Act.1-1 勇気~Hercules~

神聖戦士ヘラクレス

Act.1-1 勇気〜Hercules〜

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ここは、魔法なんて存在しない現実世界。そして、今は春の暖かい日差しが差し始めた頃———

そんな”普通”の世界の中のある家庭では、一人の少女がフラフラと階段を降りていた。


「おはよー、ママ。あれ、お兄まだ起きてないの?」


その少女はリビングに繋がるドアを開けて目覚めの挨拶をすると、目をしょぼしょぼとさせながらテーブルの定位置に座る。娘の起床に気づいた母親は、朝食をテーブルに並べながら笑顔で挨拶を返す。


「おはよう、知奈美。勇輝ならもうご飯食べ終わって、今頃身支度してるんじゃないかしら?」


「……えっ?お兄、もうご飯食べ終わったの!?」


娘の知奈美は、母親の幸恵から出た言葉に思わず聞き返してしまった。いつも自分と同じ時間に朝食を食べ、そして学校へと出発する兄が、まさか自分が朝食を食べ始める前に身支度を始めるなんて思いもしなかったのだ。

驚いている知奈美であったが、兄がこんな行動を取る様な状況に心当たりがないわけではなかった。


「ええ……。今日はうちの小学校も中学校も始業式だけど、そんなに急ぐような用事何かあったっけ……?」


知奈美は今日が春休み明け最初の登校日、いわゆる”始業式”であることは承知していた。しかし、始業式と言えど登校時間には変わりはなく、兄の行動はそれを考えても早過ぎた。そう思った知奈美は、逆に自分が何か忘れているのではないかと一瞬焦ったが、その様子を見た幸恵はクスクスと笑いながら兄の異常行動の理由を説明する。


「それがね、勇輝ったら初日から日直だからって張り切っちゃってるのよ。『後輩ができる学年になって初日からヘマできない』って……」


「何だ、日直か……。でも、それにしても早すぎでしょ。普通に出たって日直間に合うのに、今から出たら7時30分前には学校着いちゃうじゃん……」


知奈美は自分が間違っていないことに安心すると同時に、兄の張り切りっぷりに呆れて思わず溜め息を吐いた。そして———


(新入生に見られる訳じゃないのに……。理由がしょーもないな、全く……)


心の中で兄を小馬鹿にした。

すると、知奈美とはテーブルの向かい側に座っている父の晃が読んでいる新聞から顔を出した。知奈美と幸恵の話を聞いていたようで、その顔はニコニコと微笑んでいた。


「まあまあ。勇輝はせっかちだけど、やる気があっていいじゃないか。父さんも勇輝に負けずに仕事頑張んないと……」


そう言うと、晃は傍らに置いていたマグカップを手に取りコーヒーを飲む。


「まあ、空回りしないといいんだけどね」


知奈美は兄のいつものせっかちやおっちょこちょいが出ただけだと悟り、それだけ言うともう興味なさそうな素振りで朝食を食べ始めた。

知奈美は元々ドライな性格であったし、身内である兄がヘマをするのを少々恥ずかしく思うところもあったので、兄の明るく積極的な性格に少し冷めた態度を取る。しかし、今日もいつもの兄と変わらないと分かり、知奈美は少し安心して微笑んだようにも見えた。




しばらくすると、玄関前の廊下からドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あっ、もう出発するところね」


足音に気付いた幸恵は、リビングから廊下に繋がるドアを開ける。玄関の方を見ると、そこには粗く履いた靴を爪先で叩いて整える明るい茶髪の少年がいた。


「勇輝、忘れ物ないかちゃんと確認した?折角早く登校しても、忘れ物してたら元も子もないわよ!」


幸恵は念を押すように彼に言う。


「ん?ああ……」


彼は母の言葉を受けると、立ったまま背負っていた自分の通学カバンのファスナーを開けた。そのカバンの中には春休みの宿題や学校への提出物などがたくさん入っており、彼はそれをガサゴソと漁って一つ一つ確認する。


「多分……、大丈夫!」


持ち物を全て確認すると、彼はカバンのファスナーを閉めて再び自分の肩に掛け、玄関のドアの前に立つ。


「それじゃあ、いってきまーす!」


幸恵の方を振り返り笑顔を見せながらそう言うと、彼———大空勇輝は家を飛び出した。




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暖かい日が差す4月———


春の空は澄み渡り、どこからかやって来た桜の花びらがそよ風に乗って踊っている。通学路である住宅街は人工的なもので囲まれているが、微かに「自然」を感じられる。

勇輝は家を出てからしばらく歩いていたが、ふと自身の腕時計に示された時刻を見た。その時刻は……、午前7時15分。


「うーん、やっぱ早かったかな?このまま着いたら20分以上余裕あるし、家でアニマル動画か解説動画の一本くらい見てても良かったかもなあ……」


勇輝は日直の仕事があるとはいえ、やはり家を出るのが早すぎたことを自覚し始める。

学校に着いたところでこんな早い時間帯に親しい友達のほとんどは登校していない。趣味の動画鑑賞と行きたくても学校では勉強目的以外での携帯機器の使用禁止。そして、勇輝には朝勉強や読書の習慣はない。

