2-3
『
それは、世界を守護する天使の魂の結晶。それが侵された今、世界に災厄が訪れようとしているという。
自身を『神の子』だという少女シエルと世界統治機関『エルデ政府』の次席ザクロ
――それまではいいのだが。なんだろう、この違和感。
ああそうだ、とザクロは心に引っかかっていたものを口にした。
「シエルはどうして護石探しを?」
「どうしてって?」
きょとん、とした顔で少女はザクロを見つめる。彼の質問の意図がまるで見えないといった表情。
「ああ、言葉が足りなかったね」とザクロは続ける。「利害が見えないんだ」
「利害?」シエルは再び聞き返す。
ザクロは彼女に説明する、というより自分の中で状況を整理するようにしゃべり始めた。
「君は『護石が割れれば〝この世界〟に災いが訪れる』と言った。これはつまり、
「ええ、その予想はあってるわ。現に私はこの世界の住民じゃない。神界、っていうこことは別の世界に普段は住んでいるの」
「ならどうして護石探しを? 正直君にとって異世界であるこの世界がどうなろうと困らないじゃないか。護石を修復すれば
「面倒? まさか!」
信じられない! とでも言うように目を見開く。そして次の瞬間不敵に笑った。
「これはゲームよ、宝探しゲーム! 暇を持て余した神々の遊びってやつ! 面倒どころかわくわくするし、報酬なんて飾りみたいなものよ」
「ゲームね……」
随分と気楽というかなんというか。この辺は人と神との感覚の違いかもしれない、と思うことにした。いちいちつっこんでいたらキリがない。
ザクロがそう考えていると、シエルはさらに言葉をつづけた。
「それに興味があったの」
「興味?」
「『
「シエルも把握してない存在なのか、その灰天使ってやつ。……ところで護石っていうのはどこにあるんだ?」
ザクロはなんとなく、期待を込めずにそう問いかけた。
「んー、わからないわ」
案の定気の抜けた回答。彼は続けて質問する。
「……見た目の特徴は? 大きさとか、色とか」
「おとうさまは『すっごい微妙な色してる』って仰ってたわ」
「ノーヒントも
頭が痛くなる。『雲をつかむような話』と彼女はさっき言ったけれど、現代科学をかき集めたら雲をつかむほうが簡単かもしれない。それくらい途方もない。
民間に情報提供を
「ザクロいるー?」
「!」
顔を出したのはザクロの上司かつ、彼が九年間その名を呼ぶことを切望している友人。名前を持たない彼女のことを彼は「
彼女は部屋の中にザクロ以外の人影を見つけると小さく歓声を上げて歩み寄る。
「あなたは昨日の……えっと、シエルちゃん! だったよね?」
「総統さん! 昨日ぶりね! お邪魔してるわ!」
「ザクロのお客さんってシエルちゃんだったんだ、いつの間に仲良くなったの?」
そんな彼女の無邪気な質問にザクロは眉間にしわを寄せ「……別に仲良くなったわけじゃない」と不機嫌に返した。彼女は不思議そうな顔。不機嫌の理由を探す。そしてハッとひらめき両手を合わせる。
「あ、ごめん! ノックするの忘れてた」
「えっ? あー……それはまあ、気を付けてほしいけど。別にそんなことで怒ったりしないし。それより会見おつかれさま、総統」
眉間のしわを解散させ柔らかく微笑む。総統も「ありがと」と目を細める。その顔はシエルに向けるものとは決して同じではない。
そして彼女は改めて目前の二人を交互に見、疑問を投げかけた。
「ところで二人は何の話してたの?」
「……それは別に総統は知らなくても――」
「捜し物をしているの! 総統さん、『灰天使の護石』っていう微妙な色をした石を知らない?」
見事に言葉がかぶる。そしてかぶった二つの声は、よく通るシエルの声が勝利をおさめた。きょとんとした顔で「かいてんし?」と首をかしげる総統をよそに、ザクロは複雑な表情でシエルを少し離れたところへ引っ張っていく。
