第三話 空色少女と鏡石
3-1
これは現代に存在する一つのおとぎ話。
この世界には<魔法使い>が存在する。
彼は暴力という、およそ魔法などという
――愛と
その男は他人に愛される才能があった。不自然なほどに。
彼のどんなわがままも人々は聞き入れ、また彼のどんな嗜虐行為も人々はむしろ喜んで受け入れた。
洗脳されてしまったかのように。
心を奪われてしまったかのように。
そして<魔法使い>には一頭の忠犬が付き従っている。
忠犬の名は〝リグル〟――〝
――ここはその桜花高校の理事長室。今日は休日だが、校舎の外からは部活動のために登校してきた生徒も多いようで、彼らのはつらつとした掛け声が聞こえる。
その声に負けないくらい元気な声でシエルは部屋の主に声をかけた。
「リグルさん! こんにちは!」
「はーーーーーーーーーーー………………」
病的なほどに白い肌と深く刻まれた眉間のしわ、そして目の下にはクマ。その全身から負のオーラを漂わせている。
そんな彼に一つも気遣うことなく、ザクロはシエルに問いかけた。
「意外だな。シエルは彼と知り合いだったの?」
「ええ。正確にはリグルさんと、っていうより彼の飼い主さんとお友達なの」
「え、つまり君は<魔法使い>と――」
「総統からおおむね話は伺っています」
二人の会話を断ち切るようにリグルは口をはさむ。彼はこの世に愉快なことはひとつもないとでも言うようにぶっきらぼうに告げたが、機嫌の悪さからくるものではなくこれが彼の常態なのだ。
「怪奇現象について調べられているとか。政府の要人様は随分とお暇なことで」
「これも業務の一環ですよ。口出しされるいわれはありません」
「ここは我々の私有地です。多少の干渉はお許しいただきたいものですがね」
ピリピリ、と肌の表面が緊張するのを感じる。もしかしたら
彼女はもう一人の同行者――ザクロの部下ヒツガイに小声で質問した。
「……二人はどういう関係なの?」
「……シエルちゃんこそ
シエルは軽く首をかしげて考え込む。『忠犬』という比喩的な表現ではなく、あえて直接的に彼が何者なのか表現するとすれば――
「暴力団咲良組若頭補佐?」
「百点満点~! よくできましたぁ」
効果音をつけるとしたら「にぱーっ」とかそんな感じの人好きのする笑顔で答えるヒツガイ。
『暴力団
若頭の名は
ザクロも幼少期、偶然出会った<
そして今、ザクロたちの目の前にいる男が若頭補佐 兼 桜花高校理事長代理。通称<忠犬>
ヒツガイは少し言いづらそうに彼らと政府の関係を口にする。
「咲良組はだいぶ長いこと
「ゆちゃく?」
「ま、まぁなんていうか?
「厄介だって言うなら縁切ればいいじゃない。どうして癒着なんてしているの?」
「あーそれはですねぇ……えっとぉ……
「? 何、聞こえなかったわ」
「なぁんでもありませぇん。大人の事情ってヤツっす! あ、ほら、副総統サマはともかく総統サマは<魔法使い>ともそこの
まあ俺も詳しいことは知らないんすけどねーと付け足す。
そうしている間にザクロとリグルは挨拶を終えたようだった。
「あくまで、 総 統 か ら の 依 頼 で す の で 、
断じてお前たちのためではない、というふうに一部おおげさに強調する。
リグルは三人に来校者用の名札を配った。受け取りながらシエルは質問した。
「そういえばリグルさんにも訊いておきたいのだけれど」
「はい?」
「この学校に微妙な色の石ってない? 最近割れたやつ」
驚いた、というようにリグルは目を見開く。
「……よくご存じですね。些細なことでしたから若にも総統にも特に報告などしていなかったはずですが。――校舎裏に最近割れた古い石碑があります。生徒たちからは『
§
桜花高校に通う生徒たちの間ではこんな噂がささやかれている。
――
「一気に核心に近づいた感じがするね」
校舎裏。目前に転がる石碑だったものの残骸を見ながらザクロはつぶやく。何色とも言い難い半透明の割れた石碑。ここに来るまでに話を聞いた数名の生徒たちの口から出たきなくさい噂話。これほどおあつらえ向きなものはないだろう。まさかこんなにあっさりと見つけてしまうとは。
「こんなに簡単に見つかるなんて拍子抜けしちゃう!」
つまらなさそうに口をとがらせるシエルにザクロは「まだこれが『灰天使の護石』だって決まったわけじゃないよ」と釘を刺した。
「噂が少し気になるけど、それはさておき早く修復してしまおう。でも思ってたよりずいぶん大きいな、これ。接着剤でくっつくかな……」
ザクロのつぶやきに反応したのはヒツガイだった。
「え、接着剤っすか」
「駄目ですか?」
「や、だってシエルちゃんの話のとーりならこの石碑はただの石じゃなくて天使ってやつの魂なんでしょ? 接着剤でくっつくんすかね……」
「うーん、言われてみればたしかに……まあ、とりあえず試してみましょう」
一歩ぶん石碑に歩み寄る。
――その時だった。異変が彼らを包んだのは。
今まで彼らの周りにあった刺すような夏の日差しがふいに消えた。空から光量がみるみる失われていく。ざらついた薄暗さがそれにとって代わった。
ぶ厚い雲が太陽の下を通ったのか――ザクロは最初そう思った。しかしそうではなかった。
空を見上げて息をのんだ。そこにあったのはまだ高い位置にある太陽が齧られたように欠けていく光景だった。白い光の領域が黒い影に浸食され、その面積を減じていく。
「日蝕?」とザクロがつぶやく。
「そんな予報はされてなかったはずですけどぉ……」ヒツガイが手元の携帯端末でニュースを調べ始める。
そうしている間にも太陽の輝きは着実に失われていった。黒いカーテンが引かれていくように、周囲が闇に覆われていく。そして太陽は天空に輝く金色の指輪となった。黒い空に光の輪があやしく浮かび上がっている。
しかしそれはただの皆既日蝕ではなかった。白炎のリングとなった太陽はそのままの姿をとどめつづけているのだ。光は再び面積を取り戻すことなく、黒い影に遮られ続けている。
「副総統サマ、ヤバいっす」
呆気に取られていると、携帯端末のディスプレイから顔を上げたヒツガイが焦ったようにある事実を告げる。
「ネットがつながらない。もちろん電話も」
ザクロとシエルは息を止め、顔を見合わせる。
「これが、災厄……?」
シエルはぽつりとつぶやいた。
その時、校庭のほうでざわめきが起こった。
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