Act.1-3 慈愛~Perseus~
神聖戦士ヘラクレス
Act.1-3 慈愛〜Perseus〜
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ミノタウロスを倒した翌日の朝、ルカは再び学校を探索するために勇輝に会おうとしていた。
「確か、ここだったよなあ勇輝がいつも通っている道って・・・」
勇輝の通学路を辿っていると、前方に制服を着た男子が二人いた。勇輝と譲治だ。
「あっ、いたいた!勇輝、譲治!」
ルカはスピードを上げて二人に近づいた。しかし、二人の横に並び勇輝の様子を見てたじろいてしまった。勇輝は周囲の空気をどんよりとさせるほど落ち込んでいて、顔も下を向いていた。
「ゆ、勇輝!?どうしたの、そんなに暗くなっちゃって・・・」
「・・・背中痛めてまで頑張って倒したのに、俺なんか悪いことした?」
「へあ?」
突然そんなことを言う勇輝を見てルカは何のことかさっぱり理解できなかったが、隣にいて勇輝を慰めていた譲治がルカに事情を説明した。
「俺らさ、昨日敵を倒した後に保健室に行っただろ?そこで担任に見つかって怒られたんだよ、放送無視して校庭にいたからって・・・。理不尽だが、戦士ことは秘密だしさ・・・」
「・・・父さんは慰めてくれたけど、母さんは大激怒。おまけに妹からは『ばっかじゃないの?』ってさあ・・・」
「あー、なるほど。そういうこと・・・」
事情を聞いてルカは二人のことをちょっと気の毒に思った。しかし、
(勇輝、譲治。いかなる時でも敵が現れたら戦士が対抗しなければならないんだ・・・。二人にとって理不尽なことがたくさん起こるけど、耐え抜いて・・・)
秘密を、そして世界を守るため・・・。二人にはそのことをちゃんと承知して欲しいと思い、敢えて労りの言葉はかけなかった。
しばらく歩いていると校門が見えてきた。周囲も附属中や附属小の生徒達が多くなってきたので、ルカは辺りに注意しながらそっと飛び上がった。
「じゃあ僕また探索してくるから、二人ともまた後でね!」
そういうとルカは一気に空へ向かって上昇し、二人の視界から消えた。校門の前まで着くと、譲治は未だ落ち込んでノロノロとしている勇輝の肩を叩いて言った。
「おい勇輝、もう学校着くぜ」
「・・・あ、そう」
勇輝はボソッと素っ気ない返事をした。すると、
「そんなに鈍く歩くんだったら・・・、俺先に行っちゃうぜ!!」
譲治はニヤッと笑うといきなり走り出した。気遣って一緒に教室まで付き添ってくれると思っていた勇輝は、譲治の予想外の行動に驚いて俯かせていた顔を上げた。
「あっ、ちょっと譲治!待てってばあ〜っ!!」
置いていかれるのは少し心細いので、勇輝は譲治に追いつこうと慌てて走り出した。勇輝が走り出したのを見た譲治は後ろ駆け足で勇輝が追いつくのを待った。
「・・・あっ、あの人たちだ・・・」
そんな二人の様子を、校舎の二階の窓から覗く一人の少女がいた。
勇輝と譲治は自分達のクラスである二年一組の教室に着いた。まだクラスの朝のホームルームの30分前で、教室内は早い時間に登校している生徒がチラホラといるくらいだった。
それぞれの席に着くと、勇輝の席に純と剣道部員のクラスメイト「長谷川 隆弘(はせがわ たかひろ)」が集まった。
「勇輝、昨日先生にどやされたんだって?怪我したのにちょっと気の毒だね」
「けど、特別大怪我って感じでもなさそうでよかったな。純もそうだし先輩達も心配してたんだぜ」
二人は勇輝を慰めてくれた。
「うう・・・、二人ともありがと!!」
二人の言葉の嬉しさに、勇輝は思わず座りながら純の腹に抱きついた。
純は一瞬驚いたが、勇輝が元気を出して安心したのかハハハッと笑って照れ出した。
