第2話・しんぎゅらりてぃ
ギンギツネには、パークセントラルで飼育員と暮らすキタキツネという妹がいる。彼女がアンドロイドの開発を始めたきっかけが、まさにその妹のためだった。妹を置いて一人で警備隊に入隊することになった彼女は、妹が寂しい思いをしないようにと自分の代わりになる存在を作りたいと思った。
同時に、彼女は自分には警備隊員として活躍するのに必要な戦闘能力が欠けていると感じていた。そこで、自分より運動神経の良いキタキツネの動きを参考にしてキツネロイドの挙動をプログラミングした。
フレンズの外見、キタキツネの運動能力、そしてセルリアン探索機能が合わさったキツネロイド。これが認められれば、警備隊だけでなく、自分がそばにいなくてもキタキツネを守ることができる。それがギンギツネの計画だった。
「それが、どこかで間違ってキタキツネの人格までプログラミングされてしまったと?」
ギンギツネの説明をもとに、オオセンザンコウが整理する。数回声を聴いた程度だが、確かに先ほどのキツネロイドの口調や振舞いはキタキツネによく似ていた。
その問いに、ギンギツネは無言でうなずいた。
「それに、これを見て」
ギンギツネがタブレット端末の画面を見せる。そこには先ほど接続したキツネロイドのデータが表示されていた。
「セルリアンの認識コードが二回書き換えられているわ。私は一度も書き換えてないのに」
つまり、一度目はフレンズをセルリアンとして誤認し、オオセンザンコウを襲った時。二度目はその直後と推測できる。
「一度目の原因はまだわからないわ。でも、もしキツネロイドにあの子の心が宿ったのだとしたら……」
「自らコードを書き換え、エラーを修正した。ということですか」
オオセンザンコウはこの時、すぐに最悪の状況を想像できた。もし本当にキツネロイドのデータを書き換えた犯人がギンギツネではなくキツネロイド本人だとしたら、一度目の書き換えも自ら行ったと考えられる。つまり、今後何かの思い違いで再びフレンズを襲うことも可能ということだ。ギンギツネ曰く大した力はないらしいが、故意にフレンズを攻撃する機械ということであれば、それは新たな脅威に他ならない。
「わかりました。この件は私の方で預かっておきます。あなたは本来の任務に集中してください」
そのまま、彼女はギンギツネの返事を待つことなく研究室を後にした。
「……ごめんなさい」
ギンギツネは、誰にも届きそうにないほど小さな声で一言だけ伝えた。
翌日、ダブルスフィアの二人は例の大型セルリアンを探すべく、支部近くの森にやって来た。
キツネロイドの件については、重大なエラーが発覚したためギンギツネが廃棄処分したということになっている。現状オオセンザンコウだけが、大型セルリアンと同じくらいにキツネロイドを警戒していた。
「結局、いつもの私たちって感じだね」
廃棄処分の話を受けて、オオアルマジロはどこか安心した様子だった。
「ええ。そうですね……」
オオセンザンコウが物憂げに答えると、そこで二人の足が止まった。
二人の目の前、背の低い草を踏み潰した大きな足跡があったのだ。明らかにフレンズのものではない大型セルリアンのそれは、さらに森の奥に続いていた。
「追いましょう」
「うん!」
二人は足跡をたどって森の中を進んだ。しかし、ほどなくしてそれは途切れてしまった。
二人はそれを確認すると、すぐに臨戦態勢に入った。
「気を付けて。近くにいるよ」
オオアルマジロが両肘のプロテクターで身を守りつつ、周囲を警戒する。
その時、二人が歩いて来た方向から大きな足音がした。
「しまった!」
「えっ、うそ! あっち!?」
二人は一瞬だけ驚いたが、すぐにその足音めがけて走り出した。
「おそらくバックトラックです。私たちはまんまと騙されたみたいですね」
