅れまいと慌てて付いて行こうとした勇輝だったが、肝心なことを聞き忘れていたとアスカに聞いてみる。


「えっと・・・それは後で、とりあえず行こう」


アスカは振り向いて一瞬何か言おうとしたが、すぐに焦らしてしまった。そのまままた歩き始める。勇輝はアスカの挙動を不審に思ったが、とりあえず話はしてみようと前向きに考え急いでアスカに付いて行った。

カフェの席に着くまで、二人の間で会話が生まれることはなかった。







二人が着いたカフェは街でもよく見かけるチェーン系の店だった。カフェ内には勉強や雑談をする学園の生徒達や、コーヒーを飲みながらノートパソコンと向き合う教員の姿がある。

勇輝は注文しに行こうとするとアスカに止められ、話に付き合ってもらっているので奢ると言われた。勇輝は悪いと思って慌てて断ろうとしたが、アスカが申し訳なさそうな仕草を見せたためその善意を受け取った。

勇輝はその代わりに窓際の二人席を取って待っているとアスカが二人分のドリンクを持ってきて、勇輝の前に頼んでいたホットのカフェ・ラテが置かれた。対するアスカのものは、ホットのブラックコーヒーだった。


「ごめんね、なんか奢ってもらっちゃって・・・」


一応はアスカの話に付き合うという身ではあったが、奢られると逆にこちらの方が申し訳なく思い始め、勇輝は照れながら礼を言った。


「いいんだよ、僕の方こそ付き合ってくれてありがとう」


二人共向かい合って座り、軽く談笑して話が落ち着いたと見えたところで、妙に後ろめたそうな顔をしながらアスカがあの話を切り出した。


「それで、話のことなんだけど・・・」


「うん」


それとは対照的に、勇輝は呑気に自分のラテの入ったカップを口に運ぶ。


「教えてくれないか、『戦士』のことについて」

アスカの言葉に勇輝の手がピタッと止まった。そして、止まったかと思うとすぐにカタカタと小刻みに震え始めた。口に含んでいたラテを吹き出しそうにもなったが、どうにか堪えてゴクッと飲むと何回か大きく深呼吸した。その間に、勇輝のジャージの首元から隠れていたルカが小声で囁いた。


「勇輝、何とかして誤魔化して!」


ルカの姿自体は見えなかったが、その声はどこか落ち着きがなくかなり焦っているのが見なくても勇輝には分かった。

実際、勇輝自身もどう対応しようか迷っていた。いくら図星を突かれると誤魔化すのが下手くそになる勇輝でも、戦士の秘密は守り抜かなければならないことは十分承知している。意を決して勇輝はとぼけたフリをし始める。


「なっ、何のことかなあ?『戦士』だなんてそんな、僕はただ剣道をやってる普通の・・・」


「分かるんだよ。勇輝君の左腕についているブレスレット、それが変身するためのアイテムだってことも・・・」


勇輝の努力は虚しかった。アスカは勇輝がとぼけていることはお見通しであることを示すように、緑色の眼差しで勇輝を釘刺しした。その迫力に、勇輝は思わずたじろいてしまった。


(なっ、何でそこまで知ってるんだ・・・?)


まさか、変身しているところを見られた・・・!?いや、でもアスカ君は今日が初対面だったみたいだし・・・。

アスカとは初めて会うはずなのに、予想以上に勇輝、と言うよりは戦士のことを知っているみたいだった。


「ごめん。アスカ君を疑っている訳じゃないけど、一応機密情報だから・・・」


「正体を隠してやっているのは承知してる。けど、この世界に危機が迫っているのに君達だけ頑張って戦っているのを、僕黙って見ていられなくて・・・。君が変身した経緯だけでもいい、今起こっていることを知りたいんだ!」


言いかけているところで畳み掛けるようにまたアスカに迫られた。


(・・・もう、誤魔化せないな)