(なんだ、結局すぐに元気になったじゃん・・・)
自分の席から様子を眺めていた譲治も微笑ましそうにしていた。
が、その様子を横で見ていた隆弘がマズそうな顔をした。笑顔を保っている純の顔が、段々と青ざめていたのだ。
「勇輝、もうその辺にしとけ・・・。純が・・・」
「ハハハ、何だか気が遠く・・・」
隆弘の予想通り、純が気を失いかけてバタリと倒れてしまった。
そう、勇輝は大人をも凌駕する馬鹿力の持ち主、純に抱きついた時の締め付けがあまりにも強すぎたのだ。
「ああぁぁぁぁぁっっっ!?純ちゃん!どうしたんだよ急に倒れたりして!!」
「いや、アンタのせいだろーがっ!!おい、純しっかりしろ!!!」
純が倒れて勇輝の周りが騒がしくなった。それを見ていた譲治も手伝おうと席を立ったが、突然教室の外から視線を感じて立ち止まった。教室の外に視線を移すと、もう直接見られてはいなかったが開いていた扉越しに長い黒髪が見えた。
「なんだ?今、誰かに見られてたような・・・」
譲治は少しの間、違和感を感じた教室の外をじっと眺めていた。
「ぐっ・・・、勇輝、は・・・相変わら・・・ず、・・・力が強い、なあ・・・」
「おっかしいなあ、俺そんなに強く抱きしめたつもりなかったんだけど・・・」
「そんなことはいいからっ!!純、戻ってこぉぉぉぉぉいっっっ!!!」
目がどんどん虚になっていく純を囲み、教室内の生徒はもちろん、通りすがりの生徒や先生が駆けつけ朝から大騒ぎとなった。
「生徒が気を失って倒れた」というかなりの騒動あって朝から殺伐とした雰囲気となったクラスだったが、純も幸いにもすぐに意識を回復しその後は何事もなく授業が進み、普段通りの明るい雰囲気に戻った。
放課後となった。生徒達はそれぞれ部活に向かったり家路についたりするために教室を後にしていた。
(ええっと、確かこの教室だっけ?図書委員会の集まりって・・・)
いつもは部活のために真っ直ぐ武道館に行く勇輝だが、今日は違った。
今日は各委員会の初集会で、勇輝はクラスの図書委員に選ばれたためにある教室を訪れていた。教室に着くと勇輝は適当に開いている席に座り、事前に渡されていた資料や予定表にざっと目を通していた。
(うわあ・・・、意外と図書委員会の仕事多いなあ。一番楽に前期の委員会の仕事乗り切れるかと思ったのに・・・)
そんなことを思いながら一人でボーッとしていると、
「あのー、隣に座っても大丈夫ですか?」
突然声をかけられて勇輝はビクッとした。その声の主の方を見ると、そこには青みがかった黒髪の女子生徒が立っていた。元の人数が今より少ない附属小出身の勇輝でも見たことのない生徒だったので、多分附属中から入学した別クラスの子なんだろうと思った。
「ああ、いいよ。どうぞ」
同じ学年なのに敬語なんか使って礼儀正しいなあ・・・。何となくそう思ったぐらいで勇輝はその女子生徒にそれ以上の興味はなかったが、予想もしなかったことに着席した女子生徒からまた話しかけられた。
「あなた、一組の大空勇輝さんですよね?私、二組の『水無月 碧(みなづき あおい)』っていいます。よろしくお願いします」
「えっ?ああ、よろしく・・・」
勇輝はいきなり自分の名前を呼ばれて思わずビクッと肩が跳ね上がった。
が、それよりも彼女の名前の方により一層驚いてしまった。
(ゲッ、『水無月 碧』って、あの附属中入試の首席でめちゃくちゃ頭いいって噂の・・・)
勇輝は碧に初めて会ったが、その名前は知っていた。
碧は神山大学附属中学校の入試をトップで合格した生徒で、「数十年に一度現れるか現れないかの天才」と先生達からも絶賛されているほどの秀才である。テストや模試でも常にトップにいるため、生徒達でも名前を知らない人はいない。