バックトラックとは、主にハツカネズミなどのげっ歯類がヒトや捕食者から逃げるために行う歩き方のことだ。あえて必要以上に前進することで偽の足跡を残し、それを逆にたどって後退、途中で大きく横に跳ぶことで足跡による追跡を困難にするトリックである。それをセルリアンが使うのは非常に珍しい。オオセンザンコウは、あらためて今回の敵が強力であることを確信した。
二人は全速力で足跡を追うが、一向に追いつく気配がない。
「まずいよ。このままじゃギンギツネが!」
足音が真っすぐに向かう先にはギンギツネのいる支部がある。おそらく大型セルリアンはそのことを知った上で、少しでも戦力を分散させるためにバックトラックを使ったのだ。二人の背筋を強い悪寒が走った。
森を抜け、支部の建物が見える平原に出たところで、二人はようやく大型セルリアンの姿をその目に捉えた。それは肉食恐竜のような形で鼻先に大きな一つ目を持つ、まさに強敵と呼ぶにふさわしい巨体をしていた。
「ここで食い止めます。おそらく先ほどの足音でホワイトライオンも気づいているでしょう」
「わかった!」
オオセンザンコウの指示で、二人は左右に分かれた。そしてほどよく距離を置いたあたりでセルリアンがまずオオアルマジロに気づいた。鼻先の目が監視カメラのようにぎょろりと動き、相手をしっかりと捉える。そして地面を震わせるほどの咆哮の後、その口から炎のような光弾を撃ち出した。
オオアルマジロは肘でそれを防ぐと、さらに突進を続けた。しかし光弾に目がくらんだ一瞬、彼女は大型セルリアンの尻尾が目の前まで迫っていることに気がつかなかった。
「アルマー!」
オオセンザンコウの声が届くよりも早く、オオアルマジロの体ははるか後方に吹き飛ばされた。
大型セルリアンはそのまま体を反転し、勢いをつけてオオセンザンコウに薙ぎ払うような頭突きを命中させた。
「ぐっ……!」
オオセンザンコウがひるんだ隙を見て、大型セルリアンはさらに支部へと足を進める。見た目通り加速力はないらしく、その動きは森から出る時よりも明らかにゆっくりだった。
そのおかげか、遠くに飛ばされたオオアルマジロはすぐに追いつくことができた。
「守ってばかりじゃ、ないんだからねっ!」
長い助走によって威力を増した両手の爪を使った引っかき攻撃、ガードスタイル・タックル。彼女の必殺技とも呼べるそれは、大型セルリアンの太い後足に容赦なく突き刺さった。
しかし、彼女の爪はセルリアンの表面に軽く傷を負わせることしかできなかった。相手はその巨体に恥じない防御力も持っていたのだ。
「うそ……」
「アルマー、逃げて!」
オオアルマジロの顔が青ざめた直後、大型セルリアンの口元に先ほどの光弾よりも強い光が集まった。光はあっという間に限界点に達し、大型セルリアンは口を大きく開いた。
火炎放射が直撃する。オオアルマジロがそう確信して目を逸らしたその時。
「はあぁぁっ!」
どこからともなく飛んできた攻撃が大型セルリアンの顎に命中。相手はバランスを崩し、口から放たれた炎は明後日の方向に消えていった。
「ホワイトライオン!?」
オオアルマジロが振り向いた先、大型セルリアンの向こう側にいたのは、期待していたよりも細い影だった。
影はしばらくその場を動かず、大型セルリアンの方をじっと見つめている様子だった。その隙にオオアルマジロはその場を離れ、支部の方向を背にしてオオセンザンコウのもとに合流する。
数秒後、大型セルリアンは低いうなり声と共に再び二人に突進を仕掛けようとした。後足が一歩を踏み出し、地面をえぐって大きな足跡を作る。
しかし。
「待テ」
影の方から声がすると同時に、その動きはぴたりと止まった。
「かエれ」
すると、大型セルリアンは先ほどまでの威勢などまるでなかったかのようにゆっくりと方向転換し、もとの森に向かって歩き出した。
「な、なに? どうしたの?」