学校で時間を弄ぶのなら、張り切らずにいつも通りの時間に出ればよかった。勇輝は少しばかり後悔したが、「友達」という言葉でふとある人物のことを思い出した。


「まあ、いいや!何ならいつも一番早く学校に来てる”アイツ”に勝てるかもしれないし、こっから全力ダッシュだ!」


折角いつもより早く登校するのだから、クラスで一番早く学校に着いてやろう。

物事を前向きに考え直すことは勇輝にはお得意なこと。期待に少し笑みを浮かべながら、勇輝は真っ直ぐ続く通学路を走り始めた。




「はあ、参ったなあ……」


時を同じくして、溜息をつきながら彷徨う者がいた。彼は顔を俯かせ、不安げに悩みを零す。


「命令を受けて地上界には降りたものの、未知の場所、しかも一人だけで戦士を探し出すなんて無茶な話だよなあ……。でも……」


彼は何か決心したように顔を上げると、その不安を払拭するかのように首を横に大きく振る。


「これは僕の、世界を守る重大な使命なんだ!引き受けた以上、精一杯頑張らなきゃ!!」


誰が聞いているというわけでもないが、まるで何かに訴えかけるように一人でそう宣言すると、彼はスピードを上げて住宅のブロック塀の曲がり角に差し掛かった。




「おっし、ここ曲がれば後は真っ直ぐ走るだけ!」


その一方、学校へ向かい全力疾走していた勇輝も住宅街のある曲がり角に差し掛かっていた。そして、そこを曲がろうとしたその時、ブロック塀の陰から”何か”が飛び出すのが見えた。


「……えっ?」


「……ん?」


気付いたときには、もう遅かった。勇輝はスピードを落とすことができず———




べっちーん!!!




と、勇輝は顔面からその”何か”にぶつかった。







「っつ〜、痛たたた……」


勢いよくぶつかったために、勇輝の顔面は赤くなっていた。その痛さに耐えられず勇輝は思わず顔に手を当て、少しながらも自分の手の冷たさで顔を冷まそうと試みる。

少しして痛みがだいぶ落ち着いたところで顔から手を離すと、勇輝はぶつかった相手に悪いと思いすぐに頭を深々と下げた。


「すっ、すみません!学校に急ごうと、つい全力で走っちゃって……」


顔の痛みからしてぶつかった相手も相当痛い思いをしたであろう。勇輝はそう考え慌てながら謝る。しかし、勇輝がいくら謝っても相手からは許しの言葉も咎めの言葉も返ってこない。不審に思い勇輝が顔をゆっくり上げると、目の前にぶつかったであろう人の姿はなかった。

もうこの場から離れてしまったのだろうか……、勇輝は一瞬そう考えたが、その横から新たな疑問が浮かび上がった。


(待てよ、人だったら身体全体でぶつかるはずなのに……。何にぶつかったんだ?)


そう疑問に思った勇輝は、その視線をもう少し先に伸ばした。すると、足元から少し離れた場所に見慣れないものが落ちていた。大体自分の顔に収まるくらいの大きさ……、間違いない。そう確信した勇輝は落ちているそれをよく見ようと近づく。そして、勇輝はそこに倒れ込んでいたもの、すなわちぶつかった”何か”の姿に驚き思わず絶句した。


(なっ、何だコイツ!?)


勇輝の目の前には、掌に乗るくらいの大きさの人間……のような姿をした生物がいた。その生物の背中には昆虫が持つような羽が生えていたが、その羽は透明ながらも淡い虹色の光沢を帯びた何とも神秘的なものだった。


(なんか、ファンタジーの妖精みたいだな……)


勇輝は現実世界ではあり得ないようなその生物の姿をまじまじと見ていたが、自分が登校中であることを思い出しハッと我に返る。


(どうしよう……)


勇輝は悩んだ。倒れている”妖精”みたいな生物に声をかけようにも、クルクルと目を回して気絶していてどうして欲しいのか分からない。目を覚ますまで人目につかないどこか安全な場所に置こうかとも考えたが、何だか怪我人を放置しているようで罪悪感が残る。

勇輝は思考を巡らせ、ある考えに辿り着いた。


「ちょっと我慢しててくれよ」


勇輝はそっと言い、制服のポケットをまさぐってハンカチを取り出した。そして、妖精をそのハンカチで優しく包むと自身の通学カバンの余裕のあるスペースにそっと寝かせた。勇輝はとりあえず妖精を学校まで連れて行くことにしたのだった。

誰かに見られてないか心配になり、勇輝はついでに辺りを見回す。すると、妖精が倒れていた場所からさらに離れた場所に茶色くそして握り拳くらいの、人間が使うには小さすぎるバッグが落ちていた。拾ってみると、中に何か丸みを帯びた物が何個か入っているのが分かった。


(これ……この妖精のものだよな、サイズ的に)


勇輝はそう思い、そのバッグも拾うと自分の通学カバンのポケットに突っ込んだ。そして、通学カバンを背負い直すと、勇輝は妖精の身体を動かさないようにと走るのは止め、今度はゆっくり歩いて再び学校へと向かい始めた。




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「———以上で今日の帰りのホームルームを終了します。では日直の大空君、帰りの挨拶を」


「はい。起立、さようなら!」


「「さようなら!」」


始業式とホームルームが終わり帰りの挨拶を皆で済ませると、教室は生徒達が自分の椅子を机に入れる音や教室を飛び出す足音で騒がしくなる。クラスメイト達も各々帰路についたり部活をしに行ったりと教室からゾロゾロと出ていくが、中には暇を弄んで教室に残り、友人と楽しく会話を交わす者達もいた。