(へえ。噂には聞いてたけど、こんな子だったんだあ・・・)
勇輝はまじまじと碧を見つめていたが、こんなにジロジロと見たら気持ち悪るがられるのではないかとハッとし慌てて目をそらした。
しかし、しばらくして勇輝は今度は逆に碧から視線を送られていることに気づく。チラッと横目で碧を見ると、何か物言いたげな様子だった。勇輝はこういう空気がずっと続くのも何だか焦れったいと思い、思い切って自分から話しかけた。
「水無月さん、どうしたの?」
「えっ?あっ、ええっと・・・」
碧は勇輝をじっと見ていたことを気づかれて少し戸惑った。しかし、話を切り出せるチャンスができたと思い碧はにこやかに言葉を放った。
「昨日の戦い、本当に驚きました。変身したり手から光線出したり・・・まるで漫画の世界に入ったような気分になっちゃいました!あっ、そういえば背中は大丈夫ですか?・・・」
「・・・えっ?」
「とりあえず今日で全部回ったけど、勇輝どこいるんだろう?」
一方、学校の探索が一通り終わったルカは、早速勇輝の下へ帰ろうと人気のない廊下を飛んでいた。
キョロキョロと辺りを見回してみると、廊下の突き当たりの曲がり角に見慣れた人物が立っていた。
「あっ、やっと見つけた。勇輝〜!」
ルカはスピードをつけて廊下を渡り、曲がり角にいた勇輝の肩の上に乗った。だが、ルカに気づいていないのか勇輝は黙ったまま突っ立っていた。
「探索終わったよ〜。あれっ?ねえ、どうしたのそんなに固まって・・・」
勇輝の様子を不審に思い、ルカが前を向くと・・・
「!?」
見知らぬ少女、碧が立っていた。
「ごっごめんなさい!!!」
自分の姿を見られてしまった・・・。
すでに遅かったが、ルカはまた失態をしたと焦りパニックになる。とりあえず何に対してかはわからないが、震えた大声で謝りながら勇輝の背後に隠れた。ルカは勇輝の制服を掴みながら後ろでガタガタと震えていたが、
「大丈夫、もう・・・全部バレちゃってるから・・・」
という勇輝の言葉が聞こえ顔を上げる。勇輝は・・・、引きつったヤケクソの笑みを浮かべながらげっそりとした表情をしていた。
その様子をお構いなしに、勇輝の正面にいる碧が話を続ける。
「昨日の騒動のとき学校の指示で家に帰ろうとしてたんですけど、偶然にもその妖精?さんが通りかかるのを見て・・・。不思議に思ってついて行ったら、大空さん達が変身して戦っているところだったんです。一部始終見ていました!」
ただでさえ秘密がバレてしまってショックだったのに、優しい口調ではあったが碧に見たことを改めてペラペラと話されてしまい、勇輝とルカにとっては少し拷問のような時間だった。
ショックのあまり耳を塞ぎたくなるような碧の話が終わると、ルカは項垂れながら撃沈していた。
「とほほ・・・。普通の人間にはバレないようにしなきゃいけないのに、僕やっぱり使命に向いてないんじゃ・・・。譲治にも事前バレしてたし・・・」
落ち込むルカを宥めながら、勇輝は碧の方を向いた。
「とっ、とりあえず、誰にも話してないよね?大勢の人に知られると戦士として戦えなくなるかもしれないから、絶対に秘密にしておいてねっ!!」
勇輝は念を押すように小声で碧に釘をさすと、
「はい!こういうのって正体を隠しながら戦うヒーローってことですよね?大丈夫です、私を信用してください!!」
碧は目をキラキラさせながら、ガッツポーズを見せて答えた。
((うわぁ・・・、信用できねぇ・・・))
勇輝とルカはそんな碧を見てむしろ心配になった。
「何だって!?他の生徒にバレてた!?」
「ごっごめん。見つからないように探索してたつもりだったんだけど、僕の不注意だった・・・」
