Act.1-4 使命~Minerva~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-4 使命〜Minerva〜

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「ミネルヴァ・・・様?」


勇輝はそう呟きながらその白いフクロウ、ミネルヴァを見つめた。ミネルヴァは勇輝達の前まで降下すると、その鋭い黄色い目で戦士である三人を一人ずつじっと見つめて話し始めた。


「ペルセウス、テセウス、そしてヘラクレス。其方達の活躍でこの世界や人間を襲うモンスターが倒されていることは十分承知している。だが、そのモンスター達に苦戦していては奴らの背後に潜む『真の敵』には勝てない。」


((・・・『真の敵』?))


自分達が今まで戦ってきたモンスターの他にも敵が・・・。三人はミネルヴァの言葉に衝撃が隠せず、思わず息を飲んで黙ってしまった。


「あの・・・、それってどういうことですか?」


「・・・手を出せ」


勇輝がやっとのことで口を開きミネルヴァに問い質すと、ミネルヴァは勇輝の真正面まで来て手を差し出すように言ってきた。勇輝は一体何をするのか分からなかったが、よく見るとミネルヴァの右足には丸まった紙があり、ミネルヴァはそれを勇輝の掌に置いた。


「今日はもう遅い・・・。明日、その地図に示された場所に来い。詳しい話はそこでしよう」


そう言ってミネルヴァは飛び去っていき、すっかり暗くなった空の闇へと消えていった。







「ええっと、地図によれば確かこの辺りだけど・・・」


翌日、三人はミネルヴァに渡された地図に示されていた場所へと向かった。そこは住宅地から少し離れた、雑木林の付近に位置していた。

地図を見ながら歩いていた途中で、不意に譲治が言い出した。


「なあ勇輝、ここって確か『幽霊屋敷』って言われてる空き家がある場所じゃないか?」


「あー、確かに言われてみればそうかもな。懐かしいなあ・・・」


「『幽霊屋敷』?そんな場所があるんですか?」


勇輝と譲治の二人で話が盛り上がり、隣で聞いていた碧がキョトンとしながら二人に聞いた。


「あれ、知らないの?この辺りじゃ結構有名な話だよ」


「ええ。この街に来て一年しか経ってないので、細かい噂とかはよく分からないんです」


碧の話を聞いて勇輝は驚いた。


「えっ、水無月さんって違う場所に住んでたの!?てっきりこの街にずっといるものだと・・・」


「私の家は転勤族だったのでいろんな所を行ったり来たりで・・・。でも最近やっと落ち着いて、この街に定住することになったんですよ」


碧の言う通り、水無月家は両親が共に研究者であり様々な大学や研究所を行き来する転勤族であった。碧が中学生になる頃に両親は大学の研究室を持つこととなり、この街、神山地区に定住することとなった。


「なるほど、じゃあ知らないのも納得だな・・・。俺達から説明するか」


譲治の言葉に反応して、勇輝は碧に幽霊屋敷のことを説明した。


「聞いた話だと、明治時代に建てられた富豪のお屋敷だったらしいよ。でも、その主人が病気で死んで家族が財産処理のために売り払ってから放置されたままで・・・今じゃボロ屋敷だよ」


「家を大切にしていた主人の霊が取り憑いているとかって話だ。まあ、幽霊なんている訳ないけどな」


「あのー、私達幽霊以上に現実離れしているモノ目撃してますよ。しかも戦ってますし・・・」


そんな話をしているうちに大きな建物が視界に入ってきた。勇輝達は最初例の幽霊屋敷だと思っていたが・・・


「『・・・』」


その外装を見て、勇輝と譲治は目を丸くして一瞬固まってしまった。そして我に帰ると、二人で地図を見ながらヒソヒソと話し始めた。


「なあ譲治、本当にここ例の幽霊屋敷だよな?なんか、新築の別の建物っぽいんだけど・・・」


「改装したって話も聞かねえし、場所間違えたかあ?でも、ここっぽいしなあ・・・」


一方で、その屋敷を初めて見る碧は全く動じておらず、コソコソ話をしている二人に話しかける。


「あれが、おんボロの『幽霊屋敷』ですか?私にはすごくキレイに見えるんですが・・・」


「えーっと、場所的にそうなんだけど・・・。見た目違うし、なんか不安」


「じゃあ、とりあえず近くまで行ってみましょうよ!違かったらまた探しなおせばいいんですし!」


そう言うと碧は二人を置いて先に駆け足でその建物の方へと向かっていった。お淑やかそうな見た目とは裏腹な碧の積極的な行動に、二人は少々戸惑ってしまった。


((い、意外とアクティブ・・・))