そう確信した勇輝は、大きく溜め息をついて一度冷静になった。そして、アスカの顔をしっかりと見た。


「・・・分かった。でも、これから話すことは絶対に誰にも言っちゃダメだよ」


念のために・・・、と勇輝は口止めをすると、アスカは無言で大きく頷いた。覚悟ができ、遂に勇輝はこれまであったことを話し始める。


「俺が戦士になったのはつい最近。いきなりセイレーンっていう怪物に襲われて、一緒にいた妖精を助けたいって思ったら、いつの間にか変身してたんだ。その後も、このブレスレットがあれば変身できるみたい。・・・俺が話せるのはこれ位かな」


勇輝が一通り話すと、アスカは少し俯いてしばらく口元に手を当てて何か考え始めた。そして、何か思いついたのか、顔をあげて勇輝に質問した。


「妖精・・・。それって、ピンク色の髪の女の子?」


「いや、違うよ。僕が知っている妖精は男の子だけど・・・」


勇輝はキョトンとした。その「ピンク色の髪の女の子」に全く心当たりがなかったのだ。いくら考えても勇輝の頭には何一つ思い浮かばなかった、が、


(!!、ピンク色の髪の女の子・・・。まさか・・・)


勇輝は気付いていなかったが、隠れていたルカはアスカの言葉にハッと何か驚いていた。


「ということは、勇輝君は彼女達のことは知らないのか・・・」


うーんと考え込む勇輝を見て、アスカは不意にそう呟いた。

思い出すのを諦めたところで、今度は勇輝の方からアスカに気になっていたことを聞く。


「そういえば、アスカ君はなんでブレスレットが変身アイテムだってこと知っているの?俺と会ったの初めてだよね?」


「・・・完全に確信があった訳じゃないんだけど、実は・・・」


アスカが何か言いかけた、その時・・・、


「キャアアアアアアッ!!!」


「逃げろおおおおおっ!!!」


外から数々の大きな悲鳴とドタバタという走る足音が聞こえてきた。


「えっ、ちょっと何?」


カフェ内にいる人々も外の異変に気づき、静かだった店内がザワザワと一気に騒がしくなる。


「・・・なんか、外がやたら騒がしいね」


タダ事ではないと悟ったアスカは顔を顰める。


「!!、もしかしたら・・・、俺外に行って様子見てくる!!」


勇輝はまさかと思い、バンッとテーブルに両手をついて席を立つと、その勢いのまま外へと駆け出して行った。


「あっ、勇輝君待って!!」


アスカは勇輝を引き留めようとしたが、今何が起こっているのかをなんとなく理解すると自らも勇輝を追って走っていった。







「あーあ、思ったほど人あんまいないし、つまんなーい!」


カフェから少し離れた場所に、褐色肌の女性が水色のショートヘアを靡かせ、溜め息混じりにそう呟いていた。周囲にある建物の壁や窓が所々破壊されており、道も瓦礫やガラスの破片、さらには花壇の土らしきものが散乱している。


「早く戦士来ないかなあ・・・、あっ、来た来た!」


その女性がキョロキョロと辺りを見回していると、遠くの方から一人こちらに向かって走ってくる者がいた。勇輝だ。勇輝は女性の目の前まで辿り着くと、ハアハアと息を切らしながら睨みつけた。


「こんなメチャクチャにして・・・。アンタ、タイタン族だな?」


「そうよ、私の名前はテティス!」


睨む勇輝を軽く遇らうようにテティスはウフフッと嘲笑し、スッと構える。


「この前はミマスがお世話になったわね!でも、私はミマスみたいな失敗はしない!この手でひねり潰してやる!!」


テティスの周囲に禍々しいオーラが漂い、ただならぬ覇気を感じられる。


「勇輝!!」


勇輝を心配して、首元に隠れていたルカが飛び出てきた。


「ルカ、まずパルテノンに行ってミネルヴァ様に伝えて!俺が時間を稼ぐから!」


勇輝はルカの方を見て応援を頼んだ。ルカはタイタン族相手に勇輝一人で戦わせるのは危険だと思い一瞬戸惑ったが、ここで助けを呼ばなければいつまで経っても勇輝だけで戦わなくてはならなくなることを理解する。


