世界終了前仮説

【インフィニティ・ナイトメア】

 最近ずっと世界が終わる夢を見る。隕石が降ってきて、地球は滅ぶ。私と君は死ぬことが大半だ。ああもう、こんな悪夢さっさと覚めてしまえ!

 ぜぇ、と荒い呼吸と共に飛び起きる。見慣れた自室には朝日が差し込んでいて、悪夢は終わったんだと安堵した。それと同時に時計を見てハッとする。急いで支度をしなくては。

 最低限のルーティーンを終えて家を飛び出し学校への道を走ると、丁度目の前に突っ立っていた君にぶつかった。早くいかないと遅刻だと言っても、君はもういい、とこの場を動かない。やけに暗い曇天の空を見上げ、その中に浮かんでいるほうき星のような何かを指さす。君は知らないの、と笑った。あぁやめて、私はそれを知っている。

 今日はセカイメツボウの日なんだってさ。

 ゴォ、と隕石は大気圏に突入して速度を増した。あと十数分で私たちは死んでしまうんだ、ということをすんなりと受け入れる自分がいた。

 悪夢は続く。


【デリートデート】

 最期の日は思い出の場所にいこう。そう言い出したのは君だったか、私だったか。満開の桜並木に人は誰もいない。ざわざわと終末を予告する風が花びらを散らせた。もうすぐこの場所は私たちも、思い出も、全て合わせて死んでしまう。

 急に怖くなって身をすくめる。ざぁざぁと音を立てる風が冷たい。寒い。怖い。その上から君が覆いかぶさる。抱きつく力加減を考えろよ。顔すら見えない。子供体温の君は暖かい。けれど君も震えていた。

音が聞こえる。終わりを告げる残酷な音が。君の腰に手を回す。せめて最期は、一緒に。

 世界が終わるまでさん、にい、いち。


【君への文句をいわせない】

 世界最終日手料理を振る舞うと、君は突然言ってきた。世界終焉間近のパニックで頭が狂ったかと思ったが、それに乗った私も私だ。当日になって彼以外誰もいない家にお邪魔すると、いつもどおり君が出迎えた。何もしないで待っていて、という言葉があったが信用ならない。せめて口だけは出さないようにとカウンターの大きな背中を見つめる。キッチンに並べられた材料を見ると、どうやら最後の晩餐はカレーらしい。フンフンと下手な鼻歌を歌いながらカレーを作る君を、カウンターから眺めた。

 できた、と器に盛られたカレーを差し出される。不格好な野菜達や盛り付けが下手糞なところがなんというか、君らしくて笑いを漏らす。せっかくの手料理だ。しっかりと食べてやろう。

 いただきます、とカレーを口に運ぶと味に異変を感じる。明らかにカレーではない、そんな味。それでも君の作ったものだから、食べ終わったら文句を言ってやろう、そんな考えで食べ進めたのが間違いだった。苦しい。確実に息ができなくなっている。ぼやけた視界で君を見ると、どこか申し訳なさそうな目をしていて。そういうことかよ、畜生。

 いつもみたいに、文句を言わせろよ、バカ。


【願いは塵になる】

 世界滅亡が防げるかもしれない。その為に多くの人が宇宙に駆り出されることになった。もちろん君も例外ではなく、先日宇宙へと飛び立って行った。任せとけ、と子供の様に笑った君が忘れられない。俺が全部壊してやるから、また一緒に学校行こうな。子供みたいに指切りげんまんまでして。ヒーローになって帰ってきてよ、と茶化した私も馬鹿だった。こんな願い、叶うわけがないじゃないか。

 可能性なんてなかった。多くの犠牲を出しても捻じ曲げられなかった運命は、今日終わりを迎える。自室の部屋の隅で、もう応答もない電話番号に電話をかけて、宇宙の塵になった君を想う。