そう思っているうちに碧がどんどん遠ざかっていき、二人も遅れないように碧の後に続いて走り出した。







勇気達が見た建物はお屋敷というよりも洒落たカフェやショップのような外装になっており、ボロ屋敷の面影をなくすほどキレイになっていた。

先に向かっていた碧が建物の玄関まで来た。扉の隣の壁には木製のプレートが付いており、そこに書かれている文字を読んだ。


「・・・Parthenon(パルテノン)?この建物の名前かな?」


碧がプレートの前に立ち止まっていると、遅れて勇輝と譲治も到着した。


「すまん、水無月。遅れちまったな」


「ふええ、水無月さん結構速い・・・」


「あっ、二人とも到着しましたね!じゃあ早速・・・。あっ、ここインターフォンないや・・・」


玄関にインターフォンがない事に気づいた碧は、仕方なく玄関のドアをノックした。


「あのー、すみません。誰かいらっしゃいますかー?」


碧はドアが閉まってても玄関を入ってすぐの部屋までなら聞こえるくらいの声で尋ねたが、返事は・・・なかった。もう一回ノックしてもやはり反応がなかったので、勇輝が碧を割ってドアの前に立った。


「多分場所あってるし、もうドア開けちゃおうよ!ごめんくださ・・・」


勇輝が玄関のドアを開けた瞬間・・・、


「遅いぞ!一体どこをほっつき回っていたんだ!!・・・あっ」


「!?、ぶべっ・・・」


いきなり玄関から飛び出てきたミネルヴァの足蹴りを顔面にもろに喰らってしまい、勇輝は衝撃でそのまま後ろへ倒れてしまった。


「大空さん!?」


「ちょっ、勇輝!大丈夫か?」


顔を両手で覆って仰向けで倒れている勇輝を心配して譲治と碧が駆け寄り、落ち着いたところで勇輝の体を起こした。足蹴りを受けた顔には、くっきりとフクロウの足形をした赤い痕が残っていた。


「イタタタ・・・。なんかこのシチュエーション、前にもあったような・・・」


「すっ、すまない・・・。とっ、とりあえずみんな中に入れ。話しておかなければならないことが山ほどある・・・」


そう言うと、ミネルヴァは三人を建物の中へ案内した。

玄関の扉を抜けるとすぐに大きい広間が目に映った。アンティーク風の家具やカウンター、さらにはグランドピアノまで・・・。まるで小洒落たカフェやバーのようで、すっかりボロ屋敷の面影をなくしていた。

勇輝は衝撃が大きすぎて事実の整理がつかず、思い切ってミネルヴァに聞いてみた。


「・・・あの、いつ改装したんですか?」


「一週間前。1日かかって大変だった」


ミネルヴァはしれっとした態度で返した。


「・・・はっ!?1日!?」


さらに衝撃なことを言われ、勇輝の頭はますますこんがらがる。


「魔法を使ったからな、早くて当然だ。それに彼も手伝ってくれたしな」


ミネルヴァがそう言いながら示した方向には、テーブルの上でジュースを飲みながら座っているルカがいた。


「ルカ!」


「あっ、みんな来たんだね!こっちこっち!」


ルカは三人の気配に気づき、嬉しそうな表情で振り返った。ルカのいるテーブルまで行くと、譲治がルカに聞いた。


「ルカ、先来てたんだな。ということは、アンタはこの場所知ってたのか」


「うん。というか、勇輝達の所とここをずっと行き来したたんだよ。ほら、勇輝が初めて変身した後もミネルヴァ様に報告するために・・・」


「ああ、すぐにどっかに行ったと思ったら・・・、そういうことか」


ルカとの会話に盛り上がっていると、ミネルヴァがテーブルの側にあった止まり木にバサバサと羽ばたきながら止まり、その羽音に気づいて皆がミネルヴァの方を向いた。


「さて、全員揃ったな。では話を始める、よく心に留めておけ」


ミネルヴァは盛り上がった雰囲気を一気に掻き消すほどの重い口調で話し始めた。


「今まで其方達が戦ってきた相手は『モンスター族』という種族の者達だ。しかし、奴らは手始めの『駒』として利用されているにすぎない。その裏には『タイタン族』という別の種族がいる」