「うん、分かった!勇輝、どうか耐えてて!」


ルカはコクッと頷くとビューンッとスピードを上げて飛び、パルテノンへ向かって行った。

その様子を見ていたテティスは構えを一旦崩し、ほおと感心した様子で勇輝を見て言った。


「ねえ、お友達を呼ぶみたいね。どうする、来るまで待っててあげようか?」


「そんなことっ・・・、勝負だテティス!!」


「怖い物知らずねえ、それともただの馬鹿なのか・・・。ま、どちらにしろすぐ倒して終わりだし。後悔しても知らないよ!」


テティスが構え直すのを見て、勇輝も左手を構えて変身の合言葉を叫んだ。


「ヘラクレスパワーメタモルフォーゼ!!!」







「!、あれは・・・」


勇輝を追いかけていたアスカの前を、焦りながら飛ぶルカが横切った。どうやらルカはアスカに気付いていない様子だった。

アスカはルカが飛んでいく方向を目で追い、少し考えた後、何か決心してルカの方を追いかけて行った。







「う〜ん、このクッキーすっごくおいしいです〜!ミネルヴァ様、お菓子作りお上手ですね!」


「そうか、喜んでもらえて何よりだ!」


一方、パルテノンではミネルヴァ(正しく言うなら人間の姿であるさやかの状態のミネルヴァ)が焼いたクッキーをミネルヴァと碧、譲治で囲んでいた。


「へえ、ミネルヴァ様って料理できるんだ・・・」


「おい譲治、それどういうことだ!」


譲治の発言にミネルヴァが少しムッとなり、羽を広げて譲治を睨む。


「あっ、すみません。つい・・・」


譲治と碧、そしてミネルヴァでワイワイ盛り上がっていると、妖精の出入り用に作られた小窓がバタンッと開き、息を切らしたルカがビューンッと話の輪の中へ飛んできた。


「ゼエ、ゼエ・・・。あっ、譲治と碧もいる!ミネルヴァ様!!タイタン族が出たんです!今、ヘラクレスが頑張って時間を稼いでいるので早く!!」


「「!!!」」


ルカの言葉で、楽しい雰囲気が一気に緊迫したものとなった。ミネルヴァが真っ先に反応する。


「何だと!?勇輝だけじゃ危ない!皆の者急ぐぞ、ルカ、その場所に案内を・・・」


「はい!・・・あっ、でもあそこすごく入り組んでてどこだか忘れちゃったかも・・・」


ルカは急に小声になった。学園から出るときは焦って無我夢中で進んでいたために無意識のうちに外へ出ていたが、いざ元いた場所へ戻れと言われると敷地内が複雑に入り組んでいてわからない。ルカには案内できる自信がなかったのだ。


「おい、それじゃあ勇輝のところに行けないじゃないか!思い出せないか?」


「うーん、ええっとええっと・・・」


ルカが必死になって思い出そうとしていると、今度はパルテノンの玄関のドアが勢いよく開いた。突然の大きな音に驚いてその場にいた全員が玄関の方に目をやると、ルカを追いかけて走ってきたアスカが扉に手をついて深呼吸していた。


「あっ、アスカ!?付いて来てたの!?」


「アスカ・・・さん?えっ?この人・・・、知り合いですか!?」


「ルカ、お前また姿見られたのかよ!!」


碧と譲治が別の意味で焦るのを他所に、アスカはズカズカとルカ達の方へ近づいて行く。


「君達、勇輝君の友達だね?僕が案内するからついてきて!!」


そう言ってアスカは呆然としている譲治の片腕を掴み、急かすように外へ行こうと引っ張った。


「なっ!?その前にアンタは一体・・・」


いきなり馴れ馴れしく腕を掴まれて譲治は当然の如く驚く。しかし、アスカは深刻そうな表情を微塵も崩さない。


「詳しいことは後で話す。今は急がないと、さあ!」


譲治は突然来た初対面の相手への疑いの念が払いきれず、どうしようか迷っていた。しかし、このやりとりを見ていた碧がアスカの着ていた制服を見て何か確信し、譲治とミネルヴァの方を向いて言う。