勇輝も日直の仕事が全て完了し、ふうっと安心の溜息を吐きながら自分の椅子にもたれた。すると、その横からある男子生徒が声をかけてきた。


「勇輝、お疲れ様。今日は珍しく早く登校してたじゃん」


「純ちゃん!一番に登校できるかなあって思ってたんだけど、やっぱ純ちゃんには敵わないよ」


勇輝はその男子生徒、成田純に笑顔で応えた。勇輝が言っていた”アイツ”とは彼ことで、今日も彼はクラスで一番に登校していたのだった。


「まーた、朝から難しそうな本なんか読んじゃって……。流石は次期生徒会長!」


勇輝がニヤニヤしながら、自分の左肘で純をちょいちょいっと突く。純は顔を少々赤させ、慌てて否定する。


「ちょっ、勇輝。まだ決まった訳じゃないし……、それに、本を読んでいることと生徒会長は何の関係もないよ……」


「いやいや〜!成績優秀で運動神経抜群、そいでもって優しくてしっかり者の純ちゃんが生徒会長なら、みんな納得ってもんよ〜!」


否定したはずが勇輝がさらに持ち上げるので、照れと恥ずかしさに純はさらに紅潮してしまった。

本人は否定しているが、実際勇輝の言う通り純は皆が納得する優秀な生徒であった。学業では学年トップ3には常に入るし運動神経も抜群で、まさに典型的「文武両道」な生徒である。生徒会員としても仕事ぶりを評価されており、学年を超えて次期生徒会長候補として噂されている。

そんな真面目な彼は「家より学校の方が集中できる」という理由で、毎朝学校に早く来ては勉強か読書をしている。今日は読書の日であったが、その本の内容はいつも勇輝や他の生徒には理解できないような難しいものである。


「勇輝……。あっ、そうだ!本といえば……」


勇輝の言葉にどう返していいか分からず戸惑っていた純であったが、ふと何かを思い出すと話を逸らすチャンスだとばかりに話題を変える。


「今日僕達部活ないし、もしよければ帰ってから待ち合わせして駅の方に遊びに行かない?ほら、いつも行ってる本屋が改装終わったみたいだし気になるから……」


「おっ、いいね!」


勇輝は純からの誘いにパアッと目が輝く。


「俺もちょうどそう思ってたし、一緒に行こ———」


勇輝は即答でその誘いを受けようとしたが、途中であることを思い出し固まる。今朝通学路で拾った妖精……みたいな生物を、まだカバンに入れたまま放置していたのだ。

その正体も意識も分からない以上、このまま呑気に遊びになんて行っていられない。それに、自分が目を離した隙に他の誰かに見られてしまったら……。

そう危惧した勇輝は、咄嗟に席から立ち上がった。


「ごっ、ごめん純ちゃん。俺、急用思い出したから、また今度!!」


「えっ?ああ、そういうことなら。じゃあね!」


純は勇輝の急な行動に一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔で応えて教室を出る勇輝を見送った。




勇輝は教室の外にあるロッカーを開き、中途半端にファスナーを開けていたカバンを取り出し中の妖精の様子を確認する。妖精はまだ動いている様子はなかったが、ぶつかった直後とは異なり穏やかな呼吸で眠っていたので勇輝はホッとする。


(ただ眠ってるだけに見えるけど油断はできないし、とりあえず俺ん家で休ませるか……)


勇輝は妖精が息ができるようにと少し穴が開くくらいにカバンのファスナーを閉じると、勇輝は急ぎつつも慎重な足取りで我が家へと向かい始めた。




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勇輝が家に到着すると、先に帰宅していた知奈美が鼻歌を歌いながら二階から階段を降りてきていた。右手には食べかけの棒アイスを持っており、如何にも家でまったりと寛いでいる様子であった。

そんな知奈美も玄関の物音に反応し、兄の勇輝が帰ってきたことに気づいた。


「あっ、お兄おかえり———」


「…………」


知奈美は声をかけたものの、気づいていないのか将又受け流しただけなのか……、勇輝は何の反応も見せなかった。そして、勇輝はそのまま知奈美とすれ違い様に階段を駆け上がっていった。


「…………?」


いくら妹相手でも最低「おうっ」くらいの反応は見せる兄であるが、まさかの無視とは……。いつもと様子が違う兄を知奈美は少し不審に思ったが、まあいいかと気に留めることなくリビングに入っていった。




二階に辿り着くと、勇輝は自室に入り込み勢いよくドアを閉めた。


「ふう。焦ったけど、ここなら誰にも見つからないっしょ」


自分以外いるはずのない部屋であったが、勇輝は念のためとその中を用心深く見回す。そして、改めて安全を確認し床に座り込むと、勇輝はカバンから例の妖精を取り出した。妖精は先程と同様、呼吸はしているもののまだ目を覚ましていない。


「うーん。あの時のことを考えるとこの子絶対全身強打してるし、マジで病院に行かないと危ないんじゃないか?」


今は穏やかに眠っている妖精であったが、全身強打した影響で何かの拍子に死んでしまうのではないか・・・。そう危惧した勇輝は、病院を探そうと思いスマートフォンを取り出したが途中で思い留まる。


「いや、いきなりこんな姿の子連れてったら騒ぎになるだろうなあ。しかも、身元が全然分からん。でも、早く症状見ないと危ないかもしれないし……、う〜ん……」


騒ぎを起こしたくないという気持ちと妖精を助けたい気持ち……、勇輝は考えれば考えるほど湧き起こる二つの気持ちの拮抗に頭を抱え始めた。




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『———それは戦士が覚醒するための宝石「ヒーローストーン」だ。大事に管理しておくのだぞ』


