第4話・おーるでりーと

「ボクは、フレンズを助ける。セルリアンを倒す。セルリアンを助ケる、フレンズを……」

 四人に振り向いたその目は、青白く輝いていた。

「タオス」

 言い終えると同時に、キツネロイドはダブルスフィア目がけて走り出した。

「離れて!」

 状況が飲み込めず動かないオオアルマジロの体を、オオセンザンコウが突き飛ばした。その反動で彼女は自らも大きくバックステップをとる。

 キツネロイドは突進を止めることなく、そのまま二人のいた場所で拳を空振らせた。

「ロイちゃん……?」

 その声に反応するように、青白い眼光がさらにオオアルマジロを追いかける。

「アルマー!」

 オオセンザンコウの一声は、かつてないほどの危機感に満ちていた。それを感じ取ってか、オオアルマジロはここで初めて自らキツネロイドと距離を取る。

 しかし、戦闘モードが起動したキツネロイドの動きは、対象を捉えて離さなかった。

「どうしちゃったの! ロイちゃん!?」

 逃げながら呼びかけるオオアルマジロにキツネロイドが答えることはなかった。

 オオアルマジロはその体の構造上、逃げたり動き回りながらの戦いを得意としていない。フレンズ化してヒトの姿を得ることでそれは多少改善されたが、それでもキツネの動きから逃げ続けるのは無理があった。もともと疲弊していた彼女の体は次第に動きを鈍らせ、やがてしりもちをつく形で後ろに転倒した。

 当然、キツネロイドがその隙を見逃すはずがない。彼女は拳を強く握り締め、オオアルマジロに向けて真っすぐに突き出した。

 両手で顔を防御するオオアルマジロ。しかし、キツネロイドの拳が彼女に命中することはなかった。彼女が恐る恐る前を見ると、そこではもう一人のフレンズが両腕を大きく広げ、体で攻撃を受け止めていた。

 ギンギツネが追い付いたのだ。

「っ、さすがに痛いわね……」

 相当の衝撃だったのか、ギンギツネは歯を食いしばり、両足を震わせながら、さらにゆっくりとキツネロイドに近づいた。

「ギンギツネ、何を!」

「駄目ですよぉセンちゃん」

 青ざめた表情で駆け寄ろうとするオオセンザンコウ、しかしそれをホワイトライオンが目の前に立ちふさがって止めた。

 そして、ギンギツネは両腕でキツネロイドの体を強く抱きしめた。

「ごめんね。私の勝手でこんなことさせちゃって」

 まるで妹に言い聞かせるような優しい声で、ギンギツネは言った。

 なぜか、キツネロイドはそれに抵抗する様子を見せなかった。

「私は、あなたが必要だから、あなたにいてほしいから、あなたを作った。だから、もしあなたが苦しい思いをしているなら、私が代わってあげたい」

 キツネロイドの目から、青白い光が弱まっていく。それと入れ替わるように、同じ場所から涙のような液体が流れ出た。

「戻ってきて、キツネロイド。私も、あなたと一緒に戦うから」

 そして、ギンギツネはキツネロイドを解放した。

「ボク、は……」

 キツネロイドは、その両目から流れ落ちる液体に気づかないかのように、その場に立ち尽くしていた。

「あなたは、私が守る」

 動かないキツネロイドの肩を優しく叩いてから、ギンギツネはその向こう側にいる大型セルリアンを睨み上げた。

「ギンちゃんがそのつもりなら、私もやりますよ~」

 その隣に、ホワイトライオンが並び立つ。

「まったく、どうしてこうも無鉄砲な隊員ばかり……。私たちも行きますよ、アルマー」

「センちゃん……!」

 オオセンザンコウがやれやれといった様子で首を横に振りながら、オオアルマジロに手を差し伸べる。オオアルマジロはそれを強く握って立ち上がった。

 警備隊の四人が集まった。それを見てか、偶然にもその直後に大型セルリアンの硬直が解けた。セルリアンは顎を天に向かって大きく開き、のどを震わせて鼓膜を引き裂くような大音量で咆哮した。

 同時に、キツネロイドが動いた。

「セーフティー、オールデリート」

 そこからは、実にほんの一瞬の出来事だった。

 まず、キツネロイドは左手首の端末を外した。

「駆動系全力稼働、放熱機能オールダウン!」

 そして、セルリアンに向かって走り出す。その途中にいたギンギツネの背中を突き飛ばし、さらに走った。

「だめ! やめて!」

 背後からギンギツネの声が聞こえる。それでも彼女が止まることはなかった。

「……ありがとう」

 だが、セルリアンの足元にたどり着く直前、彼女は一度だけ振り向いた。そして、短く、一言だけ伝えた。

「さよなら、おねえちゃん」

 直後、キツネロイドの体内からまばゆい光が放たれた。光は真上の大型セルリアンを巻き込み、さらにその周囲を焼き尽くすほどの炎を伴って、先ほどの咆哮に勝るとも劣らない轟音を平原に響かせた。

 ほとんどのフレンズがそれぞれの方法で熱波から身を守る中、ギンギツネだけがそのすべてを目に焼き付かせていた。


 後に、ギンギツネは任務グループの代表として警備隊と探検隊にこのような報告書を提出した。

 大型セルリアンの駆除、成功。けが人、軽症者一名。セルリアン探索装置の開発、未だ途中。

 だが、この任務には彼女どう報告すればいいかわからない問題がひとつあった。

 キツネロイドの存在である。

 彼女は、研究室でキツネロイドから得た情報と最後に拾ったスマートウォッチから、すべての真実を手にしていた。

 キツネロイドは、最初の戦闘実験の直後から、サンドスターに侵食されていたのだ。

 サンドスターが無機物に作用すれば、それはセルリアンになる。ジャパリパークでは誰もが知るはずの自然現象を、ギンギツネは見逃していた。

 サンドスターの影響を受けたキツネロイドは、次の実験で自らをセルリアンと判断し、深刻な矛盾思考に陥る。その渦の中で、彼女は本能と感情を手に入れた。本能とは、セルリアンとしてフレンズの輝きを奪うもの。そして、初めからプログラミングされていたキタキツネの行動パターンから、本来のキタキツネに近い感情を自己学習したのだ。

 彼女は、相反する二つの思考の中でエラーを重ね続けた。そして同時に、それによって内部回路が限界を迎えつつあるのを実感していた。

 そして、彼女は最後に自爆という道を選んだのだ。

 それ以来、ギンギツネがアンドロイドや人工知能の開発に手を出すことはなくなった。この任務にあたった四人のフレンズ以外に、このことを知る者はいない。

 この任務の数週間後、キタキツネが警備隊入隊のための試験を受けることになるのだが、彼女がそのことを知るのはまだしばらく先になるだろう。


 ある日の夜、無人だったはずのゴコク支部に怪しく動く三人の影が現れた。

 その中の一人、特に目立つ大きな角を持った影が、不敵な笑みを浮かべる。

「フレンズを生み出すという禁断の魔術、確かに手に入れたぞ……」

 それを隣の眼帯を付けた影が不安そうに見上げた。

「でも、それって私たちにも使えるのかな……?」

「そ、それは……、これから考える!」

「よーし、俺たちでもっと仲間を増やすぞー!」

 三人目のフレンズが意気揚々と走り出す。

 そして、三人は闇の中に姿を消した。

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