4-2
「この騒動の元凶が、誰なのかわかった気がする」
シエルがそう言ったとたん異変が起こった。絨毯の感触が喪失し、冷たい石の感触が靴越しに感じられる。
無限に見えた廊下が途切れた。トンネルの終わりのように公邸の壁が急にそこで断ち切られている。二人は外に出た。
そこにあったのは巨大な宮殿だった。
ひんやりとした風が頬をなでる。ザクロたちが出たのは宮殿の庭のようだ。空には黒い太陽とそれを取り巻く光の輪がまるで眼球のようにこちらを見下ろしている。
目の前には入口らしい灰色の扉がひとつ。その左右にはどこまでも続く石造りの壁が伸びている。
振り返ると、さっきまで歩いていた公邸の廊下は跡形もなく消え失せていた。周囲は灰色のもやに沈み込み、出口を見つけだすことはできそうにない。
――進むしかない。
ザクロとシエルは視線を交わし、うなずき合うと、宮殿の扉に近づいた。
すると扉は、ぎぃ、と重い音を立てながらひとりでに開いた。その音は訪問者を歓迎する笑い声のようだった。
建物の中は薄暗く、どうなっているのか
「どうする?」
ザクロは答えのわかりきった問いをシエルに投げかける。
「入ってみるしかなさそうね」
「……行こう」
一呼吸のあと、ザクロは建物の中の暗がりを見つめてそう言った。シエルは無言でうなずき、二人は宮殿内に足を踏み入れた。
――ようこそ、我が内へ。
宮殿の中に立ち入るやいなや、その声はいきなり頭の中に響いてきた。
悪寒が走り、ザクロは反射的に立ち止まった。
「ザクロ?」
「今の声……」
「声?」
「シエルは聞こえなかったの?」
彼女はその問いに答えることをせず、周囲を見回した。
扉の中にあったのは小さなホールだった。床は光沢のある淡灰色の大理石に似た材質で、石組の壁はくすんだ灰色一色。調度品の類は何もなく、きわめて殺風景な場所だった。
正面奥には一本の通路が伸びているのが見える。
「私には何も聞こえなかったわ。誰の声?」
「誰、って――」
シエルは聞こえてきた言葉の内容より、声の主が気になる様子だった。
「その質問、声の主について僕に心当たりがあるみたいな言い方だね」
「ええ、そういうつもりで言ったわ。知ってる人の声じゃなかった?」
「……いや、知らない声だったと思う。
ハッとしてシエルの顔を見る。彼女は視線をこちらに向けることなく、奥へと続く通路を凝視していた。
「この先にはきっと、私たちをここに閉じ込めた張本人――灰天使がいる。彼の正体は――」
「僕の知り合いだってこと? 冗談でしょ」
「可能性の話よ。私の推測が正しければね」
そう言って建物の奥へと歩き出したシエルのあとを、戸惑いを残したままの表情でザクロは追いかけた。
§
通路は窓ひとつなく、壁は先ほどまでいたホールと同じくすんだ灰色の岩肌をしていた。二人の足音が乱反射し、前後方に響き渡ってゆく。それ以外はまったくの静寂だった。
無言のまましばらく歩くと廊下が途切れ、広い部屋に出た。
天井は見えないほど高く、まるで空間を立方的に切り取ったようだ。
床の中央には池のように大きな円形の水盤がつくりつけられている。石を組んだものでつくられており、ふちの部分はザクロの腰くらいの高さがあった。中には水が張っている。
そして最奥部には背の高い玉座があった。
二人はその玉座に座しているものを見た。
――そこに座していたのは天使だった。
背中には鳥のような大きな翼をたずさえ、頭上には鈍い光を放つ天使の輪が光っている。口元は布に覆われ表情はわからない。善も悪もない、中立的な雰囲気をまとっていた。
そしてそれは全身、髪も肌も目も、身に着けるものさえすべて灰色をしていた。ただ一つ、右目だけが不自然に人間の色をしている。ザクロと同じ赤い瞳。
直感的に、ザクロはその生き物がこの世界を守護しているという『
そして同時に強い既視感をおぼえた。それが何に対するものなのか彼にはわらなかった。
灰天使が玉座の上から気だるそうにこちらを見下ろしている。ゆっくりと、二人それぞれに視線をすえる。ザクロのほうに向けられたそれが、約一秒、シエルより長かったのは単なる偶然だろうか。
彼と目が合ったとき、脳がしびれるような感覚がしばしザクロの意識を包んだ。
灰天使は
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