「はい、しっかり受け取りました!」


『よろしい。世界に危機が訪れようとしている今、一刻も早く世界を守る戦士達を探さねばならぬ。その使命を受けた其方の責任は重大だ、分かっているな?』


「もちろんです!僕、全力で頑張ります!!」


『うむ。では頼んだぞ、ルカ!』


「はい!行って参ります、アテナ様!!」




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「……ん〜」


会話が途切れ、自身の目に先程とは別の光景が浮かび上がる。


(さっき見ていたのは……夢か。僕が地上界に降り立つ前の……)


ゆっくりと目を開けながら、妖精はそうぼんやり考えていた。


(……というか、僕は今まで何を……?確か僕は、家がいっぱいある所を飛んでいたら何かとぶつかって、それで……)


その妖精がいろいろ思い出していると、視界に何故か右往左往しながら独り言を呟いている少年の姿が見えた。


「というか、そもそも医者と獣医どっちに診てもらえばいいんだ?獣医なら父さん、最悪引退した母さんがいるけど、絶対前例ないだろうし……」


その少年、勇輝がそう言いながら目を泳がせていると、あるところで勇輝と妖精の二人の目が合った。




「「ゔわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!???」」




二人は突然のことに驚いて大声で叫んだ。すると———


「ちょっと、うるさいお兄!!静かにしてっ!!!」


二人の声以上の知奈美の怒号が一階から聞こえてきた。マズい、今この部屋に突撃されたら見つかってしまう……、そう考えた二人は慌てて黙り込んだ。

いきなり大声を出して疲れてしまった二人は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、しばらくすると完全に目が覚めた妖精が羽を使ってふわふわと浮き始めた。


「はあ、よかった、起きてくれた……。ごめん、さっきはぶつかって気絶させちゃったみたいで……」


勇輝は安心して思わずホッと溜息を吐くと、今朝のことを謝った。


「……いや、別にいいよ。僕も周り確認しなかったの悪かったし……」


しかし、微笑む勇輝とは対照的に、妖精の方は怒ることはなかったが素っ気ない返事をする。そして、勇輝の掌にあるハンカチを見ながら妖精は言葉を続ける。


「それに、アンタ、僕のこと一応保護しててくれたんでしょ?大勢の人間に見つかったらマズかったから、むしろ感謝だよ」


「えっ、そう……だった?」


勇輝は自分の行いが正解であったことに安堵すると同時に、妖精から一応”感謝の言葉”を貰えたことに勇輝は少し照れて頭を掻いた。

その後、特段話すこともなくなった二人はただただ沈黙していたが———


「あっ、そういえば」


勇輝が何かを思い出し、妖精にずいっと顔を近づけた。


「自己紹介がまだだった。俺の名前は”勇輝(ゆうき)”。あとは……一応人間。君の名前は?」


「えっ?」


いきなり顔を近づけて自己紹介されたルカはビクッと驚く。それと同時に、その勇輝に何をどう返したらいいのか分からず、口を紡いだまま目を逸らしてしまった。しかし、少しして覚悟を決めたのか、勇輝を真正面に捉えて口を開いた。


「僕は……”ルカ”」


その妖精、ルカはポツリと自分の名を名乗った。どうやら、一応助けてもらった身である以上、礼儀として名乗っておかないとという思いはあったらしい。


「アンタ、いや勇輝は気付いてると思うけど僕は人間じゃない。”フェアリー族”っていう種族の一員だよ。簡単に言うと、まあ妖精だね……」


ルカはそのままのトーンで素っ気なく自己紹介を続けた。折角名乗っているのならもっと積極的な態度を取ってもいいはずであったが、今のルカは”ある事情”のために、知らない人間に好意的な印象を与えたくなかったのである。しかし、その意図とは裏腹に———


「そっか、やっぱり妖精なのか!じゃあよろしくな、ルカ!!」


勇輝はにこやかに手を差し伸べてきた。


「えっ、あっ……。えぇ?」


勇輝の予想外の行動に、ルカの口から変な声が漏れた。

初対面の相手に何て優しい……というか馴れ馴れしい人間なんだ。しかも、ご丁寧に手まで出して……、”初めまして”でもするつもりであるのだろうか?複雑な心境の上なんだか照れ臭かったが、ルカはその小さな手を勇輝の指に載せた。


「……よろしく」


「へへっ、これで友達友達!!」


勇輝はルカの小さな手が載せられた指を握手代わりにと上下に動かす。ルカの方も勇輝の調子に完全に乗せられて握手を交わしていたが———


「……って、やってる場合じゃない!!」


急に何かを思い出したと同時に顔が青ざめ、ドバドバと冷や汗をかいて焦り出した。


「僕のバッグは何処!?今朝はちゃんと掛けてたはずなのに……」


「バッグ?」


急に慌ててどうしたのだろう……?と勇輝は相変わらず呑気な様子であったが、ルカが言う”バッグ”に覚えがあった。今朝ルカとぶつかった時に落ちていた小さなバッグを、ルカの物だと思い念のため拾っていたのである。


「ああ、それなら俺のカバンの中に入れてたよ。ほら———」


そう言いながら、勇輝は自身の通学カバンの中を漁ってルカのバッグを取り出す。するとその瞬間、ルカは乱暴な動作で勇輝の手からバッグを奪い取った。


「あっ、ありがと!!」


ルカは奪い取ったバッグを急いで自分の肩にかけ直すと、部屋の窓の方まで飛んで行く。そして、窓の鍵を開けるとガラッと大きな音を立てながらその窓を全開にした。


「ル、ルカ!そんなに急いでどうしたんだよ!?」


「ア、アンタには関係ないよ!じゃあ!!」


勇輝の問いかけも虚しく、ルカはそれだけ言って外へ向かって飛び出していった。


「ちょっ、待てよルカー!どこ行くんだよー!!」


勇輝はルカが心配になり引き止めようと叫んだが、ルカはすでに勇輝の視界から姿を消していた———




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「……あらあら。この地上界は人が多いし、街も随分と発展してるわねえ。暴れ甲斐があるじゃない……」