((・・・タイタン族))


「タイタン族。それがあなたの言っていた『真の敵』なんですね」


いつもはほんわかした雰囲気の穏やかな口調の碧が、珍しく真剣な口調で言った。碧の言葉にミネルヴァは無言で頷き、話を続けた。


「かつてこの世界の滅亡を目論んだ『サターン』という巨人がいた。サターンは強大な魔力を持った恐ろしい存在だったが、激しい戦いの末オリュンポスの神々の長(おさ)であるゼウスによって奈落に封印された。タイタン族はそのサターンの血を受け継ぐ者達、つまりは子孫達だ」


ミネルヴァの話を聞いてじっと考えていた譲治がはっと思いついた。


「じゃあ、そいつらは先祖であるサターンが企んだことを実行しようと・・・」


「恐らくな。奴らの動向は不明な部分もあるが、いずれにせよ我々の前に現れ対峙する時が来るであろう。奴らはモンスター族よりも強大な力を持っている。今の其方達では倒すことはおろか互角に戦うことも難しいであろう。そこでだ・・・」


ミネルヴァは改まって大きく息を吸い、今までよりも力強く言葉を放った。


「其方達はもっと強くならなければならない!世界を守るため、其方達に今ある術はそれしかないのだ!」


「・・・もっと、強く・・・」


勇輝はミネルヴァの迫力を前に思わずそう呟いた。『もっと強く』、その言葉が新たなる敵を前にする不安の中で渦巻き始めていた。

その言葉に不安を覚えたのは勇輝だけではない。隣にいた譲治や碧、そしてルカまでもが難しい顔をして黙り込んでしまった。相手は今まで戦ってきたモンスター達よりも強い、じゃあ自分達も強くならなければならない、でもどうすればいい・・・。そんな空気が流れていた。


「じゃ、じゃあもっと運動して鍛えるとか?」


「まあ、一番に辿り着く案だな・・・」


「うーん、私普段運動しないので・・・。どういうトレーニングしたらいいですかね?」


「そういう問題ではない!」


三人の在り来りのない考えにミネルヴァは一喝した。


「確かに肉体的な鍛錬で動きは良くなる。しかし、戦士の力を最大限に引き出すために必要なのは・・・各々が持つヒーローストーンと共鳴、つまり心と力を一つにすることだ!」


「ヒーローストーンと心と力を一つに」という突然三人の頭の片隅にもなかった言葉が出てきた。三人は驚いた表情でミネルヴァの方を見た。


「ミネルヴァ様、それってどういうことですか?しかも、どうやって・・・」


「それは自分達で考えろ。これで話は終わりだ、もう帰っていいぞ」


勇輝の質問をミネルヴァは素っ気なく返してしまった。これ以上何も聞き出せないと悟った三人は仕方なくその建物、パルテノンを後にした。

その帰り道、三人はしばらくは同じ道を一緒に歩いていたが、軽い別れの挨拶以外の言葉は一切出なかった。







「ねえ、ママ。なんかお兄の様子変じゃない?黙ってることが多いし、夕飯の時も全然喋ってなかったじゃん」


「うーん、確かにそうかも。悩みでもあるのかしらねえ・・・」


勇輝は帰宅してからもミネルヴァの言葉の意味を黙って考え込むことが多くなり、この週末はベットに横たわるだけの眠れない夜が続いた。







週末が明けて月曜日になった。勇輝はいつものように授業を終えると部活のために武道館へ向かう。剣道着に着替えて剣道場の扉を開けると、中にいた顧問の先生が勇輝を手招きして呼び寄せた。


「おお大空、来たか。今日はちょっと新入部員の相手してくれないか?」


「一年生の相手ですか?分かりました!」


「ああいや。転校生だよ、二年三組の。お前知り合いらしいじゃないか」


「えっ?」


勇輝は戸惑った。まず、勇輝はそもそも同学年ではあるものの三組に転校生がいるなんてことをさらなかった。しかも、その転校生が知り合いだと言われ勇輝には全くの謎だったのだ。

そんな勇輝に気付いていないのか、あるいは勇輝が知り合いが剣道部に入部したのを知らなかっただけなのだと思ったのか・・・。先生は勇輝にお構いなしにその転校生を連れてきた。