そして総統には聞こえないような、しかしかなり強い語気でシエルを責め立てるように言った。
「ちょっと……! 総統は巻き込まないでくれるかな」
「ええっ、だって何か知ってるかもしれないじゃない? それに災厄が何かわからないとはいえ一応この世界の危機っぽいのに!」
「だめ。絶対だめ! 『っぽい』なんて不確定な情報でいたずらに不安を煽るのはよくない。それに彼女はネームレスだ。僕が知らないような特別な情報を持っているとは思えない」
納得いかない様子のシエルに「とにかく余計なことは言わないこと!」と釘を刺し、小声の作戦会議を終了させたザクロは再び総統のもとへ。
「ごめんね総統。何でもないんだ、気にしないで」
「そう言われるとめちゃくちゃ気になるんですけど」
あたしには言えないこと? なんて訊かれると困ってしまう。ネームレスだの厄災だのと説明するには難しく、かといって「君を危険なことには巻き込みたくない」などと言おうものなら彼女に余計心配をかけてしまうだろう。ザクロは言葉に詰まり曖昧に笑って頬を掻いた。
「……まあいいや。あんたが内緒にしとくってことはそれだけの理由があるんでしょ」
「総統……ありが、」
「んーーーーーーーでも部外者はすっこんでろって言われてるみたいで悔し~! ね、何の話かヒントだけでも!」
「うぅ、困ったな」
まったくこの人は……。どうなだめようか考えているとシエルが代わりに答える。
「――怪奇現象」
「シエルちゃん?」
「そう、怪奇現象を調べているの! 子どものお遊び。だからあなたたち大人が本気にするようなことじゃないんだけど、どうしても気になって」
「――――――……」
少し顔をしかめながらも、今度はシエルを止めることなく黙って眺めるザクロ。もちろん余計な心配を煽るようなことを口にしようものならすぐに遮る心づもりでいるが、彼には総統を納得させるうまい説明が思い浮かばない。
総統は「怪奇現象?」ときょとんとした顔で彼女の言葉を復唱する。
「ええ。こんな深刻そうに、それもわざわざ時間まで取ってもらって調べているのが子供騙しな怪奇現象だなんてきっと笑われちゃうって思ったから内緒にしようと思ったの。でもかえって不安にさせちゃったみたいね、ごめんなさい」
いいわけにはかなり苦しい。シエルはともかく
しかし総統は軽く考えるような仕草をしたあと納得した、というように強くうなずいた。
「……なるほど、怪奇現象ね! ザクロが隠したくなるのも納得。だってあんたオバケとかそういうの苦手だもんね」
「へっ!? それは子どもの頃の話で……いや、うん。そういうことにしとく……」
「それにあたしも子どものころは怪奇現象とかそういうのにわくわくした時期もあったからシエルちゃんの気持ちもわかるわ~。――さすがに世界の副総統様に相談は大胆だと思うけどね?」
皮肉を混ぜつつも、どうやら彼女はそれ以上この件について追及する気はないようだ。ザクロは子ども扱いされた気分で釈然としなかったが、とりあえずはほっと胸をなでおろした。
――彼女が深く追求してこないのも
そして、進むべき方向さえ見えなかったこの話は
「怪奇現象といえば学校! って感じしない? ほら、『学校の怪談』って小説とかでよくあるじゃん。噂話を調べてみるとかどうかな?」
「噂話?」
「あたしの友達に学校経営してる奴がいてさぁ、正確には
ね! と手を合わせて懇願する。控えめなお願い事を断ることができず、ザクロは「そのくらいなら、まあ」と歯切れ悪く答えた。やった、という小さい歓声とともに総統はつぶやく。
「そういえばあの学校も微妙な色の石碑が立ってたっけなぁ。懐かし……」
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