部活が終わり、まだ春真っ只中の季節であるため外はすっかり暗くなっていた。帰り道で譲治に今日あったことを話すと、当然のごとく譲治は驚いたがすぐに冷静になった。
「でも、戦士を探す時間が長引くとルカが目撃されやすくなって、結果的に俺達の正体がバレやすくなる要因の一つになるってことがわかったな・・・。早く見つけないとな」
譲治の言葉に勇輝も賛同した。
「そっ、そうだね!譲治の言う通り早く全員見つけないと・・・。ルカ、そういえばヒーローストーンって残り何個あるの?」
勇輝にそう言われて、ルカは確認がてらにガサゴソッとヒーローストーンが入っているバッグの中を漁り始めた。
「最初四つ入ってたから、残りは二つだよ。二つ、二つ。・・・」
しばらく勇輝達の方を見ていたルカだったが、何か違和感を感じたのか急にその手が止まる。手探りに漁るのをやめてバッグの中を覗くと、ルカは突然固まって動かなくなってしまった。何だか表情も青ざめていて、おまけにダラダラと冷や汗をかいている。
「・・・ルカ?」
不思議に思った勇輝が声をかけると、ルカはゆっくりと二人の方を向いた。
「・・・ヒーローストーン、一個落としちゃったみたい・・・」
「「・・・は?」」
「もうこんな時間かあ・・・。そろそろ帰らないと」
部活動の時間が終わって生徒達も続々と家路につく頃、碧は昇降口へ向かうためすっかり暗くなってしまった校内の階段を降りていた。リズムよく駆け足で降りていると、暗闇の中にポツンと一つの青白い光の点が見えた。
(・・・何だろう?あの光・・・)
碧はふと視界に入ったその光が気になって近づいてみると、光の正体が水色の宝石であることがわかった。何でこんなものが学校に・・・。碧はそう思っていると、昨日譲治が赤い宝石で戦士に覚醒したことを思い出した。
(もしかして、これって妖精さんが持っていた宝石?返してあげなきゃ・・・)
碧は物怖じせずにその水色の宝石に手を伸ばした。碧の指先がその宝石に触れた瞬間・・・
「・・・!?」
突然、宝石の青白い光が一瞬にして輝きを増して辺り一帯を包み込む。あまりにも眩しい光に碧はびっくりしてしまい、両目を咄嗟に瞑った。しばらくして光が消え始めたのを感じ取ると、碧は目を開けた。
「・・・これって、もしかして・・・」
碧は制服の袖に隠れていた左手首を見ると、そこには水色の宝石がはめ込まれたブレスレットがはめられていた。
「どっ、どうしよう!もしモンスターに先に見つけられたりしたら大変だ!!」
碧に正体がバレたことよりも深刻なことが起こってしまい、すっかり三人は落としたヒーローストーンのことで頭がいっぱいだった。またもや大失敗を起こしたルカは泣きじゃくって勇輝と譲治にすがりついた。
「ねえ、早く学校に戻ろう!探すの手伝ってよおぉぉぉ・・・」
二人はルカの急ぐ気持ちは理解していたが、近くにあった時計柱を見て苦い顔をした。
「ルカ、残念だけど今日は多分無理だよ・・・こんな遅い時間だからもう先生達みんな帰ってるし、警備員がいても多分入れてもらえないと思う」
「ええっ、そんなぁぁぁ・・・」
勇輝の言葉にルカは落胆してしまったが、譲治がルカを慰めながら言った。
「ルカ、もう起きてしまったことにクヨクヨしてちゃこの先やってけないぜ。幸い明日は土曜日で俺達二人とも部活休みだから、明日の朝、開門同時に早く探しに行こうぜ」
「そうだな。それに、いざとなったら俺達が全力で取り返せばいいしなっ!!」
「ううっ・・・。二人とも・・・」
譲治と勇輝の頼もしい言葉を聞き、ルカは感激してホロッと目が潤んだ。
しかし、こんなことも束の間。ルカは何かを感じ取ったかの如く目を見開き、二人の顔を見て焦り出した。
「!?、二人とも大変!!モンスターの殺気を感じる・・・。あっちの方からだ!!」