「いやー、女子だから女子同士で稽古した方がいいと思ったんだが、どうしても大空に相手してもらいたいって言ってきたんでね、頼んだぞ。ほら、お前も知り合いでもちゃんとよろしくって言っとくんだぞ」


そう言いながら転校生の肩をポンポン軽く叩くと、先生はいつもの練習を行っている部員達の方へと言ってしまった。

勇輝は先生の後を目で追い終わると、転校生の方を向いた。その転校生はポニーテールに白い髪を纏め、黄色い瞳をした少女だった。女子中学生にしては少し身長も高くすらっとしていて、まるで年上のようにも思えてしまう。

勇輝は知らないどころか、今まで見たこともないような少女をまじまじと見たが、彼女が付けていた垂を見るとそこには「峰元」と書かれていた。すると、先に少女の方から口を開いた。


「よろしく、勇輝」


先ほど先生が促した「よろしく」の挨拶をした。しかし、知り合い、勇輝にとっては全く知らない人物だが、にしてはどこか素っ気ないものだった。

勇輝は二人の間の雰囲気が少し冷たくなっているのを感じた。彼女のことを知るにしても相手をするにしても何とか明るいムードに変えなければと思い、勇輝はいつもの軽い調子で返した。


「よっ、よろしく峰元さん。ええっと、知り合いって言ってたらしいけど、俺達何処かで会ったことあるっけ?俺顔覚えるの苦手でさ・・・」


とりあえず自分が彼女のことを覚えていないということを正直に話し、彼女の口から自己紹介が来るのを待った。すると、


「二日前に会ったばっかりだ」


また素っ気ない返事をした。


(うわあ、なんか男口調だし上から目線っぽいなあ・・・)


「二日前って・・・土曜日か!ごめんね、つい最近会ったばかりなのに・・・」


彼女の冷たい返事に少し戸惑いを覚えたが、そんな彼女に対抗して勇輝もまた明るく会話を進めていた。しかし、勇輝はあることに気づく。


(ん?でも、その日って確かパルテノンって建物に行った日じゃん。あの時以外外出してないから会ったのは・・・譲治、水無月さん、ルカと・・・)


辿り着いた答えに勇輝の顔は青ざめてしまった。白い髪に黄色い目、それに女子らしくない厳格な口調・・・。まさか・・・、


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ!!!???」


勇輝の大声が剣道場中に響き渡った。突然の大声に驚いて、隣で練習していた部員達や先生が一斉に勇輝の方を見た。


「おっ、大空!?どうかしたのか!?」


何か深刻なことでも起こったのではないかと先生が勇輝に尋ねた。


「あっ、いやちょっと足攣っちゃって・・・。もう大丈夫です、はい・・・」


視線が自分に集中していることに気づき、勇輝は慌てて誤魔化す。わざとらしい言い訳に先生は少し腑に落ちないような表情をしていたが、まあいいか、と思ったのかすぐに集団練習の指導の方に戻った。

皆の視線が完全に逸れたことを確認すると、勇輝は焦りながら小声で問い詰めた。


「ちょっと、ミネルヴァ様どういうことですか!うちの中学校に来てるなんて聞いてないですよ!」


勇輝はこの少女がミネルヴァであることを確信した。勇輝はミネルヴァが人間の姿で現れたことにももちろん驚いたが、ミネルヴァは魔法が使えるようだから姿を変えるなんて容易なことだ、それよりも自分が通う中学校に来ていることの方がよっぽど衝撃だった。


「ああ、言い忘れてたな。あの建物管理するのに人間としての身元がはっきりしてないと少々不便でな、『峰元さやか』という名前で其方と同じ学校に通うことになったんだ。一応、三人の動向も確認できるからな」


ミネルヴァ、いやさやかは混乱している勇輝とは対照的に、冷静にそして淡々と事情を説明した。


「はあ・・・」


さやかは勇輝の驚きに全く動じていなかった。その肝の据わりっぷりを前にもう驚いてい方が野暮だとでも思ったのか、勇輝はただ相槌を打つだけになっていた。

ミネルヴァ様が学校生活・・・、まあしっかり者だし大丈夫かな。そう考えた時、勇輝の頭にふと一つ心配事が浮かんだ。もし、普段こんな喋り方していたら・・・。


「というか、クラスメイトとかにその口調で喋ってないですよね?完全に浮きますよ!」


絶対皆から不審に思われる。そう思った勇輝はさやかに思い切って言った。すると、さやかは表情を崩さずに返した。


「心配ない、そのことに関しては事前にルカから注意されている。あと勇輝こそ、ここで『様』とか敬語とか使ったら変に思われる。私のことは『さやか』と呼べ、いいな?ということで・・・」


