第3話・おーばーろーど

 オオセンザンコウは一人、とぼとぼと支部に向かって歩いていた。途中何度かオオアルマジロを追いかけることも考えたが、そのたびに彼女の強い言葉が脳裏をよぎり、足がうまく動かなかくなった。

 そして、ようやく支部に到着し、玄関の扉に手をかけようとした時、意外にもそれは扉の方から開いた。

「……あっ」

 扉の向こうにいたのは、研究室のタブレット端末を抱えたギンギツネだった。何か急いでいるのか、顔を紅潮させ息を荒げている。

「オオセンザンコウ、無事だったのね! ……他の子たちは?」

「アルマーは、キツネロイドを探しに行きました」

 オオセンザンコウが目を逸らしつつ答える。ギンギツネは急いでいるためか、なぜオオアルマジロがキツネロイドの存在を知っているのかについて聞くことはなかった。

「ホワイトライオンからも連絡がない……。仕方ないわね。あなただけでも、落ち着いて聞いてちょうだい」

 特に話は進んでいないのに、その時くらいからギンギツネの瞳は涙に揺れていた。

「さっき、あの子のデータ解析が全部終わったの」

「何かわかったのですか?」

 意気消沈気味だったオオセンザンコウが、目を覚ましたように硬い表情でギンギツネを見る。

「あの子は、キツネロイドは……」


 森の中を、オオアルマジロは必死に走っていた。また先ほどの大型セルリアンに出くわすかもしれない。足跡のトリックで撹乱されるかもしれない。単独行動では確実に勝てない。そんなことはじゅうぶん理解していた。それでも、それ以上に彼女は、キツネロイドを探すことを優先していた。

 そして、その必死さゆえに、彼女は少し注意を怠っていた。大型セルリアンの足跡によってできた段差に気がつかなかったのだ。

「うわぁっ!」

 オオアルマジロはその段差に躓き、大きく前方につんのめってしまう。そしてさらに、つんのめった方向に現れた障害物に盛大に衝突してしまった。

 そのまま地面に体を打ち付けるところを、彼女は障害物に引っかかるような形で免れた。

「大丈夫……?」

 声のした方を見上げると、障害物の正体は彼女が探していたキツネロイド、まさにその本人だった。キツネロイドはオオアルマジロが転倒しそうになるのを両手で受け止めたのだ。

「ロイちゃん!」

「ろ、ロイちゃん?」

 オオアルマジロが初めて呼んだその名前は、早くも略称だった。しかもホワイトライオンより短い。

「そう、キツネロイドだからロイちゃん!」

「えっ、えっと……」

 キツネロイドはかなり困惑していた。自分が間違って攻撃してしまった張本人と一対一の状況になり、しかもその相手はなぜか予想以上に自分に親しい様子だったからだ。

「とにかく!」

 その迷いが消えるより早く、オオアルマジロはキツネロイドの両肩を掴んだ。そして強いまなざしで相手の顔を見て一言。

「さっきはありがとう!」

「で、でも、ボクはキミのことを……」

「確かに昨日は怖かったよ。でも、ロイちゃんは私たちを助けてくれた。私は、そのお礼が言いたかったの」

 そこまで言うと、オオアルマジロは手を離した。

「それともうひとつ、これはお願いなんだけどさ」

「お願い?」

「もう一度、今度は私たちと一緒に、あのセルリアンと戦ってくれない?」

 その言葉は、すべてにおいてキツネロイドの予想外だった。

「私一人じゃ全然歯が立たなかった。でもロイちゃんにはよくわからないけど、あのセルリアンを動かす力がある。さっきはそれで助けてくれたんだよね?」

「それは……」

「ホワイトライオンや警備隊のみんなが来るまでの時間稼ぎだけでもいいから、お願い!」

 キツネロイドは、少し目線を落として考えた。

「あと、センちゃんにわかって欲しいんだ。ロイちゃんは本当は危ない機械なんかじゃないって」

 その時、キツネロイドは音声記録の中からホワイトライオンの言葉をリピートした。

「群れっていうのは、みんなでみんなを支えあっていくもの……」

 彼女はオオアルマジロと同じくらい強い目で相手を見返すと、さらに続けた。

「わかった。ボク、頑張ってみる」

「ロイちゃん……!」

 オオアルマジロが今にも泣き崩れそうな表情でキツネロイドに抱きつこうとした、その時だった。

 森の木々を震わすほどの、大きな足音がした。疑いようもない、例の大型セルリアンだ。

「こんなすぐ来るなんて聞いてないけど、って、ロイちゃん?」

 オオアルマジロが身構えるよりも早く、キツネロイドは足音のした方向へと走り出した。

 だが、大型セルリアンは探すまでもなく至近距離まで迫っていた。それは大きな一つ目で二人の姿を捉えるや否や、まっすぐにかみつき攻撃を仕掛けてきた。

「止まれ!」

 キツネロイドがセルリアンの正面に立って叫ぶ。

 しかし、巨大な顎が止まることはなかった。

「危ない!」

 オオアルマジロはキツネロイドの体を横から突き飛ばし、間一髪のところで回避させた。セルリアンの顎はそのまま大量の土煙を伴って彼女のいた場所を地面ごとえぐるように通過した。