「とにかく、今はこの場を離れましょう」
二人は走って支部に向かった。
「あいつ、全然歯が立たなかったよ! すぐにライオンたちに伝えないと」
「いや。それはまだ待ってください」
「どうして?」
オオセンザンコウが後ろを振り向き、先ほどの影が見えなくなったのを確認すると、突然立ち止まった。数歩先でオオアルマジロも止まる。
「先ほどの影、あれは、キツネロイドでした」
「えっ……?」
オオセンザンコウはキツネロイドについて自分が嘘を伝えていたことを謝罪し、ギンギツネから得た情報と彼女自身の予想をオオアルマジロに伝えた。
「てことは、キツネロイドがまだいて、私たちを助けてくれたの?」
「状況から見るに、おそらくは……」
「だったら、あの子も連れ戻さないと!」
「それは駄目です」
もとの場所に戻ろうとするオオアルマジロを、オオセンザンコウが呼び止めた。
「昨晩のことを忘れたのですか? あれは危険な機械です。破壊するならまだしも、私たちの拠点に連れ戻すのは許可できません」
「でも、あの子は私たちを助けてくれたんだよ? 昨日のことだって、ただの故障かもしれないじゃん」
「だからこそ危険だと言っているのです! 直接襲われたあなた自身が、どうしてわからないのですか!」
「もう! センちゃんのわからずや!」
「アルマー!」
「もういい! 私一人で探すもん!」
オオアルマジロが再び走り出す。今度はオオセンザンコウの声に耳を傾けることなく、はるか遠くへ消えてしまった。
キツネロイドが目を覚ましたのは、見知らぬ洞窟の中だった。
周囲を確認すると、そばで眠る体の大きな白いフレンズが一人。それは彼女が起きたのに気付いたのか、同じようにゆっくりと体を起こした。
「ホワイトライオン……?」
「ふわあぁ~。あっ、目が覚めたみたいですねぇ」
ホワイトライオンは大きく伸びをして、手の甲で目をこすりながらキツネロイドを見た。
「こうしておしゃべりするのは初めてですね。よろしくですよ」
「え、えっと、よろしく……」
キツネロイドは大型セルリアンとのやり取りの直後、しばらくの間機能停止していた。彼女は状況の変化に少し戸惑ったが、おそらくホワイトライオンに運び込まれたのだろう。
「いろいろと大変みたいですね。でもロイドちゃんが無事でよかった」
ホワイトライオンはまったく警戒するそぶりを見せず、キツネロイドに笑いかけた。
「ボクのこと、知ってるの?」
「はい。これでも私はライオンですから、群れの子たちが何をしているか、だいたい知ってるんですよ」
ホワイトライオンが胸を張って見せたが、その様子もどこかおっとりしていた。
「それじゃ、ボクのことが怖くないの……?」
「ぜーんぜん怖くなんかないですよ。私が怖いのは、おなかが空くことだけです」
言葉の上ではそう言ったが、確かに彼女にはアンドロイドなど軽くひとひねりで壊せるほどの力があった。その自信から彼女がそう言ったかは謎だが。
「心配することなんてないんですよ。群れっていうのは、みんなでみんなを支えあっていくものです。もしロイドちゃんが何か失敗したりしても、みんなといればきっと大丈夫」
ホワイトライオンは、キツネロイドの体を優しく抱きしめた。キツネロイドには触覚はないのだが、彼女は何となく胸部の回路が暖かくなるような感覚を覚えた。
「それじゃ、ボクは……」
「ロイドちゃんは、何かやりたいこととか、ありますか?」
「ボクは……!」
キツネロイドはホワイトライオンの両腕を振り払い、洞窟を飛び出した。ホワイトライオンはその背中をただぼんやりと眺めていた。
「一人で突っ走っちゃって。誰に似たんですかねぇ」
彼女が洞窟を出るのは、もうひと眠りした後のことだった。
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