さやかは大きく息を吸った。そして、


「よろしくね、勇輝!ほら、さっさと始めるわよ!」


「・・・」


スイッチが切り替わったのだろう、さやかの口調がガラリと変化した。おっとり系の碧とは対照的なクールな声に変わりはなかったが、彼女の雰囲気は普通のお姉さんという感じになった。今や彼女は「ミネルヴァ様」ではなく「さやかさん」となっていた。

さやかに促され、もう突っ込む気も失せていた勇輝は練習に入った。


基本的な構えから間合いの取り方、そして技まで一通り説明すると、勇輝は防具を着けてさやかの前で構えた。


「じゃあ、ミネル・・・じゃなかった。さやか、実践ということでまずは面を打つ練習からやるよ。俺が受けるから俺の面に当てて・・・」


「じゃあ、構えたら好きなタイミングで打っ・・・、!?」


気がつくと目の前で構えていたさやかの姿が消えていた。そして、それと同時に自分の面に綺麗な音を放った一発の衝撃が伝わったのを覚えた。一瞬何が起こったのか理解できずに硬直してしまったが、その直後に周囲から歓声やら拍手やらが聞こえて我に帰った。


「すげー!!あんな速くて正確な面、俺今まで見たことがない!」


「ホント初心者なのが信じられない・・・、これならすぐに全国狙えるわね!」


「よっ、附中剣道部の新星!!」


まさか、あの一瞬で・・・。今まさに起こったことが信じられず、勇輝は目を見開きながらゆっくりと後ろを振り返った。そこには確かにさやかがいた。しかもしっかりと構えなおしており、勇輝との距離もかなり開いている。


(そんな・・・、嘘だろ・・・)


勇輝はさやかを見つめた。今までの剣道人生の中で経験したこともないスピード、そして正確さを間近で見せつけられ、勇輝は驚き、いや恐怖を覚えた。そんな勇輝の表情は面を被っていて周囲からは悟られなかったが、真正面にいるさやかは気づいたのか、フッと不敵な笑みを浮かべていた。


「よし、みんな休憩にするぞ。二人も一旦休め。」


先生がそう言うと部員達は一斉に正座して防具を外し、水分補給をしたり雑談をしたりと各々休憩に入った。部員達の周囲はいつも通りの賑やかで明るい雰囲気に包まれていた。

勇輝は固まっていた。まるで自分の周りだけ時間が止まっているような感覚だった。その勇輝の横をさやかがすれ違う、静かで氷のような冷たさを持った囁きと共に・・・。


「・・・この程度で竦むとはな、戦士が聞いて呆れる」







部活動が終わった。休憩の後もさやかの技を受け続けていた勇輝は、ほとんど味わったことのない「恐怖」という感情に支配され続けてすっかり疲れ果てていた。いつもと変わらない練習時間も、今日ばかりは何倍の長さにも感じていた。

勇輝が制服に着替えて外に出ると、沈む夕陽で空は綺麗な茜色に染まっていた。微かに吹く暖かい風に安らぎを覚えた勇輝は、スウッと大きく深呼吸をして夕陽を眺めた。その大きくて眩い輝きを前にすると、ずっと心の中で渦巻いていた強さへの悩みが一気に吹き飛んでいくような気がした。ずっと見惚れていると、背後から肩を叩かれた。


「・・・勇輝、帰らないの?」


振り返ると、同じく制服に身を包んださやかが不思議そうな顔をして立っていた。


「あっ、ミネルヴァ様・・・」


勇輝は元気がないせいか、少し暗いトーンで言葉を返した。すると、そんな勇気を見かねていつもの明るい雰囲気に戻そうとしたのか、剣道場にいた時とは対照的に今度はさやかの方から明るいトーンの声が発せられた。