ルカが殺気を感じるという方向を指差す。その方向にはビル群が建ち並ぶ繁華街がある。金曜日の夜であることもあって、今は退勤する人々や夕飯を食べに行く人々であふれかえっているはず。
「何だって!?早く行かないと大勢の人に被害が・・・。急ごう、譲治!!」
「おうっ!!」
二人は頷き合うと、ルカと共に繁華街へ向かって一直線に走り出した。
「・・・なるほど、あれがルカの言っていた戦士達か・・・」
帰り道の付近に立ち並んだ街路樹。その中から、急いで走っていく三人の後ろ姿を見つめる視線があった。その目は鋭く、夜闇を照らしてしまうほど美しく、そして鮮やかな金色に輝いている。
遠ざかっていく三人の姿を見据えると、冷静さを露わにした低いトーンで呟く。
「世界を守る戦士としてふさわしい力を持っているのか、見てみようではないか・・・」
その影は木から飛び出ると、大きな純白の翼を広げて飛翔した。
ルカの察知の通り、繁華街にはモンスターが現れていた。そのモンスターは鰭や鱗を持ち、顔はワニのような半魚人の姿をしていた。
おそらくそのモンスターが暴れた結果であろう、道路やビルには所々崩れたり凹んだりしたような部分が見られる。また本来ならたくさんの行き交う人々が見られるが、避難のためにその人混みは跡形もなく消え、数々の自動車が道路に置き去りにされていた。
「ちぇっ、人間どもみんないなくなったし本当つまんねえなあ・・・。まあいいや、周りの建物全部ぶっ壊してやろう」
モンスターが再び暴れ出そうとした、その時、
「待て!」
いきなり人間の声が聞こえた。モンスターは反応してその方向を見ると、遠くの暗闇の中にマントを翻した二人の人間の姿があった。その二人の影はモンスターへ近づくにつれ、明るさで正体が露わになる。
「仕事が終わってみんなが楽しみにしている金曜日の夜をぶち壊すなんて許さないっ!輝く勇気の戦士、ソルジャーヘラクレス!!」
「同じく燃え盛る情熱の戦士、ソルジャーテセウス!!」
すでに変身し終えたヘラクレスとテセウスだった。二人はそのモンスターに挑むように目の前に立ちふさがる。
「ほう、噂の奴らか待っていたぞ。俺様の名は『ハイドロン』、ちょうど暇してたところだ、お前達と遊んでやるよ!」
そういうとそのモンスター、ハイドロンが先制攻撃を仕掛けてきた。拳を振り上げて地面に叩きつけると、複数の衝撃波が地を走った。ヘラクレスとテセウスはその凄まじい力に驚きを露わにしたが、衝撃波が走る方向を見極めるとそれを素早く躱した。
「そうだ、昨日みたいに動きを封じれば・・・。喰らえ、パッションストリーム!!!」
テセウスはミノタウルスとの戦いを思い出し、炎の渦で相手の動きを封じようとした。テセウスが発した炎はハイドロンを取り囲んだが、当のハイドロンは熱がっている様子は全くなかった。
「俺様に炎攻撃とは、甘いぞ!」
不敵な笑みを浮かべると、ハイドロンは口を開いた。すると口から鉄砲水のような勢いで水が放たれ、辺りの炎が一瞬にして消えてしまった。
「何っ!?」
驚くテセウスに対し、ハイドロンは得意そうにテセウスを下目使いで睨みつけた。
「チッチッチッ、俺様は水使いだ。炎は通用せんぞ」
「くそっ・・・。こうなったら、ジャスティスブレード!!うおぉぉぉぉぉ!!!」
ヘラクレスが手前で剣を鞘から抜くような動作をすると、白い光の剣が現れた。その剣を構えると、ヘラクレスはハイドロンの懐まで間合いを詰め斬りつけようとした。
「おっとっと・・・」
ヘラクレスは力の限り剣を振り回したが、ハイドロンは全ての攻撃を難なく躱してしまう。そして、ヘラクレスの疲れが見え始めた時にヘラクレスの剣をパッと掴んで砕いてしまった。
「なっ!?」
