第二話 空色少女と作戦会議

2-1



 その後、二人の周りには野次馬やら報道機関が殺到し、ビルとヘリの衝突事故のこともあって現場はパニック寸前となった。


『この世界をつくった神の、娘よ』


 ブランネージュ、と名乗るその少女が告げた言葉の意味を問う間もなく。ザクロはその場の混乱をおさめることにつとめ、気が付けば少女はどこかへと姿を消していた。



 そして一夜明けた今日――


「見て! 昨日の事故、もう新聞に載ってるよ!」


 公邸こうてい。ザクロが出勤して開口一番、彼の上司兼友人である総統そうとうが朝刊を見せてきた。昨日の騒ぎを思い出し、ザクロは少し疲れ気味の顔で「そうみたいだね」と返した。


「ザクロが現場の近くにいてくれて助かったよー。昨日はおつかれさま」


 いち早く報道規制を行ったおかげでどうやら『来栖くるす雀榴ザクロ副総統が高層ビルの屋上から落下、奇跡の生還』なんてトンデモニュースは新聞、テレビ、インターネット等、幸いどの媒体にも掲載されていないようだった。


 別に知られて困ることはない。ただ、たとえ相手が小さな子どもだとしても、仕事後アフターに女と会っていたことが彼女に知られるのがなんとなく嫌だった。ただそれだけ。……もっとも、こんなくだらない理由のために貴重な時間を割いてしまったこと自体、かったるいことではあったのだが。


 その無駄に消費した時間を埋め合わせるように、ザクロはてきぱきと今日の業務に手を付ける。


「幸い昨日の事故で死者は出なかったそうだ。事故原因については今日の一八時までに報告するよう調整するから、結果が出次第負傷者とビルオーナーへ補償を――ああ、それで総統にお願いが」


「『誠に遺憾です』ってやつ?」


「そう。台本は用意しているからこの後の記者会見でしゃべってほしい」


「おっけぃ、任せなさい」


「はぁ、まったく……政府うちの不祥事でもないのになんでこんな……」


「仕方ないよ、あんな大きな事故だもん。みんなを安心させてあげなくちゃ」


「ごめんね、いつもみんなの前に立ってもらって」


「もう慣れっこ慣れっこ! あたしにできることってこれくらいだし」


 ふと彼女を見る。困ったように笑う九年来の友人。それは決して自虐ではなく。







 ――この世界にはひとりの<魔法使い>が住んでいる。


 九年前、世界が震撼した事件があった。その当時、ザクロが名指しで、政界に全く無縁な女子高生を次期総統に指名した事件。そのあまりにも理解しがたい選択に、一般市民どころか政府関係者も衝撃を受けた。


 その時指名された女子高生、というのが現総統の彼女。そして表沙汰にこそされていないが、彼女が総統の席を譲られることになったのはその<魔法使い>の手引きによるものだった。

 手引き、というかそう呼ぶにはあまりにも単純な脅迫と暴力実力行使。ザクロを目障りに感じていた<魔法使い>と呼ばれる男は、彼を総統の席から引きずり降ろすため暴力によって屈服させ、何も知らない普通の女子高生を脅迫によって無理やり台頭させた。


 望まない地位。

 ザクロは「呪いまほうがかけられた世界じゃ<魔法使い>には抗えない。終わったことは仕方がない」と割り切っていたが、彼女は彼から地位を奪い去ってしまったといううしろめたさをずっと感じ続けているらしい。



 彼女から視線をそらし、ザクロ独り言のように呟きはじめた。


「僕から地位を奪った使えないポンコツ上司」


「うぅ……」


「――だなんて思ってないよ。確かに実務はほとんど僕がやってるし、総統は今回みたいに会見や議会で僕の作った台本を読むだけの簡単な仕事しか任せてないけど」


「うぐぅ、火の玉ストレート……!」


「それでも君は必要だよ。総統」


 彼女に歩み寄る。見慣れた顔。でもやはり、顔のないネームレスの彼女がどんな顔をしているのか彼には認識できなかった。


 君の顔がわからないことも、君の名を呼べないことも、もどかしくて仕方がない。


 そんな微かな苛立ちを飲み込み、ザクロは彼女の頬に手を添える。

 紅潮する頬。やめてくれ、そんな顔されたら気恥ずかしいのがうつってしまう。悲しいことに君の顔を見ることなんてできないけれど。


「な、なに?」


「――ああ、クソ、だめだな。格好つけて気の利いたことでも言おうとしたのに、いざってなると頭が真っ白だ。僕の顔、たぶん今真っ赤でしょ?」


「……くっ、なにそれ、あははっ! ほんと顔真っ赤。あたしもひとのこと言えないけどさ」


「でも君が必要だって言ったのは本心だから、えっと……何か上手いセリフ考えておくよ」


「うん、楽しみにしとく」


 にへへ、と少し照れ臭そうに笑う彼女。そういうところだ、とザクロは胸の内で静かにひとりごちた。






「あのぉ~……」


「ひゃっ!」「!」


「ひょえっ」


 数センチだけ開けた扉から顔を出したのはザクロの秘書、ヒツガイだった。


 彼が控えめに声をかけ、総統が短い悲鳴を上げ、ザクロが胸の内ポケットから拳銃を引き抜き構え、そしてヒツガイが情けない悲鳴を上げるまで、この間わずか一秒。

 ノータイムで両手を頭上まで持っていき、彼はうわずった早口で「ステイステイステイ待って副総統サマ俺ですヒツガイです急に声かけてスンマセン!」と全力の命乞い。


 ザクロははぁ、と息を吐き構えた凶器を懐にしまった。


「ヒツガイ秘書官。入室の際にはノックしてください」


「しましたよぅ! 副総統サマが総統サマといちゃついてっから気付かなかっただけデショォ!?」


 耳をつんざくような大音量で責め立てる。ザクロはうんざりした表情でうわべだけの謝罪を述べると「それで、用件は?」と何事もなかったかのように淡々と話しを進めた。ヒツガイもそれ以上追及することなくパタリとテンションを切り替える。


「こほん。副総統サマにお客人です」


「僕に? 今日この時間に会う予定の人はいなかったはずですけど――あ、」


 脳裏にちらついたのは昨日出会った少女。その顔を見てヒツガイは静かにうなずいた。状況を察せない総統はきょろきょろと二人を交互に見る。


「何? ザクロにお客さん?」


「あー、うん。そうみたいだ。総統は予定通り会見の準備してて。台本、まだ目を通してないでしょ。ヒツガイ秘書官は来客者を第四応接室へ通してあげてください。僕は……うん。三十分で仕事を片付けてそちらへ向かいます」


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