「ちょっと、まだその呼び方なの?今は同級生なんだから、普段の話し方でいいのよ。さ、暗くなる前に帰りましょう!」


「えっ?ああ、うん・・・」


さやかからの意外な誘いだった。勇輝は戸惑いながらもイエスと答え一緒に下校することにした。勇輝の家とパルテノンは学校からは同じ方向にあったためにかなりの時間を二人は共に歩くことになる。帰り道、最初しばらくは何の会話もなくただ長いだけの沈黙が続いていた。しかしある時、さやかが口を開いた。


「どうだった、今日の私?」


突然の質問に勇輝は思わず俯(うつむ)いていた顔をさやかの方へ向けた。さやかは何故か微笑んでいた。多分、自分のことをからかっているのだろう・・・、そう思った勇輝は、


「どうだった、って・・・。あんなに速くて正確な技今まで初めてで、俺驚いたというか・・・、なんかだんだん怖くなったよ」


笑顔を見せながら応えたもののその声は段々と小さくなり、いつもの明るさをも失っていた。


「・・・?」


さやかは不思議そうな顔を勇輝に向けていた。しかし、勇輝は話し出すと自分の感情を抑えられなくなったようで、隣にいるさやかの様子にも構わず畳み掛けるように話を続ける。


「それにこの週末ずっと、もっと強くなるためのこと考えてた。けど、今日のさやかを見ていたら、俺全然ダメだなとか、そもそも今は何で俺なんかが『戦士』になったんだろう、ともか思い始めて・・・」


勇輝は自分の悩みを一方的に打ち明けるだけであった。さやかはしばらく黙っていたが、自分で勝手に話を進める勇輝に呆れたのか、勇輝の言葉が詰まったと同時に大きなため息をついた。


「・・・ちょっと。そういうことじゃなくて、私の剣道着姿似合ってたかってこと!」


「・・・えっ、今なんて?」


勇輝はさやかからの予想もしかなった言葉に自分の耳を疑い、思わず聞き返してしまった。すると、さやかは勇輝に入れ替わってどんどん喋り始める。


「あの服初めてだったんだけど、本物の『サムライ』みたいだった?昔の日本人も実際にああいう服装で剣を振るっていたのよね?私はオリュンポスの服しか来たことなかったから・・・」


「あっ、そういう・・・ことだったんだ・・・」


さやかの話を聞いているうちに、勇輝は自分がさやかの質問を勝手に勘違いし、おまけに情けないことをベラベラと喋ってしまっていたことが分かった。恥ずかしさに勇輝は少し顔を赤た。さやかは気まずそうにしている勇輝を見てクスクス笑い、そして「勇輝」と呼ぶとまた改めて話を進めた。


「勇輝は部活の時の言葉、どう思ってる?」


この程度で竦むとはな・・・。さやかの恐るべきスピードを前に硬直してしまった時の言葉だ。


「ええっと。自信ないけど、俺もさやかみたいな素早さがないとダメなのかなって・・・」


「勇輝、それは違うわ」


戸惑いながらの勇輝の返事に、さやかははっきりとそう言うと話を続けた。


「私は自分でもスピードは速い方だと思ってる。でもね、その代わり筋力はそれほどでもなくて、剣とか槍とかを扱うのが苦手なの。だから攻撃手段として魔法を選んで、それで魔法を使えるって訳。要するに、大事なのは自分の長所を見つけて、自分に合った戦い方を模索すること。もちろん、弱点もカバーしつつだけどね・・・」


「・・・俺の長所、俺に合った戦い方、か・・・」


勇輝はさやかの言葉を受けると、自然と自分の右手を広げ、時々握り拳を作りながら見つめていた。


(長所と言ったらこの手と腕かな・・・、コンプレックスかもしれないけど)


そうこうしているうちに住宅街のある十字路に着いた。勇輝の家に向かうには左、パルテノンに向かうには右に曲がらなければいけない。


「あっ、ここでお別れだね。じゃあ」


「そうね、また明日」


勇輝はさやかに軽く別れの挨拶を言うと十字路の左に曲がった。しかし、勇輝の足はすぐに止まった。


「!?、何で・・・、行き止まりになってる・・・」


本来ならずっと長い道が続いているはずが、その道はコンクリートのブロック塀で封鎖されていた。勇輝は焦って十字路の真ん中まで戻ろうと振り返る。すると、すでにそこには右に曲がったはずのさやかがいた。まさかと思い、勇輝はさやかに叫んだ。


