ニアザフレンズ
史郎アンリアル
キツネロイド編
第1話・きつねろいど
ジャパリパーク警備隊。ギンギツネはその隊員の一人である。フレンズの中でも数少ない科学者としての知識を持つ彼女は、メカニックとして警備隊だけでなく多くのフレンズの生活に貢献してきた。
彼女が配属されているのは、警備隊ゴコク支部チーム『がおがおコンコン』。バディであるホワイトライオンと二人一組のチームである。同じ支部にはオオセンザンコウとオオアルマジロのチーム『ダブルスフィア』もいる。四人は現在、とある大きな任務を受けていた。
数日前、巨大セルリアンの取り巻きと思わしき大型セルリアンが集団を離れ、ゴコクチホーに迷い込んだとの情報があった。巨大セルリアンについては探検隊と警備隊が共同で取り掛かっているのだが、大きな脅威となりうるセルリアンが見つかったとなれば、警備隊が動かないわけにはいかない。そこで四人は調査班として一時的に隊を離れ、この任務に駆り出されることになった。
捜査や探索能力に長けたダブルスフィアの二人、強い戦闘力を持つホワイトライオン。そしてギンギツネはセルリアン探索装置の開発を任されていた。
ここ最近のセルリアン騒動は巨大セルリアンにまつわるものがほとんどで、その特徴として小さなセルリアンたちが大きな群れを作って移動しているというものがある。そのため現地のフレンズの目にも留まりやすく発見は容易なのだが、今回の敵は強力かつ少数。四人だけでその痕跡を見つけ出すのは困難とされた。
そこで、ギンギツネはかねてから開発を進めていたセルリアン探索用フレンズ型アンドロイド『キツネロイド』の完成を急いでいた。今回の任務に必要なのはあくまで探索装置だけなのだが、彼女の趣味やこだわりでアンドロイドの形になった。
「……よし、これで完成ね!」
ゴコク支部の研究室。ギンギツネはキツネロイドの左手首にスマートウォッチのような物を取り付けると、額の汗を手で拭いながら大きく息をついた。
ギンギツネの目の前に立つそれは、まさに彼女そっくりの外見をしていた。所々の色合いが金属的だったり関節の駆動パーツや配線が露出しているところを除けば、まさにギンギツネ本人だった。
まさに瓜二つ。彼女はしばらくその外見を堪能してから、先ほどのスマートウォッチを操作した。
「キツネロイド、ナンバー001、起動します」
無機質な人工音声と数回の機械音の後、キツネロイドが動きだした。
しばらくの運動実験の後、ギンギツネは支部前の草原にオオセンザンコウを呼び出した。
「……まさか、本当にフレンズの姿で完成させるとは」
キツネロイドの姿を見て、普段はあまり驚かないオオセンザンコウも目を白黒させる。
「さあ、始めるわよ。セルリアン探索装置、起動!」
「了解。セルリアン、捜索開始」
ギンギツネの指示を受けると、キツネロイドは両手の指先をこめかみに当てて目を閉じた。
「発見しました。この方角です」
キツネロイドが手を戻して歩き出すと、二人はそれに付いて行く。
キツネロイドの機能は主に三種類ある。ひとつは音声認識。現在はゴコク支部の四人しか判別できないが、ギンギツネ曰く声を覚えさせればすべてのフレンズを認識できるようになるらしい。次にセルリアンの捜索。これはセルリアンの活動によって発生するサンドスター粒子のわずかな揺らぎを検知するものであり、これが彼女の目の役割も担っている。そして最後に戦闘機能だ。
「セルリアンとの戦闘範囲に入りました。戦闘モードに移行します」
「さて、ここからよ……!」
一行の前に現れたのは、実験にはちょうどいい小型のセルリアンだった。その姿を見つけると、先ほどまでどこかぎこちなかったキツネロイドの動きが変わった。相手を撹乱するように素早く跳ねまわり、死角から突き刺すような手刀の一撃。セルリアンは抵抗する間もなく砕け散った。
「探索範囲からセルリアンの反応が消滅。戦闘モードを終了します」
そしてゆっくりと歩き、ギンギツネの横で立ち止まった。
「す、すごいですね……」
感嘆のため息を漏らすオオセンザンコウの前で、ギンギツネはこれ見よがしに胸を初声見せた。
「とりあえずはこんなところね。まあ探索機能はおおざっぱな範囲だし、パワーもそんなにないから、実際に見つけたり戦ったりするのは私たちの仕事になるけど。ゆくゆくはこれを探検隊やパークセントラルに……」