「焔村さん、アスカさんを頼りましょう。彼の学校の隆聖学園は広くて複雑なのは聞いたことがあります!」


「隆聖学園」と言う単語を聞いて、譲治はアスカの制服を見る。譲治自身も隆聖学園のことは知っており、隆聖学園の敷地は始めて来たなら絶対に迷ってしまうくらいの広大さと複雑さを兼ね備えていることも、もちろんのこと承知していた。

ルカがいた場所がそこなら説明がつくし、位置を熟知しているアスカに案内してもらった方が早いと譲治は確信した。


「・・・分かった、行こう!ミネルヴァ様!」


譲治の呼びかけにミネルヴァはコクッと頷いた。ミネルヴァも彼女なりにここはアスカを頼るべきと考えたようだ。


「よしっ!では、アスカ、案内してくれ!」


「はいっ!」









「うおぉぉぉぉぉっ!!」


「てやっ!!」


ルカが応援を呼びに行った間にも、ヘラクレスとテティスの激しい攻防が続いていた。


「くっ・・・」


「おっと」


お互いの攻撃が衝突し、その反動でどちらも後ろへと引き下がる。二人の間に距離ができたところで、テティスが口を開いた。


「へえ、なかなかやるじゃん。ごめんね〜、私もっと弱いのかと思ってた!」


テティスの口からまた挑発の言葉が飛び出た。ヘラクレスは正直悔しかったが、相手にペースを持ってかれまいと唇を噛み締めて何も言わなかった。


「もう〜、そんな不貞腐れなくたっていいんだよ!さあ、続きといこうじゃん!」


テティスがそう言って次の攻撃に移ろうとしたその時だった。


「待てっ!!!」


ヘラクレスの背後から声が聞こえた。


「燃え盛る情熱の戦士、ソルジャーテセウス!!情熱の炎に燃え尽きな!!!」


「清らかなる慈愛の戦士、ソルジャーペルセウス!!ピュアなハートに射抜かれなさい!!!」


「ヘラクレス、加勢に来たぞ!我々も共に戦おう!!」


ヘラクレスが振り返ると、テセウスとペルセウス、そして変身したミネルヴァが立っていた。


「みんな・・・!」


やっと来た応援に心強くなり、ヘラクレスは感激した。4対1、これなら有利になる。ヘラクレスはそう思ってテティスの方へ向き直す。


「・・・アハハッ!!」


しかし、ヘラクレスの目に映ったのはテティスの高らかに笑う姿だった。


「あー、やっとだ!相手が四人もいるなら、・・・そろそろ本気出しちゃってもいいよね!!!」


「!?」


テティスが言い終わったと同時に、ヘラクレスの視界からテティスの姿が消えていた。何が起こったのか分からず思わず瞬きをしたその直後、ヘラクレスの目の前にはニコニコと笑うテティスの顔があった。


(なっ、今の一瞬で!?)


驚きで一瞬たじろいたヘラクレスの胴体に、テティスは思いきり膝蹴りをかました。

テティスの凄まじい肘蹴りは鳩尾に直撃し、ヘラクレスは蹴りの勢いで吹き飛ばされて仰向けに倒れ込んでしまった。ヘラクレスは負けまいとすぐに起き上がろうとするが、鳩尾に激痛が走り身体すら起こせないでいる。


「ヘラクレスッ!?くそっ、パッションストリームッ!!!」


ヘラクレスが吹き飛ばされるのを見て、テセウスが仇を取ろうと紅蓮の炎の渦を発生させた。その炎はテティスへと向かって走るが、テティスはそれを見てむしろ面白そうにニタアッと笑った。