 私も君と一緒に、星になってしまいたかったなぁ。


【アースイン冷凍庫】

 世界滅亡の隕石が落ちたにも関わらず、私達はなんの因果か生き残ってしまった。瓦礫と死体に囲まれて、本当に二人きりなんだと絶望する。かくいう君は俺がいるから寂しくない、と隣でケラケラ笑った。嬉しいと純粋に受け取ってしまう自分がいることが恨めしい。

 隕石の影響で太陽光の遮断された世界は、徐々に冷たくなっていく。私達は温かいものをかき集めてどうにか残っていた建物内で生きていたが、とうとうそれも限界になっていた。二人で大量の毛布に包まれながら、身を寄せる。隣にいる君の手を握ると、甘えん坊かと君は絞り出したように笑う。そんな言葉に返す気力は今はもうない。

 眠っていいよ。俺が見てるから。その言葉に甘えてこて、と肩に頭を寄せた。君の暖かいはずの手が冷たいことに不安になりながら、私は眠りに落ちる。起きたら温かい場所で、温かいご飯を振る舞ってあげたい。


【正義の味方はヴィランになれない】

 世界終焉間近になって突然、電話が鳴る。電話主はもちろん君で、要件はせっかくなので遊びに行こうとのことだった。最期なのだしいいか、と思い承諾し、君との待ち合わせ場所に行く。遅刻常習犯である君がすでにその場にいたことに驚きながら、やけに用意周到だなと茶化す。そーいう日があってもいーだろ、と子供みたいに頬を膨らませて怒るものだから笑ってしまった。

 終末でも電車は定刻通りに動き、私たちを乗せて目的地まで各駅で止まっていく。目的地の駅に着くと君はグイと私を引っ張って、急ぎ足で改札を通る。目の前に海があるのに、君は馬鹿みたいにはしゃがない。潮のにおいを感じる暇なんて私にはない。力強く握られた手首が痛い。先へと走る君はさっきからずっと私を見ない。君のペースで急がれると私がキツイのは知っているはずなのに。

 ドスン、と君の背にぶつかるように私は急停止。どうしたの、という声の前に、聞きたくない言葉が君から吐かれた。それと共に君は私をグイ、と引っ張って突き落とす。

 じゃあな、と波の音の狭間から呟くなよ。じゃあなんでお前はそんな泣きそうな顔をしてるんだよ、アホ。

 悪を演じるなら、最後まで徹底してやってくれ。


【信理】

 地球滅亡のカウントダウンが始まるとともに、人類は新たな新興宗教に没頭する。なんでも隕石が落ちるのは宇宙の神が怒りを示したとか何とかで、それを鎮めるためにはどうやら多くの生贄を神にささげないといけないらしい。馬鹿でもそんなことは信じるか、と思ったが、世界の終わりかけている今では藁にも縋る思いで、馬鹿げた新興宗教を信じている奴らがうようよいる。君はその話に目をキラキラさせて食いついて、イマドキそーいうのあると滾るよな! と笑う。どこが滾るのかは私には理解しかねない。

 そんな中で宗教は勢力をどんどん拡大し、暴動騒ぎも起こるようになった。若い血肉が宇宙の神とやらの怒りを鎮めるために効くらしく、新生児から高校生までの子供たちは無差別で捕獲されるようになる。未来を作るはずなのは子供なのに、大人が生き残るために子供が犠牲になるのは如何なものか。そんなことを考えていると私もその新興宗教の一角につかまって、彼らのテリトリーへと連れ込まれ、訳も分からぬまま魔女狩りの処刑台のようなところに括られて、炙られる。熱い。処刑台は多くの人が観覧できるようになっていて、上から信者なのかギャラリーなのかが覗く。熱い。蜃気楼の中には見たことあるようなないような人が混じっていて、熱い、はっきりと確証はできなかったが、君の、熱、姿を、熱い、見たときに脳内は一気に冷却された。