街の上空に一つの怪しい影があった。その影は顔と胴体は女性の姿をしているが、下半身はかぎ爪を持ち腕は鳥のような大きな翼になっていた。

その鳥のような影は不敵な笑みを浮かべ、悠々と発展した街の様子を眺めていたが———


「だが、どんな土地であろうと私には関係ない!このテルクシノエ、存分に暴れて地上を不幸にしてやるわ!!」


そう叫ぶとその影の正体、テルクシノエはカッとその目を見開き、スピードを上げて街へと急降下した。テルクシノエが急降下した先は街の中心にある大きな駅、たくさんの人々が行き来している。

その人混みの中に、純がいた。


「……ん?なんだ、あの大きい生き物……?何かの……鳥?」


駅の周辺を歩いていた純は上空に浮かぶ大きな影に気づくと、その正体を確かめようと見上げた目を凝らした。

しかし、その瞬間———




ゴゴゴオォォォォォォッ……




テルクシノエの翼から、途轍もない威力の突風が吹き荒れ始めた———




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「ええっと。確か、ルカが飛んでった方向ってこっち……だったよな?」


ルカが飛び出していった後急いで私服に着替えた勇輝は、その飛んで行った方向を頼りにルカを探していた。しかし、単なる方角だけでは頼りにならない。勇輝は何の手がかりもなく、ただただ住宅街の中を彷徨っていた。

無我夢中でルカを探していた勇輝であったが、その時突然、不快で大きな音が耳に突き刺さった。


「うわっ!?びっくりした……。もう、この音本当に心臓に悪いなあ……」


その音の正体は、スマートフォンの緊急速報の通知音だった。

勇輝はいきなり驚かされたことに少々ムッとしたが、すぐにズボンのポケットからスマートフォンを取り出してその画面を開いてみる。


「なになに……『神山駅周辺に謎の大型の鳥が出現し激しい暴風が発生。当駅周辺には近づかず安全を確保して下さい』?……何じゃそりゃ?」


速報を淡々と読み上げたが、勇輝にとってその内容はちんぷんかんぷんであった。

大型の鳥に襲われるとなると多少危ないことは分かるが、たかが鳥一匹が被害を出すような風を発生させられるだろうか?しかも、緊急速報として通知されるほどの暴風とは一体……?


「何だかよく分からないけど、まあここから駅は離れてるし、一応ここは安全なのか……って、駅!?」


“駅”という単語から、勇輝はあることを思い出し顔がどんどん青ざめていった。

そういえば、今日学校で純ちゃんが駅に行くと言っていた。それならば、今純ちゃんは駅にいるはずだ。もしかしたら、その暴風に巻き込まれているのではないか……?

そう思った勇輝は、急いで純に連絡を取ってみる。返事は……ない。


(純ちゃんが、危ない……)


警告が出ているくらいだ、今駅に近づけば自分も巻き込まれる可能性があることは勇輝は十分承知していた。しかし、誰にでも優しい勇輝の性格上、友人が危機に晒されていると思うと放っておけなかった。