「私に炎は通用しないよ!タイタンフロウッ!!!」


そう言うと、テティスは両腕を上に掲げて巨大な水の球体を作り出した。そして、その水球をテセウスの炎に迎え撃つように投げつけると、水球は炎をどんどん消しながら進んで行きテセウスの目の前まで飛んできた。


「うわっ!?」


テセウスは躱そうとした。身体全体に水球が当たることは防いだ。がしかし、ギリギリのところで片足が水球に掠めると、なんと片足が水球へとどんどん引き摺り込まれていくのであった。


「マズい、このままじゃ溺れちまう・・・」


何とかして片足を水球から抜こうとするが、テセウスがもがけばもがくほどまるで底無し沼のように水球に吸い込まれていく。


「テセウスッ!!」


「私、水の巨人だから炎は通用しないよ〜!」


なす術のないテセウスに向かってベーっと舌を出して挑発するテティスの態度に我慢の限界が来たのか、今度はペルセウスが前に出た。


「ミネルヴァ様、テセウスを助けていてください!ここは私がっ!!」


今にも溺れそうなテセウスをミネルヴァに任せ、ペルセウスは左手を前に突き出して極寒の猛吹雪を発生させた。


「フローズン・ハートブレスッ!!!」


テセウスの炎に変わり、今度はペルセウスの吹雪がテティスに襲いかかる。


「凍らせる気?望むところ!!」


炎が吹雪に変わっても、テティスは迎え撃つ気満々であった。今度はペルセウスと同じように左手を前に突き出すと、そこから巨大なポンプから流れ出るような水流が発生した。水流はペルセウスの吹雪と遂に激突する。

一方、ミネルヴァは杖から光線を放ってテティスの水球を破壊し、溺れかけていたテセウスを救出した。ミネルヴァの魔法でもってしても水球を破壊するのに手間取ってしまい、テセウスは息苦しそうに両手両膝をついて噎せていた。


「おい、テセウス、大丈夫か?」


「グホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・。ええ、何とか・・・」


そんな時だった、


「そんな!?・・・、きゃあぁぁぁぁぁっ!!」


突然悲鳴が聞こえ、二人はペルセウスの方を見る。ペルセウスは上空で水流に吹き飛ばされていた。最初こそ互角であった吹雪と水流であったが、次第に吹雪の方が水流の威力に押し負けてしまいペルセウスはその水流に巻き込まれてしまったのだ。


「ペルセウス!?」


テセウスが素早く反応して飛んできたペルセウスの身体を支えたことで、さらなるダメージは防ぐことはできた。

この様子を見たテティスは、相手四人を見回し最後にミネルヴァに視線を向けると、両手の指先を口元につけてプププとほくそ笑んだ。


「えー、弱すぎじゃん。ねえ、アテナんとこのフクロウ。世界を守る戦士がこんなひ弱でアンタも大変ね!」


「何だとっ!?チッ・・・」


普段は冷静なミネルヴァだったが、まだまだ未熟とは言え今までモンスター達を倒し使命を果たそうと努力している戦士達を馬鹿にされたことで、完全に怒りが剥き出しになってしまった。

ミネルヴァは素早い動きで自身が持つ杖を振ると、周囲に大量の白く光る羽根が発生した。


「これでも喰らえ!!フェザーアローッ!!!」


その羽根はミネルヴァの指示で鋭い刃となり、テティスの方へ向かって雨のように降り注ぐ・・・

しかし、テティスは読み切っていた。素早いアクロバットで大量の刃を次々に躱していく。


「何!?」


全ての攻撃を躱し切ると、テティスはミネルヴァの目の前まで間合いを詰めた。


「くっ・・・、はあっ!!」


間一髪のところで、ミネルヴァは杖を盾にしてテティスの蹴りを防いだ。ミネルヴァはその反動でテティスを押し切り、テティスはそれを利用して後転しミネルヴァとの間合いを取り直した。