「ぐっ、うあぁぁっ!」

 土煙の向こう、セルリアンの顎が止まったあたりでオオアルマジロの唸るような声がした。ほどなくして煙が晴れると、そこでは彼女がセルリアンの顎に捕らえられながらも、全身を柱のようにしてそれを止めていた。

「アルマジロの防御力、なめないでよね……!」

 オオアルマジロは歯を食いしばって態勢を保つが、セルリアンの方が力で優っていた。その顎は獲物を噛み潰そうと次第に上下から狭まっていく。

「やめろ! 放せ!」

 一瞬の動揺の後、キツネロイドは繰り返し叫んだ。しかし、セルリアンが顎の力を緩めることは一度もなかった。

「そんな……、オオアルマジロ!」

「ははっ、これは想像以上、だね……」

 膝から崩れ落ちるキツネロイドに、オオアルマジロは体を震わせながらも顔だけは笑いかけて見せた。

「私が駄目になったら、すぐにみんなに伝えて。一人や二人じゃ無理でも、みんななら……!」

「そんなの絶対に駄目だよ! ボクはキミを助けるために、それなのに……」

 キツネロイドは立ち上がり、セルリアンの頬を何度も両の拳で殴った。しかし、彼女の力ではセルリアンの表面に傷を負わせることさえままならず、状況は何も変化しなかった。

「くそっ! どうして! 止まれ、止まれぇっ!」

「ロイちゃん、いいから逃げて!」

「止まれええええっ!!」

 キツネロイド渾身の一撃もセルリアンに響くことなく、その拳は強く弾き返された。彼女の体は拳に引っ張られるように大きく後退し、やがてバランスを崩してしりもちをついた。

「まだまだですよぉ!」

 直後、彼女の後ろから声がした。声の主は草をかき分けながら猛スピードで突進し、そのままセルリアンの頬に鋭い爪を食い込ませた。それでも勢いが止まることはなく、セルリアンは体を浮かせるようにして横転。口からオオアルマジロを落とした。

「もう、いつも遅いんだから……」

 オオアルマジロが倒れたまま、目の前の大きなフレンズを見上げる。その純白のたてがみは風に揺れ、いつものおっとりした眼差しは、それでも鋭くセルリアンを突き刺していた。

「でも、間に合ってよかったです。さ、つかまって」

 ホワイトライオンが手を差し伸べるが、オオアルマジロはそれを使うことなく自力で立ち上がって見せた。

「大丈夫、まだやれるよ!」

「あ、そのことなんですけどぉ」

 ホワイトライオンが自分の頬に指をあてながら恥ずかしそうに続ける。

「さっきの攻撃でわかったのですが、あれ、私でも厳しそうですね~」

「「ええぇぇぇっ!?」」

 ようやく近くまで駆け寄ってきたキツネロイドも、その言葉には驚きを隠せなかった。

 そうこうしている間に、大型セルリアンは低いうなり声と共にゆっくりと体を起こす。

「とりあえず、逃げましょうか~」

 オオアルマジロは顔面蒼白で走り出した。現状最大戦力であるはずのホワイトライオンが通用しないとなれば、もはや打つ手はない。とにかく今はうまく敵を撒いて、他の警備隊に連絡しなければ。彼女の呼吸はすぐにリズムを崩し始めた。

「止まれ、お願いだから、止まって……!」

 キツネロイドはオオアルマジロについて走るホワイトライオンの背中を追いながら、何度も振り向いては祈るように繰り返し言った。しかしセルリアンの勢いが衰えることはなく、三人は次第に距離を詰められていった。

 そして、気がつけば三人は森を抜けていた。

 平原の向こうに支部の建物が見える。そして、なぜかそこから走ってくる二人のフレンズも見えた。ギンギツネとオオセンザンコウだ。

 さすがのホワイトライオンも、ここで危機感を覚え始めた。

 目の前で合流する四人の警備隊。その様子を見て、キツネロイドは急ブレーキをかけた。そして踵を返し、迫りくる大型セルリアンを強く睨み上げる。

 そして、短く一言。

「トマレ!」

 キツネロイドの声が、平原に響き渡る。その瞬間、誰もが足を止めた。警備隊も、大型セルリアンでさえも。

「ロイちゃん……!」

「待って!」

 キツネロイドに歩み寄ろうとするオオアルマジロを、ギンギツネが呼び止めた。代わりに、オオセンザンコウが彼女のもとに走る。

「すべてがつながりました。あれは、初めから私たちのキツネロイドではなかったのです」

「で、でも、じゃあ今のは何なの? ロイちゃんがセルリアンを止めてくれてるんだよ?」

「それは……」

 オオセンザンコウが言葉に迷っていると、キツネロイドがゆっくりと口を開いた。

「ボクは、フレンズを助ける。セルリアンを倒す。セルリアンを助ケる、フレンズを……」

 四人に振り向いたその目は、青白く輝いていた。

「タオス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る