勇輝は手に持ったスマートフォンをポケットにしまうと、駅へ向かって全速力で走り出した。




しばらく走っていると、勇輝の視線の先に空中を飛来する小さな影があった。透明な羽を広げた小人のような生き物———その姿は先程まで勇輝が探していた人物だった。


「ルカ!!」


勇輝はスピードを上げて飛ぶルカに並んだ。ルカは自分を追って来た勇輝の姿を見てギョッとした。


「勇輝!?何でここに……!?僕今急いでるから、アンタに構ってらんないよ!」


「違うって!何か駅の方に大型の鳥が出たり暴風が起こったりでなんかヤバいみたいだし……、それに友達がいるかもしれないから心配なんだよ!!」


「……鳥?……暴風?」


勇輝の話の内容を聞いて、ルカの顔が途端に厳しいものになる。


「まさか、もうモンスターが……」


「……モンスター?」


ルカの呟きに勇気は怪訝そうな表情を浮かべたが、勇輝が何と言ったか問いかける前にルカの方が先に口を開いた。


「い、今は詳しい話はできないよ!とりあえず、勇輝、その”駅”って場所に案内して!!」


「えっ?……ああ、分かった!!」


勇輝はルカの真の意図が見えなかったが、ルカにとってもその”暴風”が何かしらマズいのだけは分かった。

勇輝とルカは前に向き直し、さらにスピードを上げて駅に向かった。







「なっ、なんだよコレ……!?」


変わり果てた駅の姿を見て勇輝は唖然とした。

街路樹のほとんどがなぎ倒され、駅を華やかに彩っていた花壇の花々も無残に散っていた。足元を見ても木の小枝や花壇の土、さらにはガラスの破片まで飛び散っていた。


「くっ、遅かった……。まだ戦士を見つけてないのに……」


ルカもその惨状を目にし、悔しそうな表情で呟く。

沈黙の中で二人が周囲を見回していると、どこからか知らない女性の声が聞こえてきた。


「あーら、まだピンピンしてる人間がいたのねえ。てっきり恐怖してみんな逃げてったと思ったのに……」


二人はハッとして声がした方向を見上げる。すると、その上空に見たこともない大型の鳥の姿があり、彼女は不敵な笑みを浮かべながら二人に近づいてきていた。


「わっ!?何だアイツ!?」


“鳥”と言っても顔と胴体は明らかに人間の女性のもの、その異様な姿に勇輝は唖然とする。すると、勇輝の横にいたルカの口からある名前が出てきた。


「あれは……、セイレーン!?」


「セイ、レーン……?あのデカい鳥……みたいなヤツのことか?」


「うん。普段は海辺にいるモンスターなんだけど、まさか、こんな街中まで来るなんて……」


ルカは勇輝の問いかけにコクッと頷いたが、セイレーンの姿を目の当たりにしたその表情はどこか信じられないと言わんばかりに呆然としたものだった。


「フフフ。確かに私はセイレーンだけど、ちゃんと立派な名前があるのよ。『テルクシノエ』ってね。よーく覚えておきなさいよ、坊や達!」


二人の会話を聞いていた大型の鳥、テルクシノエは改めて名を名乗る。その声の調子はとても得意げなものだった。

テルクシノエの言動から、今回の”暴風”の原因は彼女だろう。それにしても街を荒らしたことや人々を襲ったことに罪悪感などこれっぽっちもない、寧ろ喜びを感じているようだ。

そんなテルクシノエを前に、勇輝は憤りを抑えることができなかった。上空のテルクシノエを睨みつけると、勇輝は怒りの混じった低い声で言う。


「アンタなんだな、駅をメチャクチャにしたの……」


「ええ、そうよ!さっきもそうだったけど、人間達が恐怖に慄く様はいつ見ても気持ちいいわねえ。ウフフ……」


「……なんだって?」


勇輝の予想通り、テルクシノエはクスクスと笑いながら答えた。

勇輝はテルクシノエの態度に怒りを通り越してただ唖然とするしかなかった。すると、今度はテルクシノエの方が口を開いた。


「でもねえ、坊やには用はないの。見つけたわよ……」


そう言うと同時に、テルクシノエの両眼がカッと見開かれた———


「このチビ妖精がっ!!」


その瞬間、テルクシノエはスピードを上げて急降下し勇輝の横を一瞬ですり抜けた。そして———


「うわっ!?」


気付いた時にはテルクシノエは鋭いかぎ爪を持った足でルカを捕まえていた。


「ルカ!?おい、ルカを離せ!!」


勇輝は一瞬のことに驚きを隠せなかったが、ルカを救い出そうと咄嗟にテルクシノエに飛びつこうとした。しかし、テルクシノエは余裕そうな表情でそれを華麗に躱す。


「命知らずなヤツねえ……。生身の人間ごときが、私に勝てると思うなっ!!」


そう言うと、テルクシノエは勇輝の背後を取り、ルカを掴んだのとは逆の足で勇輝の背中を勢いよく蹴り上げた。


「ぐあっ……!?」


勇輝は受け身の体制をとることができず、身体全体を強く地面に打ち付けてしまった。


「くうっ……」


打ち付けられたダメージが予想以上に大きく、勇輝はすぐに立ち上がることができない。


「勇輝!!」


ルカはそんな勇輝を見て思わず叫ぶ。しかし、テルクシノエの方は相変わらず得意げな笑みを浮かべたままで、無様な姿の勇輝に興味を失ったように今度は片足で掴んだルカの方を見た。


「さあって、おチビちゃん。私、アンタに聞きたいことがあるのよ……」


「…………」


「お探しの”戦士”ってのはどこにいるのかしら?邪魔になるから排除しろって”上”から言われてるのよ……」


「……さあね。僕、何にも知らないよ」


テルクシノエの質問を、ルカはぷいっと目を逸らしながら受け流す。


「いつまで強がってられるかしらねえ。早く言わないと、このまま潰しちゃうわよ……」


テルクシノエは笑顔のままであったが、その声色は明らかに笑ってはいなかった。テルクシノエは白を切るルカから強引に言葉を引き出そうと、掴んだ足でルカを締め付け始めた。


「ぐうっ……」


ルカは全身に伝わる痛みに苦しんだが、それでも強い意志を見せて必死にこらえた。

と、その時だった———


「いい加減、ルカを離せよ!」


倒れていた勇輝が、痛みを噛み締めながらゆっくりと立ち上がっていた。テルクシノエがその声を聞くと、少し不機嫌な表情をしながら勇輝の方を見た。


「あーらら、まだ私の邪魔するの?この妖精といたばかりにこんな無様な姿になって、かわいそうだから逃がしてやろうと思ったのに……」


テルクシノエは傷ついてでも立ち上がる勇輝を嘲笑った。しかし、それでもなお勇輝はボロボロの身体を支えながら、怒りを宿した眼差しでテルクシノエを見つめた。


「誰が逃げるかよ!うおおおぉぉぉっっっ!!」


勇輝はそう反発すると、再びテルクシノエに向かって突撃していく。しかし———


「しつこいわねえ……、フンッ!」


その突撃も虚しく勇輝はテルクシノエに簡単に往なされ、またもや背後から攻撃を加えられてしまった。今度は受身を取る力さえなく、勇輝はそのまま地面へ倒れ込んでしまう。


「ぐっ……」


「勇輝、早く逃げて!アンタには、関係ないことだから!!」


このままでは、勇輝はさらに酷い目に遭わされる。そう思ったルカは、掴まれた足から身を捩りながら勇輝に必死に説得した。

しかし、それでもなお勇輝はゆっくりと立ち上がった。身体中に痛々しい傷を負いながらも勇輝は逃げる素振りさえも見せず、むしろテルクシノエに立ち向かうように前へと歩みを進めたのだ。


「関係ならあるさ!何たって、ルカは……」


勇輝はテルクシノエを見据え大きく息を吸う。そして———


「ルカは……、俺の大切な友達なんだよっ!!」


勇輝は吸い込んだ息の全てを擦り切らすが如くの大声で言い放った。勇輝の渾身の声は、無惨にも荒廃し、そして誰もいなくなったその場に大きく響き渡った。


(……勇輝!)