ヘラクレスに衝撃のあまり怯んでしまった。その一瞬をハイドロンは見逃さなかった。ハイドロンは剣を砕いたのとは逆の手で握り拳を作り、
「おーらよっと!!」
「っ、かはっ・・・」
ヘラクレスは懐に強烈なパンチを喰らい、その勢いで吹き飛ばされてしまった。
「ヘラクレス!」
テセウスは吹き飛ばされたヘラクレスを止めようとしたが、その勢いは凄まじくテセウスも巻き添えを喰らいヘラクレスの下敷きとなってしまった。ヘラクレスが慌てて謝り、テセウスを立ち上がらせる。
「テセウス、ごめん・・・」
「なあに、どうってことないぜ。それよりも・・・」
ハイドロンに対抗する術が見つからない。いよいよ追い詰められてしまい、二人は本格的に焦り始めた。そんな二人の苦い表情を見たハイドロンは鼻を鳴らした。
「へっ、もう終わりか。まあ、暇つぶしにはなったかあ?」
ハイドロンは勝利を確信してケラケラと二人に向かって嘲笑った、その時だった。
「待ちなさいっ!!!」
何処からともなくまた別の声が聞こえた。女性の声だ。
「危険なこの場所にいる人がまだ・・・。ヤバいぞ、何処にいる?」
テセウスはその声の主にまで被害が及んでしまったら大変だと思い、辺りを見回してその人の姿を探した。しかし一方で、ヘラクレスにはその声に聞き覚えがあった。
「・・・まさか、あの子」
そう思って上を見上げると、ヘラクレス達とは向かい側にある高層ビルの屋上に人影があった。春の夜空の朧月に照らされたそのシルエットは、腰くらいまである長い髪をそよ風になびかせていた。
ハイドロンもヘラクレスが自分の背後のビルに視線を向けているのに気づき、顔を上げた。すると、屋上にいた声の主が叫んだ。
「宴散らす物の怪の声、常闇照らす朧月夜・・・」
彼女の詩が高らかに響く。
「凍てつく夜風に導かれ・・・私、今華麗に舞いますっ!!ペルセウスパワーメタモルフォーゼッ!!!」
その掛け声と共に、彼女はビルの屋上から飛び降りた。
「「わっ!?危ない危ない!!」」
いきなり高いビルから飛び降りた彼女にヘラクレス達はアタフタと慌てた。地上へと吸い込まれるようにグングンと上がる落下速度であったが、途端彼女は謎の青白い光に包まれた。そして、重力からその光に守られるように彼女は今までの速度を落とし、ゆっくりと降下し始めた。
ヘラクレス達がいる地上に華麗に舞い降りると彼女が纏っていた青白い光は離散し、それに代わり地上の光が彼女を照らした。その正体は水色の戦闘服で身を包んだ・・・碧だった。
「清らかなる慈愛の戦士、ソルジャーペルセウス!!ピュアなハートに射抜かれなさい!!!」
((ソルジャー・・・ペルセウス・・・))
突然新たな戦士ソルジャーペルセウスが現れ、ヘラクレスとテセウスは驚きのあまり息を飲んだ。少し離れた場所で戦いを見ていたルカも唖然としていたが、今日学校で落としたヒーローストーンのことを思い出した。
「もしかして、僕が落としたヒーローストーンで覚醒したの?・・・」
ペルセウスは挑むようにハイドロンに眼差しを向けた。ハイドロンの表情は、また「戦いごっこ」ができる喜びと新しい相手が増えたことへの不満が入り混じっていた。
「おーおー、新しい相手が増えたなあ・・・お嬢ちゃんも倒してやるよ!」
ハイドロンは再び口を大きく開き、ペルセウスへ向けて勢いよく水を放った。しかし、ペルセウスは避けようとしなかった。危ないと感じたヘラクレスとテセウスはペルセウスを庇いに行こうとした。すると、ペルセウスは左手を前に突き出した。そして、
「フローズン・ハートブレスッ!!!」
掛け声とともに、左手から猛吹雪を思わせる攻撃が放たれた。
ハイドロンとペルセウス二人の攻撃が衝突した。最初は互角であったが、みるみるうちにハイドロンの水が氷漬けになっていった。
(なっ、何だと!)