ギンギツネが妄想を膨らませながら顔をにやけさせるのを見ると、オオセンザンコウはまたため息をついた。警備隊が探検隊と活動を共にするようになって以来、ギンギツネが探検隊の隊長に『お熱』であることに、察しの良い彼女は気づいているからだ。
「コホン。とにかくこれで実用性は確認できましたね。すぐに本格配備の準備を進めましょう」
「そ、そうね。すぐにこっちの任務を片付けて、探検隊に合流しないと」
ギンギツネはオオセンザンコウの声で我に返ると、どこか慌てた様子で支部に向かって歩き出した。
しかしその翌日、異変は起こった。
「セルリアン、探索、探索、たん、さ……」
あらためて集まった四人の隊員の前で、キツネロイドはただくるくると回るだけだった。そして鈍い機械音と共にゆっくりと停止し、その後はピクリとも動かなくなってしまったのだ。
「センちゃん、本当にこれ使えてたの?」
「ええ。確かに昨日はちゃんと動いていたはずですが……」
オオアルマジロが固まったキツネロイドを訝しげに覗き込む。
「そんな、こんな急にエラーが出るなんて」
ギンギツネが慌ててキツネロイドのスマートウォッチを手に取って見る。その画面はレーダーのような表示の中央に小さな赤いマークが灯った状態でフリーズしていた。
「そんなに落ち込むことないですよ~。ゆーっくりやっていきましょ~」
うなだれるギンギツネの頭を、ホワイトライオンが優しく撫でた。
「とにかく、今は研究室に戻って原因を探りましょう。私も協力します」
「そうね。こんなところで止まっている場合じゃないわ!」
オオセンザンコウが声をかけると、ギンギツネは瞳を涙ぐませながらも拳を強く握り、姿勢を正した。
だが、結局その日のうちにキツネロイドが再起動することはなかった。
それから数日。大型セルリアンに関する続報はなく、結局エラーの原因はつかめないでいた。その夜もキツネロイドは研究室に立ち尽くしたまま、隣で机に突っ伏して眠るギンギツネと共にいた。
「なんか最近暇になっちゃったねー」
ダブルスフィアの寝室で、オオアルマジロがベッドから天井を眺めながらこぼした。
「本来なら私たちが暇なのは良いことなんですが……」
オオセンザンコウは壁に寄りかかり、口元に手を当てて考える。
「大型セルリアンって、もしかしてただの噂だったのかな?」
「それならそれで嬉しいんですけどね」
実際のところ、それが事実か否か見分ける方法は無い。相手が少数である以上、わずかな目撃情報が鍵になる。もともと探偵としての素質を買われて警備隊に入隊したダブルスフィアは、油断できない日々を過ごしていた。
「とにかく、今は私たちのやるべきことをやるだけです。キツネロイドに頼らずとも、ダブルスフィアの力で敵の尻尾を掴んで見せましょう!」
「そうだね!」
答えの出ない不安にオオセンザンコウが無理やり蓋をして部屋の明かりを消そうとしたその時だった。
「見ツけた」
突然部屋の扉が開き、キツネロイドが飛び込んできた。
「わぁっ! なになに?」
予想外の出来事に、オオアルマジロが飛び起きる。その動きに反応してか、キツネロイドは彼女に跳びかかった。
「逃げて!」
ただごとではないと感じたオオセンザンコウが、すかさず指示を出す。オオアルマジロはとりあえず枕を抱えてその場を離れた。
「たオす」
キツネロイドは四肢を本物のキツネのように使って部屋を跳ね回る。途中で踏み台にした本棚からはオオセンザンコウが集めた図鑑やスクラップがなだれ落ちた。
「ちょ、ちょっと、なんなのこれぇ!」
オオアルマジロは状況がつかめず、枕を抱えたまま逃げ回る。キツネロイドはオオセンザンコウを襲うことはなかったが、威圧するような目線は常に彼女も捉えていた。
そして、ほどなくしてオオアルマジロは部屋の隅に追い込まれた。
「た、助けてぇ……」
ついに動けなくなったオオアルマジロが涙目で震え始める。本来であれば防御力には自信のある彼女だが、この大混乱でどうすればいいかわからなくなっていた。
「こうなったら……。アルマー、今助けます!」
キツネロイドがオオアルマジロを目の前に捉えて動きを封じたその一瞬、オオセンザンコウがキツネロイドの背中に向かって跳んだ。そして体を横に捻り、遠心力を加えた強靭な尻尾の一撃。
「助ける……」