「さやか!もしかして、右も・・・」


「いや、それだけじゃない・・・。全方向塞がれている!」


さっきまで来ていた道も!?・・・。勇輝はその言葉が信じられず十字路の全方向を見渡す。しかし、さやかの言う通り全ての道が謎のコンクリートのブロック塀によって塞がれていたのだった。

勇輝とさやかは十字路の真ん中で背中合わせになり、グルグルと見回して周囲を警戒した。


「おやおや、道にでも迷ったのかい?」


どこからか一人の男性の声が聞こえた。勇輝は声のした方向を見ると、そこには黒いローブを被った男がいた。それと同時に突然、身に覚えのある殺気を感じた。それは、水使いの怪物ハイドロンを倒した後に一瞬感じた・・・、


「アンタ、金曜日に俺達のこと見てたよな・・・」


「ご名答。へへっ、この前のハイドロンとの戦いは楽しく観させてもらったぜ」


謎の男は勇輝の質問に鼻を鳴らして軽く応えると、勇輝達二人方へゆっくり歩みを進めた。


「しばらくの間小手調べにモンスター達を送っていたが、どいつもこいつも使えないって分かったからさっ、こうして俺が直々に来てやったって訳だ」


男の言葉を聞いたさやかの顔が険しくなった。


「まさか・・・、タイタン族!?」


さやかの驚きをよそに男は話を進める。


「さあって、アンタらは道に迷ってるみたいだし、俺様が案内してやるよ・・・」


男は不敵な笑みを浮かべた。そして、


「奈落の底になっ!!!」


男の軽い口調は豹変し、怒りの籠もった荒々しい声が沈黙に響いた。

その瞬間、男は右手を高らかに上げその右手から禍々しいオーラが放たれた。


「『!?』」


それと同時に辺りは突然と黒い嵐に包まれ、勇輝とさやかは目を瞑りながら身を守った。嵐が収まり二人が目を開けると、そこには十字路ではなく見知らぬ暗い空間が広がっていた。突然のことに驚く二人にフフフッと笑い声が聞こえ、後ろを振り返ると謎の男がいた。


「ここなら思いっきり戦えるぜ。さあ、かかって来な・・・」


そう言うと、男は被っていた黒いローブを脱ぎ捨てた。鮮やかな真紅色の髪を片目に垂れ下げ、細身ながらも鍛えられた肉体を持った男だった。


「俺様の名はミマス、誇り高きタイタンズ4の炎の巨人!!!」


その男、ミマスは声を高らかに上げ、挑発するように二人の前で構えの姿勢を取った。

ミマスを前にし、さやかはいち早く行動に出た。


「ちっ、いくぞ!!パルテノンモードッ!!!」


さやかがそう叫ぶと、さやかの身体の周りが白い光に包まれた。そして光の渦が消えると、目の前に現れたさやかは制服姿から白い戦闘服姿になっていた。右手には金の装飾が施された大きな魔法の杖らしき物が握られていた。


(!?、さらに変身した・・・)


さやかのさらなる突然の変身に勇輝が唖然としていると、


「何をやっているソルジャーヘラクレス、早く変身しろっ!!」


さやかに叱咤された。厳格な雰囲気と口調、彼女はもう「さやかさん」ではなく「ミネルヴァ様」に戻っていた。

勇輝はミネルヴァの大声に我に帰り、大慌てで敵であるミマスに視線を移す。ミマスは勇輝の視線に気づいて不敵な笑みを浮かべ、無言で手招きをして挑発の意を示した。


(タイタン族と戦う・・・)


勇輝は一瞬たじろいた。自分にとっては未知の敵、自分の今の強さがどのくらい通用するのか・・・。そんな思いが過ぎった時、


「ヘラクレスッ!!」


ミネルヴァが叫んだ。勇輝はミネルヴァと目を合わせると、ミネルヴァは黄色く鋭い目を見開かせ、ただコクンッと頷いた。その時、勇輝はミネルヴァの意思を瞬時に汲み取った。

共に戦おう、世界を守るために・・・


(ミネルヴァ様・・・)


勇輝は不安を押し殺して覚悟を決め、ミネルヴァに頷き返した。右手のブレスレットを翳し、空間全体に叫びを響き渡らせる。


「ヘラクレスパワーメタモルフォーゼッ!!!」





To be continued…


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