ミネルヴァがテティスの顔を見ると、表情は下を俯いて不機嫌さが滲み出ており溜め息もついていた。


「はあ。ミマスが大分ヤられてたみたいだから、少しは楽しめるかなあっ思ってたんだけどなあ・・・。私の勘違いだったみたいね」


テティスは相手に聞こえるようにわざとらしく声を大きくして独り言を呟いた。当然ながらその言葉が聞こえた四人はテティスの方を一斉に見つめる。全員の視線が集まったのを細めで確認すると、テティスは顔を上げ四人を見返した。


「ヘなチョコな戦士共もアンタら神々の使者達も、私が全員奈落の底に突き落とすっ!そして、我らがサターン様とタイタン族の時代が来るの・・・。素敵でしょ?アッハッハッハッハッ!!!」


倒れている戦士三人と唇を噛みしめながら睨みつけるミネルヴァの姿を見て、テティスは己の、そして一族の勝利を確信したのだ。今まで以上の侮蔑の念を込めた眼差しを四人に向けながら声高らかに嘲笑した。

その時だった・・・


「そんなことさせない!!!」


「はあ?・・・きゃっ、ちょっと何な・・・!?、ゲホッ、ゲホッ・・・」


突然誰かの声が聞こえた直後、テティスの周囲に謎の白い煙幕が発生した。唐突の煙幕が目眩しとなり、テティスは噎せ返ると同時に怯んで動けなくなってしまった。


「あれは・・・、消火器?」


テティスの水技による息苦しさが残り尻餅をついていたテセウスが、突然目の前に現れた白い煙幕を見てそう呟いた。


「でも、一体誰が・・・」


ペルセウスも目を丸くして最初は呆然としていたが、ハッと我に帰ってキョロキョロと辺りを見回す。すると、予想通り消化器を構えている人影があった。その人物は・・・


「あやつ、まだ逃げていなかったのか!?おいアスカ、危険だぞ!!」


アスカだった。

ミネルヴァは驚いてアスカにこの場を離れるように叫んだ。しかし、アスカはテティスへの怒りの感情で頭が埋め尽くされているようで、ミネルヴァの叫びが全く耳に入っていない。

煙幕が晴れ始めテティスのシルエットが見え始めると、アスカは持っていた消火器を振りかざした。


「これでも喰らえっ!!」


アスカは思いっきりテティスの胴体に向かって消火器を投げつけた。


「!?、痛たあ!!!」


まだ覚束ない視界からかなり重量のある消火器が身体にぶつかってきて、テティスはバランスを崩してバタンッと地面に倒れ込んだ。


(あーあ・・・、普通の人間がタイタン族に喧嘩なんか売っちゃったら・・・)


隠れて戦いを見守っていたルカはアスカの大胆不敵な行動に恐怖を覚えていた。戦士でない人間がタイタン族の攻撃を喰らったらタダでは済まない、下手をしたら死んでしまうかもしれない。そう思ったルカは思いっきり叫んだ。


「アスカが戦っちゃダメだよ!!早く逃げて!!」


ルカもアスカに早く逃げるように催促した。しかし、アスカは相変わらず逃げようとはしない。その視線は、完全に晴れ始めている煙幕の向こうにいるテティスを向いたままだ。


「ゲホッ、ゲホッ・・・。ああっ!?私の服が台無しじゃない!!」


ようやく現れたテティスの姿は、消火器の白い粉で塗れだった。テティスは汚れたことに悲鳴を上げると、すぐに立ち上がって煙幕の原因であるアスカを睨みつけた。今まで楽観的な態度を取り続けていたテティスだったが、その瞳は憎悪と怒りを宿していた。