キツネロイドの首がわずかに動いたが、振り向く余裕を与えず、それは彼女の首元に命中した。その衝撃を芯に受けたキツネロイドは、しばらくうなり声のような音をたててから動かなくなった。
「……助かった、んだよね? これ」
オオアルマジロが立ったままの姿勢で動かなくなったキツネロイドをおっかなびっくり指で突いた。
「ええ。しかし、かなり危険な状態でした。これはギンギツネに報告しなければですね」
「そうだね……」
話しながら、オオセンザンコウはキツネロイドを背負うようにして部屋から運び出した。
「何かあったの?」
先ほどの足音が聞こえたのか、ギンギツネが慌てた様子で部屋の近くまで来ていた。
「何か、というレベルの問題ではありません。すぐにこれを廃棄処分してください」
オオセンザンコウは怒りをあらわにした表情でキツネロイドを投げ捨てようとした。しかしその瞬間、短い起動音と共にそれが再起動。床に叩きつけられることなく踏みとどまった。
「なっ」
驚いたオオセンザンコウが一歩下がり、警戒態勢をとる。しかし、キツネロイドは先ほどのように襲い掛かるそぶりを見せなかった。そして申し訳なさそうな目で二人を一度ずつ見る。
「ごめんね」
「え……?」
「ごめんね。ボク、わからなくなってた」
たしかにキツネロイドの声だったが、その口調はかつてと明らかに違うものだった。こればかりはギンギツネも予想できなかったのか、二人とも声を詰まらせる。
「と、とにかく研究室に運びましょう。何があったか調べないと」
「わかった」
ギンギツネがキツネロイドを優しく抱きかかえるように連れていこうとする。
「待ってください」
それをオオセンザンコウが止めた。
「こちらの話がまだ途中です。調査には私も同行させていただきます。続きは研究室で、いいですね?」
「わかったわ……」
研究室。ギンギツネがタブレット端末から伸びたコードをキツネロイドにつないでいる間に、オオセンザンコウはその両手首をロープで椅子にきつく固定した。
タブレット端末の画面上には様々な文字列が並び始めるが、ギンギツネはそれを見る前にキツネロイドに聞いた。
「キツネロイド、何をしたか覚えてる?」
「……セルリアンだと思って、攻撃したんだ。でもセルリアンじゃなかった」
ギンギツネはすぐに画面を見る。確かに行動履歴の欄には、数分前にセルリアンを発見し戦闘モードを起動したことが記されていた。
「おおかた予想はついていましたが、彼女は私たちをセルリアンと誤認して攻撃してきました」
ギンギツネが探索モードのコードを画面に表示させると、セルリアンの認識条件がわずかに書き換えられた形跡が残っていた。
「あなたがわざとこのようなことを仕掛けたとは思えません。この条件ではあなた自身にも危険が及びますから。ですが、少なくともこのような危険が発生したのは事実です。次の被害が出る前に、彼女を廃棄するべきです」
「廃棄……?」
キツネロイドの表情が青ざめる。
「見てくださいギンギツネ。彼女はこのように私の言葉に反応して感情を表現しています。機械が感情を持つ時点で危険だとは思わないのですか? そもそも今回の任務に求められていたのはあくまでセルリアン探索装置であって、キツネロイドではなかったはずです。それをあなたは……!」
オオセンザンコウが今にもギンギツネに噛みつきそうなほど迫ったその時、キツネロイドが何かに気づいたように目を見開いた。
「ボクは、いらなかった……?」
「待って、これには理由が」
「だッたら、ボクのやルことは……」
二人を止めようとするギンギツネを肩で押しのけ、キツネロイドは力ずくでロープから抜け出した。そのままオオセンザンコウが追い付くよりも早く、窓ガラスを割って研究室から脱走。接続されていたコードを外して夜の闇に消えてしまった。
「すぐに追いかけましょう。いざとなったら調査隊にも報告を」
「やめて!」
ギンギツネは窓から追いかけようとするオオセンザンコウの尻尾を両手で掴んだ。オオセンザンコウはそれでも進もうと抵抗するが、追い付けないと判断するとそれもやめた。
「ギンギツネ!」
「お願い、私の話を聞いて……」
怒りをぶつけるオオセンザンコウの尻尾を、ギンギツネは震える両腕で抱きしめた。
「どうやら、私たちに隠していたことがあるようですね」
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