ルカは勇輝の”友達”という言葉にハッとした。

勇輝は自分と初めて出会った時も”友達”と言ってくれた。正直、その時は上辺だけで言っているのだと思っていたが、まさか、ここまで自分のために真剣になってくれているなんて……。

勇輝の言葉が、そして気持ちが”本物”であることが分かり、勇輝を哀れむルカの心の中には”嬉しさ”が生まれてきていた。


「は?”友達”、この妖精が?」


一方、テルクシノエの方は勇輝の発言が理解できず惚けたような顔をした。しかし、ようやくそれを理解すると、テルクシノエは吹き出して高笑いを始めた。


「フッ、ハハハハ!これまた随分な綺麗事ねえ!そんなつまらないことで身を滅ぼすなんて、坊や本当に”バカ”なのねえ!!」


テルクシノエにとって、”ただの人間”である勇輝の言動は実に滑稽なものだった。テルクシノエの甲高い笑い声はその場で反響し、まるで周囲全体が勇輝を嘲笑うかのような空間を生み出す。

しかし、勇輝はそんなテルクシノエに一切怯まなかった。


「アンタがそう思うなら勝手にそう思えばいい!だけど、俺はこれだけは言いたい!!」


そう言うと、勇輝はテルクシノエに挑むように告げる。


「駅をメチャクチャにして、たくさんの人と、ルカまで傷つけて・・・。しかも、それで平気で笑ってるなんて……」


勇輝はスッと息を吸い、怒りに満ちた目をカッと見開いた。


「テルクシノエ、アンタのことは……、絶対許さないっ!!!」


再び勇輝の叫びが響き渡った、その時だった———




ホワッ……パアアアァァァッッッ……!!




ルカのバッグから、突如として白く眩い光が溢れ出てきた。


「何っ!?ぐっ……!?」


テルクシノエにはこの光は予想外だった。突然起こったその眩い光に目をくらまし、テルクシノエは急いで自身の翼で目を閉ざす。


「これは、まさか……!!」


ルカも驚いてその光を見ると、その光はバッグの隙間から飛び出しフワフワと浮遊し始めた。その正体は、白く透明な宝石であった。

白い宝石は突然のことに呆気に取られていた勇輝の方へと向かい、彼の左腕の手首に着いた。そして、宝石を纏っていた白い光が形を変え、その光が消えると共に勇輝の腕に時計のようなブレスレットが装着されているのが分かった。


「何だ、これ?どうなってるんだ……?」


戸惑いを隠せない勇輝に、つかさずルカが叫んだ。


「勇輝!そのブレスレットを翳して『ヘラクレスパワーメタモルフォーゼ』って叫んで!!」


勇輝はその言葉の意味は分からなかったが、その言葉が何らかの形でルカの助けになるということは確信した。勇輝はコクっと覚悟を決めるように頷く。

勇輝は左腕のブレスレットを翳し、天に向かい声高らかに叫んだ———




「ヘラクレスパワーメタモルフォーゼッ!!!」




パパパパアアアァァァッッッ……!!




勇輝が叫んだ直後、周囲一帯を照らすほどの眩い光が勇輝を包んだ。それは、先程の宝石が纏っていたものと同じ白い光だった。そして、その光が徐々に消えていくと勇輝の姿が現れる。しかし、その姿は全く違うものに変化していた。金色のティアラに青色の服装にブーツ、そして白い手袋とマント……、何もかもが変化していた。


(うわぁ……!!)


勇輝は自身の姿に驚きを隠せなかった。頭を駆使して、変身した姿を一つ一つ目で確かめる。

その一方、テルクシノエもやっとのことで目を覆っていた翼を避けると、変身した勇輝の姿が目に入り唖然とした。


「なっ、変身しただと……!?まさか、この人間が……!!」


変身した勇輝の姿を目の当たりにしたテルクシノエは信じられないとばかりに目を大きく見開き、先程までの余裕な笑みもその顔から消え去っていた。


「…………」


自分の姿を確かめ、そしてもう後には引けないと確信した勇輝。彼は心の中でそっと覚悟を決めると、動揺を隠し切れないテルクシノエを見据え声高らかに名を名乗った。


「輝く勇気の戦士、ソルジャーヘラクレス!!勇気の力で、勧善懲悪さっ!!!」


何の魔力も持たないごく普通の人間「大空 勇輝」は今、ここにはいない。目の前にいるのは、”勇気”を司る戦士『ソルジャーヘラクレス』であった———


(ソルジャー、ヘラクレス……。勇輝、アンタが戦士だったんだ……!!)