「・・・許さない、このクソガキがあぁぁぁぁぁっ!!!」


テティスは鬼のような形相でアスカに襲いかかり、アスカの脇腹を目掛けて蹴飛ばした。


「ぐわっ!!」


「アスカ!!!」


体格のいいアスカでもテティスの攻撃には耐え切れず吹き飛ばされてしまい、地面に身体を引き摺らせて仰向けに倒れてしまった。

テティスの怒りはこれだけに収まらず、すぐに仰向け状態のアスカの目の前まで近づくと、アスカの腹部を左足で踏みつけて右手をかざした。右手からは禍々しい黒い球体が発生する。


「あーあ、最悪。私の服をこんなんにした罰、アンタから奈落送りだっ!!!」


「!?」


アスカは恐怖を覚え踠いたが、身体を固定されていて逃げることができない。


(もう、ダメの?・・・)


見守っていたルカも諦めかけ、目を逸らしてしまう。

絶体絶命のその時・・・


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


ヘラクレスがテティスへ向かって殴りかかってきた。アスカへの攻撃に夢中になっていたテティスはヘラクレスの接近にギリギリまで気づくことができず、咄嗟に両腕でヘラクレスのパンチを防いだものの体制を崩してしまい黒い球体は不発のまま消滅してしまった。


「なっ、邪魔するなっ!!」


テティスは邪魔が入ったことでさらに苛立ってしまい、怒りの矛先をヘラクレスに変えて再び1対1での戦いが始まった。

テティスが離れたところで、テセウスとペルセウス、そしてミネルヴァはアスカの元へ駆け寄り、怪我の回復をして身体を起こしてやった。


「おい、大丈夫かよ?」


「ははは、ちょっと無理しちゃったかも・・・」


テセウスに起こされたアスカは申し訳なさそうに苦笑いをした。


「でも、アスカさんのおかげで助かりました!」


「それならよかった。エースには『足手纏い』なんて言われてたから・・・」


「「・・・『エース』?」」


テセウスとペルセウスがアスカの呟きに聞き返そうとした時、突然ドーンッと派手に物がぶつかる音が聞こえてその方向を見る。その音は校舎の壁が崩れた音だったようで、辺りには瓦礫が散乱し灰色の埃が朦々と舞っている。


「マズい、我等も加勢しなければ・・・、!?」


本気を出したテティスを一人で相手しているヘラクレスが危ない。そう思ったミネルヴァが杖を掲げて攻撃の態勢を取ろうとしたが、埃が晴れた光景を見て体が止まってしまった。何と、先ほどまで圧倒的な力を見せつけていたテティスがボロボロになって壁に倒れ込んでいたのだ。そのテティスの視線の先には、所々傷つきながらも堂々と立っているヘラクレスの姿があった。


「ぐうっ・・・。ちょっと、さっきよりもパワー増してんじゃない!?」


「・・・ああ、俺、今本気で怒ってるから」


そうヘラクレスが叫んだ瞬間、ヘラクレスのヒーローストーンが眩い白い光を放ち始めた。そして、その光は剣の形となってヘラクレスの目の前で止まり、ヘラクレスが柄の部分を右手でガッチリと握り締めるとそれは本物の剣となった。

その光景を見たミネルヴァが叫ぶ。


「ヘラクレス、今こそ剣の使い時だっ!!!」


ヘラクレスはミネルヴァの呼びかけに視線を変えずにコクッと大きく頷き、両手で剣を構えた。


「勇気の剣ハーキュリーズソードよ、俺に力を!!」


ヘラクレスの合図で鍔の宝石に無数の光が集まり始め、ハーキュリーズソードの刃が白い光を帯びる。輝く刃は次第に大きくなっていき、ヘラクレスは上に大きく振りかぶる。


「勇気の光よ、闇を切り裂け!!ハーキュリーバスターッ!!!」


ヘラクレスがハーキュリーズソードを振り下ろすと、輝く巨大な刃は一直線にテティスの方へ走っていく。テティスは起き上がろうとするがヘラクレスの攻撃のダメージが大きく、脚すらまともに動かすことができなかった。テティスは絶望を感じ、迫り来る光の刃を見つめる。