ハイドロンは迫り来る吹雪を躱そうと口を閉じようとしたが、気付いた時にはもう遅かった。吹雪は遂にハイドロンの口元に達し、氷漬けにされたハイドロンの口はもう閉じることができなくなっていた。
「フッ、フガフガッ!?」
ハイドロンは口の周囲が塞がってしまい、水噴射攻撃ができないどころか呼吸もままならない状態になった。攻撃を終えたペルセウスはハイドロンの動きを封じたのを確認すると、ヘラクレスとテセウスの方を向いた。
「さあ、今です!氷が溶けない間に・・・」
トドメを刺して・・・。ペルセウスは強い眼差しで伝えた。その意思は通じ、二人はコクッと頷いて応えた。ヘラクレスは両手を前にかざして光を溜め、テセウスは手元から巨大な炎の球を作り出す。二人は渾身の必殺技を放った。
「ブレイヴバースト!!!」
「クリムゾンボンバー!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
パニックに陥っていたハイドロンは二人の攻撃に気づくのが遅れてしまった。避けることもできずに二つの攻撃共直撃で喰らってしまい、その威力に耐えきれず悲鳴を上げながら跡形もなく消滅した。
「・・・へえ、なかなかやるじゃねえか」
とあるビルの屋上に一つの人影があった。黒いローブに身を包み全体は見えないものの、顔に垂れかかった髪は真紅色をしていた。その人物は最初こそ笑みを浮かべ余裕そうにしていたが、ヘラクレス達を見つめ直すとその表情は一変した。眉間に皺を寄せ目つきは鋭くなり、押し殺した声には苛立ちが籠った。
「手始めにモンスター共で様子を見てはみたが、アイツらは使い物にならんな。任務遂行のためには、我らタイタン族が直接戦士共を潰さなければならないようだな・・・」
「・・・っ!?」
ヘラクレスは突然の殺気を感じ、咄嗟にとあるビルの屋上を眺めた。そこには・・・、誰もいなかった。
「?、どうしたヘラクレス・・・」
ヘラクレスの様子を不思議に思ったテセウスが声をかけた。
「・・・いや、何でもない」
殺気を感じたビルの屋上に誰の姿も見当たらないこと、そしてもうその殺気が消えていたことを確認すると、ヘラクレスは自分の気のせいだと応えた。しかし、やはり自分の感じた違和感を簡単には拭い去ることはできなかった。
(今、モンスター達とは違う強大な殺気を感じたような・・・。あれは一体・・・)
そう考えているうちに破壊された数々の物が謎の力で元通りになり、三人は変身を解いた。すると、戦いの様子を見ていたルカが近づいてきた。
「みんな〜、今回も何とか倒せてよかった!そして、まさか碧が戦士だったなんて・・・」
「ええ、あなたが落とした宝石を拾おうとしたら突然その宝石が光出して・・・。気付いたら私も変身できるようになって・・・。本当に驚きです!」
「落としたヒーローストーンも回収できて助太刀ももらって・・・、まさに『一石二鳥』ってところだな。なっ、勇輝」
「ああ・・・、そうだな!」
みんなが戦士を見つけたこととハイドロンを倒したことに盛り上がっていたので、勇輝はもうさっきのことを考えるのは止すことにした。すると、
「先ほどの戦い、全て見ていたが『戦士』としてはまだまだだな」
突然四人とは違う声が背後から聞こえた。
四人が振り向くと、金色の双眸をきらつかせた一羽の白いフクロウが大きな翼を広げてゆっくりと降下していた。
「「フ、フクロウが喋ったあぁぁぁっっっ!!!???」」
「わあ、すっご〜い!」
フクロウが人間の言葉を喋るものだから、当然のごとく勇輝と譲治、碧は驚いていた。しかし、ルカは喋ったことではなく、違う理由で驚いていた。
「ミネルヴァ様!?いつからここに・・・」
「ミネルヴァ・・・様?ルカ、知り合いなの?」
ルカはどうやらそのフクロウ、ミネルヴァを知っているようだった。勇輝はルカに尋ねると、ルカは勇輝の発言が失礼なものと抗議するように返した。
「もう、知り合いなんて恐れ多いよ!!」
ルカは勇輝達の方に向き直し、今まで見たことのないような真剣な表情で語った。
「この方は・・・、世界の守護を任せられていらっしゃる戦いの女神『アテナ』様の側近兼伝令役、ミネルヴァ様だっ!!!」
To be continued…
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