ルカは目の前の光景を信じられないとばかりに目を見開いていた。しかし、その光景が今まさに自分が待ち望んでいたことであると理解し、ルカの目からは喜びのひと雫が溢れた。

しかし、驚きから喜びに変わったのはルカだけであった。


「……ふん、まあいいわ」


テルクシノエは静かにこちらを見据えるヘラクレスをフッと鼻で笑ったが、その声音は明らかに余裕を失っていた。


「戦士が都合よく現れたのなら……、さっさと捻り潰してやるわっ!!」


いくら探していた相手とはいえ、”戦士”は自分にとって邪魔な存在なのには変わりはない。邪魔が入ったことに怒りを露わにしたテルクシノエは、自身の両翼を羽撃かせて暴風を発生させた。ゴオオオッッッ……という轟音を立てた猛烈な暴風が、ヘラクレスへと襲いかかる———


「くっ……!」


突然の攻撃に、ヘラクレスは身体全体で受けまいと咄嗟に両腕を頭の前で交差させて身を屈めた。普通の人間であれば数メートルは余裕で飛ばされるであろう凄まじい暴風であったが、ヘラクレスは何とか両足で踏ん張り、そしてこの一方的な状況を打開しようと反撃の隙を伺っていた。


(下手にこの体勢を変えれば、そのまま風に身体を持っていかれてしまう。この状態からどうすれば……、そうだ!!)


何か思いついたヘラクレスは、頭の上で交差させていた両腕にありったけの力を込めた。そして———


「うおおおおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!」


ヘラクレスは暴風の流れに逆らうように両腕を思いっきり振り払った。

ヘラクレスの反撃を前に、暴風は流れを乱してしまい周囲へと分散し始める。そして、その一部はヘラクレスの真正面にいたテルクシノエに跳ね返っていった。


「ぐあっ……!?」


自身が発生させた風とはいえ、予想外のことにテルクシノエは反応が遅れてしまった。テルクシノエは跳ね返ってきた風を避けることができず諸に喰らってしまい、そのまま地面に真っ逆さまに落下した。


(これが、俺の力……)


ヘラクレスは今自分がやったことに驚きを隠せなかった。今まで経験したことのないような暴風に耐え、そしてそれを自分で跳ね返してしまったのだから……。

力を使って初めて気づいた。身体の底から大きな力が漲っている。今の力は、決して身に纏ったものの力ではない。身体の内側に宿り、自分自身が操らなければならない力なんだ……。

まだ信じられないという思いもあったが、ヘラクレスは姿だけではなく”自分自身の力”までもが大きく変わっていることを実感する。


「勇輝!いや、ソルジャーヘラクレス!!」


そう考えていたヘラクレスの耳に、自身が呼びかけられる声が聞こえてきた。ルカだった。ルカはテルクシノエが体勢を崩した隙に彼女の足から脱出し、ヘラクレスの方へと飛んで来たのだった。


「今だよ!テルクシノエにトドメを刺して!!」


「……よしっ!」


ヘラクレスはルカの言葉にコクっと頷いた。

ヘラクレスは両手を引いて構え、その中に白い光の塊を発生させた。その光は徐々にその大きさを増していき、そして———


「喰らえ、ブレイヴバーストッ!!!」


ヘラクレスが両手を前に突き出した瞬間、その光は眩い光線となって放たれた———


「あっ、あっ……」


身の危険を感じたテルクシノエは急いで飛び上がろうとするも、地面に身体を打ちつけたことで起き上がることすらままならなかった。

視界の全てを覆うほどの白い光が、テルクシノエに今襲いかかった———




「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」




ヘラクレスの光線をまともに喰らったテルクシノエは断末魔を上げ、その白い光と共に消滅してしまった———




————————————————————————————————————




(……嘘だろ?駅が元通りになってる……!!)


戦いが終わりしばらくすると、テルクシノエの襲撃によって荒れ放題であった駅とその周辺が、まるで何事もなかったように綺麗な形を残したままになっていた。

勇輝は信じられないとばかりにその光景を見つめていると、ふとあることを思い出した。


(そうだ、ルカは何処に……)


テルクシノエを倒した瞬間を一緒に見届けていたルカは、先ほどまですぐ横にいたはず。そう思い辺りを見回してみるが、ルカの姿はなかった。

再び目の前の光景をただ茫然と見ていると、勇輝はさっきまで起こっていたことの記憶や感覚が薄れていくような気がした。


(今までのことって、全部夢だったのか?)


ルカのことやテルクシノエのこと、そして自分が戦士となって戦っていた今までのことは全部自分の妄想だったのではないか……?と勇輝はそう思い始めていた。


(それだったら、俺相当スケールのデカい夢見てたな。何か、恥ずかしいかも……)


そう考えていたその時、勇輝の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おーい、勇輝!!」


我に返った勇輝はクルッと振り返ると、純が走って来ているのが見えた。


「あっ、純ちゃん!!」


そういえば、純を心配して駅に来たんだ……と今更ながらに思い出した勇輝であったが、当の本人は特に怪我もしていない様子だったので勇輝はホッとした。


「駅の方で暴風警報が出てたから心配してたんだよ……、大丈夫だった?」


「うん、何とかね。正体不明の大きな鳥が出たと思ったら、突然の暴風で駅が荒れちゃって。みんなもパニックになってたから大変だったんだよ……」


「へえ、正体不明の大きな鳥……ん???」


安心からか少しボケッとしていた勇輝であったが、純の口から出てきた“鳥”という単語に固まってしまう。


(えっ、まさか……だよな?)


自分の記憶にある言葉に嫌な予感がした勇輝は、恐る恐る自分の左腕を見た。そこには———


「あれ?勇輝、時計新しくしたの?珍しい形だね!」


“夢”だと思っていた時に使っていたブレスレットがしっかりと装着されていた———




「ゆっ、夢じゃないのかよおおおおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!???」





To be continued…

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