「そっ、そんな・・・。この私が・・・」


次第に視界が光で埋め尽くされていく。もう、テティスの目には真っ白な光しか見えなかった。


「ギャアァァァァァァァァァッ!!!」







「はあ、はあ・・・」


刃の光が完全に消えると、ヘラクレスの目にはうつ伏せで倒れ込んだテティスが映っていた。


「・・・やった、のか?」


びくとも動かないテティスであったが、もしかしたらまだ意識があるかもしれない。そう思いヘラクレスはテティスの様子を確認しようと前に進もうとした。

と、その時、


「何だ!?」


突然テティスの横に突風が巻き起こった。ヘラクレスの視界が乱れ、風を両腕で防ぐ。風が収まって両腕を外すと、そこには黒いローブを被った人物が立っていた。


「・・・あれは?」


「・・・」


その人物は無言のままテティスを見ると、そのまま両腕で優しく抱きかかえた。その瞬間、テティスの目蓋が開き、その人物の顔を見てうっとりとした表情になった。


「・・・あっ、ディオー・・・ネ?来て、くれ・・・、たのね?・・・」


「・・・」


そして、また突風が起こった。


「あっ!?待て!!」


逃げられる・・・。そう思ったヘラクレスは突風の渦に向かって走り出したが、二人が消えると同時に発生した一頻り強い風に吹き飛ばされそのまま尻餅をついてしまった。

結局、ヘラクレスはテティスにトドメを刺し損ねてしまった。







空は茜色が差し掛かり、もう夕方になりかけていた。

テティスと謎の人物が消えた後、ボロボロになっていた隆聖学園は戦士の聖なる力で元どおりになり、勇輝達は隆聖学園から出るとアスカも連れてパルテノンへと向かっていた。


「ありがとうアスカ君、助かったよ!」


勇輝は笑顔でアスカに先ほどの戦いの礼を言うと、アスカは何か考え事でもしていてボーッとしていたのか、いきなり勇輝に声をかけられて少々ビックリしていた。


「・・・いや、お礼はいいよ。結局こっちが助けられたんだし・・・」


アスカはニコッと微笑みながらそう言ったが、お礼を断ったのが気まずくなりすぐに顔を逸らしてしまった。少し照れているようにも見える。

そんな会話をしていると、ミネルヴァがコホンッと咳きをした。そして、改まってアスカの方を見ると今まで以上に真剣な目で語った。


「アスカ、今回については礼を言う。しかし、戦士以外の人間が戦うのは危険な行為だ。今後は無茶はするな・・・」


「ええ、分かってます。でも・・・」


ミネルヴァから忠告を受けると、アスカはコクッと頷いたがそのまま顔を上げないまま言葉を詰まらせる。そして、何か覚悟したかのように顔を上げ、


「君達だけで戦っているのを、黙って見ていられないんだ!」


アスカは自分の思いの打ち明けた。その鋭く光る緑色の目は真っ直ぐミネルヴァを射抜く。あまり動揺しないミネルヴァも、アスカの真剣で、そして迫力ある反論に少したじろいてしまった。


「あっ、すみません・・・」


何となく言い過ぎたと思ったアスカが慌てて謝る。すると、アスカの様子を心配した譲治がアスカの顔を覗いて聞いた。


「なあ、アスカ。何でそこまで俺達を助けようって思ってるんだ?俺達と会うのは初めてなんだろ?」


すると、アスカは静かに答えた。


「・・・確かに君達とは初めてだよ。でも、戦士に会うのは初めてじゃないし、何回も会ってるよ・・・」


アスカの言葉を受けて、その場が沈黙に包まれた。戦士に会うのが自分達が初めてではない、と言うことは・・・。


「・・・えっ?じゃあ、あなたは」


碧が聞こうとするとアスカは「ああ」と言ってして途中で言葉を遮り、そして自ら語り出す。


「知ってるんだ。君達以外の戦士『エース』を・・・」




To be continued…



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る