 私が逝く様子を静かに見ていた君の脳内を知ることは、何回神様のもとで生まれ変わっても理解できない。


【ノングラビティ・デイリーライフ】

 さん、にい、いち。その掛け声とともに私たちの身体は宇宙に浮く。体になじんだ重力はもう感じることがないことは、窓の空の景色が教えてくれた。無事地球から脱出したこの宇宙船は、まだ見ぬ居住地を探して旅に出るらしい。

 ふわりと浮くような感覚が慣れなくて、君に手を伸ばすと、いつも通りの子供体温の手がグイと私を引っ張ってくれる。この状況でも俺たちは変わらないな、と二人で笑った。宇宙でも君の手は子供みたいに暖かい。

 君となら多分、宇宙の果てまでもいけそうだ。


【ご馳走様を言わせない】

 世界が私たちを殺すくらいなら、私が君を殺してやる!

 この発想に至ってしまった私は、急いで殺害計画を立てる。致死量の毒を手に入れたので、せっかくなら最後の晩餐を作ることを決意した。

 君の好物であるハンバーグを作りに行くと連絡をすると、疑いもせず目を輝かせてオーケーを出す。疑いもなく君以外がいない家に入って、テレビを見ている君を尻目に凶器を仕立てる。できた、と声を掛けるとすぐに君は支度をする。あぁ、これが最後の晩餐だって知らないのは滑稽だ。

 行儀よくいただきますをして、パクパクと好物を笑顔で食べ進めていたが、半分くらい食べ進めたところでふと、君の手が止まった。ゲホゲホと咳き込み、血反吐を吐いて倒れこむ。数分して君から音は全く聞こえなくなった。

 君の死に顔を確認してから、私は自分の手料理を口にする。かつてないほどの不味さに咳き込みながら、冷たくなった君の暖かさを感じた。


【アップダウン】

 カウントダウンという行為は私たちにとって癖の一つだった。例えば登下校の競争をするときとか、お昼休みのちょっとした悪ふざけの時とか、後は互いの記念日前日数秒前とか。ことあるごとにカウントダウンをするから飽きるというラインを越えて習慣化し、日々の生活になじんでしまっていた。

 世界終了のこの日にも私は君の部屋でスマホを見ながらカウントダウンをする。隕石衝突は回避できなかったくせに、衝突予想時刻用のサイトは用意するものだから全くこの世は狂ってる。君は後ろからそのサイトを覗き、なんだかなぁと頬を膨らませた。曰くつまんねーとのこと。世界滅亡につまんないも何もあるか、と思うが最期までいつもの調子だからどこか安心してしまった。

 せっかくだからカウントアップしねー? 唐突に耳元で大声を出すから、思わずスマホを床に落とす。全くなんなんだこの大きなガキは、と毎度の如く思うが、とりあえず意見を聞くことに慣れている私も私である。君が言うにはカウントダウンで世界が終わるより、カウントアップしてまた会える時までやってやったほうが面白いとかなんとか。無茶苦茶な理論で呆れたけれど、なんだか君らしくて笑ってしまう。最期の馬鹿だ、とことん付き合ってやろう。

 いち、にい、さん、よん。君に会えるまでに無量大数を越していないか、心配だ。


【今日も世界は続く】

 世界が終わる夢を見た、といったら君に笑われた。能天気で子供みたいな君に笑われたくはないんだけれども、とため息を吐く。見計らって機嫌を取るように頭を撫でてきたもんだから、バシンと手を払った。私はもう十六だ。そもそもここは学校だ! そろそろ公共の場でそういう行為をされるのは困る。

「けれど、ヤじゃねーだろ?」

 顔が一瞬で赤くなる。このことを分かったように言ってくるのも、それが図星であるのも困る。君は私の変わりようを見て、ケラケラと笑った。

「ダイジョーブだって。セカイメツボーだろうが何だろうが、俺がオマエを守ってやんよ」

 子供みたいな屈託のない笑顔でそういわれるものだから、本当に君って奴は!


 終焉の「し」もない世界で、今日も日常は続く。


(優夢)

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